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小悪魔2

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orz1414

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■小悪魔2


さて、今日は世に言う一年の締め括り、大晦日と言う奴である。
とは言え、我等が紅魔館は先週のクリスマスパーティー以降、軽い燃え尽き症候群に陥っていた為、
特に何かしようという動きも無く、まったりとしたムードになっていた。
レミリアお嬢様が、「どぅもー――! ハードレズでぇー――す!! 今宵は霊夢とオールナイトで年越しフォー――――!!!」
とか叫びながら、咲夜さんを伴って夕方頃から博麗神社に出掛けてしまった事も、館の空気を弛緩させるのに一役買ってしまっている。
『晦日(つごもり)』の名に相応しく、今夜の月の光は人間の目では捉えられない程に弱々しい。
まあ、咲夜さんも傍らについている事だし、あのお嬢様に限って身の危険を案じる必要も無いだろう。
……それよりも、だ。


「げほっ、げほっ!!」
「あぁっ、パチュリー様、しっかりして下さい」
本当は、俺とリトルも含めたパチュリー御一行もお嬢様に同行する予定だったのだが、
パチュリーが寒気に中てられて喘息を拗らせてしまい、大人しく館でお留守番、という事になってしまったのだ。
「……御免なさいね。貴方たちも神社に行きたかったでしょう」
「お母さん、それは言わない約束でしょ」
リトルが病床の母をいたわるような目でパチュリーの手を取った。
……誰がお母さんだ、誰が。
「けほっ、……あぁ……本当にいい子ね、リトルは」
――なでなで。
「ああ……お母さん、こんなに手が冷たくなっちゃって……」
……二人とも結構余裕があるようで、何よりだ。
何だかひと昔の昼メロみたいになってきたので、俺も一役買う事にした。
「あ~~あっ、さっさとババアの遺産で放蕩三昧してぇなあぁ~~~!?」
現代風味の不幸者チックな馬鹿婿を演じてみた。
「なっ、何言ってるんですかあなたっ!!」
――ばちこーんっっ!!
リトルに勢いよく頬を張られた。
……かなり気持ちい……じゃなかった、かなり痛い。
「ううっ……ゲホッ、ゲホッ、この鬼婿……呪ってやる、呪ってやるわ……ゴホッ!」
細く生気の無い目を険しく吊り上げて俺を睨むパチュリーの背後に、どす黒い般若の形をしたオーラが浮かび上がっていた。
(ひぃっ、あ、あれは……何て事なの……!)
寝室の入り口の物陰から、家政婦ならぬ門番が見ていた。


「なんだ美鈴か。どうした?」
何だか昼の連ドラというより火曜幻想郷サスペンス劇場みたいになってきたので、いい加減に切り上げて素面に戻る事にした。
「いえその、お客様がいらしていますので、ご報告に」
「客? こんな時間に?」
パチュリーがベッドから上体を起こし、眉を顰める。
もう二時間もすれば年号がひとつ繰り上がるような時刻で、厨房の人たちがそこに向かって猛ピッチで蕎麦を湯掻きまくってくれている最中だ。
「……まったく。不躾にも程があるわ」
そう吐き捨てて、嫌悪も顕わに頭を掻く。
レミリアお嬢様と咲夜さんが不在な現状、この館の最高責任者は彼女という事になる。
「何処のどいつかしら。面倒事は真っ平御免よ」
「それなら心配は御無用だと思いますよ。皆さんよく知った人たちです」
「?」
何故か苦笑交じりに頬を掻く美鈴に、三人揃って首を傾げる。
まあ、ここでジッとしていても埒が開かないので、病床の主に代わって俺とリトル、美鈴の三人の裁量で応対する事となった。



…………



「……何やってんの、君ら……」
門前に集まっていた顔触れに、思わず頭を抱えてしまった。
輝夜姫様に永琳、鈴仙とてゐに、数十名のイナバの子たち。
永遠亭の面子一同が、どでかい風呂敷を抱えて、夜逃げさながらの様相でその場に佇んでいた。
「……話せば、長くなるんだけどね」
輝夜姫が、ゲンナリした表情で重々しく口を開いた。
「それは、今朝の事だったわ……」


少女回想中……


「姫さまっ、師匠っ!! た、大変です!!
 巫女が腹肉を弛ませながら、羅刹のような形相で押し入って来ました!!」
「何ですって!?」
――スパー――ンッッ!!
「ゲエェーッ!! お前は博麗の巫女!! は、早過ぎる?」
「あんた達ッ!! こんなブヨ腹じゃ元旦の演舞もロクに出来ないじゃないのよ!!
 さっさと解毒剤とお詫びの豊胸剤を作りなさいケヒヒィィー―――ッッ!!!」
ちゅどどどどどどどー――――んっっっ。


…………


「という訳で、屋敷がフッ飛んじゃったのよ」
「それは何と言うか……」
流石に怒らせた相手が悪かった。
「最初はスキマ妖怪を頼ろうとしたんだけど、考えてみればあの女、住処がさっぱり分からないのよね」
まあ、神出鬼没を絵に描いたような人だからなあ。
それに、どの道彼女はあの後すぐに冬眠に入ってしまったと聞いている。
この間のパーティーの時は、少々無理をして来てくれていたのかも知れない。
目を覚ました暁には、気付けに俺の得意料理『デスソース混入不惜身命ライチ味チャーハン』を、あの時頂いた中華鍋で振舞う事にしよう。
今日も今日とていい事を考えていると、輝夜姫が勢いよく頭を下げてきた。
「この間あんなにお世話になっておいて申し訳無いのだけど、もう此処しか思い当たる宛てが無いの。
 こちらからも無事に残った食糧を提供するから、今夜一晩、寝床を提供して頂けないかしら」
「分かりました。困った時はお互い様です」
リトルの即答。
「……いいのかな。俺たちで全部決めちゃって」
「だって、こんなに寒いのにまた放り出すなんて、可哀相じゃないですか」
確かに。
見渡すと、元々寒さに不得手であろうイナバの子たちが、皆涙目になって唇を青くしながら、ガタガタと小さな体を震わせていた。
「う~~~ん、寒い、寒いよぉ~~~」
てゐがブルブルと身を縮こませながら、段ボール箱の捨て犬のような上目遣いでこちらを見ている。
……途端に、全てが嘘臭く視えてきた。
「ちょうど良かったです。今あったかいお蕎麦を作って頂いているところなので、みんなで食べましょう」
「決まりですね。それじゃどうぞ、入った入った」
これで決まりとばかりにリトルがポンと手を叩き、美鈴が門を開けて永遠亭ご一行を先導した。
「ありがとう……この恩は、覚えている限りは忘れないわ」
輝夜姫が、色々な意味で当たり前の事を言いつつ頭を下げてきた。
「ほらほら寒かったでしょう? もう大丈夫だからね」
保母さんよろしく、リトルがにこにことイナバの幼な子たちの手を引いている。
そんなあたたかな背中に、永琳さんが呆れたような苦笑を見せた。
「……あの子、本当に小悪魔なのかしらねぇ」
俺も常々そう思う。




…………




「……という事になった」
「お世話になります」
永遠亭代表の永琳さんを伴い、パチュリーに報告を済ませた。
リトルと美鈴には、メイドさんや厨房の人たちへの伝達を頼んである。
「まあ、仕方が無いわね……今更文句を言うのも面倒だし、節度を守ってくれれば構わないわ」
「ええ。そこはきつく言い聞かせておくわ」
「あとは、そうね……今少し喘息の調子が良くないから、ここに兎の子たちを近づけないように」
そこまで言って、ごほ、とパチュリーの喉が痛々しく鳴った。
皆あんな姿をしているので兎である事を失念しそうになるが、確かにアレルギーが出る可能性も否定出来ない。
「分かったわ、くれぐれも留意しておきます。……本当にありがとうね。
 あの使い魔の子、ウチに欲しいくらいのいい子だわ」
「「だが断る」」
即座に俺とパチュリーの拒絶の声が重なった。
最初から冗談のつもりでしか無かったらしい永琳さんの顔に苦笑が浮かぶ。
「冗談よ冗談。流石に大事な使い魔兼婚約者を連れ出したりは出来ないわ」
「う……」
「見たわよ、彼女の左手。おめでとう」
あの短いコンタクトで全てお見通しとは、まったくもって恐れ入る。
あれ以降、館の人々から散々玩具にされて慣れてきてはいたが、外の人から言われるのにはまた違ったダメージがあった。
「あ~もう。俺、リトルを迎えに行って来るよ」
気恥ずかしさに負けて席を立ち、慌ただしくその場を退散する事にした。
「ご馳走様~」
永琳さんのからかうような声が、背中にこそばゆかった。


…………


「……ふふ、青いわね」
遠ざかる彼の背中に永琳が軽く微笑む。
「あんまり面白がって弄らない方がいい。反動で凄まじい変態行為が来るわ」
「あら。刺激的なのは結構好きよ」
……この月人の思考は、相変わらず何処かピントがずれている。
ほう、と一つため息を吐いた瞬間、激しい咳嗽の発作が来た。
「げほっ、げほっ!! ……っ、ぐっ、ごほっ」
気管を灼くような痛みに肺腑を圧迫され、目尻に涙の粒が浮かぶ。
「大丈夫?」
「……、五月蝿い。何でもないわ、こんなの」
差し伸べられた永琳の手を、明確な意思を以って拒絶する。
私が取るべき手は、この紅魔館と魔法の森にしか無く、今この場には存在しない。
天井を仰いで荒い息をつく私に、永琳は何処かいけ好かない微苦笑を寄越し、持ち込んできた風呂敷をごそごそと漁り始めた。
「仕様が無いわね。そんな強情な魔法使いさんに、意地悪なお姉さんからプレゼント」
そう言って永琳が風呂敷から引っ張り上げてきたのは……
「? 何なの、これ」
「マスクよマスク。煩わしい雑菌や粉塵を完全シャットアウト、その上で抜群の保湿性と通気性。
 夏場に所用でこしらえた、天才永琳印の特別製よ」
「……要らない。そんな大層な物、頂いちゃ悪いわ」
「いいのいいの。お邪魔させて貰ってるんだから、せめてこの位のお礼はさせて頂戴」
「…………いいの?」
「最初からそう言ってるじゃないの。受け取ってくれる?」
「そう…………ありがとう」
消え入るような小さな声で礼を言い、永琳からマスクを受け取る。
指と指が、軽く触れた。



…………



「♪兎美味しい、彼の山~~~♪」
パチュリー様が何時か教えてくれた残虐童謡を口ずさみながら、軽い足取りで廊下を歩く。
静かな年越しというのも良いけど、お客さんと一緒に賑やかに迎える新年というのも、魅力的な話だ。
メイドさん達に、永遠亭の皆さんの寝床の用意をお願いしないといけない。
「あ、いたいた。すみませ~~~~ん」
曲がり角の方に、咲夜さんが居ない間メイドさん達の指揮を任されているチーフさんの姿を見つけ、声を飛ばす。
私の声に振り向くと、彼女はおっとりとした笑顔を見せた。
「あら、あのクソ忙しい時間に二人のうのうとイチャついていたリトルちゃんじゃないの」
「え゛」
「え、なになに。皆クタクタに疲れて眠りこけていた夜中に構わず二人バーニングしていたリトルちゃんですって?」
「まあっ、ご主人様を差し置いて一人春爛漫、人生大絶頂期なリトルちゃんのお出ましよ、みんな!!」

