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幻想郷今昔恋歌3

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orz1414

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登場人物

魂魄妖夢
 半人半霊の庭師。最近ペースが乱され気味。

西行寺幽々子
 天衣無縫の亡霊。何かを企んでいるけど……。

○○
 白玉楼の使用人。未熟なので修行中。



白岩さん
 最近は遊ぶ事が楽しいらしい。でも、お便りはちゃんと読みます。





「『すぺるかーどるーる』でござるか?」

 妖夢殿がおっしゃるのは、この幻想郷において人妖が平和的に事を解決する決闘方法だそうな。

「ええ、○○さんは知っておいたほうがいいと思います」
「これは『弾幕ごっこ』なるものとは違うのでござろうか?」
「概ね変わりませんね。弾幕を使えない○○さんには前者の方がしっくり来ると思います」
「はて、何故でござろう?」
「スペルカードを宣言し、そのスペルを制覇すれば勝ちになります。
 もっとも、弾幕が使えない○○さんにしてみれば勝ち目はありませんけど」
「ふむう。では、拙者には手段もござらんか。いや、そもそも争う理由など無いのでござるが」
「○○さんになくても、相手方にはあるかもしれないじゃないですか」

 妖怪なる存在は、人間を襲うが故に妖怪という。
 そして、人間は妖怪を退治する。
 その両者の対立あって、初めて幻想郷は均衡を保つ。

 と、慧音殿が言っていたでござる。

「なれば、拙者はいかようにすべきでござろうか?」

 里の外であれば、妖怪に襲われてもやむなし。
 もっとも、拙者がお会いした妖怪方は非常に友好的でござった。
 
 しかし、それはもしや、幻想郷の均衡に反する事なのではなかろうか?

「別に、ただ襲われろというわけじゃありません。勝つすべは確かにありませんけど、負けない方法もあります」
「それは如何様にして?」
「避けきってください」

 妖夢殿はおっしゃる。
 弾幕ごっこなる概要の片鱗は、以前に魔理沙殿に教えいただいたことがござる。
 『ますたーすぱーく』なる恐ろしき光。かのような神妙不可思議を避けきれるか……。

「一応、そのための修行をしてきたんです。もう少し自信を持ってください」
「そのための修行でござるか。さすれば、今まで教え頂いた事というのは」
「剣術の修行には違いありませんけど、まずは、生き残る方法ですね」

 最初に受けた妖夢殿の斬撃は、拙者の目にも留まらぬものでござった。
 今は、ようやく目で追えるほど。体は、ついていけるか五分五分といったところ。

「そうですね……。近々宴会もありますし、頃合でしょう。○○さん、庭に出てもらえますか」
「承知」

 妖夢殿について、白玉楼の庭に出る。
 広大な庭でこそ、修行も成り立つところゆえ、重宝しているところ。

「試しに、今から○○さんにスペルカードを使います。避けてください」

 妖夢殿はすらりと刀を抜かれた。
 抜かれた刀は、楼観剣。その切れ味は、幽霊数十体をまとめて切れるほどとのこと。

 ちなみに、庭の手入れすらもこの名刀で行われるでござる。
 とは、冗談でもこの場には似つかわしくも無い感想。
 
 妖夢殿の顔は、凛とした真剣なもの。
 拙者も気を引き締める。

「けっこう、本気でやりますので、気をつけてください」
「承知」

 刀を持たぬ手で、妖夢殿は札を取り出し、

「人符……」

 厳かに、

「『現世剣』」

 札を宣言された。



 気迫がこもる。
 この剣気は、拙者が妖夢殿からいつも受ける太刀とは比べ物にもならぬ。
 これぞ、妖夢殿の奥義か……。

「これは不意打ちが出来ないルール。スペルは宣言されました。では……」

 妖夢殿は、ゆっくりと刀を構えられる。

 抜き身の刀なれど、その雰囲気は抜刀に似つかわしく静かに鋭い。

「いざ、」
 
 じり、と、拙者に向かい、
 発するが如く、

 応じ、拙者も言を重ねる。

「「尋常に、」」


 ここにあるは、妖夢殿との真剣勝負。
 妖夢殿が拙者に伝う事を、身を持ってなさるお覚悟か。
 なれば、応えぬ通りも無し。

 修行の成果、

 とくと、ご覧あれ!


「勝負!」







 その剣閃は、刹那の瞬きが如し、
 されど、目に映るは刹那を二百由旬に引き伸ばしたかのごとき光景

 ざ、と、妖夢殿の踏み足が見えたときには、すでに……。








 ………
 ……
 …


 里に、○○さんと買い物に出かけました。
 もちろん、幽々子様のお使いです。

『ちょっと宴会をするつもりなの。その為の買い物をしてもらえないかしら?』

 わりとまともな内容なんですけど、そもそも何で宴会をする気になったんでしょう。
 まあ、幽々子様のやることはいつも唐突で、気にしていたら切りが無いですし。

「して、妖夢殿。何を買われるのでござろうか?」
「お酒と肴です。多いほど良いでしょう」

 単純にそれだけです。問題は量かもしれません。
 幽々子様が言うには、けっこう客を呼ぶみたいですし。

「左様でござるか。しからば、この台車いっぱいに酒と肴が乗るわけでござるか」
「主にお酒ですね。みなさん、お酒が好きみたいですから」

 宴会が連日行われる事もある。
 白玉楼はそうならないだろうけど、一度にけっこうなことになるでしょうね。
 流石に私一人では持ち運べないため、○○さんに手伝ってもらう事になったんですけど。

「里にきたならば、慧音殿にご挨拶をしなければならぬでござるか」
「また、こちらに知り合いを作って……いや、いいんですけど」

 里にいる半獣、上白沢慧音。
 人間に近しいあの人ならば、別に問題もないですね。
 むしろ、教えられる事も多いことでしょうし。

「おお。噂をすれば」
「あ」

 話に誘われたか、向こうの方から歩いてきたのは慧音さんでした。

「慧音殿。こんにちはでござる」
「これは○○さん。妖夢も、こんにちは」
「こんにちは、慧音さん」
「見たところ買い物のようだけど、近々行う宴会の買い出しかな」
「知っているんですか?」
「ああ、それはそうだよ。私のところにも誘いが来ている」

 知りませんでした。
 いえ、決めたのは幽々子様であって、教えてくれなかったのだから仕方ないんですけど。
 白玉楼の者として、賓客のことを知らないのは良くないでしょう。

「おお、慧音殿もいらっしゃるか」
「ああ、楽しみにさせてもらうよ」
「もちろんでござる。……ところで慧音殿、本日は何をされておられるか?」
「当日に手ぶらでは客として決まりが悪い。その手土産を探しているところだ」
「そう言ってくれるのは慧音さんぐらいですよ……」

 うちにくる客のほとんどは、そんな気を遣わない。
 むしろ、勝手に入って勝手に飲み食いして勝手に出て行く。
 冥界はいつからそんなに気軽な場所になったんでしょうね……。

「そうだ。どうせだから、一緒に見て回らないかな?」
「良いのではないでござるか、妖夢殿?」
「私に意見を求めるんですか……、良いんですけど」
「邪魔して悪いな」
「そんなことありませんよ」
 
 一緒に見て回って、邪魔になること無いのに……。
 よく分からないところまで慧音さんは気を遣う人です。
 まあ、一緒に回るくらい別に良いんですけどね。



 そのまましばらく、お酒を買い歩き、酒の肴をけっこう調達してまわりました。
 慧音さんは何かを買う気配も無く、ただ私や○○さんと話していました。

 そして、丁度○○さんが荷物の積み下ろしに少し外したときに、慧音さんが私に近づいてきました。

「妖夢。少し気になる事があるんだが」
「なんでしょう?」

 いやに神妙な態度。
 どうも、○○さんが外したときを狙ったみたいです。聞かれたらまずいんでしょうか?
 別に、○○さんは人の話題をどうこう言う人じゃないんですけど。

「○○さんのことだが」
「○○さんの? 何か?」
「○○さんは外来人か?」
「? そうですけど。確か」
「そう、か。そうなのか」
「なんでしょうか。気になることでも。もしかして異変か何かに関係があるのですか?」

 そういえば以前、紅白巫女が冥界の門の前まで来ていた事がありました。
 もしかして、それに関係しているんでしょうか?
 あまり考えてなかったけど。

「いや、そういうわけではないが。少し妙で……」
「みょう、ですか?」
「ああ、思い過ごしかもしれないが。少し、雰囲気が違うと思ってな。昨今の外来人と比べると」
「そうなんですか?」
「ああ、考えすぎかもしれないが。少々、『古い』気がする」
「どういうことですか?」

 記憶喪失の○○さん。
 慧音さんが違和感を持つくらいだから、何かあるんでしょう。
 それが悪いもので無ければいいんですけど……。

 紫様も関係しているみたいだし、その事は改めて確認しないと。

「いや、まだ何もはっきりと分からない。少し確認したかっただけだ。特に彼に対して悪いものがあるわけではないからな。
 問題は無いと思う」
「そうですか。まあ、悪い人じゃないのは分かりますけど」
「ああ、良い男だぞ、あれは……」
「そう、なんですか?」
「ああ、君にぴったりだと思うがな」
「な、なんですか、それは!?」
「驚く事もあるまい。君の相方としては、気負い無い、気持ちの良い性格だ」
「あ、ああ。そういうことですか……」
「ふむ……。何かあるようだが、……いや、そういうことだ。まあ、よろしくしてやってくれ」
「はい。こちらの方こそよろしくお願いします」

 それからしばらく後に、買い物を終えた私たちと慧音さんは別れました。
 結局、慧音さんは何も買いませんでした。
 
 さて、帰ってから○○さんにスペルカードルールを教えないと。
 










 …
 ……
 ………


 すでに、私と○○さんは交差した後。
 その結果は、考えるまでも無い。

「○○さん」
「……」

 返事は無い。
 
 振り返り、その身を見て、一言告げた。



「御見事です」
「……恐悦、至極に存じ上げまする」


 どっと、○○さんは腰を抜かしたように倒れこみました。
 その顔は笑顔、やり遂げた感があります。

「っくはあ! まるで生きた心地がしなかったでござるよ。なんとも凄まじい剣気。この首があるのはまさに僥倖」
「まさか。そんなことありません。○○さんに初見殺しを訓練した甲斐がありました」

 如何なる弾幕も、最初の一撃で被弾してしまっては意味がありません。
 そういう意味もかねて、剣術の修行は見切ることに費やし、体力は、後に必要である気合避けのために鍛錬しました。

 体力に問題のない○○さんですから、初見殺しが少し心配でしたけど。

「本来は制限時間中ずっと避け切ってもらうものなんですけどね」
「なんと! もう一度やれといわれても、拙者にはとてもとても……」
「出来ますよ」

 初見殺しは、そういうスペル。
 一度見切られた時点で種の割れている事だから、次は無い。

「これは、二度目の無いスペルです。初撃を避けられた時点で勝ちはありません。示現流のようなものですね」
「示現流? いかな流派でござるか?」
「あれ? 有名だと思ったんですけど……」

 そういえば、記憶がないのでしたね。
 だったら仕方の無い事。

「初太刀に勝負の全てをかけて斬りつける、一撃必殺の流派ですね」
「なるほど。つまりは、妖夢殿が今しがた放たれた奥義も」
「まあ、そのようなものです。ちなみに、あれはまだ奥義じゃありません」
「あいやなんと!」

 ○○さんはとても驚いた様子です。同時に、少々肩を落としたよう。
 私の奥義と思っていた技を破ったと思っていたのですから、それも仕方の無い事かなとは思います。
 でも、人間の身でここまでやれれば、本当に大したものです。

