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月下紅夜

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orz1414

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               月下紅夜



~初めに~

注意事項

 竹取物語の舞台は奈良時代辺りとされていますが、奈良時代の文化など全然分かりません。
 そこで奈良、平安、現代を適度にミックスした独自の文化を舞台に設定しました。
 よって歴史的考証などは一切合財無視しています、御容赦下さい。
 またヒロインの一人である妹紅のモデルのこともあり歴史上の人物を登場させています。
 ぶっちゃけ藤原不比等です。
 『俺の中の藤原不比等はこんなイメージじゃねぇ!』 という奇特な方がおりましたら、この機会にイメージを変えてみたらどうでしょうか?

 



~月下紅夜 〇〇編~


 この俺、〇〇は藤原家の居候である。
 何でも蘇我氏の事件の時にただの村人であった父が不比等さんの父である鎌足さんの手助けをし、そのお礼に藤原家でうちの一族の面倒を見てやるとかなんとか…
 当時は生まれても無かったのだからその辺りは分からない。
 とにかく俺は不比等さんのおかげで3食と寝床を確保できているのだ。

「そう思うのなら、少しくらい恩を返したらどうだ?」
「だったらやらせてくれる様に頼んでくれ、庭掃除でも飯の支度でも」

 現れたのは5女の妹紅だった。
 一番年が近い彼女とはまるで兄妹のようにすごしてきた。
 他の不比等さんの子供が俺から距離を取っている中、妹紅だけは何の隔たりも無く接してくれている。
 
「お父様はお前に甘いところがあるからな、うちの中の誰かとくっつけようとも考えてるぞ」
「無理だ。他の連中が俺のことどういう目で見ているかくらい分かってる」

 農民出身の自分は、貴族には当然見下される。
 同時に農民からは貴族に取り入ったとして妬まれている。
 不比等さん本人はいい人で感謝してもしたりない。
 だが他の一族は、妹紅を除いて後姿も見たくない。

「そんなこと無い、お前の父のおかげで今の藤原家が存在することくらい皆知っている」
「親父は親父、俺は俺だ。俺はまだ藤原家に何も返してない」
「いつか返してくれればいいさ、どれくらいかかるか分からないけど、ずっと一緒にいればそのうち思いつくだろう」

 それは遠まわしな告白。
 藤原妹紅は俺に恋心を持っていだいている。
 長い付き合いだし、そんなことが分からないほど鈍感じゃない。
 だが応えるわけにはいかない。
 元々身分が違う、名家である藤原家に自分のような農民の血を入れていいはずが無い。
 それに俺にとって妹紅は文字通り『妹』として見てきた。
 今更違うように見る事はできないのかもしれない。

「俺の好みは黒髪で色白、そして何よりも胸だ!胸が大きくないと」
「髪と肌はともかく、胸はそれなりにあるつもりだが…胸で女を判断するなんて変な奴だ」
「なぁに、あと千年もたてばきっと胸の大きさが女の魅力の一つになるはずだ」
「思いっきり死んでるじゃないか……」

 妹紅は呆れかえった様だ。
 彼女の中で俺は『乙女の気持ちに気が付かない鈍感な奴』として分類されているのだろう。
 そのうち本当に愛想を尽かし、いつか妹紅に相応しい男が現れるはずだ。
 そうなることを望んでいるのと同時に、いつまでも一緒にいたいと考えるのは明らかに矛盾している。
 そしてこの難題に対する答えはまだ出ていない。




「最近お父様が女の所に通ってるんだ」

 飯を食べていると妹紅がそんなことを言い出した。
 別段珍しいことではない、この時代女が家で待ち男が通うのは当然のことだ。
 不比等さんは貴族だし、待ってる女の2~3人いてもおかしくない。

「それが妙な噂のある女で、曰くこの世のものとは思えない美しさ、曰く竹から生まれた、曰く3ヶ月で成人した」
「どんな妖怪だ? 口から火を吹いたり睨んだ相手を石に変えたりもするんじゃないのか?」
「いいとこの娘なら私も気にしないんだが竹細工職人の娘らしくて、もしかしたら本当に妖怪かもしれない、そうだとしたらお父様を助けなくては!」

 結局二人で噂の娘とやらを見に行くことになった。
 急ぎなら馬、落ち着いて行くなら牛車だがどっちも気に入らない妹紅は歩きで行こうといいだした。
 断る理由も無いので了承したら動きやすい服装に着替えるから待っていてくれと言われた。
 しばらく待って現れた妹紅は世にも珍しい格好をしていた。

「どう? 似合うかな?」

 そう聞かれて言葉につまってしまった。
 素材は恐らく木綿、ゆったりした胴回りと足首の部分で絞った裾は動きやすさと安全性を追求した結果だろう。
 が、まるで労働者のような服装をされて『似合う?』と聞かれたらどう答えたらいいのだろうか?