――ぞろぞろぞろぞろ。

「えっ、あ゛、そのっ」
一体何処から湧いて来たのか、曲がり角の向こう側から続々とメイドさんが現れ、あっと言う間に取り囲まれてしまった。
「ねえリトルちゃん、あれから彼とはどう?」
「式はいつ挙げるの?」
「その指輪、幾らぐらいしたの?」
「子供は何人くらい作る予定なの?」
嫉妬の炎を背後に揺らめかせながらメイドさん達が肩を組んで円陣を組み上げ、グルグルと私を中心にして回転し始めた。
「う、うぅ……」
お客さんの来訪に浮かれて、失念していた。
あのパーティー以来、私たち二人の姿を見るなりずっとこの調子なのだ。
いつもは彼が神殺ビューティフル空手(彼命名)で撃退してくれているけど、今この場にいるのは、折悪く私独りだ。
『さあさあリトルちゃん、観念なさい!!?』
回転数が上がり幾つもの顔面の残像がぶれまくって、ハッキリ言って無茶苦茶気味が悪い。
「あぁ……助けて……」
予期せぬ窮地に、半べそになってこの場に居ないあの人に助けを求めた瞬間、

――ずどどどどどっっ!!!

「くおおぉらお前ら!! イジメ、カッコ悪い!!!」
私の大事な人が、何故か白黒模様のボールを蹴り転がしながら颯爽と現れた。
彼は足元にボールをぴたりと留めると、メイドさん達に人差し指を突きつけ、
「あの日の誓い以降も、俺たちの生活は不沈艦大和の如く大安泰なり!!
 だけど式なんて挙げる金も立場も無えよアホンダラ!!
 あと、指輪はセオリーどおり、給料の三ヵ月分!!
 子供は、リトルに似た女の子が二人は欲しいと思います!!」
……律儀にも全ての質問にしっかりと答えた。
「くっ、出たわね変態亭主!! みんな気をつけてっ、迂闊に近付くと妊娠させられるわ!!」
酷い言われようだった。
「ぃやかましいっっ、見損なうな!!
 唯一人の伴侶を定めた以上、貴様ら有象無象に差し向ける性欲など、1ナノグラムも存在せんわ!!
 喰らえ我が一世満身の大スペル、屁符『ヘルスカンク・マッドジャイロ』!!」
そう叫ぶと、彼は前屈姿勢になって尻を突き出し、
――ぷぷぷぷぷぷぷっっ。
放屁音を轟かせ、そのままの体勢でプロペラのように回転しながらメイドさんの集団に突っ込んで行った。
「…………うぅ、ぐすっ」
言っている事は凄くカッコ良く、不覚にも涙がこぼれるくらい嬉しかったけど、
やっている事が致命的にカッコ悪かった為、今度は情けなくて涙が出てきた。
「きゃあああああっっ、キモくて臭い要するにキモ臭いっっ!! たっ、退散、退散っっ!!!」
チーフさんの撤収命令に、さっとメイドさん達の波が退く。
「はっはっはお前ら、お客さんが来てるから寝床の用意を夜露死苦!!!」
軽やかに着地を決め、泡を食って遠ざかる背中の群れに、ようやく本来の目的の一声。
私たち二人と、温く酸っぱい匂いだけがこの場に残った。
「……ふっ、悪は去った。大丈夫か、リトル」
彼が一仕事終えた爽やか極まりない表情で汗を拭う。
「…………ぐすっ」
臭気が目に染みて、またひとつ涙がこぼれた。




…………




厨房への伝達は美鈴が問題なく済ませてくれていたようで、程無く十分な量の年越し蕎麦が完成した。
ほかほかと出汁の香りの効いた湯気を立てる特大鍋を二つばかりロビーに構え、
美鈴とリトルの二人が、行列を作ったイナバの子たちに戦時中の配給所さながらの様子で配膳している。
まさに師走の名に相応しい慌ただしさだったが、皆楽しそうで何よりだ。
「はいっ、どうぞ。熱々だよ~~」
「ありがとう、門番のお姉ちゃん!」
うんうん、ちゃんと礼が言えるのはいい事だ。
額に玉のような汗を浮かべながら忙しなく働く二人の顔にも、にこにこと笑みが浮かんでいる。
上機嫌で目の前の風景を眺めていると、リトルの方の列で、てゐの出番が巡って来た。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
「うふふ、幸せそうね。ところで、いい保険の話があるんだけど、興味は無いかしら?」
「えっ?」
二人の間に慌てて駆け出し、
「当館での詐欺行為は、その全てを禁止させて頂いております!!」
――どばばばばばっっ!!
場を弁えない詐欺兎の椀に、地獄唐辛子を山盛りぶち込んだ。
「な、何すんのよっ! 体に悪いじゃないの!!」
「やかましい!! 唐辛子は脂肪を燃やしてくれるありがたい香辛料だから、俺に感謝しながらたんと食え!!」
まあ、紅魔の館の名に相応しい特製ブレンドではあるが。
「う゛~~~~~」
ジト目でブー垂れながらも、てゐは大人しく仲間の元に戻って行った。
……かと思ったら、何やら物言いたげな視線で、指を咥えながら鈴仙のお椀を覗き込んでいる。
「? どうしたの、てゐ」
「……いいな。鈴仙のお蕎麦、私のよりちょっと多い」
「あら、そうなの? いいわよ、交換してあげる」
何も知らない哀れな月の兎が、てゐに向かって花のような笑顔を見せた。
「ありがとう! だから鈴仙の事、大好き」
「ふふ。本当にしょうがないわね、てゐは」
 ま さ に 外 道 !


はてさて、永遠亭の人々への配給も無事終了し、あとは俺たちの分を残すのみである。
後ろの方から何だか火を吐く轟音と悲鳴が聞こえるが、そんな細かい事をいちいち気にしていては、良い新年を迎える事など出来はしない。
「お疲れ様。それじゃ俺たちの分も用意して、早いとこ部屋に戻ろうぜ」
「そうですね。きっとパチュリー様も永琳さんも、首を長くして待ってらっしゃいます」
主人と客人を待たせたとあっては、従者失格もいいところだ。
四つの椀を盆に抱え、迅速に主の寝室へと赴く事にした。



「お待たせ」
「ただ今戻りました……あら?」
部屋に戻るなり、リトルが主の出で立ちに目を丸くした。
「どうなさったんですか? 今まで、薦めてもマスクなんてして下さらなかったのに」
「別に何も。貰った物を活用しているだけの事」
何とまあ、永琳さんからの贈り物とな。
素っ気無い物言いではあったが、先程よりも少しは楽そうに見える。
前面に書かれた『地獄上等』の筆文字が、とてもチャーミングだった。
「今日は喘息の調子もいいから、とっておきの反社会魔法、見せてあげるわ」
「そ、そんなの見せないでいいです」
何だか変な方向に元気になっていた。
「ほら、年越し蕎麦。パチュリーの分も用意してきたけど、食べられるか?」
「……少しだけなら」
「十分」
やはり、これが無いと一年の締め括り、という感じがしない。
四人揃って手を合わせ、
『いただきます』
湯気薫る蕎麦を、箸で突付き始めた。
「ん、美味い」
「はあ、沁みるわね」
「はふっ、はふっ、温かいです」
「……美味しい」
マスクを顎にずらして露を啜ったパチュリーが小さく息を吐いた瞬間、

――ぼーん。ぼーん。ぼーん…………

暦の移ろいを告げる鐘の音が鳴った。
全員一旦箸を置いて、
『あけまして、』
深々と頭を下げる。
『おめでとうございます』
……昔から思っていた事なんだが。
「何でこう新年の挨拶ってのは、こんな白々しいのかしらねえ……」
思っていた事を、先に永琳に言われた。


さて、いい大人が夜更かしという訳にもいかない。元日の朝でもいつもの仕事が待っている。
蕎麦を食べ終え、永遠亭の人たちの寝床が準備できたところで、早々と眠りにつく事にした。
……良い初夢(出来ればややエッチ風味)が視れるといいのだが。



…………



お客さんが来たところでそこは変わりない、二人だけの寝床。
同じベッドで、既に整った息を立ててしまっている彼の寝顔を、何とは無しに眺めている。
彼の育った所では、初夢をその一年の運勢の暗示として、重要視していたらしい。
……私の夢、視てくれたらいいのにな。
そんな気恥ずかしい事を考えていると、
「…………う~ん…………リトル~~…………」
「っ?」
彼の口がむにゃむにゃと動き、まさしく私の名前を紡いだ。
(わっ、本当に私が出てるんだ……)
喜んだのも束の間、途端に彼の寝言が苦しげな呻きに変わる。
「う、う~ん……だ、ダメだリトル……そんな……」
……せっかく自分を視てくれているのに、悪い夢になどして欲しくない。
彼の額に浮かんだ汗を拭おうと指を伸ばした瞬間、
「…………そんなマニアックな道具、俺たちにはまだ早い……!」
「年の初めから、何て夢視てるんですかっ!!」
――ばちこーんっっ!
「…………はっ」
つい、思いっ切り彼の頬を張ってしまった。
「ああっ、ごめんなさいっ」
「う、う~ん……リトル?」
赤く腫れた頬をゆるゆると撫でながら、呆、と瞳が開かれる。
「……何だ、まだ眠れないのか? ……しょうがないなぁ」
まだ寝惚けているのかもごもごと呟くと、彼は私の後頭部を掴んで、一気に胸板に引っ張り込んできた。
「きゃっ!……も、もうっ、寝惚けてますね」
「ん~~? 起きてるよ~~……」
半目を開けて鼻提灯を膨らませながら喋る姿は、ある意味芸術的だった。
「ほら、こうしてると安心して眠れるだろ?」
そう言って、夢見の悪い子供をあやすように、おでこをそっと胸板に押し付けられる。
「……はい……」
初めてお互いの気持ちを確かめ合ったあの日、泣きじゃくる私を受け止めてくれたあの時から。
ここが私の一番大切な、貴く暖かい、帰るべき場所だった。
「……はい……ここなら、私はいつでも何煩う事無く眠れます……」
一切の悲嘆も不安も、今ここには無い。
今年最初の夜は、蕩けるような甘いまどろみに身を委ねる事で、静かに幕を閉じた。




…………




――そして翌日、めでたき元旦。
しっかりと朝食が雑煮とお節になっている辺り、ここは本当に悪魔の洋館なのかと、疑問を抱かずにはいられない。
まあ、旬の料理を何処に在っても美味しく頂けるのは、とてもありがたい事だ。