「自信を持ってください。この技を見切れるくらいなら、並大抵のスペルはものともしません」
「さ、左様でござるか?」
「はい、左様です」

 先日会った、低位の妖怪にもし襲われたとしても問題はありません。
 まあ、撃退も出来ないんですけど。
 それくらいが、○○さんらしいかと思います。

「……」
「? どうしました、○○さん」
「いや、……」

 ○○さんは頭を振りました。



「妖夢殿に笑顔を初めて頂いたでござる」
「え……、そうですか?」
「眼福にござるよ」

 そう言って、さっきよりも嬉しそうに笑いました。


「あ……、」







 人の笑顔は、見ていて気持ちがいいけど、
 自分はそういう顔をしていなかった。

 今まで、

 そういうことを、考えたことも無かったから。


 笑った事が無いわけじゃないけど。

 私はそれを、あまり知らない。


 この人は、それに気付いた。






「やはり笑顔が一番でござるよ、妖夢殿」
「そう、ですか?」
「うむ」

 満足そうに、笑い返してくれる○○さん。
 言われて恥ずかしくて消えかかった私の笑顔は、そのまま残って、

「これからも頑張ってくださいね」

 ○○さんのこれからを応援した。
 

「精進するでござるよ。妖夢殿」







 ………
 ……
 …



「へえ、そうなの」
「はい。○○さん、人間なのに妖怪に交友関係を広げすぎですよ」
「あらあら……。なんでかしらね?」
「何がですか?」
「どの『なんで?』についての『何が?』かしら? ○○ちゃんが交友関係を広げる理由?」
「いえ、多分それには理由もないんじゃないですか。○○さん、深い考えがあるようには思えませんし」
「あらあら。分かってるじゃない。じゃあ、気になることって、アレかしら?」
「アレ? 何のことかはわかりませんけど、多分それです」
「そうね。なんで、『妖怪に襲われないか』、かしらね」
「まあ、今の○○さんなら、そこらの低位妖怪にやられることはないでしょうけど」
「あら、そんなに強くなったの?」
「いえ、逃げ切れるくらいです」
「まあ、そんなものよね……。それにしても、妖夢ったら、ずいぶんと○○ちゃんに懐いたものね」
「懐かれているんですよ。どちらかというと。あの人は、そんな感じです」
「妖夢。突然だけども宴会をするわよ」
「珍しいですね」
「あら、白玉楼の宴会は珍しいものだったかしら?」
「『突然』と前置きする事が珍しいんですよ。まあ、分かりました、準備をしますね」
「よろしくね、妖夢」






「そう……。そういうことなのかしら、紫……」









<幻想郷の白岩さん>


Q.示現流って?(無垢なる刃・ウドンゲイン)
 
A.作中に説明があったはずだけど?
 まあ、その名がついたのはずいぶんと昔のことね。
 慧音の話だと、安土桃山か、江戸初期くらいの話ね。

 ところで、名前大丈夫?


Q.宴会の日程を教えて欲しいのだが(八雲の式)

A.場所は白玉楼。日時は近いうちとしか知らないわね。
 あ、でも、私は行かないわよ。用事があるもの。
 というか、本人たちに聞きなさいよ。


Q.わしは呼ばれとらんのぉ(先代白玉楼剣術指南役)

A.生死(?)不明の人を呼べるわけ無いでしょう。


Q.良くないことが起こりそうな気がするわ(回転防御の神)

A.貴女が言うと冗談にならないわ。
 あと、貴女の名前はそれでいいの?


Q.この間は楽しかったですか?
 またどこかへ行きましょう。(●●)

A.このお便りってどのタイミングで出したのかしら?
 どこかへって、……もうどこかへ行く約束があるじゃない。
 あの後に会う前かしら……。まあいいわ。

 ああ、それと。
 楽しかったと言ってあげる。次も期待してるわ。



登場人物


魂魄妖夢
 ○○の師匠(?)。お酒はあんまり強くないかもしれない。

西行寺幽々子
 白玉楼の主。思うところあって宴会を開く。

○○
 妖夢の弟子。立ち回りは上手かもしれないけど、それでどうにもならないこともある。








 雪月花
 
 自然にありし景物を愛でる、風流な言葉。

 宴には格別の肴にござろう。
 先の歌人がこぞって詠うのも頷ける話。

 しかし、
 拙者は、恐れ多くも、

 この言葉にもう一文字付け足したいと思うでござる。










「宴は盛況にござるな」
「いつものことです。お酒さえ飲めれば、宴会の場所なんてどこでもいいんだと思います」
「左様でござろうか」
「はい、左様です」

 宴に呼ばれし客人方は、皆が皆好きなように酒を飲んでいるようでござる。
 いつの間にやら始まりしこの宴。気付けば幻想郷にて拙者が知り合った方々が大勢いるでござる。

「しかし、なんともにぎやかなる事か」
「騒ぎすぎ、とはいえませんね。普段からこんなものですから。弾幕ごっこが始まらないだけマシかもしれません」
「ほう、しからば、このまま宴が進めば弾幕ごっこをば見る事が出来るのでござるか」
「物騒な事を言わないでください。そんな事になったら色々大変ですから」
「なるほど。承知いたした」
「○○さんが承知したところで、止められるはずもないんですけどね」
「それは拙者も重々承知しているところでござるよ」
「それならいいんですけど。まあ、高位の弾幕は美しさにも似通ったものもあります。
 見れないなら見れないで、寂しいかもしれませんけど」

 弾幕美なる風情は、生憎と拙者は未だ拝見したことのないところにござる。
 妖夢殿の剣閃、魔理沙殿の魔法。拙者が見たのはせいぜいそれくらいの事でござる。

「おいおい、酒の肴に難しい話はよしとけよ」
「おお、魔理沙殿。宴はいかがでござろうか?」
「うん? 最高だぞ? 酒が飲めるからな」
「なるほど。それは良い事でござる」
「というわけでお前も飲め。それでもって、弾幕抗議をしてやるぜ」
「まことにござるか?」

 弾幕ごっこの如何をお教えいただけるとは、またとない好機。これは是非ともお伺いせねばなるまい。

「そういうことは私が教えます。貴女は別に余計な事を教えないで下しあ」
「おっと、こんな面白そうな事、独り占めは良くないぜ」
「何が独り占めですか。そもそも、貴女には権利すらありません」
「何の権利だかよく分からないが、本人は聞きたがってるぞ。それよりも、妖夢は他の客の酒に付き合わされるんじゃないのか?」
「何を言って、きゃあああーー!!」
「妖夢殿!?」

 妖夢殿の姿が、すとんと何か闇に落ちるように忽然と消えてしまったでござる。

「何処でござるか、妖夢殿!」
「そう慌てなさんなって。今の、紫の仕業だぜ」
「紫殿の? 何ゆえそのような所業に?」
「あっちを見てみな」

 魔理沙殿の指差す方。
 そこには妖夢殿が賓客方に囲まれておいででござった。
 なにやら困った顔をしているでござる。その目の前には、突き出された盃がござる。

「萃香にブン屋……、他諸々ってところか。妖夢もご苦労な事だ」
「どういうことでござろう?」
「なに、客の相手をしろってことだ。さしずめ、駆けつけ三杯でもやらされることだろうよ」
「むう、ここはお助けした方が……」
「おっと、お前はこっちの相手だ。なに、駆けつけ三杯なんていわないさ」

 十分に酔ったお顔で、魔理沙殿がにんまりと笑みを浮かべられる。
 その笑みに、拙者は空恐ろしいものを感じたでござる。

「何杯でござるか?」
「そうだな……。軽く十杯はいってもらおうか?」

 魔理沙殿は拙者の襟首をむんずと引っつかみ、ずるすると引きずっていかれる。
 妖夢殿を見れば、真っ赤な顔をして盃のものを飲み下しているところ。

「妖夢殿ぉ―、御武運をぉー!」


 妖夢殿のお耳に届いたかは知らず。
 拙者も、戦場に赴くのみでござる。














「ぷはぁーーー……」

 これで、この人たちが言うところの駆けつけ三杯は終了しました。
 紫様にも困ったものです。こんな修行の方々のど真ん中に放り込むなんて……。

「よぉし! それじゃあ改めての見直しだ! 行くぞ天狗!」
「はい! 行きましょう! それではご唱和ください! それ!」
「「「「一気! 一気! 一気! 一気! 一気! 」」」」

 相変わらず並外れた飲酒量です……。
 この二人は、今の時点でどれほど飲んでいるのやら。

「こぉら半霊! 何ぼおっとしてるんだ! お前もだろ!」
「そうですよ、妖夢さん! さあ、もう一度!」
「え、ええ!?」
「「「「一気! 一気! 一気! 一気! 」」」」

 勢いに負けて、私もまた呑む事に……。
 お酒はペースを守って飲むものなのに……。

「ぷふぁ……」

 ようやく飲み干して、また一気飲みをするお二方を見ます。
 なんというか、まあ、楽しそうで何よりですかね。

「ご苦労だな、妖夢」
「あ、慧音さん」

 私の隣に腰を下ろして水を差し出してくれる慧音さん。

「すいません、お客さんなのに」
「気にするな。あの二人の相手をするのは並大抵では無いからな」
「出来れば変わって欲しいくらいです」
「それはさすがに遠慮する」

 ほんのり酔いの回った赤い顔で慧音さんに断られます。
 冗談がいえるくらいには酔ってるみたいですね。

「ところで○○さんはどうした?」
「あっちで魔理沙に連れて行かれました」
「なるほど。それは難儀だ」
「無事だと良いんですけど」
「大丈夫だろう。この宴席で人間を襲おうとは誰も考えまい」
「余興には使われると思うんですけど……」
「それは、……違いないか」
 
 慧音さんは苦笑しました。
 
「大真面目に注がれた酒を飲んで、急性アルコール中毒になるかもしれないな」
「あり得る話です。そんなところで変な死に方されたら冥界でも受け入れを渋りますよ」
「拒みはしないだろうに」
「ええ、せっかく育てた使用人ですから」

 いまや、十分に白玉楼の一端を担っている人です。
 自由で困ったところもありますが、真面目ですから仕事に影を落としません。
 
 まあ、逆に他のところで影を落としているような……。

「ところで妖夢、少し良いかな?」
「? ええ……、なんでしょう?」

 内緒話でもするかのような、慧音さんの密やかな声。

「○○さんについてだが。一つの仮説がある」
「もしかして……、昔の人間かもしれないってことですか?」
「……なるほど。一緒にいるわけだから、気付かないはずもないか」

 おおよそ、あの人の言動を考えれば分かる事です。
 まあ、推測に過ぎませんけど。

「年賀状の文化は、葉書が普及した明治以降。それを知らないという事は、少なくともそれよりも昔という事になる」
「なるほど。もしかしたら、示現流を知らないのもそういうことかも知れませんね。ただ……」
「ああ、単なる記憶喪失における症状の一つかもしれないということだな」

 仮説としたのは、そういうことでしょう。
 少なくとも、○○さんは自分の昔の事を覚えていません。
 それに通ずるものに対する記憶もまた、あやふやになっていても不思議じゃない。

「まあ、取り立てて問題があるとは思えませんけど」
「だといいのだがな。まあ、所詮は仮説。正直、聞いて欲しかっただけなんだが」
「かまいませんよ。その可能性は私も考えていましたし、信憑性もある話をもらいましたし」
「それなら良かった……」
 
 慧音さんは胸をなでおろした様子でした。

「どうかしたんですか?」
「いや、大した事じゃない。この仮説は、あんまり面白くないからな」
「そうなんですか?」
「ああ、それも――」
「こぉおらあぁぁぁ!!」

 慧音さんの話を遮る、酔いの回った声が私の背を叩きました。
 そして、肩を鷲づかみにされます。

「な、なんですか!?」」
「こんなところで詰まんない話なんかしてないで飲めえぇ!!」
「ひい! 何ですかのその瓶は!」
「こいつは特性だぁ! 飲め! そして酔え!」

 わしづかみされた手で、そのまま飲み込まれるようにまた酒の席へ……。
 助けを求めようと慧音さんを見ると、困った顔で手をふっていました!

