純情スローペース「電話編」


加奈子からの電話。
それは俺にとって生まれて初めて(まあ当たり前か)のものだった。
でもなんだろう、通話ボタンを押すのに勇気を要する・・・。
俺は深呼吸をして加奈子と俺との距離を更に縮めるであろうボタンを、押した。

『うぇっ!?  も、もしもし?京介?』

メールで親近感を持っていたとは言え、高坂京介としてコイツと話すのは初めてに近い。
それにコイツ・・・。メールでは俺のこと『オメー』って呼ぶのに、声に出すときは『京介』なんだな。
・・・フヒ!

『ああ、俺だ。どうした急に電話なんて。』

心臓の鼓動が加奈子に聞こえないか心配になるぐらい、俺は緊張していた。
なさけないぜ、たかが妹の友達との電話で。

『い、いやな?暇だったから電話しただけで・・・』

心なしか、加奈子も緊張してんじゃね?
つーことは、もしかして脈アリだったりして。

「暇だからって・・・。俺もお前も一応受験生だぞ?」

『大丈夫だって!加奈子はやれば出来る子だしぃ』

お前が出来るかどうかしんねーけど、俺の人権はドコへいった?


「俺にはできねーんだよ!そもそもお前、成績悪いほうだろうが!桐乃から聞いたぞ!」
『なっ!桐乃のヤツ・・・。で、でも!授業態度が悪いだけで勉強はできるんだって!』
「言ったな?じゃあ俺が問題出してやるから、応えろよ?」
『の、望むところだ!』

こんなことは言ったものの、もし加奈子が本当に勉強のできるやつだったらどうしよう。
以外にしっかりしてるしなあ、アイツって。
とりあえず手解き程度に、あの問題をだしてみるか・・・。

「じゃあ、問題。四大公害病の一つ、イタイイタイ病はどこで起きたのか?」

恐らく加奈子の歳なら習っている問題だろう。
みんなは分かるよな?え?分からない?ブフッ。
正解は富山県。もっと詳しく言うと神通川下流だ。
さて、加奈子も流石にこれくらいは分かるだろうな。分かるよな?

『・・・・・・・・・・・。』
『・・・お腹?』
「なんで発症後の話なんだよ!?患部は聞いてねーよ!」

ついでに代表的な患部は骨。お腹でもあながち間違ってはねーけどな。
簡単に言うと骨がもろくなるのだ。歩くことはもちろん、くしゃみや咳で骨が折れたりするらしい。
今では患者も少なくなったとは言え、この公害病が存在したことは風化させてはいけない。
公害病等の過ちを二度と繰り返すわけには行かないってことだ。
つまりお前達、ちょっとでも地球への負担を軽減できるように努力しろよ。

話がそれてしまったが、今さっき加奈子がバカだと言うことが証明された。

「はぁ・・・。お前、この電話が終わったら勉強でもしろよ?」
『るせー!言われなくてもやってやんよ!』

逆ギレっすか、加奈子さん。
まあそれだけナニクソ精神があれば充分だよな。多分。

そんな他愛もない会話で、聞きなれない声に耳を慣らしていった俺たち。
突然の電話への緊張も解けてきた頃、急に加奈子からこんな質問が飛んできた。
今思えば、これが未来を変える大きな引き金だったのかも知れない。



『ところでさぁ・・・。京介って彼女とか出来たことあんの?』

!!

今俺が頭に思い浮かべてるこれは、かなり思い出したくない話だった。
今年の夏、経験したあの出来事がフラッシュバックして、俺のガラスのハートに突き刺さる。
そういえば俺、当分彼女作れねーんだなぁ・・・。

『あれ?どうした?』

「あ、いや。なんでもねーんだ。」

本当は、なんでもなくないんだけどな

『で、彼女できたことあんの?』

「ああ、あるよ。」

ここで嘘をつく理由もあるまい。俺は加奈子に正直に答える。
今はフラれちまった、なんて恥ずかしくて言えねーやな。


『・・・。そっか。もう高3だもんな。今も付き合ってんの?』

加奈子は俺の心をえぐってほじくりだすセンスに恵まれてるらしい。
ココまでピンポイントに痛いトコを疲れると、流石にな・・・。

「いや。今はもう付き合ってないんだ。」

『あ、ご、ゴメン!悪いこと聞いて!』

俺を哀れんでいるのか、嬉しそうな加奈子。正直フォローになってない。

『じゃあさ、これから彼女作る気とかあんの?』

と、また物事の核心を突くような質問。

「いや、作らないつもりだ。つーかまあ、作れないって言ったほうが正しいかな。」

口から自然に、そんな答えがこぼれ出る。
おいおい、加奈子に今回の出来事を言っていいのか?
      • いや違うな。どうやら俺は今回あったことを、誰かに話したいらしい。
自分が間違っているのか、または正しいのか。それを知りたいんだ。
俺自身は正しいと思ってるんだ。いや実際正しい。そう思いたい。
ただ、世間体はどうなんだろう?妹のために、彼女を作らないって。
それが自分で判断できないとは、とんだダメ人間だよ俺は。