「う゛っ……も゛、餅が喉に゛…………」
サツマイモのように顔をど紫色にするパチュリー。
「あーもう絶対やると思ったよこの気管支狭窄ラクトガール!!」
「わ、私に任せて下さいっ、ていっ!!」
――ズバッッ!! すぽーんっ!!
手馴れた様子でリトルがパチュリーの首筋にチョップを落とし、喉から餅の塊を叩き出した。
デビルチョップはパンチ力。まったく惚れ惚れする手際だった。


……そんな比較的平時どおりの朝食を終えて、俺たちは永遠亭の兎たちを遊びに誘ってみる事にした。
「なあ、せっかく元旦だし月の兎も居る事だから、みんなで餅つきしようぜ」
「「「さんせー――――いっっ!!」」」
「えー……」
イナバの子たちのノリノリな反応と裏腹に、鈴仙が心底ゲンナリした表情をしている。
「何だ鈴仙、餅のつけない月の兎なんて、乳の小さいウチの門番みたいなもんだぞ?」
「いやその、何時かみたいに一人で延々つき続けるのが嫌なだけで」
「それなら心配ないわよ。最初に少し手本を見せてくれたら、あとはみんなで交代しながらにするから」
「……そんな大層なものでもないわよ?」
パチュリーの説明に謙遜気味に苦笑を返すが、何はともあれ交渉成立。
何故か館に置いてあった木臼と杵を持ち出し、ぞろぞろと連れ立って庭に出た。


「よっし。それじゃ行くわよ、てゐ」
「ん、いつでも」
杵を軽く揺らして肩を慣らす鈴仙に、介添えに就いたてゐの平坦な声が応える。
「……せぇーのっ」
――ぺたんっ。どすんっ。
――ぺたんっ。どすんっ。
――ぺたんっ。どすんっ。
杵と平手が蒸し米を叩く音が、軽快なリズムで交互に響く。
教科書に載せてやりたいくらいの完璧なコンビプレイだった。
「……と、こんなところね。そんな難しい作業じゃないでしょ?」
「そうね。肝は、パートナーとの呼吸かしら」
「そういう事。さ、次は誰がやる?」
『はーいはいはい!!』
イナバの子達と、何故か近くを通ったメイドさん達が元気良く手を挙げる。
「ほらほら、順番順番」
もうすっかりイナバの子達に懐かれたリトルが、上手い事状況をまとめていた。
……しかし俺の愛の眼差しは、実はリトルも餅をつきたくてウズウズしている事を見逃す筈も無かった。


杵が多くの手を巡り、そろそろ昼食に十分な量の餅が出来上がってきた。
……と言うか、出来た先からメイドさん達が醤油を塗ったくって振舞っているので、既に満腹を訴えている子もいるくらいだ。
「う~~ん、えーり~~ん。もう満腹で動けないわ~~」
「こらこら姫。食べてすぐ横になるのはだらしないですよ」
部下たちを差し置いて一人満腹絶頂の竹取ニート姫が、芝生の上でだらしなく大の字になっている。
……色々といい頃合だと思ったので、リトルの肩をぽんと叩いた。
「よし、トリは俺たちで飾らせて頂こう」
「……は、はい!」
顔を喜色に弾ませ、リトルがイナバの子から杵を受け取る。
「ふっふっふ。お前ら、俺たちの愛のワンダープレイを観て、腰を抜かすんじゃないぞ?」
「……貴方が言うと、どうにもいやらしい意味にしか聞こえないのよねぇ」
パチュリーが要らんツッコミを入れてくるが、無論この胸を炙り焦がすのは、それしきで消えるような朧げな炎ではない。
「それじゃ、始めようか」
「はっ、はい、頑張ります!!」
「ん。……せーのっ」
――ぺt ズドンッッ!!!
――ぺt ズドンッッ!!!
――ズドンッ、ズドンッ、ズドンッッ!!!!!
「痛いわ阿呆おおおおおお!!!」
「きゃっ!!?」
リトルが一心不乱に打ち下ろしまくった杵が全弾余たず俺の右手を直撃し、餅をついているのか俺の右手をついているのか分からない状態になった。
「ある意味、完璧なシンクロニシティね……」
永琳がうんうんと頷き、あれだけリトルの事を慕っていたイナバの子達が、一転してガクガク怯えまくっていた。
「わざとかっ、わざとやっているのかお前はっっ!!!」
――ぽよんぽよんぽよんっっ。
キャッチャーミットのように腫れ上がった右手で、童顔に似合わぬ84のDカップに往復ビンタを見舞った。
「やっ、きゃっ、ご、ごめんなさいっ」
切なげな悲鳴に溜飲を下げて右手をフーフーしていると、珍しい姿がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。

「ねっ、ねっ、私も混ぜてっ!!」
「い、妹様っ、走ると傘からはみ出しちゃいますよ!」
元気一杯に手を振りながら走って来る妹様に、あたふたと美鈴が日傘を宛がっていた。
「……妹様。勝手に外に出たら……って、もう遅いか。ちゃんと加減は出来る?」
一瞬表情を引き締めて身を乗り出したパチュリーだったが、すぐに諦観のため息をついた。
「大丈夫、任せてよ」
「いいんじゃないの? この時間この天気じゃ、どの道ロクに力も出ないだろ」
「それもそう……かしらね。それじゃ妹様、くれぐれも気をつけて頂戴ね」
「分かってるって」
妹様は片手で杵をブン回して肩を慣らし始めた。
背後で必死に杵を避け回りながらも決して傘を動かさない美鈴のプロ根性には、まったくもって恐れ入る。
「ふふ、それじゃ私も混ぜて貰おうかしら」
意外にも永琳さんが声を上げ、介添えの位置に陣取り、珍しく邪気の無い笑顔を妹様に向けた。
「どうぞお手柔らかにね? 悪魔の妹さん」




…………




「ふうっ、やっぱりこの時間は辛いわね。もう少し神社に居れば良かったかな」
「まあまあ、我が家はもうすぐそこですよ。……あら?」
訝しげな咲夜の視線を追ってみると、庭先に随分多くの人手が集まっていた。

『よいっ、しょっ! よいっ、しょっ!』
――ぺったんっ、ぺったんっ。

妹と蓬莱人が、メイドや兎に囲まれて、楽しそうに餅をついている。
「……いつから私の館は純和風の兎小屋になってしまったのかしらねえ」
だが、不思議と、怒る気にはなれなかった。
私達の帰還に真っ先に気付いたフランが、大声を上げた。
『あっ、お姉さま~~~!!』
――どかんっっ。
振りかぶるモーション中にいきなりこちらを向いたので、大きく逸れた杵の尻が、美鈴の顔面にめり込んだ。
『ふぐっ、ぐぐぐぐぐ……』
鼻血を吹き出し、ダメージに膝をガクガク言わせながらも、美鈴は日傘をフランの頭上に気合で押し留めていた。
……気に入った!! 地下室に来て、妹をフ×ックしていいぞ!!
不具合を押してでも、この時間に帰って来て良かった。
「咲夜、急ぐわよ」
「……はいはい」
何だか、とても楽しそうではないか。

「何やってるの貴方達! 私達も混ぜなさい!!」




――A Happy new year!
湖のほとりの紅き館に、どうか今年も幸あれ。

>>358

───────────────────────────────────────────────────────────

2月14日って知ってるかい?
昔、撲師が牧殺されたって言うぜ!
今は奈良のお祭りだ。ボヤボヤしてっとたいまつでボウボウだ!

どっちもどっちも……どっちもどっちも!

1(アインス)!2(ドゥエ)!3(ドライ)!4(ドゥティーレ)!
5(オウ)!6(リュウ)!7(ジェット)!8(エイト)!

究極……

「何やってんですかアンタは」
いわゆるイントロ(現実逃避)をやってる最中に、突然の突っ込み。
「……いやな。ちょっと、電波と言う物が入ってな」
「それと牧師と撲殺の文字が違います」
「そこには突っ込むなわざとやったんだから」
そこまで言って、ようやく声のした方を向く。
そこには、まさに司書!と叫びたくなるような服を着たまいらばー小悪魔がジト目で立っていた。
楽助ぼお氏、本当にGJでした!
「って、また電波が入ったな。……どうも最近ワイヤレスが多くて困る」
「困るのはあなたの馬鹿な発言を聞いてる私です。それと仕事を溜め込まないで下さい」
彼女の腕に光る腕章。そこには「私は読書狂です」とでかでかと書いて
「ありません。話を逸らさないで下さい」
「むう。いやな、世間にはこういう言葉がある。『マイペース、マイペース』と言う言葉が!」
「それってあの人の言葉じゃないですか。あれは悪い意味で使われてますよ」
「いやいや。俺は感動したぞ。……そうだ小悪魔、お前も少しは休憩をとった方がいい」
「休憩を取れない原因が何言ってるんですか」
ジト目に少々殺気を匂わせているが気づかないふりをして一言。
「だからそんなに胸がちいさ」

(大玉+クナイ弾=凶悪弾幕)

「少しは反省したらどうなんですかこの阿呆人間」
「ああんもっと罵ってぇ」
久々に小悪魔の弾幕を食らったせいか体がついていけず、すぐに落とされてしまった。
「……まあ、ふざけるのはこれくらいにして。仕事を再開しますよ」
「あいよ母ちゃん」
頭部ギリギリで大玉が飛んでいった。
「……冗談だ」
これ以上ふざけたら命はないだろう。
そういうわけでとっとと仕事に戻る事にした。