「ああ、その、なんだ……、がんばってくれ」
「そ、そんなぁ!」

 引きずられながら見上げた夜は、綺麗な三日月。
 こういう時は、やっぱり静かに飲むものじゃないですか?

 ○○さんなら分かってくれるはずですよ。
 多分。











 ……~~~~きゃあ~~~~

「むう!?」

 今、なにやら妖夢殿の悲鳴のよなものが……。

「何をよそ見してるんだ? もっと飲め。そして聞け!」
「む、申し訳ござらん」

 拙者に酒を勧めるは、ここまで拙者を引き立てた魔理沙殿。
 その横には、ありす殿と霊夢殿が座してござった。

「弾幕はパワーだ」
「違うわ。弾幕はブレインよ」
「何言ってるのかしら。そんなもの、勘で十分よ」

 三者三様のお答えに別れ、酒の席に火花を散らされる。
 このさまでは、宣告妖夢殿がおっしゃられたように『弾幕ごっこ』になりかねぬ。

「まあまあ、落ち着きなされお三方」
「は、ほら見ろ。○○もパワーだって言ってるぜ?」
「貴女こそ何を言ってるのかしら? 頭脳の勝利だと言ってるのよ」
「貴方たち耳が悪いんじゃないかしら。勘が一番強いって言ってるじゃない」
「……かような事は一言も言っておらぬのでござるが……」

「「「なに!?」」」

「な、何でもござらん!!」

 女人の三人寄らば姦しきことこの上なき事。
 これも風情の一つでござろうか……。

 ふと、拙者の方には一片の雪。
 寒々しくあるはずの夜雪は宴席の熱に解けて一滴となる。

「こら! なにを一人で風流ごっこしてるんだ!」
「むう、なんでござろう?」

 酔いの回った魔理沙殿が拙者の視界をずずいと覆う。

「何でござろうじゃないだろうが! 結局どれが一番なんだ!?」
「どれと、申しまするか?」
「あなたは、ブレイン派? それとも勘? まさかパワーとか言わないわよね?」
 
 ありす殿が笑みを浮かべながら拙者に尋ねられる。もっとも、これは非常に恐ろしき笑顔。
 牛の刻に参らんとするに相応しき笑みにござる。

「まあ、順当に行けば勘よね。なんせ、妖夢が師匠なんだし」
「あら、どうしてかしら、霊夢」
「妖夢が師匠なんだから、どうせ初見殺しかなんかを訓練させてるでしょうから。勘だけど」

 まさにそのとおり。
 霊夢殿の勘、恐るべし。

「あら、それは頭脳的攻略法を知らないからそうなるんじゃないかしら。良さを知れば考えも変わるわよ」
「同感だな。それに、私だってこいつの師匠だ」
「あら、あなたそんなこともしてたの?」
「おっと、そいつは……いや、実験ついでにな」
「魔理沙らしいわね」

 ありす殿の呆れた声。
 それはそうと、魔理沙殿は拙者のなにで実験をされていたのでござろうか?

「それで、どれが一番良いか決まったか?」

 霊夢殿が総括なさる。
 されど、まだその真意なる事を教授されてはござらん。

「では、お三方のおっしゃる弾幕様式の真髄をお聞かせいただきたい」

 そも、その概要を知らねば答えることも叶わぬ事ゆえ。
 
 お三方は互いに顔を見合わせて、頷いた。

「じゃあ教授してやるぜ。一番すごいのは技を超えた純粋なパワーだって事をな」
「お粗末ね。柔よく剛を制するという言葉は人間が作った言葉なのに」
「力も技も、予期しないことには意味が無いわ。勘が全てよ」

 お三方は自信たっぷりにそのご意見を披露され始めた。













 
「れすからぁ~あのひとはぁ~」
「ふんふんそれで?」
「う~。なんていいますか~、かってにどこでもほっつきあるいて~」
「それから?」
「もーう~、だれでもかれでもなかよくなって~、こっちのしんぱいもしらないで~」
「なるほどなるほど」

 なんだか、私は何を言ってるんでしょう?
 酔ってますね、うん、多分、かなり、けっこう。

「妖夢。無茶をしすぎだ。少し横になったらどうだ?」
「しんぱいいりませんよ~けーねさん。きょうはまんげつじゃありませんから~」
「……酔っ払いの発言だ、聞かなかった事にしておこう……」

 なんだか慧音さん、困った顔してます。
 また何か言いました?

「ところで妖夢さん? ○○さんにいいひとっているんですか?」
「いいひと~? そんなのわたしがききたいですよ~」

 どこでもほっつき歩いている人ですから。私だって知りません。そんなもの。
 いたら見てみたいです。

「へえ、じゃあ、妖夢は○○の事をどう思ってるんだ?」

 鬼さんが面白そうに聞いてきます。
 そんなに面白い事ですかねー。

「どうもこうも~、あのひとはてのかかるこどもですよ~」
「ん、じゃあ、別にどうとも思ってないんだ?」
「どうもこうもありませんよ~」
「ふーん、じゃあ。大した男じゃないんだ?」
「ちょっと~、そういういいかたはないれすよ~」
「妖夢、呂律が回っていないぞ」
 
 なんだか熱くなってきました。
 雪が降ってるのに、足しにもなりません。
 それよりも、うちの使用人の文句は許しません。ひっく。

「じゃあ、何かすごいところとかあるのか?」
「いいましたね、おにさん。○○さんは~、……えーっと、彫物がうまいです!」
「ああ、それは知ってます」

 天狗さんが同意してくれました。
 ていうか、何で知ってるんですかー。

「私ももらいましたから」
「なんれもらってるんれすか~! あのひとはもー」
「ああ、それなら私も知ってたな。手製の瓢箪をもらった」
「鬼さんもれすか~! もらったならわかってるでしょうに~」

 なんでもかんでもー。
 ○○さんは、ほんとーに、お人よしー。

「ああ、それなら私も知っている。彫物の栞とは新しい」
「けいねさんまでー!?」
「ああ、ありがたいことだ。○○さんもまめなことだ」
「うー……」
「へえ、聞いてみると、けっこう面白そうなやつだな。よし!」

 おにさんがけいきよく、ぱんと手を叩きました。
 
「ここはひとつ、○○を攫ってみよう!」
「は? はぁ~!?」
「悪い話じゃない。もともとは白玉楼に厄介になってて迷惑だったんだろ?
 だったらこっちで貰い受ける。人間をさらうのは鬼の領分だ」
「だ、だめれす!!!」
「へえ、何がダメなんだ? ちょっと聞かせてよ」
「いま、○○さんがいなくなったら、~いろいろこまります!!」
「いろいろって?」
「いろいろれす!」


 いろいろと言ったら、いろいろ……。

 酔っ払った頭のさらに奥底で、ちょっと考えました。


 あの人は、私にいろいろなものを見せてくれます。
 あの人は、私にいろいろなものを気付かせてくれます。
 私は、あの人にいろいろと教えたいです。
 私は、あの人にいろいろ気付かせてあげたいです。

 だから、いろいろ……。


「まだ、たりないんです!!!」

 そういって、握っていた杯を、ぐっと飲み干し、

「ふぇ?」

 あたまが、ぐらりと揺れました。
 天地がひっくりかえる、感じ? ですか?

「よ、よ…夢? だ…丈…か? し……り、し…!」

 慧音さんが、視界の中でぐらぐらぐらぐら。

 あー、

 目の前がまっしろにー。



 えーっと……。

 ○○さん、後をお願いします……。



「ぐう……」

























「ふむ。つまりは、心技体ということでござろうか?」

 お三方の弾幕講義よれば、かいつまんでそういうことにござろう。

「さあどうだ? どれが一番いい?」
「まあ、どれでもいいじゃない。勘で決めなさい。その時点で決着はついてるわ」
「あら、話を聞いて考えて決めるのは頭脳派の意見よ」

 心技体。
 それは三種の均衡によって武の極意とする事。
 なれば、どれかが傑出していれば良いというものではござるりますまい。

 しかし、

「拙者には、『技』がござらんな」
「な、なにそれ!? そんな理由で?」
「でも賢明よね。無い物は無いのよ。だから無いものに頼ってはダメなの」
「そ、それを言うなら。勘だって!」
「パワーもね。だから、一番この中で可能性があるのは勘」
「そんなの違うに決まってるぜ。パワー、すなわち気合だ! こいつには体力がある!」

 弾幕は撃ち返す事の出来ない拙者。
 しからば、霊夢殿のおっしゃる勘と、魔理沙殿の言うところの気合で弾幕ごっこに望むしかござらん。
 くしくも妖夢殿がおっしゃった様に、気合で避け切るのみ。

「ま、まあいいわ。弾幕できないことは認める。でも、弾幕の性質を見切って避け切るのはやっぱり頭脳が必要よ」
「それもまさしく然り」
「おいおい、なんだその言い草は。お前はパワーだろ」
「何言ってるの。勘だって言ってるじゃない」
「頭脳を今肯定したわ。あなたたちも負けを認めなさい」
「そういうわけにはござらぬ」

 拙者の言葉に、お三方が顔を見合わせてこちらを見やる。
 
「お三方、おっしゃられる事に間違いはござらん」
「なにそれ。全員が正しいって言いたいの?」
「然り」

 拙者の答えに、お三方はそろってため息を吐かれた。

「なんていうか、つまらない答えね」
「ああ、同感だな」
「まあ、そういう気がしてたわ」

 そんなにつまらぬ答えでござったか?

「そんなこと、分かってるわ」

 口火を切られた霊夢殿。

「私たちが聞きたいのは、その中で、貴方がどれを選ぶか?」

 続くはありす殿。
 
「つまり、お前が一番ピンチのときにどれを頼りにするかだ?」

 魔理沙殿が締めくくられる。

 お三方が拙者にお尋ねになっていたのは、まさしく極意。
 拙者が窮地に陥った場合に、頼るすべをお尋ねになっておられた模様。

「なるほど。いまさらになって、拙者も理解したでござるよ」
「遅いぜ」
「遅いわね」
「遅すぎよ」

 お三方の容赦の無いお言葉。
 拙者も自身の愚鈍さにため息をつきたいところでござるよ。


「お?」

 
 魔理沙殿が不思議な声を出される。
 その視線は拙者の肩の当たりを見られているでござる。
 拙者もそれを確かめる。

「おお、これは……」

 鮮やかなる蝶。
 蛍のような燐光を全身から発する蝶は、拙者が気づいた事に反応したのか、先行きを先導するかのようにゆっくりと飛んでゆく。


「お三方、しばし席を離れさせていただくでござる」
「お、おお。なんなんだ、一体?」
「幽々子殿よりお呼び出しでござる」
「あら、そうなの?」
 
 宴の始まる前より、幽々子殿はおっしゃられていた。
 その中で、お呼び出しのあることを。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