「似合う似合わないはともかく…すごい戦争が起きたら推奨されそうな服だな」
「頑丈で動きやすいんだ。千年もしたらきっと都中に流行るはずだよ」
「ぜってぇ流行らないと思う」

 思えば妹紅は昔から変わった少女だった。
 むしろ俺と居たからこうなったのだろうか?
 一緒に庭を駆け回って虫取りをしたり、そんなことしちゃいけませんと起こられて飯を抜かれたり、ひもじい中隠し持っていた握り飯を二人で分け合ったり。
 もっと女の子らしい遊びをしておけばよかった。
 貝合わせとか和歌とか、今更言っても遅いか。




 竹取の翁の家に辿り着くとすごい行列ができていた。
 その9割9分が男、すべて噂のかぐや姫目当てなのだろう、残りの一分はもちろん妹紅だ。
 長蛇の列にも関わらず意外と順調に前に進んでいるのは一人当たりに掛かっている時間が短いからだ。
 牛車に満載の贈り物を用意した男たちが牛車を空にして帰って行く。
 落ち込んだ顔、気合を入れている顔、呆けている顔、それを見ているだけで待っている時間は潰せそうだ。

「お父様!」

 妹紅の声で不比等さんを見つけた。
 気合を入れた顔で家に帰ろうとしている。

「おお、妹紅、それに〇〇君、君たちもかぐや姫に会いに?」
「まぁそうですけど、不比等さんは手ごたえあったんですか?いい顔してますけど」
「いや、だめだった。ぜ~んぜん相手にもされてない」

 全然相手にされなかったら何で笑っていられるのだろうか?
 周りの男達は訳が分からないといった顔をしているが俺と妹紅は知っている。
 不比等さんは逆境に立てば立つほど燃える人なのだ。
 妹紅のお母さんとの馴れ初めも数十回アタックして勝ち取ったらしい。
 妹紅と一緒に軽く100通は超えている恋文の束をすべて焼いて季節外れの焼き芋を作り、飛び蹴りを喰らった記憶は今でも鮮明に覚えている。
 拳骨くらいは覚悟していたが、まさか当時年齢一桁の子供に大の大人が飛び蹴りをするとは予想もしていなかった。
 もっとも、垂直に跳んで足を伸ばしただけだったので見た目に反して衝撃はそれほどでもなかった。
 派手なことをして他の者たちがそれ以上俺と妹紅をしからないようにすることを狙った行動だと後になって気がついた。
 要するに豪快さ、計算高さ、やさしさを兼ね備えた立派な人なのだ。

「それじゃぁ私は新たな贈り物と恋文を用意する! 二人とも遅くならないうちに帰るんだぞ」

 不比等さんはそう言って帰って行った。
 と、思ったら走って戻ってきて妹紅の耳に口を近づけるとこちらをチラチラ見ながら喋りだした。

「かぐや姫は本当に美人だ。妹紅、〇〇君をしっかりと捕まえておくんだ。何なら夜にでも襲ってしまえ」

 そういうのは小声で本人に聞かれないように話してください。
 妹紅も顔を真っ赤にしちまって……




 それから半刻と待たずに俺たちの番がやってきた。
 途中庭を通ったが山のような贈り物があった。
 すべて男たちが貢いだものなのだろう、今日分だけと仮定するとこの数十倍は宝が贈られた事になる。
 竹細工職人と聞いていたけど貴族の物より大きい屋敷に住んでいるのはおかしいと思っていたが、なるほどこれならもう竹細工など作らなくても暮らしていける。
 案内をする使用人は不思議そうな顔をしている。
 これまで来たのはすべてかぐや姫に求婚する男ばかり、そこにいきなり手ぶらの女連れが来たら奇妙にも思うのだろう。
 辿り着いた部屋には一人の少女が座っていた。
 顔は幕に隠れて見えないが年齢は自分や妹紅と同じくらいだろう。

「ようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用件で?」

 かぐや姫の声は正に珠のような声と言ってよかった。
 澄み切って何時までも耳から離れない、一度聞いたら逃れることはできない魔性の声だ。
 だがどこと無く疲れているような気がするのは同じようなことを何十回も繰り返して言っているからだろうか?

「生憎私はどなたともお付き合いする気はありません、贈り物はありがたく頂戴しますが本日はどうかお引取り下さい」

 こっちが用件を切り出す前に一気にまくし立てやがった。
 こりゃ顔は分からないけど、かなりいい性格をしてるってことは分かった。
 ならこっちも遠慮することは無い、存分に相手させてもらおう。

「なぁに、巷で噂の妖怪姫の毒牙にかかる恩人が忍びなくて、とりあえず様子見に顔だけでも拝んでおこうと思っただけです」

 幕の向こうの影が動揺したことが分かった。

「妖怪とは結構な物言いですね、参考までにどんな噂なのか教えてもらえますか?」
「さぁ?どうだったけ妹紅、竹から生まれて3ヶ月で大人になって」
「口から強酸の霧を吹いて目から怪光線を発射するんだろ」

 妹紅と二人で聞いたことも無いようなことを言い続ける。
 幕の向こうの影は少しづつ震えが大きくなってきており、握った拳にかなりの力を込めているのが隙間から見えた。
 やがて京都~大宰府を半刻で飛び、一晩で唐を火の海に変えるといったところでついにかぐや姫が切れた。

「あなた達! いったい人を何だと思って――」

 目の前の幕を手で押しのけ、かぐや姫は大きく一歩を踏み出し……たところで着物の裾を踏んでしまったらしい、顔面から地面に倒れこんだ。
 あまりのことで使用人たちも反応できないでいる、うつぶせのかぐや姫はピクリとも動かない。

