『ひみつのまほう』



「加奈子って、変わったっしょ?」

目の前に居るクソガキ、いや、今では“元クソガキ”と呼ぶべき来栖加奈子が
俺に同意を求めながら話し掛ける。
三つも年下でありながら、俺に向かってタメ口全開なのが気に食わないが、
言っていることそのものには全面的に同意できる俺が居た。
そう。こいつ、加奈子は俺と付き合うようになって変わった。

「髪型も変えたしィ」

加奈子はかつてのツインテールを止め、ストレートヘアに髪型を変えた。
ただし、俺とふたりきりの時限定だけどな。
これで黒髪なら超ストライクなのだが、残念なことに加奈子は生来の黒髪を
染め続けている。桐乃と同様、仕事の都合だから仕方ないとはいえ残念だ。

「呼び方も変えたしィ」

コレが一番効く。かつては『オメー』とか『クソマネ』とか言われていたが、
今では『京介』と呼ばれるようになった。これもふたりきりの時限定な。
俺の周囲の女共は、『アンタ』『京ちゃん』『貴男』『京介氏』『お兄さん』
『高坂先輩』という呼び方だったので、『京介』と呼び捨てにする女の子の
存在は実に新鮮だ。もっとも、恋人同士なら普通なんだろうけどな。

「体つきも女っぽくなったっショ?」

確かに‥‥‥以前の小学生のような体型とは少し違う。
胸もホンの‥‥‥少しだけ大きくなって、以前とは感触が変わった。
そして‥‥‥アソコも‥‥‥グフフッ。



「‥‥‥オイ、オメー!? 加奈子が話しているとき別のこと考えてんのかヨ?」

う‥‥‥、二人きりなのに『オメー』呼ばわりするってことは怒っているのか。
加奈子って、怒らせると意外と怖いんだよな。

「さっさと白状しろヨ。一体ナニを考えていたんだっつーの!?」

俺は加奈子の躯の変化を考えていたことを即ゲロしてしまった。

「こ、この‥‥‥すけべ! そんなコト、考えていやがったのかヨ!?」
「スケベって、お前!? 意味わかんねーよ!」

俺は俺の下でベッドに仰向けになっている全裸の加奈子に反論した。
無論、俺も全裸であり、そして‥‥‥つーか、この状況で躯のことを考えて
スケベ扱いするんですか、加奈子サン?

「あーあ、こんなすけべと一緒に居たら、ナニされるかわかんねえし」

そう吐き捨て、ベッドから出て服を着ようとする加奈子を俺が見つめていると、

「ナニ見てんだヨ? すけべ! あっち向いてろヨ」

加奈子のスケベと非スケベの判定基準はかなり風変わりだ。
俺とさっきまであんなにスケベなことをしていたってのによ。
だが反抗しても仕方ない。俺は加奈子の言う通り、壁を見つめることにした。

‥‥‥‥‥‥



「オッケー、オッケー、京介! もういいゼ。うんじゃな!」

服を着終わった加奈子は、軽い感じの言葉を残し、部屋のドアの前まで行くと、
何かを思い出したかのように、そこで立ち止まった。

「京介」

そんな加奈子の声に反応して、ドアの前に佇む加奈子に俺が目を向けると、
加奈子は俺に背を向けたまま、自らのスカートを捲り上げた。

「なッ!!!」

ω ← こんな風な生尻である。加奈子のヤツ、パンツ穿いてねえ!
ふと横を見ると、ベッドの脇の床に加奈子のパンツが落ちている。

「お前、ちゃんとパンツ穿けよ!」
「うん? ぱんつぅ? お家の中くらいいいジャン!」
「どこぞのアニメキャラみたいなセリフを言うな!」
「オメーのせいだろ。『脱がせっぱなしはダメ』って教わらなかったのかヨ?」
「何だよ、それ!? まるで俺がパンツを脱がせたみたいじゃないか!」
「違うのかヨ?」
「いや‥‥‥違わない。つーか、いいから、ちゃんとパンツ穿け!」
「んじゃ、穿かせてくれヨ」

また始まった‥‥‥
落ちている妹のパンツを見て、首がもげそうなビンタを喰らったのとは大違いだ。

「わかったよ。こっち来い」
「にひひひ、このすけべ」

俺は床から拾い上げた加奈子のパンツを両手で持ち、加奈子の前で片膝を着いた。
怪しげなプレイの様相を呈している、と妄想したあんた、それは正解だ。
そして俺の目の前には加奈子のスカート。
そのスカートは、加奈子の秘部を俺の目から護る最後の砦という状態だ。
そんな怪しい状況にある俺が持つパンツに、加奈子は右足、左足とその華奢な
脚を差し入れた。
俺はそれを確認すると、パンツを加奈子の太股の付け根に向けて一気に上げた。