 霊夢殿はお顔を変えずに拙者を見送られる。
 拙者も、それにお答えして浅く頭を下げる。

「そうそう。先の答えでござるが」
「うん?」
「拙者は心を選ぶでござるよ」

 おそらくは、心の強さが、拙者に唯一ある生き残るすべでござろうから。

「そう」

 まるでそっけない言葉を返される、霊夢殿。

「気をつけてね」

 それを意味するところは知れず。
 しかし、その言葉には応じ、

「かたじけない」


 拙者は、幽々子殿の下へ向かった。



























 白玉楼の庭園は公開されている、美しきもの。
 春になれば桜の咲き乱れる、宴の名所となるとか。

 今宵、桜が無き事が悔やまれるが致し方なきこと。
 暖かいといえ、まだ冬。
 雪と花がともに乱れる宵の宴は望むべくもなし。


 雪月花。
 
 雪は静かに舞い降りる。
 天上の月は、ただ美しくあるのみ。




「来たのね」

 庭園にて、一際大きな桜の木の下におられるのは、
 白玉楼の主である、天衣無縫と呼ばれる亡霊の嬢。

「○○、ただいま参ったでござる。一体何様でござろうか?」

 お呼び出しの理由は知れず。
 ただ、そこおわすは幽々子殿は、まるで憂いを帯びたようでござった。

 幽々子殿の表情に惹かれるように、淡雪は深々と月明かりと共に落ちてくる。

「これで桜が咲けば、よき風物詩でござったな」
「そうね」

 拙者の声に応じ、幽々子殿は桜に触れる。

「見事な桜でしょう?」
「正に。春に咲くのが待ち遠しき限り」
「これは咲かないわ」

 拙者の言葉は切って捨てられた。

「この桜は、西行寺にずっとある、妖桜」
「左様でござるか」

 咲かぬ桜。
 それはなんとも、悲しきもの。

 咲けばさぞ美しかろうに。

「そう、咲かない桜。だから私は一度、この桜を咲かせようとした」
「そうなのでござるか?」
「ええ。失敗しちゃったけど」

 桜から手を離し、拙者を見る。
 幽々子殿の、まるで拙者を射抜くかのごとく鋭き眼。


「さっき、何の用か聞いたわよね?」
「む? そうでござるが……」

 
 背筋に冷たきものが走るような、ぞっとする声音。
 拙者は、忘れていたのかも知れぬ。
 この、西行寺の主たる幽々子殿の資質を……。


「咲かない桜よ、見るに耐えないわ」
「それは、あんまりなお言葉……」

 咲かぬ桜の木。
 花の風情が無ければ無為という。




「だから、○○」



 いっそうに、冷たき声音で、
 幽々子殿は拙者を呼び捨てられた。




 雪が濃くなる。
 否、白に混じる、白に似た仄かな……桜色……。


 気付や、咲かぬといわれた桜の木が、
 花をつけてござった。





「貴方に、死んでもらおうと思うの」





 乱れる粉雪に、
 月が姿を写す、
 咲き誇る桜を背に、
 
 雪月花。
 ここにあり。
 




「妖夢殿……」

 何を思うたか、拙者の口から漏れた言葉は、
 それだけにござった。









 深々と降りしきる静かなる吹雪。
 色白く、ともすれば花弁は亡霊のよう。

 否、これは冥界に在りし桜。
 それも、西行寺にして秘奥の妖桜。

 そして、その前に立つ御方の雰囲気もまた、亡霊。
 どこまでも儚き、透き通りし御身なれど、
 
 その実、見目より溢れるは、
 甘味のように醸し出される、殺気――


「一つ、聞こうかしら?」
「なんなりと」

 幽々子殿の超然とされたお顔が見て取れる。

「疑問を感じないのかしら?」

 さもありなん。
 ここ冥界の名家なれば、当主たる御方の判断なれば、

「拙者の命一つを秤にかけたとて、疑問はござらん」

 そのご下命に意味が無いとは思えぬ。

「それは、死んでくれると言う事かしら?」
「否」

 無にも等しき顔色であった幽々子殿の表情が、
 わずかに、翳られた。

「それは何故かしら?」
「拙者、まだ妖夢殿に恩をお返ししてはござらん」
「あら、そうなの?」
「左様でござる」

 拙者がお仕事を頂戴して尽くす事は、妖夢殿に剣術を教えていただく事で等価にござる。
 まだ拙者は、妖夢殿に命のご恩がある。

「でも、私は妖夢の主よ」
「承知しているでござる」
「なら、妖夢のものは、私のもの。そういうことなの」
「左様でござるか」

 主従の関係にあれば、幽々子殿のおっしゃる結論はゆるぎなきもの。
 なれば、拙者の命とて例外なきことか。

 
 これや笑止。


「拙者の命を所望されるのでござれば、妖夢殿のお下知を持っていただかれよ」
「あら……」

 幽々子殿の表情が強張られた。
 
「私の言う事が聞けないという事かしら」
「こと、拙者の命に関することでござれば」
「そうなの。……でも、そんなことは関係ないの」

 ぶわ、と、幽々子殿は扇を開いた。
 まるで蝶の身が繭を破りし転生の様。
 しかしてその蝶、死告蝶。

 桜と淡雪に蝶が乱れ、白かりし桜色は紫にへと色を強めた。

「あなたは確かに要望に見合った人間。だけど、貴方は咲かない桜」
「……」
「だから、私はその桜をあきらめるの」
「……拙者をして、……何を咲かぬ桜と申されるかは、お尋ねはすまい」

 思慮なき処断などされるお方ではござらん。
 されど、それを甘んじて受けられようはずもござらん。

「もう一度、あえて申し上げまする」

 拙者の進退を、処遇を委ねる御方はただ一人。

 生真面目にして実直。
 未熟さあれど、敬意を抱く御方。
 拙者、の師。
 



「拙者は妖夢殿に恩がある。
 ――この未練、否、志を遂げずして死を迎える事はまかりならん」
 



 受けたき教えはいくらでもござる。
 知りたきことは存分にござる。

 そして、

 今まで見てきた景色、
 これよりもまた、見るであろう景色の彩り……

 景色の傍らにいた御方。
 忘却せし過去の景色のように、失えようはずもなし。



「幻想郷の揉め事解決には、一つの方法があると聞いているでござる」
「……『スペルカードルール』ね」


 見下ろす幽々子殿に、拙者は対峙する。
 拙者には、勝つ方法はござらぬ。

 されど、負けぬ方法は、在る。


「いいわ。それで、貴方が満足して死ねるなら」

 天衣無縫の亡霊姫。
 西行寺家の冷笑を湛え、児戯にも等しき真剣の勝負を受けられた。
 
「して、勝負は――」
「一枚でいいわ。○○に勝ちの無い勝負だもの。せめて、それくらいの慈悲はあるわ」
「無用」
「強がりね」
「それが、拙者の侍。『漢』たるゆえの意地」
「そう……」

 す、と、幽々子殿は表情を納められた。
 否、表情を消せられた。



「それが、一番聞きたくなかったわ」



 羽化。
 今、桜に舞いし死告の蝶は、



「『反魂蝶……』」



 取り出されし一枚の札。
 吹雪くが如く、




「『八分咲』」



 開花、
   した。


























「始まったようね……」
 
「あら、そうなの」

「他人事ですのね」

「ええ、他人事ですもの」

「一石を投じるなんて言って、投げ込んだのは岩。それも、天戸の岩にも劣らない大きな岩」

「私にそんな力は無いわ。投げ込んだのはただの石」

「でも、蟻にとっては天をつく岩ね」

「貴女は蟻を拾ってきたのかしら?」

「いいえ。私が用意したのは、ただの人」

「それで、何か変わるのかしら?」

「何も変わりませんわ。……ああ、私とした事が。一言間違えましたわ」

「あら。さして興味も無いけど、何を間違えたのかしら?」

「私が用意したのは、ただの男よ」

「……大違いね」

「ええ、決定的に違いますわね」















 初見。

 吹きすさぶ桜吹雪。
 乱れ舞う紫の蝶。

 これ全て、弾幕か……。

 なんという密度。
 踏み足は、躊躇えば死を招く。
 さりとて、勇み足も死に繋がる。

 刹那と刹那に、見極めては一進一退の攻防。


「あら、流石に初見では死なないのね」
「無論。妖夢殿に鍛えていただいた事、伊達ではござらん!」
「まあ、意味も無いけど」

 ことさら冷たい言葉に続く、高密度の攻撃。
 拙者にも余裕なきこと。
 
 身を擦り、芯をずらして直撃は避ける。
 いくら我が身を削ろうとも、拙者の死に届かなければ負けはすまい!

「甘いわね」

 されど、拙者の心を見透かしたかのごとく。

「妖夢は未熟。さらに○○は未熟。たかだか初見で死ななかった程度なのよ」

 
 さらに、密度が増す――


「私には撃ち返せない。そして貴方は力尽きる」
「刻限が在るはず!」
「それまで持つはずがないわ」

 皮膚削ぎ、肉に達するかのごとく。
 体は熱を帯びる一方で、内心奥深くには、間断無く襲い来る死に冷やされる。

 雪の空、月の模様、
 散りし花。

 雪月花、
 死に対しても風流なり。


「なら、貴方が死ぬまでお土産を話すわ」

 
 幽々子殿の言葉に、応える事は、叶わず。

「貴方が死ぬ、冥土の土産」

 訥々と語り出される、

「幻想郷のバランスを崩すかもしれないから。と言っても分からないでしょうね」

 否、理解は出来よう。
 これでも幻想郷の教えを受けた身。
 その均衡についても、知り得るところ。

「妖怪は人間を襲ってこそ、妖怪。人間は、妖怪を敵的に退治してバランスを保つのが、幻想郷の理」

 と、呟いたところで。

「そんなことはどうでもいいのだけれど」

 断ずる。
 されど、続く言葉は耳朶を打つ。

「問題なのは、○○が妖夢を惑わせる事」



 ……馬鹿な。




「妖無は、貴方に惑わされている。未熟なだけに、余計」

「でも、それの何が悪いかなんて、分からないわよね」

「だけども、妖夢が自分で判断できないようでは、未熟なままでは困るのよ」






 つまりは、拙者が妖夢殿に関わる事が、悪しと。
 その根源たる理由は判然とせず。
 否、今までの言葉は繋がりしこと。

 拙者は、人を惑わすと……。


 心当たりなどござらん。
 そもそも、記憶すらもござらん。

 拙者に非があれば喜んでこの身に罰を受けよう。
 しかして、拙者にあずかり知らぬうちに非を持つなれば……。

 知らぬが言い訳になりもすまい。


「幽々子、殿……」
「あら、まだ応える余裕があるのね。まあ、話しながら死なないようにね」
「拙者に、……非があると……」
「さあ?」

 これだけ話して、解は明後日に投げられた。
 それをして、無慈悲なる一言が投げ下ろされる。


「自分で考えなさい」


 自分で、考えられよ、と。
 申されるか――

 なれば、

 なれば、こそ、

「死ね、ぬ……」

 非を知らぬままで死ねようか。
 ただこの裁き、悪し様には終わるまいぞ。


「未熟たりとも、二心無し!」
「……何かしら」

 幽々子殿の怪訝なる顔。
 まるで、拙者を狂った亡者でも見るかのよう。

 だが、ことここに至り、言の葉に衣着せられはせぬ。

「故に、拙者の命を断ずるは妖夢殿のみ!」
「……」


 弾幕に包囲されし、最後にも等しけれども。
 拙者には、懐に忍ばせた、守りが在る。



「他の誰にも取らせは、せぬ!」

 
 それは、理屈にはござらん。
 何があろうとも、拙者の命をゆだねしはお一人として決めた事。
 非があるならば、その御方に差し出す。

 さもなくば、恩に対する不忠。
 否、その理屈すらも無し。

 斬られるなら、妖夢殿が良いというだけの話――



「妖夢は、貴方の何?」
「大切な御方」

 澱みなど無い。
 あろうものか。

 叱られた事など、数え切れるものでもない。
 だが、教えていただいた事も数知れず。
 拙者の身を案じていただき、共に歩きもしていただいた。

 その御身に危険あれば、身を投げる覚悟など当に出来ていた。
 拙者ごときでは身の程知らずとは言われよう。
 だが、妖夢殿は。

 間違いなく、

 娘にござる。


 まだ見ぬ景色を共に見たいと思えるほどに。



「拙者が身を持ってお守りしたいと思う方」



 刹那が、じりと、軋む。
 すでに身を焼く弾幕に八方を塞がれている。

 だが、死ねぬ。


「それは何故?」

 幽々子殿の、愚問。
 気付かれよ、問うまでもなき事と……。



「拙者は、――『男』にござる」





 これぞ最期。
 胸を押さえ、守りを握り締める。



「そう」


 
 幽々子殿は小さく呟かれた。




 ぱん、と、弾ける音に塗れ。
 さんさんさん、と、収束する気配。


「このスペルは気合避けのスペル。理屈なんて必要ない」


 桜は散華し、
 花吹雪は淡雪に消ゆる。

 月下、刹那の散り際の絶景さ。


「そして、これは避け切りスペル」



 死に誘いし甘き香りは、
 いまやなりを潜めて、残るは微笑。




「おめでとう、○○ちゃん。貴方の勝ちよ」




 ――― SPELL BREAK !! ―――




 拙者は、眼に景色を刻む。
 拙者が居残りし生の景色を、しっかりと。


「絶景にござった」
「あらあら、暢気な感想なのね。まあ、○○ちゃんらしいっていうのもあるかしら?」
「質問をお返しするご容赦を。桜は咲いたでござろうか?」
「さらに質問を返すわ。○○ちゃんが生き残れた要因って何かしら?」