「痛い……」

 その一言で時が動き出した。
 使用人達は右へ左への大騒ぎ、かぐや姫は打ちつけた鼻を押さえている。
 皆が落ち着くまで半刻、俺と妹紅は完全に置いてきぼりになっていた。




「ごめんなさい、結婚の申し込みばかりで少しいらついてたの」

 かぐや姫、もとい蓬莱山輝夜は饅頭を齧りながら謝った。
 ひっきりなしの求婚のせいでかなり鬱憤が溜まっていたらしい。

「いや、私たちも調子に乗りすぎた」
「3割くらいは真実じゃないかと考えてるけど、実際のところどうなんだ?」
「竹林でおじいさんと会ったのは本当、でも竹の中で生まれたとか3ヶ月で大人になったとかはでたらめよ。なんでそんな話になっちゃったんだか」

 冷静に考えたら当たり前の話だった。
 本当にどこでどう噂が捻じ曲がったんだか。
 まぁこれで不比等さんの相手が妖怪ではないと判明したわけだ。

「藤原不比等さんね~、悪い人じゃ無さそうだけど結婚相手としては見れないなぁ~」

 その言葉で妹紅はほっとしたような残念そうな顔をした。
 自分の父親のことだし、彼女も複雑なんだろう。

「けど――」

 そう考えていると輝夜が身を乗り出してきて、息が吹きかかるくらい近くでじっと目と目を合わせてきた。
 こうして間近で見ると輝夜は美人だ。
 この世のものとは思えない美しさというのもあながち間違いでは無い。
 墨染めのような黒い髪に雪のような白い肌、妹紅に対して言ったことはあながち間違いでは無い。
 輝夜は自分の好みにズバリ当てはまっている、もしもこんな娘に告白されたら……

「あなたみたいな人に求婚されたら『はい』って言っちゃうかも」

 輝夜が擦り寄り肌を密着させてきた。
 妹紅が顔を真っ赤にして口をパクパクさせているのを横目で確認できた。
 しかし頭が働かない、輝夜から漂ってくる香りが鼻を刺激して頭の回転を鈍らせる。
 やがて輝夜は後ろに回り、背中に胸を……胸を……

「萎えた」
「ええ!」

 くっついたままで輝夜は驚いた。
 それほど自分の魅力に自信があったのだろう、信じられない者をみるような目つきをしている。

「その断崖絶壁じゃ俺の心は動かないな」
「胸!? あなた胸で判断してるの!?」

 その一言で真っ赤になっていた妹紅は噴出した。
 腹を押さえて転げまわり、笑い声は屋敷の外にまで響く。

「妹紅くらいあれば合格だ。だがお前ほど絶望的になるとむしろ情けなくて涙が出てくる」
「ひど! 千年くらいたったら貧乳には希少価値が出るわ!」
「あははははは、千年もたったら死んでるだろう」
「……残念だけどそうはならないの」

 真剣な声に妹紅の笑いが止まった。
 輝夜は軽い体を自分の背中に預けたままどこか遠いところを見ている。
 その方向には出たばかりの月があることが目線を追うことで判明した。

「わたしね、死ねないの、ずっと生き続けるの、何百年でも何千年でも」
「そんなことあるわけ……」
「ホントよ? 首を切られても胸を刺されても、粉微塵なったって死ねない。どんなに人と仲良くなってもその人は先に死んでしまう。永遠に他人の死を見続ける、それが私に与えられた罰」
「それじゃぁ、出会わない方がよかったのか?」

 妹紅の問いに輝夜はゆっくりと首を左右に振った。

「分かれるのは辛いけど出会わないのはもっと嫌、出会う人、一人一人が私の大切な思い出、それがあるからわたしは未来に絶望しないで生きていられる」

 輝夜は俺から離れるとゆっくりもとの位置に戻った。
 その瞳は俺たちもその例外では無いと語っている。
 楽しい時間はいつか終わる、それが早いか遅いかだけの違いだ。

「でも、一人くらいはわたしと永遠を共にしてくれる人がいてもいいかな?って思ってるの」

 妹紅と顔を合わせて互いに頷く。
 輝夜はその行動がとても奇妙に見えたのだろう、頭に『?』を浮かべている。
 妹紅と一緒に輝夜へ手を差し出した。
 やはり輝夜はキョトンとしている、しばらく差し出された手を見ていたが恐る恐る二人の手を取った。

「手を取ったな?」
「手を取ったね?」
「手を取ったけど?」

 俺と妹紅はにんまりとして輝夜を引っ張った。
 二人の力に引かれて輝夜は倒れこみ俺と妹紅の間に輝夜が入り込む形になった。

「え? 何これ? 何しているの?」
「手を取り合ったら友達になるんだ」
「永遠は無理だけど、少しくらいなら一緒にいるよ。私も〇〇もそのくらいの余裕ならあるさ」

 輝夜の目に涙が溜まった。
 さらに顔を埋めて震えている輝夜を俺たちはずっと包み込んでいた。






「貝合わせをしましょう」

 いきなり輝夜がそんなことを言ってきた。
 ここは竹取の翁の屋敷、輝夜と友達になった俺と妹紅は割と頻繁にここを訪れていた。
 特に珍しいことをするわけではない、ただお茶を飲みながら世間話をする程度だ。
 ちなみに輝夜が俺たちと過ごしている間、求婚者達は使用人が身代わりになって相手をしている。
 声色の似ている者の顔を幕で隠し 『私は結婚しません』 を連呼させる。
 どんな拷問だと思ったが、その身代わりの本人がそれなりに楽しんでいるから問題ないのだろう。
 ただ 『所詮男なんてこの程度、幻想の乙女に酔いしれるがいいわ』 という発言はどうかと思う。
 まぁ、そんな裏の事情を知るくらい入り浸っているわけだ。

