カップリング

「うちの兄ね、高坂先輩と結構仲いいみたいなの」

 不意に赤城瀬菜の口から漏れたその名に、思わず打鍵の手が止まった。
 彼女にとっては、退屈しのぎのほんの無駄話。でも私にとっては。
 続けて彼女が口にしたのは、有名なエロゲーの名台詞。

「『友情は見返りを求めない』」

 勿論知ってるわよね? という瞳で、彼女が私を見つめる。
 知っている。無論その程度の有名ネタは知ってはいるけど、さりげなく振るようなカタギのネタではない。
 腐女子に大切なのは慎み、などと大層なことを言ってはいたけど、彼女のオタクの自分を前面に出せる空間を欲しがっていたのだろう。
 ―――自分と同じように。
 尤も、いかがわしい妄想に耽って熱暴走を起こす頻度が増えているのは頂けない。

「それがどうかしたのよ?」

 打鍵を再開し、画面に集中しながら素っ気無く返す。

「うちの兄と高坂先輩ね、その誓いを交わしたらしいの! つまり二人はもう……むふふっ♪」

 口元を三日月に曲げて彼女が俯く。その脳内で腐妄想がむりむりと膨らんでいくのが手に取るように分かる。
 彼女の兄―――会ったことの無い赤城先輩と彼が、どんな状況でその誓いを交わしたのかは容易に想像できた。
 ……半分病気の妹を持ってる者同士、この事は内密にしとこうぜ……そんな感じだろう。
 シスコンの男達め。
 ぞんざいな扱いを受けながらも、ただ兄という理由で愚妹を守り続ける彼らに苛立ちを感じる。
 過保護な兄に守られている瀬菜にやっかみを感じる。
 ―――そして、海の向こうにいる、あいつにも。
 どうして、妹という人種は兄姉に感謝を払わないのだろう。
 あれほどの無償の慈しみをかけられてなお、それを当然のことのように平然と過ごせるのだろう。
 いや、守られていながら、何も返せていないのは私も同じなんだけど。

「ふふっ、やっぱりクロ†チャンなら天然攻め×捻くれ受けの、ラバ×太一かな~~」

 自己嫌悪に陥りかけた自分と対照的に、彼女はすっかり自分の妄想の世界に入ってしまった。
 腐女子の慎みはどこへ行った?
 理性の半分飛んだ瞳でこちらへ振り向く。

「やっぱり、うちのお兄ちゃんと高坂先輩ってラブラブだったりしないのかな?」

 キラキラと星を散らす瞳に射抜かれ、背筋に汗が一筋。
 兄→お兄ちゃんは聞いて聞かぬふり。
 彼女の腐オーラに圧迫されて、一瞬想像してしまった。
 ワイングラス並ぶテーブルの横、耽美な薔薇の下でまだ見ぬイケメン赤城先輩に組み伏せられる彼の姿を。

「………………」

 男だけの花園。女の子の入る余地の無い世界。私の入る余地の無い世界。
 思わず、感想が口から零れた。

「……そんなの、困るじゃない」








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最終更新:2010年01月13日 22:14
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