   * * *

ここに勤めて何年になるだろう。最低でも……一年も過ぎてないか?
まあいい。とにかく俺は何とかこの紅魔館で働いてる。
最初は外の警備だったんだが、あまりにも過酷なため別の部門に転属を願ったところ、この図書館勤務が出てきた。
正直言って最初は『よっしゃ楽に仕事が出来る』と思ってたんだが……
「あ、こら待て!」
急に飛び上がった魔道書を追いかけ、すぐに空に浮かぶ。
「捕縛『投網攻撃』!」
正確な狙いもつけずにスペルを発動。……だが、見事に魔道書をキャッチ成功。
『投網攻撃』はいわゆる全体攻撃のような物だ。方向さえ決めていれば視界全域をカバーできる。
……俺が配置されているのは『魔道書部門』。意思を持った、もしくは本自体に魔法がかけてある物たちを取り扱う部門だ。
「ほんと、なんだかなぁ。何で俺がこんなところに……」
もうちょい静かに仕事が出来る(本音:楽にサボれる)と思ったのに……
「おう、お疲れさん」
「ああ、ほんとに疲れるよ……」
そう言いかけてもう一度『投網攻撃』のチャージを開始する。
「って、出たなコラ」
「おう落ち着け落ち着け。私は何もしてないぜ」
それもこれも今目の前にいるこの白黒魔法使いが原因だったりする。
「これからするんだろう?魔理沙」
「……やれやれ。ただ本を借りてるだけじゃないか。何でそんなに目くじら立てるんだよ」
……網じゃ足らんな。スペルを捕縛用から攻撃用に変換する。
「まあそうだよな。館長の断りもなく禁書指定区域に行っては読みふけった本をそのままにしてたり本を整列させずにばらばらに並べて入れたりさらにはお前のは借りてるんじゃなくて持って行ってるって言うんだこの白黒姫」
「待て待て。私は黒姫(あいつ)ほど自分勝手で鬼畜じゃないぞ」
うん。限界。なんか館長に止められてるっぽいけど知らん。
「双斧『デュアルトマホーク』」
俺の両手に斧状の魔力塊が握られる。
「ライチ汁っぽい物ブチ撒けろこのデモン・ザ・キッチン!」
斧を思いっきり振りかぶって……
「待ちなさい」
殴りかかろうとした瞬間に向かい風の強風にあおられる。
「か、館長……」
突風を吹かせ、台所の悪魔の前に浮いているのはこの図書館の館長、パチュリー=ノウレッジ。
「今日の彼女は正式な客人として来ているわ。ゆえに手荒な歓迎はしないように」
……なるほど。どおりで魔理沙専用トラップの類が静まってるわけだ。
「……失礼いたしました、お客様」
すぐにスペルを解除し、一礼。
「うむ、ご苦労」
「それと魔理沙。ごめんなさいねうちの従業員があなたに……」
まあ、客として招かれたのなら俺が咎められなければなるまい。暴走したのは俺だし。
「正当防衛を……いえ、略奪阻止を働いて」
……へ?何気に本音が混じってませんか館長?
「どっちにしろ悪いのは私か……まったく、交換条件じゃなかったのか?」
「誰も魔道書を……アレの代価として渡すなんて言ってない」
「……なんだ、じゃあこの件は無しでいいんだな」
魔理沙の言葉を聞いた瞬間、館長の顔色が変わった。
「ちょっ……魔理沙!?」
「お前が言ったんだぜ?『代わりにこの図書館の書物を二、三冊持って行っていい』って」
「確かにそう言ったけど!でも魔道書は持って行っていいって言ってないじゃない!」
「……まあ、その辺は私に頼んだお前自身を恨むんだな。私は高いんだ」
……なんか修羅場っぽいな……
「小悪魔、小悪魔」
「なんですか?」
ちょうど近くを通った小悪魔を呼ぶ。
「アレ、どういった経緯で……ああなった?」
「私も知りませんよ、パチュリー様は教えてくれるはずもないし、そもそも聞けません」
そうだよな。小悪魔は形としては館長の奴隷だし。
「……今、何かすっごくフケツな妄想しませんでした?」
「いやいや小悪魔」
確かに館長と浣腸って似てるなとは思ったが。それはともかく。
「館長、俺は仕事に戻ります」
すでに俺の事を忘れて魔理沙と話していた館長に一言断り、すぐに仕事を再開した。

   * * *

結局魔理沙は魔道書を少し持っていき、館長の『もってかないでー』がまた聞こえた。
小悪魔が慰めていたが、ずっとぶつぶつ言い続けていてかなり不気味だ。
さらに魔理沙が仕事を増やしていったせいで、仕事時間がかなり長引いてしまった。
……今度来たら絶対に剥く。
「ういじゃ、お疲れ様。……って、夜の点検があったな」
「あ、それについてパチュリー様からの伝言があります。
 『点検は小悪魔に任せて、あなたは私の部屋にいらっしゃい』との事です」
「ふむ。……わかった。じゃあ点検よろしく」
「早急の用らしいですので、今すぐ行った方がいいですよ」
あいよと言い残し、俺は館長の書斎へ向かう。
館長の書斎は図書館と直結しているので、本棚から少し移動するだけですぐに扉の前に着く。
ノックをして、ドアを開け……
「ちょっと待って」
られない。よく見たらドアの下に根っこが生えていた。
扉越しに聞こえてくるガタンバタンという音が少し経ってから静かになり、ようやく扉の根っこが消えた。
「どうぞ」
……館長の部屋ってそんなに片付いてなかったのか?
そう思いながらもドアを開けると、館長は自分の椅子に座っていた。
ここに入るのは大抵が小悪魔なのでこの部屋の中は少ししか知らなかったが、やはりここも本が多かった。
「それで、用件は何でしょうか」
とりあえず単刀直入に聞く事にした。
「今日は聖ヴァレンタインデーということなので」
机の上にあった数個の箱を取り、それを俺に渡した。
「紅魔館のみんなから渡すように頼まれてね。チョコレートよ」
「……ありがとうございます」
館長から渡されたチョコを見て、しばしの間立ち尽くす。
「どうしたのかしら?」
「……いえ、こうやってチョコをもらえたのが嬉しくて」
そう言いながら箱を壊さない程度に握りしめて、ふと気づく。
「あれ、この箱生暖かい……」
「……それは私のね」
館長の言葉にえ?と思わず濁点付きで返してしまう。
「……仕方ないじゃない、チョコを渡すなんて外の世界の事は昨日初めて知ったんだから」
あ、それで魔理沙を呼んだわけか。
「魔理沙に教えてもらって、ついさっき完成したのよ。水と風をフル使用して冷ましたんだけど……」
それはまたかなりの能力無駄使いですね。
と言うわけにもいかず、黙ってチョコの箱を見る。
「……あれ、数が違いませんか?」
そういえば紅魔館の人達……メイドさん達を除く人数は6人。
「一個足りませんね」
俺の手にあるのは一人分少ない5個。
「それはそうよ。私がつい材料のつぎ足しに……というのは冗談」
館長は静かに笑う。
「残りの一人は、決まっているじゃない」

   * * *

「よう」
そして、しばらくしてから。
俺は図書館に戻り、左手を後ろに隠しながら点検中の小悪魔と顔を合わせた。
「用は済みましたか?」
「ん、向こうでの用はな」
そう言って、左手を小悪魔に向ける。その手には花束。
「ほい、バレンタインプレゼントだ」
「……え」
あっけに取られた顔をする小悪魔。
「俺んとこの世界の一部じゃ、男がプレゼントを渡す国もあるんだ。それがこいつさ」
……まあ、俺もつい先ほど館長に教えてもらったんだが。
「あ、ありがとう、ございます」
「すまんな、数が少なくて」
プレゼントを渡すのも貰うのも初めてだったのでなんか恥ずかしいが。
「……あの」
「なんだ?」
「顔、変わってます」(http://scapegoats.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/dust/box/dust_0405.jpg)
「え、あ、そう」
むう、恥ずかしさのあまりイメージ画像まで変わってしまったか。
「それで、催促するようだが……チョコは……」
「あ、その」
突然な事を言われてあたふたする小悪魔。
「……やっぱり、いいや。チョコの代わりにお前を貰うから」
「はい?」
……うん、恥ずかしい。こりゃやばい。でも言ってしまったなら仕方ない。
恥ずかしいついでに一気に言いきった。

「だからさ、俺はお前が欲しい。お前を好きなんだ」

      ***   ***

はい尻切れトンボです(ぇ
答えを書く勇気がありません。

おまけ(ボツ文

「開けても、いいですか?」
いいわよという答えを待たずに包みを開ける。
……って。
「何か妙に赤いですね」
「その包みは咲夜のね。何かしら」
臭いを嗅ぐ。……こ、これはっ!?と思い一欠け口に入れると……
「……かさぶただ」
モロに血の味。……かさぶたというよりはむしろ凝固血液?
「あら、どうやらレミィへの物と間違えたらしいわね」
「なんちゅうもんを食わせてくれるんや十六夜はん……」

>>512

───────────────────────────────────────────────────────────

 紅魔館の夜は遅い。
 ある意味朝が早いとも言える。
 まあ当主が吸血鬼だからな。無理も無い。

 ――コンコン。

「はーい。起きてますよー」

 誰だこんな時間に。
 具体的に午前2時。
 草木も眠るなんとやらだ。よく知らんが。

「こ、こんばんわ」 

 時間を考えない来訪者に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、なんと小悪魔だった。珍しい。
 てっきり美鈴あたりが食料を貰いに来たのかと思ったのだが。

「で? こんな夜更けにどした? 人生相談なら他所でやってくれよ」
「えっと……その、怖い夢を見ちゃってですね。大変申し上げにくいんですけど……今晩止めてくれませんか?」

 ――キミ、悪魔じゃなかったっけ? てかこれなんてエロゲ?
 などと無粋極まりない事を、上目遣い且つ涙目で訴えてくる彼女に言えるわけも無い。俺は健全な成人男性なのだ。

 が、流石に同じ布団で寝るのは俺の理性が危険でピンチなので、大人しく床で寝ようとしたのだが、当の小悪魔はお気に召さなかったらしい。
 仕舞いには「私も床で寝ます」とか言い出す始末。同じ部屋にいる女性を床で寝かせられるか。
 で、数十分後。早々彼女は眠ったわけだが。

「~~♪」

 ――ぎゅっ。

 何故か俺に絡まってくる小悪魔さん。それも嬉しそうに。
 柔らかいフトモモとか二の腕とか胸をこれでもか、と言わんばかりに押し付けてくる。
 どうやら彼女は眠ってる時、何かに抱きつく癖があるようで……
 これはアレですか? 俺に襲えと? いや、寧ろ誘ってるのか?

 いかん。落ち着け。ここで俺が狼になってしまえば俺の好感度が大変な事になってしまう。
 そうだ。羊だ、古典的だが羊を数えろ。心頭滅却以下略!

「んうっ……ふあっ」
(寝れるかーー!)

 ――夜はまだ始まったばかり。

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「すぅ、すぅ……」

 あれから一体どれほどの時間が経過しただろう。一年? 十年? それとも永遠? それほどの体感時間だった。
 とても悪魔とは思えない安らかな寝息をBGMに、いろんな意味でイッパイイッパイな俺が数えた羊は既に5桁を超えた。
 しがみ付いたままの彼女を直視する勇気は無い。
 更に言うと、このギリギリの精神状態で彼女のあどけない表情を見て、無事正気を保っていられる自信が無い。

 そんな中、ずっとあった心地いい感触が離れる。
 思わず、小悪魔の方を、向いてしまった。

「あ、おはようございます」

 目が、合った。
 ……パジャマがはだけてました。なんと彼女ノーブラでした。
 さらに保護欲と嗜虐心をくすぐる、ホニャリとした安心しきった無垢で無防備な笑顔。
 トドメにパタパタと子犬のように動く耳と羽と尻尾。
 なにが、何がそんなに嬉しいと言うのか――!

 ――ぷちん。
 あ、もう駄目だ。
 ナニかが臨海を超えた事を悟る。
 なにしろこちとら徹夜明けで妙にハイ。しかも美少女生殺し状態で数時間。
 寧ろここまで我慢し続けた自分を褒めたいね。マジで。

「あは! あはははははははははははは!」
「○○さん!? どうしたんですか!?」

 驚き、俺から離れようとするが……
 遅い! 遅すぎる!