 質問の堂々巡り。
 これもまた一つの風情か。

 懐より、守りを取り出す。
 妖夢殿より頂いた、お守りにござる。

 さらにその上、散華した桜の花びらを掌に乗せ、

「見たい景色がござった。その心にござろう」
「咲いてはいないけど、芽吹いているわね」
「恐悦至極」

 
 芽吹きの意味はいざ知れずとも、
 拙者の心に在りし、譲れぬ答え。
 
 いま少し、我が心を見定めさめさせていただこうとも。















「あら、帰ってきたわね」
「蟻は自分よりも大きな物を運ぶ力を持ってますもの」
「私が投げ込んだ岩くらいは持ち上げられたと言う事かしら」
「あら、岩という自覚はあったようね」

 なにやら含みの在る会話を交わしておられるは、れみりあ殿と、紫殿にござった。

「あら、私のことを岩扱いなのかしら? それとも、投げ込んだ事を今更どうこう言うつもりなのかしら?」
「まさか、そんなこと知らないわ。貴女が勝手に波風立て飛び込んだだけよ。私の言葉に飛ばされて」
「そんなに私は軽くないわ。どちらにしてもたどる道だったのよ」
「あら、やっぱり軽い小石ではなくて岩じゃない」

 幽々子殿はれみりあ殿と会うなり小言をぶつけ合っているようにござる。皮肉は何を言いたいのか、見当もつかぬが。

「それにしても、ずいぶんとぼろぼろじゃない」

 拙者の姿を見て、紫殿が呆れた声を出された。
 それも無理からぬこと。この身はあちこちに傷が耐えていない。致命ならぬだけ、僥倖でござった。

 されど、この僥倖にて拾ったものを、拙者は確かめたい。


「お尋ねするが、妖夢殿はいずこに?」
「あら、いきなりそれなのかしら。本当に、おめでとうと言ったところかしら? それともそれはあなたの力?」
「紫ったら、いい加減な事ばかり。そんなもの、無いのに。○○ちゃんはただの天然よ」
「幽々子が言うとおかしいわね、それ」

 何やら、拙者は謀られたのではござらぬか?
 否、そうあれども、無益では決してござらなかった。

「妖夢なら、藍に聞きなさい。ていうか、お酒で倒れて、藍の尻尾に絡まってるわよ。向こうにいるわ」
「承知したでござる」

 紫殿の指差す方。
 まさしく、そこにおられるは妖夢殿にござった。

 近づいてみれば、藍殿の柔らかな尻尾を枕にして穏やかに眠っているようでござる。
 
 これでは……、手が出せようも無い。

「藍殿」
「おお、○○さん。よく帰ってきてくれた。妖夢をどうにかしてくれ」
「しかし、妖夢殿はよく眠られているようでござるが?」
「どこで眠ろうとも変わらないだろうに」

 藍殿は、その尾から強引に妖夢殿を引き剥がし。
 拙者に預けられた。

「お、おお。これは……」
「寝言がうるさくて聞いてられないんだ」
「これは、申し訳ござらぬ」
「貴方が謝る必要は……、あるか。なにせ、貴方の名前がうるさくて敵わなかった」

 くく、と、目を細めて意地悪な笑みを作られる。
 これに拙者は、どう返せば良いのでござろうか。

「ふふ、そんな困り果てた顔をしないでほしい。とりあえず、妖夢を膝にでも寝かせてやってくれ」
「そ、そうでござるか」

 言われ、そのとおりに横たえる。
 その寝姿、寝顔は絶えず変わらず穏やかな様。
 いや……、

「まるで橙だな。膝枕に身を丸めて、甘えるようだ」
「これはまた……、身に余る――」
「ことも無いだろう。その身傷なら、勲功にもなろうに」

 これを褒美と言うなら、甘んじてお受けする次第。
 否や、拙者が自らして、見つけた景色の標とも。
 
 淡きかな、この幸せなる景色よ。



「おお、なんだかしんみりしてるな! 新入り!」

 と、萃香殿が顔を出される。十分に酔っておられる赤ら顔にござるな。
 その横には射命丸殿もおられる。その足元にころがる無数の酒瓶が、お二方のうわばみっぷりを物語る。

「よおっし、酒を飲め! 駆けつけに今度は何杯――」
「射命丸殿。酒を一献いただけるか?」
「え!? あ、はい」

 失礼にはござるが、萃香殿のお言葉切って、射命丸殿に願い出る。
 そそくさとお酒をついで下さる射命丸殿の横で、萃香殿が不機嫌そうにじとりとした目で拙者を見る。

「萃香殿、相すまぬが。拙者、この一献を酒祝いとさせていただきたい」
「………………………………………許す。飲め!」

 先ほどまでの不機嫌さが嘘のように、にんまりと笑われたでござる。
 また、その横から射命丸殿がお頼みしたお酒を渡してくださる。

「どうぞ」
「かたじけない」

 盃を受け取り、仰ぎ見る。



 淡雪は、いまだに肩を濡らす。
 月明かりは、変わらず天上より静かに下ろす。
 散りし桜は地の枕。

 それに加えて、景色一体となる、穏やかに眠りし大切な御方。




 雪月花
 
 自然にありし景物を愛でる、風流な言葉。

 先の歌人がこぞって詠う、極上の酒の肴。

 されど、先人の見落とした風流に、拙者は一文字を加える。
 


 雪月花“人”



 格別なる風流を肴に、拙者は一献、酒を飲み下す。人見酒。



「……美味い……」





 愛でる景物に漏れはなし。

 拙者の、恐れ多くも膝元におわす最上なる景色を、そっと撫でる。

 妖夢殿はくすぐったそうに頬を緩め、もごもごと、口の中で食むように、寝言を呟かれた。

「……○○、さん……」
「ここに」
 
 寝言と分かっておいて応えるは戯れに過ぎねども、妖夢殿が呼んで応えぬわけにはゆかぬ。

「……未熟、なんです、から……」
「痛み入る」
「危ない、こと、したら……ダメです……」
「真に」
「○○さん……」

 耳朶を打つ、

 夢うつつとは知れども、
 まことしやかと思えども、

 疑えもせず。
 







「勝手に、どこかに行ったら……ダメ、ですよ……」

 



 お望みとあれば、
 是非も無し。

 否、

 拙者こそ、望むところ。









「承知仕る」








<幻想郷の白岩さん>


Q.結局何がしたかったんだ、幽々子のやつ。
 私の弟子をボロ雑巾にして。(霧雨魔理沙)

A.さあ、その真意を知る事は出来ないわね。なんせ、相手が相手だもの。
 まあ、無粋かもしれないけど要約すれば……月下氷人、ってところでしょ?


Q.○○って、なにか変な能力でもあるの?(アリス・マーガトロイド)

A.さあ、よく知らないけど。
 そんなもの無いわ。
 そうなると、非も無かった事になるんだけど。いいんじゃないかしら。


Q.でもまだ、終わってないんでしょ?(博麗霊夢)

A.さあ、そんなこと分かる訳無いわ。
 まあ、どこかの誰かさんが異変をどうのこうの言ってたみたいだし。
 まだ何かあるんじゃない?



Q.いい物を見れました!
 最高です!

 でも、なんであんなところで雪を降らせたんですか?
 なぜか、季節外れの桜も咲いてるし。(●●より)


A.ちょっとした座興ね。黒幕ですもの。
 雪月花って言葉、そろう事なんて無いでしょうからね。
 本当にいい酒の肴になるわ。

 まあ、それと。
 私も倣うとするわ。
 雪月花“人”
 貴方を見ながら、人見酒、ね。


登場人物

魂魄妖夢
 まだまだ未熟な庭師。自分の中の何かに気付き始めるお年頃。

西行寺幽々子
 つかみ所のない主。カリスマだったり腹ペコだったり。

○○
 記憶喪失の居候。幽々子の弾幕を掻い潜った、ある意味Lunaシューター。







 曰く、転んだ、と。




「はあ……、一体どんな転び方をすればそんなぼろぼろになるんですか?」
「うむ。拙者にすらも分かりかねる事。時は宴の真っ只中、判然とせぬ事ゆえ」

 そう言いながら、○○さんは気まずそうにそっぽを向きます。
 あ、嘘ついてる。

「本当ですか?」
「嘘ではござらぬ。ご容赦を」
「むぅ」
 
 なんだか釈然としませんけど、この人がそう言う以上は仕方がありません。

「とりあえず、ちゃんと静養してください」
「承知したでござる」
「というわけで、今日はお仕事はお休みしてください」
「な、なにゆえ!?」
「何故そこで驚くんですか……。それと、今日は鍛錬もお休みしてください」
「そんな殺生な……」
「静養の意味を分かっているんですか?」

 お休みを上げてるのに、何でそんなにしょんぼりしてるんでしょう、この人は。

「本当なら、その全身の生傷が癒えるまで休んでもらうところなんですからね」
「左様でござるか……」
「はい、左様です」

 人間なんですから、それくらい気を遣わないと危ないですからね。
 
「とにかく、今日は一日大人しくしておいてください」
「むう……承知したでござる」

 今日一日くらいは、私一人でもどうと言う事でもない。もともと、仕事は一人でしていたものですし。
 まあ、普段の手入れもあって余裕はありますし。大丈夫でしょう。


 ……それにしても……。

「本当に、まるで子供ですよ……」

 不機嫌……というよりも、
 なんだか拗ねた○○さんの顔。
 
 なんだか見慣れなくて、……ちょっと可愛かったです。
 幽々子様の気持ちが少し分かった気がします。









刻・朝間


「あら○○ちゃん、今日はお休みかしら?」
「妖夢殿より静養を命ぜられたでござる」

 原因は、言わずもがな目の前の御方。
 されども言わぬが花というもの。

 しかし、妖夢殿のお気遣いは感じ入る事にござる。

「包帯もものすごく巻かれているわね。まるでゾンビみたい」
「笑い事にはござらぬ。妖夢殿、目を覚ました折に拙者の姿を見て悲鳴を上げられたのでござるから」
「あらあら、妖夢ったら心配性ね。ついでに過保護」

 妖夢殿には本当によくしていただいているでござる。
 されど、この傷の意を考えると、拙者は少々……。

「情けないでござるな」

 何ゆえに傷ついた我が身か。
 妖夢殿を惑わす非があると疑われても無理からぬこと。

「そんなことはないわよ」
「幽々子殿。気休めでござるよ」
「気休めじゃないわ。だって、妖夢があんなに優しいんだもの」
「左様でござるか? いつもと変わりなき様に見受けるが」
「それが分かるようになったら、もうちょっと男が上がるわね」

 この言葉の意味するところ、拙者には俄かに理解しがたき事。とはいえ、理解せぬでも出来ぬでもなし。
 
「まあ、今日のところは妖夢に甘えておきなさい。滅多にない機会よ?」
「それはなんとも……」
「いいわね?」

 最後の一言は、有無を言わせぬ気配でござった。
 
「承知致した」

 にこやかにして冷厳とされる幽々子殿に逆らうなど滅相もない。
 しからば、拙者は今日という日を暇に過ごすことにするでござる。










刻・朝間方


 居候になってからより使っている寝間。

「しかし、暇でござるな……」

 暇にすごす事とはいえ、拙者にはなんとも苦悶の時間。
 遠出して幻想郷の風景を眺めるも叶わず、何かをしようにも止められてしまう所でござる。
 また、寝てすごす事はあまりにも怠惰。

 うむ、怠惰に過ごすは良くないでござろう。

「ここは一つ、妖夢殿には申し訳ないが外へ――」
「どこへ行く気ですか?」
「ほあ!」

 襖の先よりこの声!