「貝合わせってアレだろ? 綺麗な貝殻見せ合ってどっちがいい貝殻かを比べるってやつ」
「あなた一応貴族の娘よね? 何でそんなに自信なさげなのよ」

 貝合わせといったら貴族の間で大流行の遊びだ。
 これを知らない者は貴族の中にはいない、と言っても過言ではない。
 過言ではないのだが……妹紅は貝合わせ自体をしたことが無い。

「俺のせいだな、妹紅はずっと俺と過ごしてきたから考え方も男寄りになってるんだ」
「そんなモンより蹴鞠とかの方が好きだけどね」
「そんなんじゃダメよ、〇〇だっておしとやかな方が好みよね?」

 輝夜が擦り寄ってきて腕に手を回してきた。
 妹紅が慌てて逆の腕を引っ張り輝夜から引き離す。

「〇〇はやらないぞ! 〇〇は私……じゃない、藤原家のものだ」
「誰も貰うなんて言ってないわ、こういうのは奪うの」
「もっとたちが悪い!」

 そんなことを言い合った次の日、俺と妹紅は海に来ていた。
 目的は貝合わせに使用する貝を探すことなんだが……

「さすがに今の時期に海に来るのは無謀じゃないのか?」
「うるさい! 引くに引けなくなったんだ」

 現在、冬と春の境目、まだ海に入るには命がけの季節だ。
 そもそも貝合わせの貝は漁師が取ってきた物を加工するのであって自分達で探すものではない。
 第一そんなに綺麗な貝が砂浜に転がっているわけも無い。

「大人しく不比等さんから貰えばよかったじゃないか」
「お父様がニヤニヤしながら『妹紅もそんなことをするようになったか』とか言ってくるんだ……輝夜と勝負するためって言い出せなくて」

 不比等さんは輝夜に求婚している一人だ。
 いくら娘のためとはいえ求婚相手との勝負に使うとなれば快く渡すことはできないだろう。
 貝の入手に当ての無い俺たちは、結局こうして砂浜を漁るくらいしかできないのだった。
 3刻ほどたっただろうか?
 貝を入れるために持ってきたタライはアサリで一杯になっていた。
 味噌汁の具には困らないが当初の目的は達成できていない。

「やっぱり私に貝合わせなんて無理だったんだ」
「そんなこと言うなよ、きっといい貝が見つかるって」
「いいんだ、どうせ私は女の子らしくなんてできない、〇〇だって本当は輝夜の方が――」

 その時、視界の端で光るものがあった。
 妹紅もそれに気がついたらしく一緒に駆け寄る。
 それは真っ白な貝、まるで溶け残った雪のようなそれは波に打たれながら夕日を反射して輝いていた。

「綺麗……」
「いい貝じゃないか、これなら輝夜にだって負けない」
「いや、この貝は使わない」

 妹紅はそういって再び砂浜を漁り始めた。
 なぜせっかく見つけた貝を使わないのか?
 そう尋ねたら意地悪そうな顔をして言った。

「この貝は今日の思い出にとっておく、輝夜の相手なんてアサリで十分だ。数をそろえて圧倒してやる!」

 結局、完全に日が沈むまで二人でアサリを集め続けた。
 3日ほどアサリ尽くしの食事が続き少し後悔するのを今はまだ知らない。


「輝夜様、御指示の通りに貝を置いてきました。よろしいのですか? 一番いい貝だったのでしょう」
「いいのよ、あの二人には仲良くしてもらいたいし」

 外を見上げると満月が昇っていた。
 きっと明日の夕食は〇〇と妹紅の持ってくるアサリでアサリ尽くしになるだろうと考える。

「うらやましいなぁ、人生を共にできる相手がいるって」

 自分と共に永遠を過ごす相手は誰なのだろうか?
 頭に浮かんだ顔は、なぜかアサリの味噌汁を飲んでいた。





「今日は祭りがあるんだ」

 そう妹紅が言い出したのが昼をしばらくすぎたくらい。

「お祭りかぁ~行きたいけどわたしが外に出たら順番待ちの男たちが黙ってないだろうし」
「そこは考えてある、変装すればいいんだ」

 取り出したるはもんぺ、そりゃ噂のかぐや姫がこんなモン着るなんてだれも想像しないだろう。
 さすがの輝夜も少し顔が引きつっている。

「わたしにこれを着ろと?」
「まさか、着るだけで変装になりゃしないだろう」

 妹紅はいつの間にか使用人を買収していたらしい、あっという間に輝夜はもみくちゃにされて着替えが完了した。
 普段のきらびやかな着物とは比べ物にならないほど地味なもんぺ、長く黒い髪は後でまとめて歩くときの邪魔にならないようにしてある。
 雪のように真っ白だった肌は少し薄めた眉墨で汚して庶民らしさをアピール。
 この姿を見て何人もの男が求婚する相手だと考える人間はいないだろう。

「似合ってるじゃないか」

 妹紅が笑いながら言う。

「似合ってるの?」

 輝夜は俺に尋ねる。
 妹紅の時もそうだがもんぺ姿に対して似合う似合わないを聞かれても困る。
 これが浴衣とか着物ならまだ言葉が思いつくのだが、どう答えるべきなのか?