 ――ぎゅっ。どさっ。
「!?!?」
 いきなりの俺のプッツンに困惑した彼女を正面から抱きしめ、押し倒す。あー、やーらけー。

――さわさわ。
 その体勢のまま髪を撫でる。よく手入れされているのか、絹のような手触りだ。

「んうっ……あ、あの……○○さん?」

 ――かぷ。こりこり。
「ふあっ! み、耳は駄目ですっ! 駄目ですってば!」

 陸に上がったマグロの如くベッドの上で暴れるが、色々見失った今の俺には儚い抵抗でしかない。

 ――数分後。

「あ、あの……」
「……」
「初めてなので、優しく、お願いします……」
「……」

 無言で肯定。胸に手を伸ばす。
 そして、遂に眼を瞑ったまま真っ赤な顔で抵抗しなくなった彼女の唇に……

「○○さーん! 今日も朝御飯をいただきに……って朝っぱらからナニしてるんですかー! 美鈴キーック!」


 ――ごしゃあ!


「……という夢を見た。図書館の主としてどう思う?」
「酷いオチね。安易な夢オチは各方面から非難の嵐よ?」
「全くだ。しかし続きがある」
「?」
「起きたら重度のムチウチになってた上に、何故か小悪魔が俺の顔を見てくれなくなった。眼が合ったら真っ赤な顔で逃げられる。はぐれメタルも真っ青だ」
「……ご馳走様」

3スレ目 >>862>>877

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ちょっとした小ネタのつもりが、力不足でコンパクトにまとめられませんでした…


「小悪魔を、僕にください!」
 図書館の床に手をつき、頭を下げる相手は、
 複雑な表情を浮かべた紫魔女パチュリーさん。
顔を床に向けていても、傍らに立つ小悪魔の落ち着かない心の内が、空気を介して伝わってくる。

 「外」から迷い込んだ僕は
 この紅い館の図書館で司書を務める小悪魔と出会い
 いつしか互いに想いを寄せ合うようになっていた。
 しかし、小悪魔はパチュリーさんの使い魔。
 そんな身の彼女に求婚するには
 使役主たるパチュリーさんの許しを得る事がスジだと考え
 今、こうして頭を下げて願い出ているのだ。
 
「少し……考えさせてもらえるかしら…」


 パチュリーさんがそう言ってから
 異様に長く感じられる一週間が過ぎたある日、僕は呼び出しを受けた。
 館のメイド長・咲夜さんに案内されて、紅魔館玉座の間に入る。
 かなりの広さを持つその部屋には、館の主レミリア様と、滅多に図書館から出ないはずのパチュリーさん
 そして――小悪魔が居た。

「ほら、パチェ。二人に話があるのでしょう?」
 レミリア様に促され、パチュリーさんは小さく溜息をついてから
 手前に横たえられた縦長の箱を指して口を開く

「……その中には、貴方達二人への『お祝い』が入っているわ」
『祝い』という主の言葉に、小悪魔が微かに身を震わせる。
 その言葉の意味に思いを巡らせ、僕の鼓動も一度、大きく高鳴った。

「それが私の返答よ ……小悪魔、開けてみなさい」
「は、はい……」
 少しだけ不安な表情で僕を見る小悪魔に、頷いて見せる。
 小悪魔も頷き返し、そっと箱のフタに手をかける。


 ギ…… ギギギギ……


 カパァ



「え…………………」



 小悪魔が開けた箱の中には、
 


「…………………わたし?」



 小悪魔が入っていた。




 純白のウェディングドレスを身に着けた状態で。


「!?」
 自分の身に何が起きたのかわからず箱の中で固まる小悪魔

「ど……どうして箱を開けた小悪魔が箱の中にッ!
 僕は一瞬たりと目を離さなかったッ!

 い……いや、見えなかったッ!

 ・・・・・・・・・・
『しっかりと見ていたが』気がついた時にはすでに中に入っt―――って、こんな事ができるのは」

 視線の先で、瀟洒な従者がにっこりと微笑む。

 こんな真似ができるのは、時を止める能力を持つ咲夜さんだけだ。
 超スピードとか!催眠術とかじゃあ断じてねー!
 時間を止めて、小悪魔をドレスに着替えさせてから箱の中に入r…
 ん?…着替えさせ……き、着替え…!? イカン ハナヂガ……。
 
「演出は咲夜からの、ドレスは私からの手向けよ。
 外の世界では、花嫁がコレを着る慣わしなんでしょう?」
 一人で興奮している僕に、レミリア様が柔らかな表情で言う。

「私としては有能な司書を手放したくは無いのだけれど……小悪魔の気持ちも、決まっているみたいだしね」
 パチュリーさんは少し寂しそうな、でも、微かに嬉しそうな表情で小悪魔を見つめる。
「箱の中の『お祝い』は、『私の使い魔でなくなった自由な身の貴方』よ」
「え……」
 箱の中から身を起こし、小悪魔は主の方を向く。

「私と貴方の主従の契約は、今日でお終い。
 これからは、彼と夫婦の契約を結びなさい……今までありがとう、小悪魔。 幸せになるのよ」
「パチュリーさ…ま…」
 感涙にむせぶ小悪魔を愛しそうに見つめてから、パチュリーさんは僕の方へ向き直る。
「この娘を、大切にしてあげてね…」
「……はいっ!」
 滲んでよく見えない眼で、パチュリーさんの視線をまっすぐに受け止め、僕は力強く頷いた。




「あいつは、とんでもないものを持っていったな。
 ―――しかも、一生返さないつもりだぜ」
扉の隙間からこっそりと覗いていた黒白い蒐集家が呟いた。

4スレ目 >>501-502

───────────────────────────────────────────────────────────


「えーっとですね、後は冬虫夏草と、トリカブトと、えーっと……」
「俺はそんなに記憶力良くないんだが……」

 時刻は丁度日が傾き始めた頃、大体二時ぐらい。
 ここの森は普段は静かなのが売りらしいが、現在は気の抜けた声が飛び交っている。
 その張本人'sが俺と小悪魔だ。
 なんでこんな辺鄙な場所までキノコを取りに来たかというと、話は午前まで遡る。



 日が照り始めて適等に熱くなり始めた午前。
 しかしそれは外とかが対象なので、窓が少ない紅魔館のさらに窓が無い図書館で仕事をしている俺には関係なかった。
 図書館は適度に温度設定されているらしく、夏だろうが冬だろうが快適なのだ。
 いやはや魔法の力って素晴らしいね。俺はここらへんのみパチュリーに感謝した。
 それ以外はイマイチ感謝できないがな。

 現在もパチュリーの命令で徹夜で本の整理に当たっていて、丁度終わらせたところだった。
 最近生活のリズム崩れ始めているんですけど。……元からか。
 と、まあ眠いせいか脳が春になり始めてきた俺はさっさと寝ようと図書館を跡にしようとした。
 そしたら何故か大きな籠を持った小悪魔に出会ったわけだ。

「お疲れ様です」
「お疲れ」

 このまま何も言わずに去っていたら俺は今頃夢の中だろう。
 だが俺は、小悪魔に話しかけてしまった。

「……時に小悪魔、そのやけにデカイ籠は何だ。デカ過ぎて羽が動かしずらそうだぞ」
「実はパチュリー様に植物採集を頼まれまして……」
「大変だな……」
「そうなんです……」

 二人ともパチュリーの下で働いているため何かと同じような苦労が多い。
 そんなこんなで俺と小悪魔は仲がいいのだ。

「それで……お手伝い頂けると嬉しいのですが……」

 止めてくれ、そんな上目遣いで俺を見ないでくれ。
 そんなふうに言われたら断れないじゃないか。

「……わかった」

 その上目遣いが意図的だったらかなり腹黒いぞ小悪魔。
 だがそんな俺の疑心なんて吹き飛ばすような屈託の無い笑みで小悪魔は答えた。

「ありがとうございます!」

 まぁ、可愛かったからいいか。
 眠気? んなもん吹き飛んだわ。



 って言う事で、俺たちは植物採集に来たわけです。
 他に質問は? 答えないけど。

「そもそも全部この森にあるんディスカー?」
「知ってるわけ無いじゃないですか……」

 ご尤もです。
 その後俺たちは適度に冗談込みで散策を続けたが、目当ての物は見つからない。
 残り一つなのに……。
 途中、妖怪とか肉食植物とか出たときは死にそうになったが小悪魔が撃退した。
 そしてその余波で毎回俺も吹き飛ばされた。
 一応護身用として持っているものがあるが、これはあんな奴らにつかうもんじゃない。

「大丈夫ですかー?」
「大丈夫だー」

 そして毎回交わすこの言葉。
 うーん、やっぱり人間って非力だなぁ。
 なんてため息をつきながら体を起こす。
 と、小悪魔の持っているものに目が行った。
「こ、こあさん? その手に持ってるのはなにかね?」

 焦りすぎて小悪魔といえずに『こあ』で止まってしまった。
 だって手に持ってるのが妙にでかくて切った部分から液体が滲み出てるんですよ!?

「これですか? 目当て物ですよ」

 あっさり言ってしまう小悪魔。
 図書館の面々は根性があるな。俺は例外だが。

「目当てのものって、あれから手に入れるものなのか?」
「ええ。剥ぎ取りました」

 そう言って小悪魔はナイフらしきものを取り出して見せた。
 ……それ使って倒せよ。魔法使って俺を吹き飛ばさずに。
 勿論口には出さない。セオリーなんだし。切れ味無いし。

「ま、まぁ見つかってよかったな。帰ろうか」
「はい」

 そう小悪魔は答えて手に持った謎のものを背中のカゴへと放り投げた。
 ……わざわざ見せなくても良かったんだぞ、小悪魔。
 さて帰ろうか、そう思った矢先。

「お? お前らがいるなんて珍しいな」

 いやーな声が背後からした。
 『ギギギギギ……』という音が似合う動きで首を動かすと、そこには―――

「やっぱり魔理沙か……。はぁ……」

 図書館から奪った(本人は借りたと言っている)本を返さない黒白魔法使いが居た。
 ちらりと小悪魔の方を見てみると、小悪魔も若干『うわぁ……』って顔をしていた。
 ……そりゃそうか。

「おいおい、会っていきなりため息とは酷い奴だな。礼儀がなってないぜ」
「借りた本を返さない礼儀知らずには言われたくない台詞だ」
「まぁ、それはそれでな。処で、小悪魔が背負ってるのは何だ?」

