港町の古本屋

「温度」(FFT合作)

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canfood

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#温度
 「——お前は居無くなれ」
 熱い奔流が少年——マーシュ・ラディウユの身体を通り抜けた。デライラの静寂と無音の密度は依然濃いままだった。完璧過ぎる清音の密度がより濁りを増し たように彼は感じながら憎悪の温度を知る。太陽の肉体的な暑さが彼の身体を蝕んでいく。少年の前にいるのも又少年でけれど少年では無かった。人間という生 き物の枠を超越した熱さと一端も届かぬ冷たさを兼ね備えた瞳。虚無のパペット。少年の眼前にいる彼は不自然だった。温度が無かった。少年は腰に携えた長剣 を手に取ろうとしようと指を動かす。指は黄土色の背景にする虚空を泳いでいた。彼が声を発してから数秒後パペットの金属的な表情が微かに歪む。空間が歪み 捻れ球体が生まれていく。やがて球体が生まれそこには濃密な黒の虚空が満ちていた。少年は固唾を呑み込み黒い泉を世界の楔の下流をじっと見つめる。パペッ トの紅髪が風に靡き虚空と空間が生む奇妙な金属音の中で煌めいていく。憎悪と金属のパペットは騎士剣の柄に手を当てやはり金属の質量を連想させる不思議な 高音で呟いた。
 「開いたか。…仕方ないな」
 温度。恐怖の温度がマーシュの身体を駆けめぐる。憎悪の温度が、無意味の温度が全てを律する。恐怖と困惑と共に空間が別の空間に浸食される。虚空が広がるのが見えた後デライラの沈黙が完全な物になったのを後方に感じた。
 
 ——そして、今になる。
 
 突如始まったエンゲージは圧倒的に不利な状況で行われた。……デライラの狭間に同様に呑み込まれた仲間達。パペットの配下で有ろう王宮騎士達と妖精然と した魔物。静寂が降り積もった神殿のような光景が広がる狭間で紅の液体が刹那を汚す。指揮官の——リーダーの差だった。刹那に一瞬散った紅い煙を、

 ——そして、理解出来なくなる。

 「マーシュッ——!」
 誰かが叫ぶのが聞こえた。少年の麻痺した聴覚と視覚の中に緑色の液体が浸食する。少年が気が付かぬ速さでパペットは行進していた。パペットが意味有る言 葉を吐くと共にマーシュの身体が呑み込まれていく。マーシュは小さな叫び声を上げながらそこから逃れようと躍起になって身体を動かす。重装備のブレードが 邪魔になって沼気溢れる深淵——アビスから逃れられない。身体中に巻き込まれる毒の香り。憎悪の、迸る火花のように熱い温度。

 ……まただ。

 先程パペットの騎士剣で抉られた肩の肉が誰かの声と共にゆっくりと自分の身体へと回帰する。パペットは無表情のまま深淵に呑み込まれたマーシュの身体向 けて刃を振り下ろす。ギロチンの刃が持つ刹那の煌めきに似たそれに奇妙な恍惚と何時かどこかで感じた感覚を見る。命の温かさを感じる。死の指先を見つめ る。誰かが叫ぶ。恐怖、急激な温度低下と石畳の仄かに残る感覚。

 ……君は? 君は何なの?

 少年は困惑した声と共にパペットの神聖文字が刻まれた刃をガントレットで受け止める。左手に持つ緑色の鉱石が生んだ光が紅く代わりそれはパペットの腕で 弾ける。バックドラフト。瞬間、パペットの身体全体に鏡のような膜が出現し世界と世界がずれた感覚をマーシュに感じさせる。憎悪が湧き出る。

 お前は僕には勝てない。

 パペットの紅毛は何一つ穢れ無い鮮やかな紅をしていた。その繊維質がそっと揺れる様の隅々まで少年は感じながら深淵から出たブレードをもう一度高く振り 上げその反動で深淵から脱出する。粘性の液体が絡んだ重い身体でもう一度切断する。出来ない。鏡の膜と世界のズレ。焦点が生まれる。

 君は何なの? ……君は、僕の知っている誰かに、誰かにとても似ている。

 少年は心の中でそう呟く。意味の無い物、感じられない物の中に潜む憎悪の刃が自分の知っている誰かに似ていたから。曖昧な輪郭の向こうに広がる銀色に輝 く手引きの糸が誰かの孤独に繋がっているような気がして。パペットはマーシュの無声に応えず逆に切り返す。碧い服の布地に軽い切り傷が入る。紅い染みが少 年の割と小さな身体からそっとにじみ出す。皮一枚で避けた刃に紅い線がうっすらと入っていた。

 「させ続けて……たまるかっ!」

 少年の周りに張りつめた紅い煙が蒸散し彼の腕に生気が満ちる。緑色の幾何的な軌跡が数本生まれパペットの表情を歪めさせる。鏡が何度も光を弾き無意味な 荒い呼吸と金属音がただ孤独の中に鳴り響き続けている。神殿騎士達が少年を取り囲んでいるために少年の周囲にいる仲間達のサポートは届かないままだった。
 
 「お前は僕に勝てない……絶対に」
 「こいつ……ッ!」

 少年が敵を見据えた直後パペットの輝く刃が空間を薙いだ。少年の身体が簡単に見えざる手で後方へとはじき出される。少年は内臓の回転と聴覚の異常を感じ ながらパペットを見つめる。パペットの表情は澄んでいた。無意味な憎悪がただ彼の心臓の中で歯車として生命を与えているように少年は感じる。
 
 どうして勝てないッ! ジャッジマスターの言う通り、僕の力じゃ適わないのか——!?
 昨期からそう言っていた。お前はボクに勝てないって。やっと解ったのか。

 パペットの高い声が高圧的に少年の精神を踏みにじる。少年は転倒していた身体を意志で持ち上げると床に倒れていたブレードを拾い上げる。まだ負けたくな い。少年の意志は既に敵を凌駕したい物へと変化していた。お前なんかに負けたくない。……だから。君の意味が掴めないから。

 「……邪魔なんだ。お前は、居なくなれ」

 存在否定。居なくなれ。パペットの剣に輝く神聖言語に闇が生まれる。高圧と恐怖、そして虚空と無力。少年の身体に絶望の温度が生まれる。同様に熱い温 度。たまらなく感じる自分の心臓の鼓動と精神の躍動。美しい闇に小さな恍惚すら覚えながら少年は剣を握る。強く、グリップを握る。たまらなく熱いと思う狭 間に少年の意志は存在していた。終わりたくなんて無い。

 ——ロウを忘れたか、レドナッ!

 その一声で全ての温度が解消された。無意味な憎悪に活かされていた剣舞。温度の存在しない人形に唯一どこかに生まれていた温度。耐えられない程の虚しさ が後の数十秒後に流れた。少年は冷めた意志と未だ躍動し続ける恐怖を感じながら、終わったのと呟いた。直後無意味な絶望に身体の全てが冷えたのを少年は感 じていた。虚空のパペットは呆気なく幕を引かれたのだった。

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