そうして俺は、この夏あった全てを加奈子に話すことにした。

黒猫に告白されたこと、夏休みはとても充実していたこと。そして・・・、黒猫にフラれたこと。
その後桐乃に慰められたことや、俺が彼女をつくらない約束をした経緯をひっくるめて伝えた。
それに対する加奈子の反応は

『そっか。桐乃のブラコン気質は感づいてたけど、それに応えてやるお前はお人よし過ぎんじゃねーの?』

加奈子の、俺たち姉妹と友人彼女へ向けられた感想。
とても世間体は良くないと思わされる反応だった。
その現実が俺の心を締め付ける。
やっぱりおかしいかな。妹が一番じゃなきゃだめな兄貴って。

『でも・・・。そんな兄貴を持った桐乃が羨ましいよ。』

、訂正。やっぱり間違ってなかったんだな。
俺は俺のままでいいってことか。なんかわかんねーけど、加奈子に精一杯ありがとうを伝えたい。


そんな今回の電話で一番の山場を越えた俺たちは、その後も他愛もない話を続けた。
加奈子のモデル活動について、桐乃やあやせについてのバカ話。
そういえば、こんな話もしたな。

『そういえばさ、あやせが最近おかしいんだけどオメーなんか知らね?』
「ない。」

高坂京介、高校3年生にして父の教えに逆らって嘘をつきました。
心当たりがありすぎるけど、これを加奈子に言うのは得策ではない。


『そうか。で、オメーあのブスに何したんだよ?』

また、嘘を見抜かれたらしい。
親父のせいで大分嘘をつくのが下手になってるみたいだな。
と。だんだん説明が面倒になってきたので、会話だけをピックアップして聞いてくれ。
え?作者側の問題?何それ?おいしいの?

「別に何もしてねーよ。マイラブリーエンジェルにプロポーズをしたら、キレられただけだ。」
『何その呼び方。キメーんだけど。』
『つーか何?プロポーズって。』
「俺の素直な気持ちだ。」
『はぁ?オメーあやせのこと好きなの?』
「大好きだ。文句あるか。」
『大有りだよ。さっきのルリとか言う彼女はどうしたんだヨ?』
「彼女と天使は違う。それにあやせが彼女だと命がいくつあっても足りん」
『それは分かるけどよ。でも、あやせって彼氏いんべ?』
「な、なんだと!名前を教えろ。ひねり潰してやる!おれのあやせたんを返せ!」
『嘘。嘘だっての。そんな彼女にしたくなくても彼氏が出来るのは嫌なのか?』
「嫌だよ。別にあやせだけじゃなく、桐乃にも彼氏が出来たりするのはは嫌なんだ」
「つまり、俺がなんでも一番でいてやりたいんだよ。」
『・・・シスコン。独占魔。まあでも、分からないでもネーな。』
『好きになったやつの始めての彼女でありたい。ファーストキスでありたい。って』
『そんな我侭じみた独占欲を持っちゃうんだよね。人間ってさ。』
「加奈子・・・。お前は俺か?共感しかできないんだが。」
『こんなの誰でも持ってる感情じゃネーの?一番好きじゃないけど相手の一番でありたいんだよね。』
『本気好きな人は他にいるけど、アイツに彼女ができるのはイヤだー!って感じ?』
「ああ、そう。それだよ・・・。」

俺が桐乃に抱いてる感情は、まさにそれだ。
加奈子は俺のことを充分理解してくれているらしい。
ここまで話していて気持ちよかったことなんて人生でもあまりない。


「いや加奈子。いい話を聞かせてもらったよ。アッハッハ」
『なんだその・・・ブルジョアキャラ。』
『って!もうこんな時間かよ!明日平日だぞ!?こんな時間までつき合わせやがって!』
「もとはと言えばお前が電話を掛けてきたんだろーが!」
『ん、それはそうだけどさ。』
「はあ、まあいいよ。じゃ、今日はもう電話切るぞ?」
『・・・。うん。しょうがねーな。』
「じゃあまたメールでもしようぜ。じゃあな」

そうして俺は通話終了ボタンを押し込む。
通話時間は2時間弱。こんなに話してたのか・・・。
でもまあ、たかが2時間だ。

加奈子との電話。長い人生の中でたったの2時間だったけど、
俺の中では多分ものすごく密度の濃い2時間だった気がする。
自分の内に秘めた嫉妬心や独占欲、他人には蔑視されそうな感情をぶちまけて、理解し、理解され。
音が共鳴するような感じかな。
そんな俺から出る声と共鳴出来る加奈子のそれは俺の耳にかすかな余韻を残し、
ベットの中で目を閉じた後も中々消えてはくれなかった。






タグ:

来栖 加奈子
+ タグ編集
  • タグ:
  • 来栖 加奈子

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年05月22日 12:18
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。