「没落貴族みたいだな」

 10人以上の使用人を含めたその場の全員にフルボッコにされた。


 うまく屋敷を抜け出して祭りが行われる神社までやってきた。
 が、階段を上る前に輝夜の体力が尽きた。
 地面にへたり込んでもう歩けないと泣き喚いている。
 しょうがないのでおんぶして出店を回ることにした。
 境内は人が一杯で油断したらはぐれてしまうかもしれない、そう心配した時には遅かった。
 妹紅の姿が見えない、おまけに雨も降ってきてしまった。
 輝夜を背負ったまま雨宿りできそうなところを探す、ちょうどいい木が見つかったのでそこで様子を見ることにした。

「ねぇ、以前言ったこと覚えてる?」

 背中の輝夜が尋ねる。
 辺りに人はいない、さすがに密着した少女と暗がりで二人きりと言うのは理性が耐え切れるか自信が無い。
 唯一の救いは背中に感触が無いことだろうか? これが妹紅だったら危なかった。

「わたしは永遠を生き続ける。終わりの見えない孤独な旅、共に歩いてくれる人を待ち望んでいるの」

 輝夜は力を込めてしがみついてきた。
 力いっぱい掴んでいれば、この後の問いに 『はい』 と答えるとでも考えているのだろうか?
 だが、俺の答えは――

「〇〇、私と共に旅をしてくれない?あなたと一緒なら永遠の地獄だって耐えることができるわ」
「出会ったのが輝夜だけだったらそれでもよかった。けど妹紅を置いて行くこともできない。優柔不断だけど、どうしたらいいか自分でも分からないんだ」

 妹紅を含めた3人で思い出を作る、これが現状で選べる妥協点だった。
 いつかは選ばないといけないけど、それはまた先の話、そう考えていた。
 先延ばしにした挙句、道を選ぶ余裕さえなくなってしまうことに気がつくのはホンの数ヵ月後のことだが、今の俺には知る由も無かった。

「雨止んだね」
「妹紅もどこかで雨宿りしてただろうし、探そうか?」
「それもいいけど、もう少しだけ二人でいさせて……」

 そのうち妹紅の方がこちらを見つけた。
 輝夜と二人きりで何をしていたかを尋ねるが輝夜ははぐらかすだけ、何も無かったと信じてもらえるのに次の日の朝までかかった。





「最近お父様の様子がおかしいんだ」

 今日も今日とて竹取の翁の屋敷で茶菓子をつまむ。
 最近は求婚者の数が減ってきたのでつまらなくなったと身代わり使用人が言っていた。
 少なくなったと言っても5人ほど残っている、何度断られても諦めない根性のある求婚者の中に妹紅の父である藤原不比等も含まれていた。

「おかしいって、どういう風におかしいの?」
「有名な宝石職人に片っ端から声をかけて何か作ってるらしい、単にお前への贈り物を作らせてるにしては金をかけすぎている」
「あちゃー、そうきちゃったか~」

 輝夜は少し困ったような顔をした。
 なんでも竹取の翁がそろそろ結婚したらどうかと言ってきたらしい、候補は当然5人の求婚者。
 しかし当の本人は結婚する気など無い、何とか穏便に断る方法はないかと考えた結果思いついたのが5つの難題だった。
 仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の子安貝のそれぞれを持ってくるように命じる。
 その中で不比等さんは蓬莱の玉の枝担当なわけだが、どれも噂でしか聞くことが無いような宝物を持ってくることなど初めから期待していない。
 何とかして誤魔化そうとするかも知れないが適当に難癖をつけて不合格にする。

「それって万が一本物を持ってこられたら結婚しなくちゃいけないんじゃないのか?」
「そうなったらほら、攫ってくれそうな人がここにいるし」
「俺は不比等さんに恩があるんだけどなぁ」

 とにかく身内のせいで作戦がばれて失敗が確定してしまった。
 これは気まずい、不比等さんに 『もうバレちゃってます』 何て言えるわけが無い。
 かといって隠したままにしておくのも気が引ける。
 ちゃんと謝っておかなければこれから先どういう顔で不比等さんに会えばいいんだろうか?

「しょうがないわねぇ、わたしが演出するから二人とも謝る言葉を考えておいて」

 初めて輝夜を尊敬できそうな気がしてきた。
 数日後、思いっきり金をかけた蓬莱の玉の枝を持って藤原不比等はやってきた。
 本物と言い張ったら信じざるを得ないほど精巧に作られたそれは圧倒的な存在感を放っている。

「姫、約束の通り蓬莱の玉の枝を持ってきました」
「藤原殿、見事としかいいようがありません、ここまで精巧に作られた玉の枝、並大抵の努力ではなかったでしょう」

 不比等さんは一瞬期待に満ちた顔をしたがすぐに違和感に気がついた。
 輝夜は 『作った』 と言ったのだ。

「どういう意味ですかな?これは正真正銘、蓬莱の玉の枝ですが?」
「そのことについて謝らなくてはなりません。実は私の友人たちがあなたの計画を知ってしまいつい口を滑らせてしまったのです」

 不比等さんは輝夜の言葉を黙って聞いている。
 心中はどうなっているのか?
 自信満々の計画が身内のせいで失敗して、怒りだろうか? 諦めだろうか?