「よ、妖夢殿!」
「まったく、予想通りです!」

 襖を開けて入ってこられる妖夢殿。
 むう、拙者も信用がないでござるな。否、今しがた、拙者は自身でその結果を招いた次第。
 
「申し訳ござらん、妖夢殿」
「目を離したら何かすると思っていました。暇なのは分かりますけど、もう少し体を大事にしてください」
「なんとも申し訳なく……」
「謝ってばかりなんて、珍しいですね。反省しているならいいでしょう。……傷の具合はどうですか?」
「問題ござらん。今すぐにでも外に出られるでござる」
「自重してください!」
 
 にべもなし。
 とはいえ、これも御気を遣われての言葉と分かるでござる。
 拙者のわがままで迷惑をかけるのは忍びなし。やはり、自重すべきでござろう。

「重ね重ね申し訳ござらん。これ以上約を違える事あらば、腹を切る次第でござる」
「大げさです! ……、まあ、大人しくしているのならそれでいいです。でも、嘘ついたら本当に斬りますからね?」

 嘘、とは、言う。
 怪我の原因については真実を申し上げられなんだ拙者には、少しばかり辛い事にござる。

「暇をもてあますくらいが丁度いいんですけど……。何か欲しいものはありますか?」
「むう、何かでござるか……特には――いや……」
「なんでしょう?」
「小刀と、木材をいただけるか?」
「小刀と、木材? 何をするんですか」
「手遊びゆえの手慰みにござるよ」
「はあ、いいですけど。また何か作るんですか」
「そうでござるな。何を作ればよいでござろう?」
「それを私に聞くんですか……」
「うむ。それを妖夢殿にお尋ねいたす」

 所詮は手慰みゆえに、それほど凝ったものを作るつもりもござらん。
 とはいえ、最終的には妖夢殿に差し上げるつもりにござる。

 お尋ねした妖夢殿は、うーんと考えているご様子。
 さて、いかなお題が出るものでござろうか?

「……そうですね……じゃあ……」
「ふむ」
「なにか……、私の喜びそうな物を作ってください」
「なんと!」

 これは意外なお答えが。
 妖夢殿が喜びそうなものとは、なんとも難しい課題にござる。

「駄目ですか?」
「まさか。そのような事を言われて退けるはずがあろうものか。これぞ武士の本懐にござる」
「武士は関係ないと思いますけど……」
「拙者、粉骨砕身の意気で頑張るでござるよ」
「そ、そこまで気合を入れなくても良いですから! ……もう、安静にしてくださいよ」
「承知したでござる」




 しかし、これは難題。
 妖夢殿の喜びそうな物。皆目見当のつかぬこと。
 さて、何を彫ればよいものやら……。










刻・昼



 お昼時、○○さんにお昼ごはんを持っていきました。

「○○さん、ぴくりとも動いてませんね」
「これは妖夢殿。お恥ずかしい事にござる」

 私が木材と彫り物用の刃物を渡し縁側に座ってから、○○さんの作業は全く進んでいませんでした。
 今も、首を捻りながらあれこれと考えている様子です。

「そんなに難しいなら、別のお題にしましょうか? 今度は兎とか猫とか」
「否、それで妖夢殿が喜ばれるのであれば良いのでござろうが。さもとってつけたお題では喜びも出来ぬでござろう」
「そうでもないんですけど……」

 ○○さんの言葉の端々から感じ取るに、どうやら完成品は私に贈るつもりみたいです。
 正直に言えば、それだけで嬉しいんですけど……。
 何かを贈られれば、それだけで嬉しいものですし。

 でも、それは言わない事にします。
 そうしておけば、○○さんは考え込んでこのまま大人しくしていてくれるでしょうし。

「まあ、でしたらじっくり考えておいてください。それはそうと、お昼ですよ。ご飯を食べましょう」
「おお、かたじけない。妖夢殿」

 縁側で日向ぼっこするように二人で並んで腰掛ける。
 特に会話らしいものがあったでもなく、○○さんは食べながら考え事をしています。
 なんとなく、のんびりしたお昼でした。











刻・昼過ぎ


「あら、○○ちゃん。それは何のポーズかしら?」
「む、幽々子殿。ふむ、少々考え事をしていたでござる」
「天地逆さまになったあぐらって、考え事に向いているのかしら?」
「なき知恵を絞っている次第。逆さまにでもなれば何か出てくるやもと」
「頭に血が上るからおやめなさいな」

 まあ、こんなことしたところで解決にならぬとは、拙者にもわかっていたでござる。
 
「ふぅむ」
「何を考えているのかしら」
「これからまた彫り物をするに当たり、妖夢殿よりお題を預かったでござる。曰く、妖夢殿が好きなものとのこと」

 話していて気付いたでござるが、幽々子殿はもしかしたら何か知っているのではなかろうか?

「あらあら、妖夢ったら。そんな事を言ったの」
「左様でござる」
「うーん、妖夢が好きなものって何かしら?」

 幽々子殿にも分からぬご様子。
 否、これは口に出されずにいてよかったでござるな。
 妖夢殿のお好きなもの、拙者自身で考えるべきでござろうから。

「ところで、もう少しでおやつの時間なのだけど。○○ちゃんも一緒にどうかしら?」
「むう、折角のお誘いでござるが。お働きあそばせる妖夢殿に申し訳がつかぬ」
「あら、それなら大丈夫よ」

 いつものように扇にて口元を隠し笑む幽々子殿。その意味をすぐに理解したでござる。

「こっちですか、幽々子様」
「これは、妖夢度物でござるか?」
「ええ、折角ですもの。みんなで食べた方がおやつもおいしいわ」
「なるほど。しからば拙者、喜んでお誘い受けるでござる」
「ええ、どうぞ」
「そんなところでかしこまってないで、こっちを手伝ってください」

 縁側に略式の茶席が設けられる。
 畏まったものではなく、随分と楽なもの。
 そこに拙者、その隣に妖夢殿、さらに隣に幽々子殿と並んで茶をすする。

「このお菓子おいしいわね。どこで手に入れたのかしら?」
「それは萃香さんからいただきました。なんでも、良い飲みっぷりだったとのことで……」
「妖夢殿にでござるな」

 妖夢殿は酔いつぶれていたでござるからな。相当飲んだのでござろう。

「う、なんか釈然としません」
「いいじゃない。もらえる食べ物はもらいましょう。悪いものじゃないはずだわ。おいしいし」
「そうでござるよ妖夢殿」
「はぁ……、二人とも気楽で良いですね」

 なんとも呆れたご様子。

「そう肩を落としになさるな。妖夢殿。妖夢殿は笑ってこそでござるぞ」
「……なんですかそれは?」
「うむ。笑顔がお似合いということでござる」

 妖夢殿の笑顔は、それは良いもの、よい風物詩。

 否、無粋はいらぬ。
 ただ、美しい。

「あらあら。よく口が回ることね」
「幽々子殿、拙者は本心でござるが?」

 なんともからかわれた口調でござったが、皮肉に当てられるには無粋でござろうに。
 見れば、妖夢殿は頬に朱の差したご様子。

「妖夢殿?」
「え、なんですか?」
「顔が赤いでござるが?」
「え、あ、え? 何でもありません?」

 怒ったのでござろうか?
 拙者、本心のままに言ったのでござるが……。

「妖夢ったら、嬉しいくせに」
「ちょっと、幽々子様ぁー」

 妖夢殿は俯き加減にもじもじされているでござる。
 なるほど、これは照れなのでござるな。
 そう思えば、なんとも初々しき事。
 察するに妖夢殿は、その手の言葉に縁遠かったのでござろう。

 惜しい事でござるな。

「しかし、拙者もまだ妖夢殿の笑顔を見た事は一回しかござらん」
「あら、そうなの。いつの事かしら?」
「ちょっと! ○○さん! 幽々子様! 変な話をしないでください!」
「変ではござりますまい。あれは、宴前のこと。
 妖夢殿に『すぺるかーどるーる』についてご教授賜ったときに、妖夢殿の『現世剣』をなんとか避けたときでござる」
「あらあら、妖夢ったら。そんな無茶なことしたの? 危ないんじゃないの?」
「た、確かに、そうですけど……」

 妖夢殿は不機嫌そうにそっぽを向かれる。
 幽々子殿に対して背けた顔は、即ち拙者に向いているということ。
 目を閉じ、赤ら顔にて言葉を付け足された。


「○○さんなら大丈夫だと思ったんです!」


 この言葉のなんと嬉しき事か!


「妖夢殿。拙者、感動の極み!」
「な! 別に、思った事を言っただけです!」
「あらあら。うふふ」

 
 なんとも和やかな茶の席。
 心地よきかな、白玉楼。










刻・夕



 結局、拙者には妖夢殿の喜びそうな物は思いつかなんだ。
 思えば、拙者は妖夢殿の嗜好についてどれだけ理解しているのでござろうか。
 剣術に励まれる事には真面目にあり、仕事に対する態度も等しく実直。

 しかし、拙者が知るところはそれだけでござる、か。

「何が好きなのでござろうな……」

 喜びそうなものとすれば、やはり好きなものでござろう。
 それが形を成している物であることは言わずもがな。して、それをいかにして形作るかが拙者の今の使命でござる。

 こういうことは、そう。
 先ずは自分がどんなものがすきかを考えてから、お相手がどのようなものを好まれるかを考える。
 夕刻になってようやくその事に気付いたが、が。

「……ああ」

 拙者、何が好きなのでござろうな?