「うっひゃっ!」

俺の手が加奈子の太股の裏側に振れた途端にこの奇声だよ。
さらに加奈子は悪戯心を出したのか、俺の目の前でスカートを捲り上げる。
だが、スカートが捲り上がったと同時にパンツが秘部を隠したので、
いやらしい光景が展開されることはなかった。

「ちぇ~!」

加奈子の恨めしそうな声が俺の頭の上から聞こえた。

とまあ、こんなことをするのが、今では俺たちの平常運転だ。
ふん。どんな誹りを受けようと、俺は爆発などしないからな!

‥‥‥‥‥‥



数日後、今となっては“元”ラブリーマイエンジェルとなった黒髪の美少女
新垣あやせから呼び出された俺は、またもやノコノコと誘き出された。
加奈子という恋人が居る分際で何を期待してんだ、このリア充クソ野郎は?
という印象を俺に持ったあんたは、あやせの性格を理解していないと断言できる。
あやせの呼び出しを拒絶したら一体どうなるか、冷静に考えてみてくれ。
刺されるなんて俺はご免だからな。わかるだろ?
それはともかく‥‥‥あやせの最初のセリフはどうせ、いつもの通りだろう。

「お兄さん、ご相談があります!」

やはり予想通りだ。やれやれ、今度はどんな相談だと言うんだ?

「はい‥‥‥実は加奈子のことなんです」

う‥‥‥。俺は全身の毛穴が開く感触を味わったね。
あやせの呼び出しなんて、どうせロクな話じゃないとわかっていたはずなのに。
しかも今回は加奈子のことだと? すげえ嫌な予感がする。

「あ、あいつが一体どうしたんだ?」
「最近、加奈子、わたしや桐乃とあまり遊ばなくなったんですよ」
「それって、つまりどういうことなのかな?」

思い当たるフシのある俺は爆弾処理の如く、探り探りあやせに問いかけた。

「多分、加奈子に彼氏ができたんじゃないのかと思うんです」
「へ、へぇー。あいつに彼氏ねえ‥‥‥」
「はい。でも加奈子ってああいう娘でしょ?
 おかしな人に引っかかっている気がしてならないんです」

オイ、今何つった? いくら俺でも聞き捨てならんぞ!
‥‥‥と言いたかったのだが、とても言える相手じゃねえよ。死にたくねえし。

「それにわたしの友達が、加奈子が彼氏と一緒に居るところを目撃したようです」

な、なんですと? 何時のことだ?

「加奈子よりもずっと背が高くて‥‥‥そう、お兄さんと同じくらいで」
「‥‥‥」
「それと、お兄さんのようにスリムで華奢な感じだったらしいです」
「‥‥‥それで、その彼氏はどんな顔していたのかな?」

片足をトラバサミに突っ込む気分であやせに問いかけた。

「爽やかな感じの、どちらかと言えばイケメンだと聞きました」
「そ、そうなんだ」
「なんでニヤついているんです? 気持ち悪いですよ」
「気のせいだ」
「その彼氏、”イケメン”らしいですから、お兄さんとは正反対のタイプですね」

いやね? 俺は別に自分のことを爽やかなイケメンだなんて微塵も思ってないよ?
でもね? こういう風に真っ向から否定されると、そりゃ傷つくってもんだぜ。



「‥‥‥それで? 俺に相談ってのは何だ?」
「お兄さんに加奈子の後を尾行して貰って、加奈子の相手を探って欲しいんです」

この女、人を扱き使おうとしやがって。自分でやるという選択肢はないのかよ?

「わたしが尾行したらあっという間に加奈子にバレてしまいます。
 その点、お兄さんなら加奈子の印象も薄いから変装すればバレませんよ」

無理! だって俺と加奈子は恋人同士だもん! 変装したって無理!!
と言いたかったのだが、とても言える相手じゃねえよ。あやせだもんな。

‥‥‥‥‥‥

さらに数日後。俺は以前から約束していた加奈子とのデートに出かけた。
不本意ながら、あやせに命令、いや頼まれた“加奈子の彼氏を探る“という
ミッションも同時に実行しなければいけないんだよな。
さて、どうしたものか‥‥‥

「おーし! 今日行くところは―――」

加奈子とのデートでは、いつも加奈子が主導権を握っている。
何処に行くのかもガンガン決めてくるんだよな。
麻奈実の「どこでもいいよ」や、桐乃の「行きたいトコを当てなさいよクイズ」
に比べたら超イージーモードと言えるほど、スゲー楽だぜ。

