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霊夢19

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orz1414

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 「ねぇ○○さん」
 「○○さんちょっと時間ある?」
 「大丈夫だけどどうしたの博麗さん?」
 「相談があるんだけど」
 ある日僕は博麗神社を尋ねていた。
 その日は珍しく彼女から僕に話しかけてくれる。
 今日こそは想いを伝えようとやってきた僕にとってそれは少し予想外の出来事だった。
 

 「へぇ君が相談事なんて珍しいね。僕でよかったら聞くよ」
 自分の想い人に頼られるようになったのを少し嬉しく思いながら僕は彼女の話を促す。
 「有難う。」
 「気にしなくて良いよ」
 「話って言うのは●●さんの事なんだけど」
 「実は私……」
 そこまで言ってすぐ黙る。
 何となく頬が桃色に染まっている気がしないでもない。
 その様子に僕は少し嫌な予感を感じたが、それでも黙って待つ。
 まさか……ね。
 「●●さんの事が好きなの!」
 「っ?!」
 やがて彼女は言葉を発した。
 僕の想いを一撃で破壊できる程の威力をもった一言を……


 「でもあの人鈍感だから私の気持ちに全然気づいてくれなくて……」
 彼女の言葉の一つ一つが僕の心を抉る。
 「そ、そっか」
 それでも僕は話を聴いた。
 「それで●●に私を見てもらうには如何すればいいか解らなくて……」
 彼女が助けを求めているから……
 「……それで僕に相談に乗ってほしいと?」
 だから僕は心の痛みを我慢しながら聴き続ける。
 「うん。今回ばかりは魔理沙たちにも相談できないからから……]
 痛い痛いと悲鳴を上げる心を……
 「それに貴方なら真剣に聞いてもらえると思って……」
 もしかしたら僕は壊れてしまうかもしれないけど……
 「当たり前だよ」
 それでも僕は良かった。
 「良かった……」
 彼女が笑顔で居られるのなら……


 「そうだねぇ……。
  押して駄目なら引いてみろって言葉があるけど●●の場合は多分押し切らないと駄目だと思うよ」
 僕は少し考えてから言葉を発する。
 「どうして?」
 彼女は真剣な表情で尋ねてくる。
 「だってさり気無くはアピールしてるんでしょ?
  それなのに引いたら絶対に気づかない気がする。」
 きっと彼女の考えているのは●●の事ばかりなのだろう。
 だから彼女の想いは僕には向いてくれない……
 「確かに……。それとなくアタックしてるのにまったく気づいてくれないものね」
 そう考えると泣きたくなってくる。
 「やっぱりか……。ならもう行き成り抱きついたりしてみれば?」
 それでも泣く訳にはいかなくて……
 「っ!?
  いや、あの、抱きつくのはちょっと……///」
 心にもない言葉を発する事でなんとか場を取り繕う。
 「……ふむ。なら●●を誰かに取られるかもしれないよ?」
 本当はこんなことを言いたくない……
 「それは駄目! 絶対に嫌!!」
 でも本心は言えなくて……
 「なら頑張ろうよ、ね?」
 結局僕は嘘を吐く。
 「うん」
 心の痛みに気付かない振りをして……


 「これで相談事は終わりかな?」
 一通り聞き終えた僕はそう尋ねる。
 「うん。○○さん有難う。相談して本当に良かった……」
 どうやら霊夢の方からは相談事だけだったようでどこか吹っ切れたように言う。
 「どういたしまして。それじゃあ僕は帰るとするかな」
 そう言って僕は踵を返す。これ以上此処に居たら泣き出してしまいそうだから。
 「あ! ○○さんは何か用事があってきたんじゃないの?」
 そんな僕の思いと裏腹に霊夢は痛いところをついてくる。
 「っ?! 
  ……いや暇だから霊夢のところにでも行こうかと思っただけだよ」
 僕は咄嗟に嘘をつく。
 「そっか。今日は有難うね。」
 本当は君に想いを告げに来たのだと言いたい……
 でもそんな事言っても霊夢に迷惑がかかるだけだと思い踏みとどまる。
 「ああまたね。●●とのこと上手くいくように祈ってるよ」
 そして僕は今できる最高の笑顔で一番言いたくない言葉を告げ背を向けた。
 その時○○の眼から一筋の雫が零れ落ちた事を霊夢は気付かなかった……
 
 「……僕は何やってるんだろうな」
 帰途で漏れた一言。
 その言霊に答えてくれるものは居ない。



 「○○さん!」
 それから数日後。
 「うわ?! ど、どうしたの博麗さん?」
 珍しく霊夢が僕の家にやってきた。
 「その……●●に告白したの」
 そして僕にとっても彼女にとっても重大な言葉を言う。
 その顔にはどこか喜びの色が見える。
 「っ?! それで●●はなんて?」
 心が警報を鳴らす。嫌だ嫌だと悲鳴を上げ続ける。
 それでも聴かないわけにはいかない。
 そして――
 「ぎゅっと抱きしめてくれて『俺も霊夢の事が大好きだ!』って言ってくれた///」
 その一言で僕の心は壊れたような気がした……

 「……そっか」
 泣きたい気分だった。
 「これも貴方のお陰ね。本当に有難う」
 そんな僕の気も知らないで霊夢はお礼を言う。
 「……うん。どういたしまして」
 誰も居なかったら直ぐにでも泣き出してしまうところだけど彼女が居る前では泣けない。
 だから僕は繋ぎとめる。壊れてしまった心を。
 「まあその報告だけよ。○○さんには凄くお世話になったから……」
 霊夢は本当に嬉しそうに僕に言う。
 「……」
 嬉しそうに話す霊夢に僕は何を言えば良いのか解らなくなり黙りこんだ。