 あ、こいつ負けそうになったから話題変えたな。
 そして質問された小悪魔は普通に答えた。

「ええと、パチュリー様から頼まれた物です」
「ふぅん……パチュリーがなぁ」

 そう言って少しブツブツ言い始めた。
 魔理沙は無駄に頭の回転が早いからな……嫌なことにならなければいいが。

「よし」

 思考が終わったのか不敵に笑って此方を見た。

「それは私がいただくぜ」
「却下」

 何を言うか予想していた俺は即答した。
 ここで奪われたら俺の苦労はどうなる。

「そういうと思ったぜ」
「なら言うなよ……」
「だから、私は交換条件を出す事にした」

 この黒白。一体何を考えているのか。

「お前達がコレを渡してくれるのなら、私は今まで借りた本を全部返す」
「……むぅ」
「どうだ? 決して悪い話ではないはずだが」

 魔理沙はなんでこのかごの中の物がほしいのだろうか。
 本を返してまで。ってか返すの普通なんですけど。
 色々考えた俺は即答はやめておくことにした。

「少し小悪魔と考えさせてくれ」

 そう言って小悪魔を引っ張って奥のほうに移動した。
 因みに小悪魔は何も喋らなかったのは話し合いを俺に任せたから……なのだろうか。



「どうする?」
「本が返ってくるのなら私はそうしたいのですが……」
「そうすると俺と森に居る時間が長くなってしまうが」
「むしろそちらの方を……。あ、いえいえいえなんでもありません」

 なんかブツブツ言って急いで言う小悪魔に俺は心の中で首をかしげた。

「しかし、魔理沙が本を返す可能性があるとは思えんが……」
「そ、そうですね……」
「ここは素直にお引取り願わないといけないな」
「でも魔理沙さんが素直に応じるとは思いませんよ?」
「そこが問題なんだが、俺に考えがある」
「考え……ですか?」

 鸚鵡返しに聞いてきた小悪魔に俺は答える。

「だがな、それには準備が要るんだ。そこで小悪魔」
「……?」
「魔理沙相手に弾幕ごっこで少し時間稼いでくれ」

 俺の一言に一帯が凍りついた。
 少しして、ようやく理解が出来たらしい小悪魔が口を開く。

「む、無理ですって!」
「元気があれば何でもできる!」
「理不尽です!」
「とにかく頼む。俺の五回目くらいのお願いだ」

 そう言って俺は手を合わせて懇願する。
 そのぐらいしないと撃退できないから魔理沙は困る。

「……わかりました。できるだけやってみます」

 渋々頷く小悪魔。毎回こうやって最終的に拒否できないのは小悪魔の悪いところであり良いところだ。

「じゃあ、頼んだぞ」

 そういうことで俺たちは魔理沙の場所へと戻った。



「で、答えは? それをくれたら本は返すぜ?」
「甘いな魔理沙っ!」

 ビシッと人差し指を魔理沙に向けて答える。

「そんな餌に俺がつられるクマー!」
「○○さん、それって……」

 何か言おうとした小悪魔は無視。

「ほぅ……。素直に渡せないのなら奪うだけだぜ!」

 この黒白、こんな奴だったっけ。
 まぁ、敵には変わりないから別にいい。

「……じゃあ小悪魔頼んだ。知っているとは思うが俺は弾幕ごっこできねぇし」

 普通の人間だからな。
 さっさと逃げるに限る。

「……はぁ」

 それに対して小悪魔は何も答えずにため息一つ漏らしただけだった。悪い。

「覚悟は出来たか?」

 そう言って魔理沙は攻撃を開始した。勿論小悪魔に。



 騒音があたり一帯を支配して、現在の俺には植物が倒される音ぐらいしか聞こえてこない。
 時折飛んでくる星弾にビビリながら着々準備をしていく。
 畜生、結構難しいなこれ。
 そしてそのまませっせか仕事して数分。

「できたあっ!」

 出来た例のものに喜びつつ。肩に担いで小悪魔の場所へと急ぐ。
 そして魔理沙に狙いを定め。叫んだ。

「まーりーさー! 一応言わないとダメみたいだから言ってやる!」

 その声に魔理沙は此方をちらりと見て、視線を戻し、驚愕の表情でまた此方を見た。
 此方というか、今俺が肩に担いでいるバズーカらしきもののほうだ

「なんだそれはぁ!」
「霧之助から貰った!」
「な、なんだってー!?」
「内容は百聞は一見にしかずだっ! スペルカードじゃないけど宣言! 音速『黄色い謎の物体X』!!」

 そして俺の肩に乗っけていたバズーカもとい、“ワカモトランチャー”が火を噴いた。

 ―――ぶるるぁあああーーー!!

 普通のバズーカとは違う発射音が鳴った後、何かしらの黄色い物体が魔理沙へと向かった。

「うおっと! 私に当てようなんて百年早いぜ」

 そこらへんは魔理沙だ、避けるだろうと思っていた。
 しかしその黄色い物体は突如Uターンをしてまた魔理沙へと向かった。

「なっ!?」
「甘いな! そいつは音速。そしてホーミング性能が半端じゃないから一度狙われたら逃げるしか手は無い!」
「くそっ!」

 箒に乗り、凄まじい速度で逃げ出す魔理沙。そしてそれを追いかける黄色い物体。
 そして二人はどんどん小さくなっていった。
 うーん、やっぱ強烈。
 因みに今の解説は霧之助から言われただけなので本当のことかどうかは不明だった。

 なんてのんびり思っていると小悪魔がやってきた。
 服がところどころ破けたり破けそうになっているものの、たいした傷ではないようだ。
 良かった良かった。

「あのう……さっきのなんですか?」

 そう小悪魔に言われては答えないわけにはいかない。ってか聞いてなかったのか。

「ワカモトランチャー。細かい事は気にするな」
「……はあ」

 未だによくわからない小悪魔に声優なんて説明しても混乱するだけだしな。
 とりあえず籠は死守完了。後は帰るだけ。

「じゃあ帰ろうか。今度は巫女なんて事があったら俺は逃げるぞ。本気で」

 そう言った後歩き出そうとしたが、小悪魔が何故か歩き出さないので俺は止まってしまった。

「ええと、あの」
「どうした? 歩けないとか?」
「そうではないくて、言いたい事があるんですけど」

 言いたい事? ワカモトランチャーについては言いたくないんだがなぁ、俺もわからないし。

「実は、前から思ってたんですが、ええと」

 中々本題を切り出さないので俺は小悪魔を見続けた。
 よく見なくてもわかるほど顔が赤い。まぁ死闘だったしな。

「○○さんのことが……す」

 そこで小悪魔は何も言わずに立ち尽くした。
 俺のことが……す。ってなんだ? ストライキか? 意味わからんな。
 とりあえず何事かと問いただそうと思ったが―――

「おおっ! 大丈夫か小悪魔!?」

 こっちに小悪魔が倒れこんできたのでそれどころではなかった。
 怪我のせいでぶっ倒れたか!?
 とりあえず調べる。

 ケガ よし
 脈 よし
 性格よし
 格好よし
 匂い よし
 すべてよし
 すげえよし

 ……って何言っているんだ俺は。
 なんて自分を突っ込んでいると、小悪魔からゆっくりとした寝息がした。

「なんだよ……、ビックリさせるな」

 大方徹夜していたんだろう。小悪魔が寝ているところ見たこと無いからな、永久保存しておくか。

「小悪魔も大変なんだな」

 まぁいいか、今は寝かせておこう。
 そう思った俺は小悪魔を何とか担いで歩きだした。
 籠のせいか重かったけど。



 なんとか図書館に帰ってきた俺は小悪魔をベッド(小悪魔の部屋ではない)に運んでパチュリーのところに居た。

「はい、これ」

 そしてパチュリーの近くに重い籠をおろした。
 まったく、何につかうんだよこれ。
 そう思っているとパチュリーから俺の頭を混乱させる一言が発せられた。

「……なにこれ?」
「パチュリーが小悪魔に頼んだんだろ……」

 呆れて言い返す。まだ俺は気付いていない。

「私、こんなの頼んでないわよ」
「……は?」

 頼んでない? 嘘付け。
 小悪魔が頼まれたって言っていたぞ。

「小悪魔? 彼女には何にも頼んでないわよ」

 ……全く持って訳がわからん。
 とりあえずこの混乱した頭を静めるためにこの籠を―――

「そおい!!」

 ひっくり返してパチュリーの頭に叩き込んだ。



 混乱した上に(そういえば)徹夜明け込みの眠い俺は気力がなく、もう寝てしまえと言う気分で歩いていた。
 気分じゃないな、寝るんだ。
 そう思っていると、おきたての小悪魔に出くわした。

「あの、私、寝てました?」
「ああ」

 眠いせいで返事も素っ気無い。仕方が無い。

「じゃあパチュリー様には……」
「安心しろ、渡しておいた」

 引導をな、とまでは言わない。
 言ってもいいけど言わないのは俺のやさしさからだ。

「そうですか……」

 しゅんとなっている小悪魔を見ていると何か言わなければいけないことがあると思うが、思い出せない。
 眠いもん。

「あ、あの」

 恐らく本日六回目の『あの』。
 何回言ったら気が済むんだろう。

「私、寝ているときになんか言いました?」
「寝ているとき……ねぇ」

 眠い頭をなんとか動かして記憶を探る。

「言ってたな、たしか」
「ど、どんなことを!?」
「ええとだなぁ、言いたくないんだが……」

 お茶を濁そうとする俺に対して小悪魔は詰め寄ってきた。
 勿論詰め寄られたら下がるしかない。本能的に。

「言ってください! お願いします!」
「わかったわかった、だからそんなに近づくな」

 近づかれたらなんか言いづらい。よくわからんけど。

「まぁ、小悪魔に魔が差したとは思うけどさ……」

 そう前置きした後俺は言った。



「冬虫夏草と宇宙仮想……だっけか」


あたりに冷たい風が吹いた。



ちなみに―――
ワカモトランチャー黄色い弾仕様を食らった魔理沙は数日間外に出れなかったらしい。

「なんでですか?」
「あれはストーカーで変体だからな」


4スレ目 >>575(うpろだ0035)

───────────────────────────────────────────────────────────

名月。
特に、ここ、図書館の屋根から見る月は格別だ。
酒も何もないけれど、
月があれば十分だ。
屋根の出っ張りに腰を下ろして、月を眺める。

俺がここに来て3ヶ月。
市立図書館の帰路に放り込まれたせいで、
日本での図書の整理方法をグダグダながら教えたら、
そのまま、魔法図書館なるところに勤務することになってしまった。

でも、それなりにうまくやってきたと思う。
パチェやこぁとの関係も良好だし、
最近のこぁとの書棚整理コンビネーションは、パチェも目を見張るほど。
今のところホームシックにかかってない辺り、結構適応しているのかもしれない。