「彼らはあなたのことを慕っており、このことで大変心を痛めています。どうか許してあげて下さい」
「やはり偽物で誤魔化そうとしてはいけないということでしょう。分かりました。この藤原不比等、その者達を許しましょう」

 輝夜が合図をすると襖が開かれた。
 そこにいるのは土下座をしている俺と妹紅、不比等さんもこれは予想していなかったらしく驚いた顔をしている。

「すいません不比等さん」「ごめんなさいお父様」
「いや、〇〇君、妹紅、責められるべきは偽物で女性の気を引こうとした私の卑しき心だ。どうか顔を上げて欲しい」

 しばらくお互いに謝り続けるといった奇妙な光景が展開されたが、輝夜がその場をまとめて収まった。
 収まった瞬間に不比等さんが雇っていた宝石職人が殺到して代金の請求をしてきた。
 作った蓬莱の玉の枝をバラバラに分解して配るわけにもいかず困っていると、とりあえず枝は輝夜が引き取りその代金を支払うと言う形で収まった。

「お二人にはいつもお世話になってますから」
「なるほど、〇〇君に目をつけるとは姫もお目が高い、しかし〇〇君は妹紅がいます。正室は譲ってもらいますぞ」
「そこはほら、略奪愛って素敵じゃないですか?」
「するな!3人で思い出を作るって約束だろうが」

 その日から不比等さんも翁の屋敷でお茶を飲むようになった。
 もっとも、公人で仕事の多い不比等さんはたまにしかこれないし着ても本当にお茶を飲むだけで帰ってしまう。
 求婚の活動にかまけすぎて仕事の方が結構溜まっていたらしい、自業自得と自分で言っていた。
 結局5人の求婚者を振った話はとんでもない所まで届いていたらしい、なんと御門からの文が届いたのだ。
 正に天の上の存在、どうするのかと聞いたら3人で交代で文の返事を書いて遊ぼうと言い出した。
 そんなことを言い出す輝夜も輝夜だがそれに乗ってしまった俺と妹紅もかなり感覚が麻痺していたのだろう、なんだかんだで結構楽しんでしまった。
 異変が起きたのは葉月に入ってすぐ――




 星も綺麗だし夜空の下でお茶を飲もうという話になり、庭にござを敷いて準備をしていた。
 竹取の翁とその妻、そして不比等さんを加えた6人が集まった時、輝夜は空を見上げたままピクリとも動かなくなってしまった。
 声をかけても反応しない、ただ月のある方向を見ている。

「輝夜、どうしたんだ?輝夜!」
「〇〇……」

 輝夜は涙を浮かべて抱きついてきたかと思うと顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れてしまった。
 他の者達もいったいどうしたのかと集まってきたが輝夜は泣くばかりで話もできず、その日は解散となってしまう。

「わたしはこの星の人間じゃない、月から来たの」

 昨日は翁の屋敷に泊まった。
 妹紅も輝夜の様子がおかしいことは分かっていたから何も言わず二人きりにしてくれたのだろう。
 翌日、再び皆が集まったところで輝夜が語り始めた内容はとんでもないことだった。

「わたしは月で犯した罪を償うために地上に落された。だけど罰を受ける場所はわたしにとって楽園になってしまったから……わたしを月に連れて帰り罰を与えなおすつもりなの」
「そんな罰を与えるなんて、どんな罪を犯したんだ?」
「言ったでしょう?わたしは永遠を生き続ける、人間を不老不死にする蓬莱の秘薬を作らせたのがわたしの罪」
「不老不死自体が罰みたいなものじゃないか! 知り合った人間が先に死んでいく苦しみをずっと味わってきたんだろう」
「死んで分かれることは覚悟していた。けどこんな形で分かれたくない! 〇〇ともっと一緒にいたい!」

 そこからの動きは迅速だった。
 不比等さんはかつての求婚者達と御門に連絡を取り完全武装の軍を用意した。
 翁の屋敷を中心に隊列を組んだそれは常に空を警戒している。
 不比等さんはこれだけの準備をしているから大丈夫だと言うが輝夜の不安はぬぐえない。
 何の権力も無い俺ができることは少しでも長く輝夜と過ごすことだった。
 妹紅はあれから輝夜に会いに来ない。
 今まで3人で過ごしてきてあやふやだったが、輝夜の叫びを聞いて妹紅も輝夜の気持ちを理解したらしい。
 今生の別れになるかもしれないのだから、自分もいるよりは二人きりにしておこうと考えたのだろう。
 満月の夜はもうすぐだ。





「来る」

 そう口にしたのは自分だったか、輝夜だったか、とにかく空気が変わったのが分かった。
 満月から徐々に大きくなってくるそれは人の影、何人かはウサギの耳をつけている。
 ああ、月にはウサギが住んでいるって聞いたことがあるけど本当だったのか、もう二度と月見団子なんか用意するものか。
 いらないことを考えるのは心に余裕があったからなのか?
 その幻想的な光景を見ていると逆に頭がすっきりしてきた。
 奴らは輝夜を連れて行くためにやってきたのだ。
 少しでも輝夜を守るために立ちふさがろうとして――体が動かなかった。
 他の者達も同じようだ、誰も指一本動かせていない。
 必死にもがいている俺たちの前に月の使者達は降り立った。
 赤と青の服を着た女性が一歩前に出る。

「お迎えに上がりました」
「永琳、あなたが来たのね」

 どうやら永琳という女性と輝夜は顔見知りらしい。
 それもかなり親しい関係の、姫と呼んでいるが月での従者だったのだろうか?