そんな、いつもの調子で加奈子とのデートの刻は過ぎていった。
だが、そんな刻を掻き乱す影が俺に忍び寄っていることを俺は知る由もなかった。

‥‥‥‥‥‥

「ちょっとトイレ行ってくんゼ」

そう言い残して加奈子はデートの場を一旦離れる。
『花摘み』とか表現に気を使えないのかね? ムードぶち壊しだぜ。
などと脳内で加奈子に文句を言っていると、透明感のある悪魔の囁きが聞こえた。

「こ・ん・に・ち・は、お兄さん」

‥‥‥えーっと、ムードぶち壊しの次は、俺ブチ殺しですか?
俺を呼ぶその声に恐る恐る振り向くと、黒髪の美少女・新垣あやせが居た。

「え‥‥‥、あ、あやせ!? どうしてココに?」
「お兄さんが女の子と、で・え・と・しているという情報が入ったんです!」
「情報って! 誰がそんなコトをあやせに吹き込んだんだよ?」
「わたしの情報網を甘く見ないで下さい。その女の子、何処に居るんですか!?」

こ‥‥‥怖ええええ! あやせさん、怖えええええ!
恋人でもない男のデートの現場に踏み込むなんぞ、並の神経じゃねえよ!

しかし‥‥‥あやせの知り合いで、かつ俺の顔を知っている人物って言ったら、
ごく限られるよな? 桐乃と麻奈実くらいしか居ないんじゃないか?
桐乃があやせに“通報する”なんてそれこそ考え難い。そんな回りくどいことを
するようなアイツじゃない。麻奈実だって似たようなものだ。
すると、一体誰があやせに通報したんだ‥‥‥?



「聞いているんですか、お兄さん? 彼女さんを紹介していただけませんか?」

あやせのトゲのある重々しい言葉で、俺は修羅場という現実に引き戻された。

「な、なんで!? どうしてあやせに紹介しないといけないんだ?」
「ふ~ん。やっぱりデート中だったんですね?」

しまった‥‥‥。何という自爆。
いや、そんなことよりも、加奈子がこの場に戻って来たら、どうなるんだよ?
俺、死にたくねえよぉ!

「お兄さん? 彼女サンを紹介していただけるんですよね?」
「わかったよ‥‥‥ちょっと連れてくる」
「待っていますからね? お・に・い・さ・ん」

背中に刃物を突きつけられた気分の中、俺は加奈子を探す羽目になった。
こうなったら、加奈子をあやせの前に連れてきて、加奈子と付き合っていると
あやせに白状するしかないよな。
正直に言ったところで、まさか命までは取られまい。多分。きっと。

「オイ、京介」

一大決心をした俺を呼び止めるロリボイスの主はもちろん加奈子である。
さて、加奈子を説得し、恋人としてあやせの前に引っ張り出さないといけない。
あのさ、加奈子―――と言おうとした俺の言葉を加奈子は遮った。

「京介、ゴメン」
「ん? 何が?」
「実は加奈子、京介が女の子とデートしてるって、あやせにタレコんだんだよね」

とんでもないカミングアウト、ktkr。一体何で? 俺を殺すつもり?
俺の強ばった表情を伺いながら、加奈子がさらに続ける。

「加奈子たちってサ、付き合っているってまだ誰にも言ってないジャン?」
「そう言えばそうだよな。なんでだろ?」
「なんつーか、チョット恥ずかしいし‥‥‥あ、京介のことじゃねえヨ!」

いや、それ、何となく解るぞ。
「俺たち、付き合ってるぞ!」って積極的に言い触らすって恥ずかしいよな。
それに自分で言うのも何だが、俺たちって意外な組み合わせだし。
でも、何で加奈子はよりにもよって、あやせにタレコミをしたんだ?
そんな疑問を持ちつつ加奈子の表情を見ると、加奈子は顔を赤らめて呟いた。

「でもヨオ、付き合っていることを知られたいって気持ちもあるし」
「だからあやせに、俺のデートを目撃したってタレコミをしたのか?」
「うん‥‥‥ゴメン」

加奈子と付き合っているくせに、俺がハッキリした態度を取らずに曖昧な
状態のままで居たからこそ、不安になった加奈子がタレコミという形で
俺たちのことを自慢したかったのだろうな。
クソ! 加奈子に謝らせるなんて俺、最低だぜ。

よし、決めたぞ!
俺は加奈子の腕を取り、あやせの居る方に向かって歩き出した。



「オイ、ナニすんだヨ!?」
「今からあやせに俺たちが付き合っていることを言う」
「正気かヨ!? そんなコトしたら、加奈子たちの明日はねえぞ!?」
「心配するな! 俺がそんなコトさせない!!」

くぅ~! この瞬間の俺ってイケてねえか? 恋人のために命を張る俺。
もし俺が女だったら問答無用で惚れるね。あやせ、驚くんじゃねえぞ!