「あれ、こんなところにいたんですか?」

いつの間にか、こぁが屋根に上がってきていた。

「ああ、こぁか。どうしたんだ?」

この少女がこぁ。
赤髪の、司書をやっている女の子。
みんな小悪魔と呼んでいるが、それではあまりにも味気ないので、
こぁ、と呼ばせてもらっている。

「パチュリー様が、探してましたよ?」
「なんだって?」
「分類がどうとか、言ってましたけど。
 ――やぁっ」

一筋の風が、こぁの髪をなびかせる。
髪が乱れないように、軽く髪を抑えるこぁ。

「やめだ。始まると長いんだ、あの人」
「いいんですか?」
「いいんだ。明日、説教も含めて長話に付き合うさ」
「言いつけますよ」
「信じてるぜ、こぁ」

軽くウィンク。
それを見たこぁは、顔を赤くして目を逸らす。
そのときまた、一陣の風。

スルッ

「きゃあっ!」

バランスを崩したこぁが落ちそうになる寸前。

「こぁ!」

何とか俺の手が間に合い、引っ張り上げる。
そのまま、俺の横にこぁを座らせた。
女の子の手って、こんなに柔らかくてサラサラしているんだ……。

「ありがとう、ございます……」
「ああ、まあ、気にするな」

照れてしまう。
こぁの顔が見られない。

「あの、手……」
「ああ、すまない……」

慌てて、手を放す俺。
辺りは闇。
虫の音のさえ聞こえない。
無言、無音の状態が続く。
それを破ったのは、こぁの声だった。

「前に、私の本名を聞いたこと、ありましたよね」
「そう言えば、言ったな」
「あれは、私を召喚するときにその名前を知っていた、
 パチュリー様しか、知らないんですよ。
 でも、教えてあげます。
 私の、本当の名前は、――です」
「あ、ああ、ありがとう。
 でも、どうして急に?」

顔をそちらに向ければ。
妖艶な微笑を浮かべるこぁ。

「知っていますか?
 悪魔の名は、人に知られてはいけないんです。
 知られてしまうと、その人に逆らえないから……。
 そして、悪魔に名前を教えられた人は、その悪魔を自由にできるんです」
「そんな大事な名前を、俺に教えていいのか?」
「いいんです。あなたには。
 私の、身も心も、支配して欲しいから……」

いきなりの告白に戸惑ってしまう。
でも、なんでそんなすまなそうな目をしているんだ……?

「覚悟して、下さいね。
 私、アスモデウス様の配下、色欲の悪魔ですから。
 手強いですよ」
「覚悟なんかしないさ。
 それより、そっちこそ覚悟しろよ。
 俺の愛は激しいからな」

その言葉に、眼を見開くこぁ。

「受け止めて、くれるんですか……?」
「ああ、こぁのこと、愛してるから」
「私、悪魔なんですよ……?」
「今さら、だろ。
 俺は悪魔じゃなくてこぁを好きになったんだから、関係ないさ」
「嬉しい!」

抱きついてくるこぁ。
その眼には、涙が光っている。

「ぐすっ。
 ずっと、ずっと、大好きだったんです。
 でも、私、悪魔だから、受け止めてくれないと、思っていたんです。
 だから、えぐっ、実は、呪いをかけてしまいました。
 ごめんなさい――」
「呪い?」
「はい、呪いです。
 悪魔自らに名前を教えられた人は、生涯を悪魔と過ごさなくてはいけない。
 私が死なない限り、死ねないし、年も取れないんですよ。
 それが、私を好きにできる、代償なんです。
 どうしても、あなたと、つながりが欲しかったんです。
 勝手な事して、ひくっ、ごめんなさい……」

堰を切ったように話し出す。
そんなこぁに、

「ありがとう」

俺は、心から、お礼を言った。

「え……」
「だって、これからずっとこぁと一緒なんだろう?
 それに、こぁが、そこまで俺を純粋に慕ってくれたのは嬉しいし。
 俺にとっては、何も問題ないな」
「うぇぇぇぇーーーーん。
 ありがとう、ぐすっ、ございます」

胸の中で泣きじゃくるこぁ。
俺は、その形のいいあごを持ち上げると、

「誓いのキス」

軽く、キスをした。

「あ……。
 うれ、しい、です。
 不束者ですが、心も、カラダも、髪の毛1本に至るまで、
 この私は、すべてあなたのものです。
 末永く、可愛がってくださいね」

嬉し涙を流しながら微笑むこぁを。
俺は。
世界で一番、愛しいと思った。

5スレ目>>612-613

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「あ~ぁ。司書の仕事も楽じゃねぇなぁ……パチュリーもどこにいるものやら」
片方の手に紅茶セットの入ったバスケットを持ち、だだっぴろい図書館の中をパチュリーを探す。
紅茶持ってきてやったのにそんなときに限っていつもの場所にいないとは猫度アップだな。
   しかし果たしてパチュリーは猫だろうか?
      猫耳だけではきついな。眼鏡を足せば……うむ! 合格だ!
         じゃあ小悪魔に猫耳は……いや、悪魔羽と猫耳は共存しないなやはりそのままの君でいて
などと自分でもよく分からない妄想を垂れ流したまま広大な図書館を彷徨い歩く。

今日も平和だ。
主に俺の頭が。




やっと見つけたパチュリーは、図書館の端にある小さな部屋にいた。
部屋と言ってもたいした大きさではなく、ちょっとした調理が出来る台所と言った感じの部屋である。
薬か何かを作っているらしく、かまどに火が焚かれている。
そのおかげで薄寒く暗い図書館もこの部屋だけ紅明るく、ほのかに暖かい。
火にくべられてくつくつと煮える中華鍋の中からは、おそらく薬草か何かだろう、不思議な匂いが漂う。
……って、中華鍋? 中華鍋って、主に炒め物に使う道具じゃなかったろうか。
そもそも製薬中の魔女と言って中華鍋に向かう魔女を思い描く者はおるまい。
肉体言語魔法少女並に何か間違ってる。


「なに」
こちらの気配に気づいていたのだろう、背中越しに声をかけられる。
「魔女と中華鍋というミスマッチ具合が実にパチュリーらしいな」
ひとまず思ったことを口にするとぴたりと手が止まり、
いつもよりわずかに目を大きくして、しかしいつも通りめんどくさそうに振り返った。
「あら。あなただったの」
誰だと思ったのやら。
「てっきり小悪魔だと思ったわ。今気づいたけど、あなた達、色がよく似てるのね」
色? なんだそりゃ。

「五味はね、五行に繋がっているの。
 五味を統べるとも言える中華鍋は、七曜の魔女である私に最も似合っている調理道具だと思わない?」
「思わない」
あ、むくれた。即答しすぎたか。
いつも以上に不満憤懣たるやといったジト目で見られるが気にしない。
「悪いが俺は製薬理論を聴きに来たんじゃなく、紅茶を持ってきただけなんだ。ほれ、飲もうぜ」
テーブルにポットと三つカップを並べて紅茶を注ぎ、勝手に自分のを飲み始める。
パチュリーは仏頂面で頬を膨らませたまま、鍋に蓋をしてぺたぺたと近寄ってきた。


「カップ、一つ多いんだけど」
「ん。んん、あー。小悪魔も誘ったんでな。後で来るとさ」
「ふーん、そう」
ごくなにげない調子でパチュリーは続けた。

「あなた、あの子のこと好きよね」

「んぐっっ! げふっ、げほっ、えほっ………えへんえへん。ん゛ん゛っ、ん゛っ。
 フッ……何を言い出すかと思えば」
「紅茶噴いた顔でかっこつけ直しても遅いわよ、ほら、良いからちょっと耳貸しなさい」
顔を近づけあってぼそぼそと声をひそめる。
「(なぜ気が付いたッ!? 他人の色恋沙汰に気づけないほどは鈍感だと思っていたのにッッ)」
「(五月蝿いわね。咲夜から聞いたの。
 紅魔館のメイド長は世界一ィィィィィィィィィ! 知らん事などナァァァァァァァァイ! だそうよ)」
「(市はr……あー……うん、ごめん。謎の敗北感と共にすごい納得した)」
「(って、そんなことはどうでもいいわ。あなた、今のままで良いの? さっさとくっついちゃいなさいよ?)」
「(簡単に言ってくれるのな……そりゃ俺だって是非そうしたいが)」
「(私が近いうちにセッティングしてあげるから、そこで……! というのはどう?)」
「(マテマテマテ、そもそもなんでそんなに積極的なんだよ)」
「(楽しいから。)」
うむ。新しいおもちゃを目にした子供のような、実に期待に満ちた楽しそうな表情だ。腹立つほど。

「はぁ。それにしても意外だな。本にしか興味がないと思ってたのに」
「そうだったんだけどね。私も色々変わってきたのよ。主に人間の所為で」
妖怪は人間に比べて寿命が長く、それゆえ変わりにくい。
しかし、人間――魔理沙だとか、咲夜さんだとか、俺だとか――と接するようになったことで、変わってきた。
そういうことらしい。
確かに『楽しいから』なんて俺や魔理沙が言いそうなセリフである。光栄な話だ。

「あなたのことは……性格はかなり変だけど、買っているわ。
 あなたも、同じくらい本を愛してくれている。
 そして本と同じくらいお互いに好意を持っている。
 だから。あなたは二人で幸せになる義務があるわ」
そう言ってぬるくなりはじめた紅茶を啜る。

「……そこまで思われてたとは、心強い話だ。
 ご期待に添えるよう、努力する。やってみるぜ」
全く。
全く、実に心強い話だ。



さらにしばらくして、やっと小悪魔は来た。
「すみません、遅くなりました~、って、あれ? なんだか焦げ臭くないですか」
「「あ」」
パチュリーの製薬成功率がまた下がった。

BadEnd 01、火にかけた鍋からは離れないようにしよう!






予定外の精製失敗のおかげで、パチュリーは早くも“セッティング”をその日の午後にもってきた。
俺と小悪魔に薬草の収集を命じ、魔法の森の近くにある花畑に向かわせたのだ。

ぽかぽかと陽気が漂う昼下がり。
それは、まぁ、確かに一日中カビ臭い薄暗い図書館にいては一生得られそうにない絶好のシチュエーションだった。

ああ、それにしても今日はいい天気だなぁ……やっぱ小悪魔綺麗だよなぁ……
何もかもが美しい、天使のような小悪魔。
瑪瑙のように煌めく瞳、柔らかそうにふくらんだ唇、
落ち着きと知性を漂わせる表情、ぱたぱたと動く羽。
しかし何と言っても少しウェーブのかかった、ふわっふわの紅く煌めく長い髪が素晴らしい。

こんな日に、踊るように花を摘む小悪魔に見とれないヤツなんているわけがないね。
そして事実俺は自分が摘むべき草も忘れて小悪魔に魅入られていた。


直前にパチュリーにつつかれていた所為も、場所のおかげもあったかもしれない。
けれどそんな綺麗な横顔を見ていると、俺の気持ちはごく自然に口をついて出ていた。
日々寝る前に顔から鳳翼天翔するくらいキザなセリフを練習していたのが嘘のようだった。

