「お兄さん、実は初めて会ったときから、ずっと‥‥‥好きでした!」
俺は『ご相談があります』の決まり文句であやせの家に呼び出されていた。
どうせいつも通りロクなことにならないと思っていたが、今日は違った。
あやせは冒頭の言葉を皮切りに、潤んだ瞳で俺を見つめ、俺に縋り付き、
俺にキスを求めてくる。キタ――――ッ!! と思ったのもつかの間、
『あやせ? 誰か居るの?』
「いけない! お母さんだ。お兄さん、隠れて下さい!」
あやせは部屋の隅にある箱の蓋を開けると、その中に入るように俺に言う。
言う通り俺が中に入るとあやせは蓋を閉じた。息苦しい。密閉性の高い箱だ。
「あやせ‥‥‥なんかこの中、息苦しくてイヤな感じだ」
「我慢して下さい。そこがお兄さんの終の棲家になるのですから」
「え?」
「お兄さん、ずっと私と一緒ですからね。ウフフフ」
あやせはそう言うと、箱の蓋の小さな穴からホースを差し込み、水を入れ始めた。
止めてくれあやせ! 水はあっという間に箱の天辺まで到達し、息ができない。
薄れ行く意識の中、暗闇の中で目を開くと、目の前にはあやせの顔。
「うわああああああああああああ!」
「ど、どうしたのですか? 京介さん!?」
「あ? ゆ、夢? はぁー‥‥‥夢かぁ」
「もう! そんな大声出したら、この子も驚いちゃいますよ」
あやせはそう言って、大きく膨らんだ自らの腹を優しく撫でる。
俺は、あやせと間もなく生まれてくる子供の前で醜態を晒してしまったわけだ。
そんな俺にあやせはいつものように、おはようのキスをしてくる。その時―――
「うわああああああ、おとうさんとおかあさんがチューしてるうううう!」
4歳の我が娘がキラキラした目で俺達を見ていた。そして―――
「おにいちゃーん、おとうさんとおかあさんがチューしてるよううう!」
「こら、ダメだろ。お父さんとお母さんの邪魔をしちゃ!」
我が息子は3歳下の妹を優しく諭すように叱る。
「ねえねえ、ママにもおしえてくる!」
そして、リビングの方から娘に手を引かれてやって来た“ママ”が渋い顔で言う。
「アンタ達、仲が良いのはいいケド、この子達がいるんだから自重しなさいよ」
俺達の子供に“ママ”と呼ばせている我が妹・桐乃が呆れ気味に言い放った。
「お父さんとお母さん、ホント仲が良いよねえ、みやびちゃん」
「おい、そこのエロゲ脳! 名前が違う!」
「いいじゃん。この子だって喜んでいるみたいだし。ねえ? みやびちゃん」
「『今日からよろしくね、おにいちゃん』」
「フヒヒヒヒ‥‥‥」
「もう、桐乃ったら!」
いつの間にか娘は“みやび”の台詞を覚え、あやせは桐乃の趣味に理解を示した。
俺達の一家は桐乃の罠に堕ちてしまった。でも、こんな生活も悪くない‥‥か。
『罠に堕ちて』 【おしまい】
最終更新:2011年06月11日 09:53