「もし私が帰りたくないって言ったら……残してもらえる?」
「姫様の帰還は月の決定です。拒否すればこの屋敷が血の海になるでしょう」
「そう……」

 輝夜は懐から小瓶を取り出すと翁の手の中にそっと包み込んだ。

「不老不死になる蓬莱の薬、二人分あります。おじいさん、おばあさん、どう使うかはお任せします。これくらいしか残せませんから」

 次に俺の前に来てそっと口付けをする。
 考えてみればこれが初めての口付けだ。
 一人の男として望んではいたがこんな状況でしたくなかった。

「〇〇、思い出をありがとう。妹紅と幸せになってね」

 そう言って俺から離れた。
 輝夜の背中を見ながら出会ってから今日までの事が頭を駆け巡っていった。
 いやだ、離れたくない、もっと一緒にいたい。
 お前だっていたいって言っていたじゃないか、なんでそんなに簡単に諦められるんだ?
 納得できない、お前が諦めても俺は納得できない!

「行くな! 輝夜!」

 さっきまでの金縛りはすでに無かった。
 出せる限りの声で叫び、輝夜の腕を取る。
 輝夜が驚いたような、喜んでいるような顔をしている。
 このまま腕を引っ張ってこの場から逃げ――


 ドスッ


「え?」

 輝夜の顔に紅いものがかかる。
 ああ、せっかくの綺麗な肌が汚れちゃったじゃないか?
 誰だよ、こんなことするの、俺か?
 胸から剣が生えている、違う、月の使者の一人が俺に突き刺したんだ。
 邪魔だな、抜いてくれよ、これから一旦藤原家に戻って妹紅を連れて、どこか遠くに行くんだ。
 大陸に渡ってもいいな、さすがの月の連中もそこまで追ってこないだろう。
 これからも、三人で――

「嫌あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 輝夜が叫ぶ、ここまで大きい声を聞いたのは初めてだ。
 俺は大丈夫だから、このくらいたいしたことないって。
 声を出そうとしても咳き込むだけで喋れない、口から溢れ出る血がすごい邪魔だ。

「永琳! 助けて、〇〇を助けて! お願い永琳!」
「無理です薬も無いのに! 心臓を一突き、一分と持ちませんよ!」
「薬!? 薬があればいいの? おじいさん御免なさい」

 いまだに動けないでいる翁の手から蓬莱の薬をひったくる。
 おいおい、それは一旦あげたものじゃないか?
 それに何で自分で飲んでるんだよ?
 あぁ、一気に眠くなってきた。
 明日は蹴鞠でもしようか、妹紅は強いぞ、俺はいまだに勝てない。
 それじゃぁ、お休み……


 夢の中で、俺と輝夜は二度目の口付けをしていた。





「ねぇ永琳、〇〇は助かったかしら?」

 月に向かう途中、今まで黙っていた輝夜は永琳に話しかけた。
 蓬莱の薬の結果は見ていない、月の使者に無理やり引っ張られ、離れさせられてしまった。

「9割9分9厘、無理でしょう。蓬莱の薬とて死者を生き返らせることはできません」
「残りの1厘は?」
「薬の調合には厳密な計算が必要なんです。奇跡なんて言葉、そう簡単に出せません」
「友達がいたの、二人を見ているだけで幸せだった。私にも幸せをくれるって言ってくれた。でも、わたしのせいで壊しちゃった」

 輝夜の目に涙が浮かんだ。
 永琳はそんな輝夜を優しく抱きしめて、まるで子供をあやすように頭を撫でながら語りかける。

「簡単には言葉に出せませんが、個人的には好きですよ、奇跡」
「待ってもいいのかな? 奇跡が起きるの」
「時間はたっぷりあるんです、待ちましょう、いつまでも」
「でも同じ待つんなら少しでも近い方がいいよね?」
「現在地上から80kmって所でしょうか? すごく 『痛い』 ですよ」
「大丈夫! この思いさえあればどんなに痛くったって耐えられるから!」

 急に輝夜がうずくまったのを見た月の使者の一人は思わず駆け寄った。
 輝夜が死なないのは知っているが万が一何かあったら大変だ。
 近くにいた永琳に容態を聞こうと近づいたところで彼の意識は途絶える。
 永琳の隠し持っていたナイフが彼の喉を切り裂いたからだ。
 そこで他の使者達も気がついた、武器を手に二人を挟み込む。
 ここは上空80km、少しでも移動担当の力が及ぶ範囲から外れたら地上へ真っ逆さま、ミンチ確定だ。
 輝夜と永琳はお互いに手を取り合うと、迷い無く地上へ飛び降りる。
 少しづつ近づいていた月は、再び小さくなっていった。