 記憶なき事を、今初めて不自由に感じたでござる。
 おそらく、そのものを見ればそれが好きだとは分かるのでござろう。されど、目にするまではその存在自体が拙者の頭にない。
 今、思い浮かばぬのでござるから、そういうことなのでござろう。





 一人で眺める夕焼けの空。


 黄昏は茜色の強きゆえに、人の面立ちをぼかし
 佇む者を淡き人型にと照らし隠す。


 夕の日よ、誰ぞ彼。

 拙者は誰で、そして何者でござろうか……。







 





「妖夢殿」

 気付けば、いつの間にか妖夢殿が傍らにおられた。

「なんだか深刻そうな顔をしてますね。別に、無理して作らなくてもいいんですから」
「否、これは――」
 
 我が身を思い返したなどと、言う必要なし。

「――、妖夢殿が喜んでくださるにはどのようにすればよいか思案したところにござる」

 嘘ではないが、真実でもなし。
 ただ真実が在るのなら……。



「妖夢殿の笑顔が見たいと、そう思うが故」



 息を呑むように、妖夢殿の喉が鳴った。


「何故です?」


 問いかけは、――何故あろう。
 真剣なもの。

 それに応えるは一言。





「笑顔が好きだからでござるよ」





 拙者が今、この身ここに在る理由でござろう。
 思えば、幽々子殿はこれを気付かせるために拙者を追い詰めたのではなかろうか?
 
 否、都合の良い想像でござろう。


「そう、ですか……」
「お気を悪くされたでござるか?」
「いいえ」

 妖夢殿は頭を振られる。





「私も……、笑顔が……、好き、ですから……」

 そう言って、笑顔を向けてくださった。




「左様でござるか」
「はい、左様です」




 茜色に笑い合う。
 やはり、笑顔は美しい。

 この景色。まさに絶景なり。
 


 この景色を忘れぬ術のためよ。
 拙者は、過去に向き合うべきぞ。






刻・夜


 ○○さんは、結局何も彫る事が出来ませんでした。
 私も、我ながら意地悪な事を言ったとは思います。
 ただ、○○さんが私の喜ぶもといったら、何を作ってくれるのか気になりました。
 そんな、多分、悪戯心でした。



 ○○さんは、必ずや作り上げるからご容赦を、と。
 まるで切腹でも言わんばかりの勢いで言ってきました。もちろん許しました。

 あの人は、私の喜ぶものというのを本当に作ろうとしています。
 そのために、頑張ろうとしています。


 なんでしょうね……。

 今の時点で、
 とても、嬉しいですけどね。



 それにその後、

 なんでしょう……。

 不思議に、笑い合いました。

 


 笑顔が好きと言いました。

 それは、笑顔の私ですか?
 それは、私の笑顔ですか?



 そして、私も伝えた。

 笑顔が好きと。

 それは笑顔のあの人?
 それとも、あの人の、笑顔?

 
 分かりません。

 けども、

 悪い気持ちじゃありません。




 ただ、それが――








 あの人が過去にこだわり出すきっかけになるとは思いませんでした。
















<幻想郷の白岩さん>


Q.誰そ彼って?
 あと、あのときの名前は姫様がつけたのであって、私自身が名乗ったわけじゃありません。(鈴仙・ウドンゲイン・イナバ)

A.夕方の事を黄昏と言うけど、もともとは「誰そ彼」って言葉だったらしいわ。
 顔の判別し難い夕方の時分に使われる言葉よ。
 夕日に照らされると顔が分かりにくいから、「彼は誰?」ってこと。

 まあ、名前に関しては……そんな気がしたわ。
 でもいいのかしら?
 ミドルネームがカタカナよ?


Q.○○って何者?(幸福を呼ぶ兎に寄付をお願いします)

A.知らないわ。
 多分知ってるのはあのスキマ妖怪くらいでしょうね。

 あと、そんな胡散臭い兎に寄付なんて上げられないわ。


Q.鬼はどんなお菓子を上げたのかしら?
 うちの神社には持ってこないくせに。(神社の巫女)

A.多分これは予想だけど、本当はお菓子じゃなくておつまみだったんじゃないかしら?
 大酒飲み鬼ですもの。あり得なくはないわ。

 あと、神社に鬼がいる事を当たり前に話すものじゃないわね。


Q.あんた最近浮かれすぎじゃない?(留年皇の妻)

A.何のことかしら?
 私は冬の妖怪。浮かれるような季節じゃないわね。
 
 あと、幸せいっぱいの貴女にその言葉、そっくりお返しするわ。



 ……そういえば、今回は●●から便りが来てないわね。
 まあいいわ。
 聞きたい事があれば直接聞けばいいだけだし。

 そうだわ。
 このことでも聞きに●●のところにでも行こうかしら。
 そうね……何かお土産でも持っていったほうがいいわね。何が良いかしら?
 ふふふ、どうしようかしら♪


登場人物

魂魄妖夢
 未熟な半人半霊。その未熟さが、致命的な仇になる。

西行寺幽々子
 亡霊のお嬢様。ちょっとした目的のためにいろいろと仕組んだりした。

○○
 記憶喪失の侍。悩む事が先に来て気付かないこともある。



射命丸文
 幻想郷パパラッチ。○○とはわりと懇意にしている。新聞のコラムにとあるコーナーがあるとか。

八雲紫
 動くとろくな事をやらない神隠しの主犯。今回は幽々子の頼み(独り言)で動いた。




白岩さん
 本名、レティ・ホワイトロック。冬の間にしか見られない妖怪で、会うにも、あった後も大変。

●●
 匿名時代から白岩さんコーナーの常連。告白玉砕、友達スタートといった経過を見せる。









 射命丸殿がお持ちのからくりに、『写真機』なるものがある。

 その小さな箱の中に風景を収め、紙に写してみせる奇怪にして雅やかなる風情を持つ物でござった。


 いつぞや、拙者が取材を受けたときに収められた風景を拝見した事がござる。
 余り遠くもない時の事、随分と昔のように感じる一方で、つい先日の事のように思い出せる事。

 そこには妖夢殿の姿もござった。
 妖夢殿の表情は、なにやら不満げな顔でござった。
 そういえば、このとき拙者がご厄介になる事に対して反対していたのでござったな。

 そう思えば、
 時の流れとは、なんともいとおしい事でござろうか。



 それを拙者は、知らぬまま、ここにいた。








 ○○さんは、時々ぼうっと、何かを考えてます。
 それ以外は、普段どおりですね。

 真面目に働いて、一生懸命稽古して。

 ちょっとお出かけして、
 風景を見て、

 何かに気付いたように、自由に話をして。

 そんな普通の日々でした。

 その中で、私は胸のうちにしまったまま、話していない事があります。

 ○○さんの、記憶の事。過去の事。
 それに関すること……。

 話さないで、今の今まで。
 ただ、今が、悪くないと思ったから。
 そのままでもいいと思ったから。


 嫌な想像なんて、ない方がいいと、


 逃げてしまっていた――、

 
 
 馬鹿でした。









「うーむ……」

 仕事、剣術の鍛錬も済んだ午後、拙者は縁側に座して件の木とにらめっこをしていた。

「○○さん、まだ悩んでいるんですか?」
「妖夢殿。ふむ、妖夢殿の好みに気のつかぬ拙者の愚かさをお許しくだされ」
「あ、いや、別に責めてる訳じゃないです、よ? その、ゆっくり考えてくれたらそれでいいですから」
「かたじけない」

 未だに彫り物は完成に至らず。否、手付かずのままでござる。
 見極められぬ事、なんとも未熟な事か。
 
 これも色男であれば早々に理解のし得ることでござろうに。

 否、これも、知識の差でござろうか。

「妖夢殿、一つお尋ね申す」
「はい。なんでしょう?」
「拙者は、何が好きなのでござろうか?」
「え?」

 驚きの声が上がれども、それも当然の事。
 拙者自身が分からぬ事を、妖夢殿に分かるはずもなし。

「うーん……」

 うなりだされた妖夢殿。しかし、それほど真剣にならずとも良い事。

「妖夢殿。少し聞いてみただけでござる。聞き流してくだされ」
「そう、ですか?」
「そうでござる」

 所詮は世迷言ゆえ。
 未熟な拙者が答えを導き出せぬために、つい尋ねてしまった甘えでござる。

「拙者には過去がとんと思い出せぬゆえ、これは答えなきこと。ご無礼仕る」
「そう、でしたね。別に無礼じゃありませんよ」

 思い出せれば、妖夢殿の求めるものが分かる道理はござらん。
 だが、拙者に今決定的に欠けている要素が、経験という名の記憶にござろう。


「そうですね……。いえ、考えてみます」
「妖夢殿?」
「思えば私も意地悪な事を言いました。ですから、お互いに考えなければ釣り合わないじゃないですか」
「それは、違うでござろう。妖夢殿はすでに撤回なされておられる。ですから、ここからは拙者の我がまま」
「でしたら、私も同じことですよ。○○さんは撤回しましたけど、私自身が納得できないだけです」
「さ、左様でござるか」
「はい、左様です」

 妖夢殿は、分かってはいたが強情なお方。
 ここは考えをお曲げにはなるまい。

 縁側より立ち、妖夢殿の真正面に屹立して頭を下げる。

「しからば、よろしくお願い申し上げまする」
「そんなに畏まらないでください。ただ、対等になろうとしただけですから」
「それこそ恐れ多いこと。拙者は妖夢殿に教えを乞う身。お立場が等しいとはありえませぬ」
「……、そうですか?」
「左様にござる」

 これは、けじめにござる。
 初対面の時に軽んじた、けじめ。
 
「……あら?」
「む?」

 妖夢殿が何かに気付いたらしく、空を見上げられた。
 聞けば、いつぞやに拙者を轢殺せんばかりに特攻したあの羽音。

「とーーーーーーう!」
「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉ、これはぁぁぁっぁ!!」

 我が身、急な力にてその脅威を避けた。
 轟、と、凄まじき風の逆巻く中、幻想郷最速と名高い御方が姿を現せた。

「おっと、惜しい」
「な、何が惜しいんですか! 危うく○○さんが轢かれる所だったじゃないですか!」
「そうですね。妖夢さんが身を挺して庇わなければ面白い写真になるところだったんですけど。
 ……あ、これはこれで良い写真ですね。それでは!」
「何をしてるんですか!!」

 どんと、拙者は妖夢殿から突き飛ばされたでござる。
 さもありなん。拙者は、事もあろうに妖夢殿の胸元に庇われいたのでござったからな。
 男子の身空としては、情けないことこの上なし。

「さて。では、まずはこれをどうぞ」
「む、なんでござろうか?」
「写真です。○○さんが幻想郷に来てからのものがほとんどです」

 見せていただいた写真は、拙者の想い出なるものばかり。
 一度見た風景を垣間見られようとは、このからくりのいかに風流なことか。

 そういえばこのころ、
 拙者はこともあろうに、妖夢殿を童呼ばわりしたのでござったな。
 今にしてみれば、考えもつかぬこと。失礼極まりなきことでござったな。
 
 妖夢殿は、お心を大人のそれとほとんど違いなくお持ちになられる。
 本来のお年を聞くことは流石に拙者にもはばかられたが、そのお心相応のもでござろう。

 少なくとも、今拙者がそう見えるように、
 一介の娘でござろうな。


 ……拙者も、不埒なり。


「またそれは……。私も見せてもらっていいですか?」
「はい。どうぞどうぞ」

 妖夢殿は射命丸殿よりもらった写真を一生懸命眺めておられる。
 その頃を思い出して、妖夢殿は何を思われる出ござろうな……。

 拙者の不敬を想い、ため息でも吐かれるでござろうか。


「して。射命丸殿。本日は如何なる御用事でござるかな?」
「ええ、そうですね。そのことについてですけど……。ちょっと、慧音さんに話を伺ったんですよ」
「慧音殿に?」


 射命丸殿は満面の笑みを作られて、おっしゃられた。


「はい。○○さんが、過去の人間であることについてです」













 ○○さんは驚いた様子でした、けど。
 私の方が、もっと動揺していたかもしれません。

「ほう……。それは如何なる意味でござろうか?」

 と、○○さんが文さんに尋ねる時には、私は怒鳴っていました。

「どういうことですか!!!」

 どうもこうも、あるはずも無い。
 ただ、そのことを何故いきなり本人に尋ねるのか。この無神経さに、嫌になりました。
 しかし、一方の文さんのほうも何故か困惑気味でした。
 