「あやせ! 話がある!!」
「お、お兄さん!?」
「実は俺、こいつと付き合い始めたんだ!」
「は‥‥‥‥‥‥‥‥‥?」

あやせは?マークを10個くらい浮かべたような表情で俺を見る。

「お兄さん?‥‥‥もう一度言って下さい」
「だから、俺はこいつと付き合っているんだ!!」
「しょ、正気ですか、お兄さん?」

この女、失礼なヤツだな。いくら意外な組み合わせと言ったってそれはないだろ!

「正気だとも! だがな、お前に俺たちの愛を邪魔なんてさせないぞ!」
「くぅっ‥‥‥この、変態!」
「変態だと? 俺のドコが変態だと言うんだ!?」
「そんなモノと付き合って居るなんて、変態にも程がありますよ!!」
「『モノ』だと? 聞き捨てならんな。お前、こいつの友達だろうが!」
「わたしにそんな友達居ません!」

この女! 加奈子を友達じゃないって言うのか!
俺は加奈子の居るはずの方を振り向くと、そこに居たのは‥‥‥

某エロゲ販売促進用のビニール製等身大人形だった。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?

加奈子のヤツ、いつの間に変わり身の術を身につけたんだ?
はははは、お茶目さん。
と、事態を把握したところであやせの顔を見ると‥‥‥
俺を巨大なシュレッダーに放り込みたいような表情をしていた。ああ怖い。

そこから先の記憶がない。
残っているのは、顔面に鈍痛を感じながら地面にキスをしている俺に
加奈子が話しかけた以降の記憶だった。

「京介、大丈夫かヨ?」
「お、俺、一体どうなったんだ?」
「あやせ様の顔面ハイキックが炸裂したんだよ。加奈子も初めて見たけどヨ」
「あ! お前があんなコトするから、俺は―――!」
「いや、やっぱ、あやせ相手に説明できっかヨ? 無理だべ?」

確かに‥‥‥。俺が人形と付き合っていると言ってあの蹴りなのだから、
加奈子と付き合っているなんて言ったら‥‥‥殴? 刺? 炙? 埋?
いずれしろ、考えたくもねえ。いずれにしろ、告白しなくてよかったのかもな。

‥‥‥‥‥



「今日は悪かったナ、ごめんヨ」

畜生。また加奈子に謝らせちまった。今日の俺はますます最低だ。
加奈子と付き合っているのに、『加奈子は俺の彼女」と毅然と言えないなんてな。

「そんな落ち込むなって、京介」
「いや、俺が全部悪いんだよ。お前が恋人だって誰にも言えないなんて最低だよ」
「そんなコト言うなヨ。加奈子は今で満足なんだからヨ」
「‥‥‥情けないぜ」
「何だか、元気ねえジャン」
「これで元気を出そうって言ってもな‥‥‥」
「よしッ! “ひみつのまほう”を京介にかけてやっから、元気出せヨ!」

そう言うと加奈子は、俺の背中に両腕を回して俺を抱き寄せた。
俺と加奈子の顔が超至近距離になる。そして、

「えいっ!」

きゅっ

加奈子の掛け声と同時に、そんな音が俺の下半身から脳に伝達された。

「うおおおおおおおおお‥‥‥!!」

加奈子は“俺”を絞め付けてきた。

「す、すす、SUGEEEEEEE!」
「おー、元気出たジャン!」

ベットの上で求め合っていた俺たちに“ひみつのまほう”の効果は絶大だった。
俺たちは一気に燃え上がり‥‥‥そして俺は加奈子にコッテリと搾られた。

‥‥‥‥‥‥

「にひひひ。どーよ、加奈子って?」

加奈子がいつものように俺に“まほうの出来”を訊いてくる。
俺もいつものように応えた。

「最高です。加奈子様」

「ねえ、加奈子って、変わったっしょ?」

髪型をストレートに変えて、俺を『京介』と呼ぶようになって、
体つきも女っぽく‥‥‥なった‥‥‥よな?
そして、“ひみつのまほう”も使えるラブリーうぃっちに変貌した加奈子。

ああ、本当に加奈子は変わったよ。最高さ!


『ひみつのまほう』 【了】

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最終更新:2011年06月04日 07:46
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