第三話 『魔女とわたし』
「じゃあ、そうやって持ち主のところに物を返して回ってるんだ?」
「そ」
「そ」
言って私に背中を向けると、ろここちゃんはリュックをがしゃんと大きく揺らす。
その音からしてずいぶんと色々なものが入っているようで、ふかふかしたクマの身体はところどころ出っ張ったり、角張ったりしていた。
その音からしてずいぶんと色々なものが入っているようで、ふかふかしたクマの身体はところどころ出っ張ったり、角張ったりしていた。
これまで割と純情な人生を歩んできた私にとって、魔女という響きは決して悪いものではなく、悩んだり困ったりしている人を助ける正義の味方だったりする。
それはもちろん漫画やテレビの影響かと思うのだが、常々感じる疑問があるのだ。
それはもちろん漫画やテレビの影響かと思うのだが、常々感じる疑問があるのだ。
「でも、一体なんだってそんなことをしているの?」
あるべきものをあるべきところへ、失った大切な気持ちを思い出させるため。おおよそ思い描ける理屈はそんなところだろうか。
しかしそこで繰り出されたろここちゃんの返答に、私は稲妻にも似た衝撃を受けた。
しかしそこで繰り出されたろここちゃんの返答に、私は稲妻にも似た衝撃を受けた。
「だって、他にすることないんだもの」
あくまで私の想像だが、あの夫婦は先ほどのやりとりで何か大切なことを思い出しているはずだ。それは一時的なことかもしれないが、とにかく良い方向への啓示を与えられたことに間違いはない。
それをこの子は暇つぶしのように言ったのだ。興味がないなんて謙遜していたが、本当に興味がなさそうなのだ。
それをこの子は暇つぶしのように言ったのだ。興味がないなんて謙遜していたが、本当に興味がなさそうなのだ。
暇つぶしで人助け。ろここちゃんは見た目あっぱらぱーな感じこそすれ、私の想像をはるかにこえた偉大な魔女なのかもしれない。
「でも、呼び鈴押してくれてありがとうね」
偉大なのだが呼び鈴の高さには、ほとほとお困りのようであった。
「どういたしまして」
両手を絞るように伸びをしたろここちゃんは、手首についた腕時計のようなものに目をやると「あ」と小さく声をだした。
「どうしたの?」
「またやっちゃった」
「またやっちゃった」
小さなゴムバンドにはピンク色のかわいいウサギの顔がついていて、眠っているように目をつむっている。
「これね、ほら目を閉じてるでしょ? こうなると魔女の世界に戻る門が閉じてるの」
「それって帰れなくなっちゃったってこと?」
「ううん、また目を開いたときには戻れるんだけどね」
「それって帰れなくなっちゃったってこと?」
「ううん、また目を開いたときには戻れるんだけどね」
要するに単なる門限タイマーらしい。
「へえ、次はいつ目を開けるの?」
「さあ?」
「じゃ、じゃあさ、次に目が開くまでどうするの?」
「さあ?」
「じゃ、じゃあさ、次に目が開くまでどうするの?」
私は門限を過ぎて戻れなくなったろここちゃんを心配することよりも、突然降って沸いた楽しそうな予感に興奮を抑えきれなかった。
「どうって……どうしようかなあ」
「わわ、わたしの家に来ない?」
「わわ、わたしの家に来ない?」
魔女との生活。
「リコのおうち?」
「そ、そう! 次に目が開くまでさ、私の家で、その、あの……」
「そ、そう! 次に目が開くまでさ、私の家で、その、あの……」
魔女との冒険。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ」
「落ち着いてなんていられるわけないでしょ!」
「落ち着いてなんていられるわけないでしょ!」
魔女とわたし――
☆ ☆ ☆
「いたたた、そんなに引っ張らないでよ、行くから、行くから」
途中もちろん人とすれ違ったりするのだが、どの人も私からろここちゃんを奪おうとしているようなそんな目つきで、いつ襲われるのか不安でしかたない。
たとえるなら銀行で大金を下ろして――なんてフレーズを思いついて首を振る。
ろここちゃんは現金では買えないのである。
たとえるなら銀行で大金を下ろして――なんてフレーズを思いついて首を振る。
ろここちゃんは現金では買えないのである。
そんな焦りから私は途中で自転車を置き去りにして、ろここちゃんを半ば引きずるように自宅の前までたどり着くことに成功した。
「ここが私の家!」
「あれ、一人で住んでるの?」
「あれ、一人で住んでるの?」
私は小さいときに母を亡くし、ほとんど父親の手ひとつで育てられた。
父は私に対して過剰な愛を注いでくれていたのだが、思春期を迎えて大人になるにつれ、何かそれが気恥ずかしいように思えて、わざわざ自宅から離れた高校を受験したのだ。
父は私に対して過剰な愛を注いでくれていたのだが、思春期を迎えて大人になるにつれ、何かそれが気恥ずかしいように思えて、わざわざ自宅から離れた高校を受験したのだ。
「さ、入って」
もともと高校には寮があって、もちろんそこへ入る予定だったのだが、父親の「リコはそんなところに納まる器ではない」という一言で、なぜかこうしてアパートを借りて貰っている。
「うわっ、汚い!」
最初のうちは学校からいろいろ問題があると言われたのだが、不思議なことにそれらは次第に誰も口にしなくなっていった。詳しいことは知らないのだが、私の父はどうも日本の法に縛られない仕事をしているらしい。
「魔法で片付けられる?」
「できないよ、そんなの……」
「そんじゃーしょうがないか」
「できないよ、そんなの……」
「そんじゃーしょうがないか」
私は物がごちゃごちゃあるほうが落ち着くので平気なのだが、ろここちゃんが嫌がるのなら仕方ない。
なにせ魔女と生活するのだ。お互いにとって気持ちの良い場所が望ましいに決まってる。
とりあえず床にたまったゴミ袋を蹴りながら、私は最深部への突入を決意した。
なにせ魔女と生活するのだ。お互いにとって気持ちの良い場所が望ましいに決まってる。
とりあえず床にたまったゴミ袋を蹴りながら、私は最深部への突入を決意した。
☆ ☆ ☆
数十分後、お世辞にも女の子の部屋とは言いがたいが、新しめのアパートだったこともあり、なんとか綺麗な空間を作り出すことができた。
人間とは不思議なもので、普段全くやらないようなことでも、ちょっとしたきっかけがあれば張り切ってやりこなしてしまうのである。
――いや、そうではない。私はろここちゃんのために部屋を片付けたのであり、これはろここちゃんのもつ魅力、つまり魔法の力が私にそうさせたのだ。
「部屋の片付けもあっという間! 魔法って本当にすごいわ!」
「へ? ろここなにもしてないよ?」
「へ? ろここなにもしてないよ?」
またまたご謙遜。
やっぱりろここちゃんは素敵な魔女なのである。
やっぱりろここちゃんは素敵な魔女なのである。