「え、あれ? もしかして、ご存じなかったんですか?」
「あ……、そ、そうです!!」

 嘘を吐きました。

「これはこれは、申し訳ありません。てっきりご存知のことかと……」
「文さんこそ、なんでそんな事を?」
「ですから、慧音さんから聞いたことなんですよ。今考えると、もしかしたらただ仮説を披露しただけなんでしょうけど……」
「はあ……、なんと人騒がせな……」

 そんな根拠もないことでここまで突撃して欲しくないですね。
 私も、まだその事について○○さんと話していなかったんですから。

「ということはですよ、○○さん」
「なんでござろうか?」
「幻想郷に留まるか、過去に戻るか何も考えていないわけですね?」


 ――しま、った……。


「あ、文さん!」
「ど、どうしたんですか?」
「妖夢殿?」

 つい、声を荒げてしまいました。

 ですが、これは、本当に難しい話だと。慧音さんから聞いていたのに。



 過去の人間である以上、また、その時代に戻らないといけない可能性がある。
 


「妖夢殿、何かご存知で?」
「あ、い、いえ、ちょっとびっくりしてしまって……」
「なるほど、拙者も同じく驚いたでござるよ。しかし、この場合どう選択すべきでござろうか……」




 過去の人間だから、戻らないといけないことはない。
 何故なら、と、あの時に慧音さんは続けました。

 結果が今ここにある。
 ここでの選択が、すでに結果として存在している以上、何を選択していても正解なのだと……。


「そういうことは、○○さん次第ではないですか?
 私個人としては、いてもらったほうが色々とネタになりそうなので面白いですが」

 文さんの物言いは短絡的ですけど、少し安心しました。
 少なくとも、今ここに残る選択をしても拒まれないから。
 いえ、幻想郷はそういう場所だから。全てを受け入れる場所だから。

「ふうむ、左様でござるか……」

 ○○さんは考えているみたいです。
 それは、そうでしょうね。

「○○さん、すぐに答えを出す必要ないんですよ?
 第一、外来人を決壊の外に連れて行くにしても、それは今の時代の人間だけですからね。
 まず、どうやってこの時代に来たか分からないことにはどうしようもありません」
「むう、確かにそのとおりにござるな妖夢殿」

 原因なんて、考えるまでもないんですけどね。
 しかし、それにしたって理由が分からない。ただの愉快犯の可能性がある。
 
 ああでも、
 私は、もう少しこの問題に真剣に向き合ったほうがいいかも知れない。

 

「あら、ちょと足りないところが無いかしら?」

 いきなり、後ろから声が。

「これは幽々子さん、こんにちは」
「あ、らこんにちは」
「幽々子殿、足りぬところとは?」

 ○○さんの興味が、突然現れた幽々子様の推測に惹かれている。
 その推測は、私も知ってる。慧音さんから聞いてたから。

 それを、幽々子様は口にする。

「今というのは過去が合っての今。すでに結果がここにある以上、選択すべき事は決まってるのよ」

 逆説。

「あなたは、ここにある結果のための選択しかしてはいけないということよ。
 つまり、○○ちゃんが仮に過去に戻って何かを成し遂げたのなら、そのとおり選択をしないといけない。でないと、――」

 歴史が、変わる。



 慧音さんが恐れた事態です。

「で、でも幽々子様。今ここでした選択こそ、この現在に反映されるべきでは?」
「いいえ、違うわ。ここで私たちが話し合うことだって無意味。
 だって、結果は決まってるんだもの。
 だから、仮に過去に戻ることになるのなら、それはどう足掻いても過去に戻る選択しかされないということなのよ」

 視点の違い。
 今ここでする選択は、すでに結果として現在があるのか。
 すでにある結果の為に、選択は決定されているのか。

「まあ、どちらにしても分からないわよね」
「おお、さすがは幽々子さん。実に興味深い説ですね」
「あらあら、これはちょっとした屁理屈よ。だから、○○ちゃんも悩まなくて良いのよ」

 優しい声音で、幽々子様は○○さんに言います。

「あなたがどれを選択しても、それは最善なのよ」



 前説であれ後説であれ、選択は必然。
 結果はどうあっても正しく受け入れられる。残酷なまでに。



「……左様でござるか」
「そういうことなのよ。だから、いつ決めて、いつ帰っても、帰らなくても、それはどれであっても正しいのよ」
「なるほど、分かり申した」

 ○○さんは神妙に頷きました。
 ただ、そのときに私の事をちらりと見たのは、気のせいかもしれません。

「○○さん」
「なんでござろうか、妖夢殿?」
「昔のこと、思い出したいですか?」
「……然り」

 本当の事を話せなくって、後手に回った挙句に誤魔化した罪悪感から、私は口に出しました。
 どの選択をしようとも、正しい。
 その言葉も、後押しになったのかもしれません。




 何故、私はここまで後ろめたさを覚えるのか。
 あまつさえ、怯えているのか。

 全ては、この人のこと。
 いなくなってしまった時の事を考えたときの事。

 一緒に過ごすのが当たり前になったのは、たった数ヶ月の間での出来事なのに。
 そのたった数ヶ月で、いなくなる事が想像できないくらいに自然な存在なったから。

 
 自然な存在だからこそ、誠実でありたかった。
 過去の話を話さなかった後ろめたさに報いたいくて、私は……。



「では、思い出してみましょう。そうしたら、○○さんの悩みも解決するんじゃないんですか?」


 そう、自分を偽りました。



「うむ! そうでござるな! 流石は妖夢殿!」
「おおっと、これは予想外の展開ですね。これは面白いです。ですけど、どうやって思い出してもらうんですか?」
「……そうですね。医学的に考えるなら専門家に頼むのが妥当だと思います」
「それもそうですね。妙案かと思います。その際には是非ともご同行をさせてください」
「えっと、それは○○さん次第ですね」

 なんだか話が早くなっていきます。
 いえ、この話は遅かれ早かれたどり着いた事です。○○さんも気になっていたことですし。
 でも、その一番の近道を私は話してない。

「あらあら」

 幽々子様も、笑って――

「いいの?」

 と、尋ねました。


「なにが、ですか?」
「なんでもないわ。でも、とりあえず、そんなまどろっこしい事しなくてもいいわよ」
「そうなんですか?」
「ええ、――紫が犯人だもの」

 それは、予想のついていたことでした。
 正攻法、普通の記憶喪失でなかったら、やはり紫様がしでかした事なのでしょうから。
 だから、口にしなかったことなのに。

「そう言うと思ってきちゃったわよ」
「うわぁ!」

 いつの間にか背後に立っていた紫様。
 何故でしょう?
 話が早すぎて、すごく不安になります。

「おお! こんなところで幻想郷伝説の大妖怪にお目にかかれるなんて!」
「鴉天狗の取材は後にしてちょうだいな。今は、こちらのお話を進めたいのだけれども、よろしいかしら?」
「ええ、かまいません! 私はその一部始終を記録させていただきますので」
「勝手になさいな。それはどんな記事になるのかしらね」

 薄く笑われる紫様は、小さく、付け足しました。

「悲劇かしら、喜劇かしら――」





 そこから、
 あっという間で、

 簡単で、
 
「貴方はいいのね?」
「うむ。よろしくお願いするでござる」

 
 たったそれだけで、


 ――終わりました。













 猛烈な閃光の様に拙者の頭を打つ記憶の奔流。
 それは、些細なことであり。
 大切なことであり。


 致命的な事でござった。


「さあ、どうぞ」

 紫殿、が、おっしゃる。
 どうぞ?
 なにが、なにを、どうぞ、だと?

「……○○さん?」

 妖夢殿が、気遣わしげに、
 本当に心配そうに、拙者を見る。




 今は、それが、
 たまらなく申し訳ない。

 

 運命とは、
 すでに決していたのでござろう。

 無念、也。


 目を合わせることも出来ず、
 拙者は、一人で、
 しかし皆に聞こえる声で、呟いた。




「……拙者は、帰らねばならぬ」




 くしゃりと、妖夢殿のほうから音がしたでござる。
 それは、写真を握り締めてしまった音でござった。


 その写真は確か、
 拙者と妖夢殿が映っていた物でござったか。

 







 判然としない意識で、○○さんは、それだけをしっかりと言いました。

 報いなのだと思います。
 逃げて、臆して、嘘を吐いて。
 
 例え決まっていた結果だとしても、
 これは、報いなのだと思います。



 そこに自然にあった、この人が。
 突然、遠くなって、しまいました……。



 







<幻想郷の白岩さん>

Q.写真っていつごろからあるの?
 あと、地味って言うな!(サニーミルク)

A.さあ、専門家じゃないからよく分からないけど。
 まあ、幻想郷じゃ珍しいものよね。
 香霖堂にいけば、もしかしたらあるかもしれないわよ?
 使い方は分からないけど。

 あと、別に地味とか言ってないわよ。
 地味も立派な個性なんじゃないかしら?
 知らないけど。


Q.伏線回収する気あるの?

A.それは私の感知するところじゃないわね。
 まあ、できるだけ頑張ってみるらしいけど、どこまで出来るものやら……。
 

Q.私って便利に使われすぎじゃない?(神隠しの主犯)

A.あなたの最強且つ便利設定がいけないのよ。
 それでも、出番があるだけいいじゃない。
 世の中には、同じ欠点を持つのに一方的な憂き目にあう人もいるのに……。





Q.レティさん。
 この間はどうもありがとうございました。とても嬉しかったです。
 まさかお見舞いに来てくれるとは思いませんでした。
 貴女と友達になれて、本当に、本当に良かったです。
 今まで、ありがとうございました。(●●)

A.あら、おおげさね。ちょっとお見舞いに行ってあげただけなのに。
 それにしても、体弱いのね。そんなんでよく冬の山までこれたものよ。
 もっと体は大事にしなさい。

 これは、お友達として、心配しているんだから。
 ちゃんと言うこと聞きなさい?
 約束よ。

 あと、この手紙の書き方だとお別れみたいじゃない。
 まだ会えるでしょうに。
 
 それとも、今年の暖冬を心配してるのかしら?
 
 あなた言ったじゃない。次の冬まで待つこともなんともないって。

 心配しなくても、ちゃんと会って上げるわよ。
  









 ……あら?
 まだもう一枚お便りがあるわね。

 面倒ね。
 まあ、ちゃきちゃき済ませましょう。




Q.

  診断書


  患者・●●
  病名・悪性腫瘍

  
  通常の術式により多少余命を延ばせますが、もって半年。
  当診療所の特別術式による完全治癒の可能性は五分五分です。
  最悪の場合、さらに命を縮めることになる危険なものですが、現状では他に打つ手がありません。
  仮に成功した場合でも、事態がいつ急変するとも限りません。
  経過を見るのに一年は必要でしょう。

  ●●氏は外来人で身寄りがないためこちらにお送りいたしました。
  よく内容を吟味された上で当診療所にご連絡ください。(八意診療所)




A.


 ……なに、これ?
 何の冗談かしら? おかしくない?
 だって、ちょっとした風邪でしょ?
 ●●は、そんな、重たい病気なんかじゃないでしょう?

 どういうことよ、説明してよ!?
 
 もって半年?
 最悪、それ以下!?

 ふざけないでよ!

 なによそれ!? なんなのよ!

 成功したかどうかも、そのころの私には知る方法がないじゃない!

 馬鹿!
 あの馬鹿!!!


 いまさら、
 そんな人間の弱さを見せないでよ!



 あの、

 馬鹿ぁ……。

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