「小悪魔」
「はい?」
「好きだ。愛してる」
「はい。ありがt……ぇ? はれ? ほぁぇぇっ??」
元から大きめな瞳がさらに大きく見開かれ、頭と背中の羽も尻尾もピン!と直立し、
両手を口元に当てて驚いたままの表情で固まってしまった。
そしておずおずと両手を胸元あたりに降ろすと、うつむきかげんで視線を彷徨わせ始めた。
「あれ? ぇっと、本気…です、か? あ、ごめんなさい変なこと聞いちゃって。失礼ですよね」
「突然だったことは謝る、ごめん。でも、もちろん本気で言ってる」
ぱたぱた、ぶんぶんぶん
「そっかー、そですか……」
「うん」
ぱたぱたぱたぱた、ぶんぶんぶんぶんぶんぶん
「うーんと、えーっと、ぅーん……?」


音がするほどのあの尻尾と羽の振り様、顔の赤らみようなどから言って、小悪魔は喜んでくれていた。
誰より小悪魔を愛している俺が言うんだ間違いない。
しかし、同時に怒っているようにも見えたし、悲しんでいるようにも見えた。
しばらくそんな難しい顔をしたあと小悪魔が絞り出した答えは。

「あの……ごめんなさい、返事は……しばらく待ってもらってもよろしいですか?」






「おかえり、って……えーと……」
俺の渋い表情を見て良い結果でなかったことは悟ったのか、パチュリーが開きかけた口を噤む。
「まだわかんないけど…保留だってさ。どうかな、ダメなのかな」
パチュリーは眉間にしわを寄せて、何か言おうと口を開いては何も出てこずに口をへの字に曲げることを何度か繰り返した後、一言だけ、ありえないわ、と呟いた。
どうにも合点のいかない小悪魔の対応を訝しみながら、その日は足早に自分の部屋へと引き籠もった。


3日経った。
何も変わらなかった。


1週間経った。
何も変わらなかった。



10日経った。
何も変わらなかった。そう、何も変わらなかった。
毎日顔を合わせているが、何事もなかったかの様に接してくる小悪魔に覚えた感情は、苛立ちだったか、哀しさだったか、それとも感謝だったろうか。




そんなある日のこと。
いつものように図書の整理をしていた俺は、ぼーっとしていてうっかり、
「痛っ!」
「どうしたの?」
「本の金具で指切ったみたいだ。おーいてぇ」
血ぃ出てきたー、とぼやきながら切れた人差し指をパチュリーに見せる。
するとパチュリーは、

「あら、大丈夫? 痛くない?」
「ああ、ま、これくらないなら舐めてりゃ治るかな」
「ええっ!?
 あ、ああ、貴方が舐めるのね」
「おいおい、なんだと思ったんだ」
「な、なんでもないっ! なんでもないのっ!」
ツンと怒ったように顔を赤くして言うと、読んでいた本に顔を隠すかのように、ばっとうずめた。

と、
「あら何でもないんですか? 残念ですぅ」
「うおっ、小悪魔!? どっから現れた?」

いきなり背後から声をかけられびっくりする。この辺はさすがに紅魔館にいるだけあって神出鬼没だ。
後ろから肩口を覗きこむように抱きつかれ、ケガした指を両手で包み込んでくれる。
こんなに距離が近づいたのは実は初めてかもしれない。
というかなんかふっくらと当たってる。当てられてるのか!
……いやいやその前に。何がしたいんだ小悪魔。泣くぞ俺。
「ふふっ、パチュリー様がやらないのでしたら私が代わりにやっちゃいますよ?」
……小悪魔?
「別に良いわよ」
「あら残ね……」
けらけらとまんま小悪魔の様な笑いを上げかけて――あれ? とそのままの表情で固まった。

「あの。今なんておっしゃいました?」
「ダメって聞こえたかしら? 好きにしたら?」
「…………あれあれ?
 いいんですかパチュリー様? そんなこと言って。
 もらっちゃいますよ、○○さん」
「良いわよ。それで満足したら早く仕事に帰ってちょうだい」
「…………」
「MPが足りなかったかしら」
「いえ、あの。えと、ホントに良いんですか? 何があったか知りませんが些細なことで喧嘩しちゃダメですよ?
 後になってから『やっぱり○○のこと好きだったの』とか言ってももう譲りませんよ?」
「……?」
「あなた、何言ってるの?」
パチュリーが俺と顔を見合わせて不思議そうに首をかしげる。

「いや、だから…あれ? あの、パチュリー様。好きだったんじゃないんですか? ○○さん」
そんなことは初耳も良いところなんだが……そして謎はほぼ解けた。
パチュリーはパチュリーで、ふふぅん、と小馬鹿にしたような呆れ顔を浮かべて小悪魔を見やる。
「あなた何十年私の下で働いてるの? 私が本の知識以上に心惹かれるものなんかあると思って?」
いや、ありがたいことに本の知識以上には俺達のことは気にしてくれていたような気もするが。


「ほぇ……あ……れ……あの日だったか…パチュリー様告白してたじゃないですか……。
 そう、私、厨房のそばで聞いてたんですよ?」
「?? 何のこと?」
「そんなこと悪魔に誓って無かったわ」
「ありましたよ! だから私は告白してもらって嬉しかったけど、
それ以上に○○さんが二股かけるような人だと思ってすごく残念だったんですよ!」

パチュリーと二人で難しい顔をして記憶の糸をたぐり寄せる。……ん~?
「あっ。ねぇ、○○。そう言えば小部屋に二人でいたとき……」
「あー。ああ、なんだっけ。たしかに告白した時のセリフとも聞こえる会話だったような」


あ、小悪魔が真っ白になって、みょん侍のように半分魂が抜け出てる。
耳を澄ますとエクトプラズムと共に こ あ ぁ ぁ ぁ ぁ、とかいう苦悶の音をはき出している。


呆然とする小悪魔を尻目に、事件解決ね、後は任せたわ、と言ってパチュリーはすぅっと図書館から出て行こうとする。
その背中に向けて、慌てて小悪魔が我を取り戻して声をかける。
「ちょ、あの! ホントにホントに良いんですね!?
 私の勘違いだったことは50歩くらい譲って認めますけど、
 もっと後になってから『ホントは○○のこと好きだったの』とか言ってももう譲りませんよ!」
「それさっきも言ったわよ。好きになさい」
と、扉を開けたところでパチュリーが肩越しに振り返って口を開く。
「小悪魔。細かいことは言わないわ。今ここに、たった一つだけ私と契約しなさい。
 ――幸せになること。」
「え、あ、は、はい。はいっ!
 絶対幸せになります! ありがとうございます!」
それを聞いて満足そうに笑みを浮かべたパチュリーは、今度こそ扉の外へと姿を消した。



ばっ、と弾かれた様に俺に向き直る。
胸の前で手を組んで、眼を潤ませて
「○○さん……ごめんなさい、勝手に勘違いして、怒って、返事もせずにすみませんでした。
 今からでも許してもらえるなら、言います。好きです……。私も、好きです! 貴方を愛してます!」

その言葉を、その気持ちを。幾星霜待ち続けていただろうか。
「小悪魔っ…!」
ぎゅっと、抱きしめる。
もう離さない。ずっと、側にいてくれ。そう耳元で囁くと、胸の中でしっかり、はい、と返事をしてくれた。
「私、私……ごめんなさい……」
そう言ってすすり泣く。

涙は似合わない、そう言おうと思って頬の涙を掬った指をふっとさらわれ。
気が付くと俺の指は――好きな人の口の中に吸い込まれていた。
「んっ……ちゅ……れろ…」
「こっっっっこここここここあっくま?」
わたわたと焦る俺の指がぬるりと解放され、つぅと糸を引く。
「血が出ていました、舐めていれば治りますよね」
えへへ、と目尻を赤くしたまま悪戯っぽく笑って、再び指をちゅっと吸い込む。
吸われている部分からぞくぞくとした快感が伝播してくる。
「う、ぁ……」
くすぐったさと恥ずかしさに思わず、手首を握っていた小悪魔の手を取り、同じようにその人差し指に吸い付く。
「ふ、ぁ……ぅん……」
少し驚いて指を一瞬口から離した小悪魔だったが、すぐにとろけるような表情に戻り、指を舐め合う。
ほっそりと白く長い小悪魔の指は、少しだけ本の黴くさい匂いがしたが、ほんのりと甘かった。
口の中で時たまぴくぴくと蠢くものから温もりを受け取り、温もりを与える。
とろとろと熔けそうになる指先からは甘い波が伝わり続け、じんじんと意識までも融かしてゆく。

いつしか、どちらが誘ったか。
お互いの手と手が少しずつ近づいてゆき、自然、ふっと微かに唇が触れ合って――すぐに離れる。

「え、えへへへへへへへへへへへへへへへ」
顔を真っ赤に染め上げてはにかむ俺の恋人。
でも、自分も同じくらい顔が紅く火照って頬がゆるんでいるのを感じる。
お互い恥ずかしくって、二人照れあって、一緒に何か言わなきゃ、と思ってわたわたして。
そして、二人とも同じくらい間抜けなことをしていることに気付いて、ぷっ、と同時に吹き出す。

「「あはははははははははっっ」」

二人でいられる。二人で想っている。二人で感じ合っている。
そんな些細なこと、されどそんな奇跡が幸せで、笑いが止まらない。

ひとしきり笑いあって落ち着いたころ、小悪魔に惚れてからこのかた、長い間夢だった願いを口にする。
「ねぇ。小悪魔。笑ってほしい。ずっとずっと、こうして俺の隣で笑っていてほしい。
 俺のためだけに笑っていてほしい。
 君の太陽の様な笑顔が、大好きなんだ」
「はい……はい!
 ずっと、ずっと貴方の傍にいさせて下さい。そうすれば、私は貴方のおかげでずっと笑顔でいられます」
夕立のあとに輝く太陽のように晴れやかな笑顔で応えてくれる。
俺だけに向けられている、向日葵のような笑顔。
もう二度とその笑顔を離さないよう、ぎゅっと強く抱きしめる。

――ああ、俺は、小悪魔を好きになって、心底良かった。







「あぁ、もったいない。行動に多少問題はあったけど優秀だった司書を、一気に二人も解雇しちゃったわ」
「あいつら勝手に住み着いただけで、元から雇ってないし解雇してもいないじゃん?
 それに、大丈夫よ。
 すぐ三人に増えるわ。ああ、もっと増えるかもね。きっと賑やかになるわ」
「――そう。レミィが言うのならきっとそうなのね」

咲夜が来て、レミィは変わった。
霊夢が来て、レミィはまた変わった
魔理沙が来て、妹様は変わった。私も変わった。
○○が来て、あの子は変わった。
人間が来るたび、新しい風が吹き込み、紅魔館は変わっていく。

今度来る人間は、きっと悪魔と人間のハーフ。多分。
そして、また新しい風が生まれ、何かが変わっていくのだろう。


この世に生を受けて、はや1世紀が経つパチュリー。
こんなにもめまぐるしく変わってゆく世界は初めての経験だった。
人間という種族からは、どんな本から得る知識も敵わない量の生きた知識を得ることが出来る。
そのことに気付かせてくれた人間達に感謝しつつ、パチュリーは、
その知識を得られることを思って、早くも期待に胸を躍らせるのだった。

5スレ目>>775

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