「分かっているのか!? 我々は御門の――」
「うるさい」

 剣がきらめいた次の瞬間、男の首が胴体から離れた。
 間欠泉のように血が噴出して体にかかるが妹紅はまったく気にしない。
 辺りには数人の死体、この国で一番高い山で待ち伏せたかいがあった。
 さすがの護衛も山の麓まで、実際に儀式をするのは数人だけという予想は見事に当たった。
 戻ってくるのが遅いことを心配した護衛たちが様子を見に来るまでたっぷり時間はある。
 辺りを見回すと目的の物はすぐそばに転がっていた。
 厳重に封がされてある箱を乱暴に開いて中から小瓶を取り出す。
 これにも封がしてあったが気にしない、破り捨てて中の液体を一気に飲み干す。
 これで効果が出たのだろうか?
 試しに指を少し傷つけてみるとあっという間に傷は無くなり、跡すら残らなかった。

「ふふ、ははは、あっははははははははははははははははははははは」

 さあ、これで対等だ!
 永遠に他人の死を見続ける?
 生ぬるい、そんなもの罰でもなんでもない、その程度がどうした!
 殺しても死なないなら何度でも殺してやる、何度でも何度でも何度でも何度でも!
 ずっと殺して、殺し続けて、彼に対して謝らせて、それでもまた殺して、泣こうがわめこうが何度謝ろうが絶対に許してやらない!
 永遠に後悔させてやる、永遠の地獄を味わせてやる、だから――

「待っていろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! かぁぁぁぁぁぁぐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 
 地平線から出たばかりの月は、まるで血のように真っ赤に染まっていた。





 目が覚めると見慣れた天井があった。
 そこが藤原の屋敷だと気がつくまで少し時間がかかったが、何で俺は布団もかけずに寝ていたのだろうか?
 それに部屋中に置いてある花、花、花、綺麗だとは思うが生憎と花を愛でるほど豊かな感性は無い。
 とりあえず腹が減っている、時刻は分からないが調理場に行けば食べ物くらいあるだろう。
 途中何人かの使用人とすれ違ったが反応が妙だ。
 俺の顔を見ると叫び声を上げて逃げて行く、何か付いているのだろうか?
 顔でも洗おうかと考えていると不比等さんに呼び止められた。
 重要な話があるから付いて来てほしいらしい。

「悪い知らせとさらに悪い知らせ、もっと悪い知らせがある」

 悪い知らせしかないじゃないですか、聞かなきゃいけないなら順番に聞きます。

「かぐや姫は月に帰った。我々は止めることができなかった」

 そうだ!
 月からの使者が輝夜を連れて行こうとして、俺は、俺は……
 胸を見てみたが傷跡が無い、思いっきり貫かれたはずなんだが、それ自体が夢だったのか?

「それがさらに悪い知らせだ。かぐや姫は死んだ君に蓬莱の薬を飲ませた。君は起き上がらなかったが、私は僅かな希望を信じて葬儀をせずに待っていた」

 一月近く死んだままだったらしい。
 試しに指の先を噛み切ってみたが血が出る間も無く傷は塞がった。
 不老不死、まさか自分がなるとは思わなかった。

「それで、最後のもっと悪い知らせは何ですか?」
「妹紅が……蓬莱の薬を処分しようとした御門の使者を殺したらしい」
「御門の!? 何でそんなことを!」
「妹紅は君の死に耐え切れなかったのだ。その怒りをぶつけるべき相手は空の彼方、普通の方法では辿り着けない。だから御門の使者を殺して蓬莱の薬を奪った」

 相手も不老不死ならこっちも不老不死になればいい、どれだけ時間が掛かるか分からないが何時か辿り着くことができるだろう。
 何せ時間は永遠にあるのだから。

「俺は……どうしたらいいんでしょうか?」
「どう答えて欲しい?」
「俺は藤原家に恩があります。どうか命じてください、永遠に続くこの命、その為に使います」
「そうか、ならば命じよう、〇〇よ! 自らの思うとおりに行動しろ!」
「それは!?」

 完全に予想外だった。
 てっきり妹紅を探しに行けと言われると思っていたからだ。
 それでは恩を返すことなどできない、しかし不比等さんは俺に反論させてくれなかった。

「本音を言えば妹紅のことが気になるが、私は妹紅の父であると同時に君の父でもあるつもりだ。ならば息子が後悔の無いように生きれば、それは最高の恩返しだと考えている」

 数日後の深夜、少ない荷物をまとめた俺は藤原家の門を出て行った。
 はっきりとした計画は無い、とりあえず月に行く方法を探してみるつもりだ。
 妹紅が輝夜を目指しているなら月に行く方法を探していたらどこかで出会うかも知れない。
 月に辿り着いて輝夜と再会するのが先か、その途中で妹紅と再会するのが先か?
 取り合えず遣唐使の船に忍び込んで大陸を目指そう、そこから天竺にでも行って見るか、そこなら月に行く方法が見つかるかもしれない。

「今までありがとうございました。どうかお元気で、お父さん。」

 誰にも聞かれない別れの挨拶をする。
 永遠を生きることになった今、そんなに急ぐ必要は無いはずだがいつの間にか駆け足になっていた。
 少しでも早く二人と再会したい、駆け足はいつの間にか全速力になる。

「待っていろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!妹紅ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、輝夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 深夜の都に声が響き渡る。
 他人の迷惑なんか知ったことか、こっちは今最高に気が昂ってるんだ!
 空にはあの時と同じような満月が浮かんでいた。



13スレ目>>169 うpろだ956修正版

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