 「でねその時●●が……ってそろそろ私は帰るね」
 彼女は僕に散々惚気話を聞かせるとふと気が付いたように言う。
 「ああ。気をつけてね……」
 これ以上は我慢ができないぐらいまできていたので僕は即座に相槌を打つ。
 「誰に言ってるのよ」
 そんな僕に霊夢は軽口で返す。
 「楽園の惚気巫女さん」
 僕はその言葉に最後の意地を持って返す
 「なっ?!///」
 その言葉で一気に真っ赤になる僕の想い人。
 「ふふ。あ、でも本当に気をつけてね」
 その顔を見れただけでも必死に泣かないようにした甲斐がある。
 「解ってるわよ!」
 そして彼女は怒ったように言い放ち帰っていった。
 「気を、つけてね……」
 その後姿を見送りながら僕は搾り出すように言ったのだった。
 

 霊夢が帰った後僕は何もする気が起きずに直ぐに床に就いた。
 「振られちゃたな……」
 自分が一番恐れていた事態が現実になってしまったから。
 「告白もまだしてないのに……」
 何より彼女の幸せそうな顔を見て悟ってしまった。
 「届かない想いなのかな……」
 もう自分などが入る余地は存在しないことに。
 「好きだった……誰よりも何よりも」
 その事実が僕の胸を締め付ける。
 「あの娘のためなら何だってする気だった……」
 やがて彼女の前で抑え続けた想いが溢れ出てくる。
 「でも、それでも! 僕じゃだ、めなんだ……。僕なんかじゃなく●●じゃないと!!」
 そして感情と共に涙も溢れ出す。
 「あ……れ? 僕なんで泣いて……」
 叶わなかった想い。
 「い…まなけば…つ、ぎに逢うときにはわら……え…るよね」
 その強すぎる思いが決壊するのは一瞬だった。
 「あ、うぁ、あぁぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 誰も居ない闇の中で僕は泣き続けた。
 せめて次に会う時には笑顔でいられる事を祈りながら。




 それから数日後。
 僕は博麗神社で行われる宴会に来ていた。
 ここ数日は呼ばれても行かないのだが今日は絶対に来いと脅されたからだ。
 「よう! やっときたな」
 神社でぼけーと突っ立っていると魔理沙が僕の前に来て言う。
 「……まあたまには気分転換にね」
 その一言は本当だった。
 失恋をした僕はあの日からただ毎日を無気力に生きていた。
 しかしそんな事では駄目だと思っていたときに誘われた。
 いいきっかけだと思い僕は宴会に参加することにした。
 「まあ折角の宴会なんだ楽しくやろうぜ!」
 そんな思いは知らないはずなのに魔理沙は僕を励ますように言って楽しげに笑った。
 「そうだね」
 その笑顔に僕は少しだけ救われたような気がした。


 宴会も終わりかけた頃に僕も程よく酔ってきていた。
 「はい皆ちゅーもく!」
 今日は珍しく誰も帰っていないと思っていた時に●●が声を上げる。
 少々酔っているようだ
 「俺と霊夢からじゅーだいな発表があります~!」
 彼の傍らには霊夢もいた。
 その瞬間一気に酔いも醒め、重大発表とやらが何か理解する。
 「俺と霊夢は付き合うことにしましたぁぁ!」
 そして●●は会場全体に聞こえるような声でそう叫んだのだった。
 周りから黄色い声が上がる。
 やれきっかけは何だ●●の何が良かったのかなどなど。

 「○○さん改めていうわね。私達付き合うことになりました」
 「なんだ? 知ってたのか○○?」
 霊夢が少し照れながら告げ。
 ●●は驚いたように言う。
 「まあね」
 僕は適当に相槌を打つ。
 あの日全てを吐き出したけどあまりこの二人を見ていたくなかったから。
 だからそっけない返事になってしまう。
 「○○さんには色々相談に乗ってもらったから」
 「おお! と言うことは○○は愛のキューピットって訳か」
 「そうなるわね」
 「これは何時かお礼をしないとな」
 「……っ!?」
 僕の想いなど気付きもしないで二人は楽しそうに話している。
 「……二人とも幸せになりなよ」
 僕は耐え切れなくなり二人にそう言う。
 「ああ霊夢は幸せにして見せるさ!」
 「●●……うん」
 それを見た僕は最高の笑顔を向けて言った
 「うんうん。これなら大丈夫そうだね。それじゃあ僕はそろそろ帰るとしますか!」
 「ああまた今度な!」
 「○○さん気をつけてね」
 「ああ。さようなら」
 そして僕は二人に背を向けて歩き出す
 その瞳から沢山の涙を流しながら……



 「結局また泣いちゃったなぁ」
 僕は帰途につきぼやく。
 大丈夫だと思ったんだけどやっぱりまだ無理だったか。
 あははと一人泣きながら笑う。
 「あの二人幸せになると良いな……。僕の分まで……」
 そして涙を拭いもせずに呟いた。
 
 暗い暗い闇の中で彼は一人歩いていく。
 叶わなかった自分の想いを隠し続けたまま……



────────

 

 「○○!」
 僕が一人静かに泣きながら歩いていると声が聞こえた。
 何事かと思い涙を拭って振り向く。
 「ん、魔理沙か。どしたの?」
 僕はさっきまで泣いていた事を隠すために何時もどおりの声を出す。
 「いやなんか元気がないから気になって」
 が、この普通の魔法使い殿は僕が無理をしているのをあっさりと見破ってしまった。
 「……」
 まさかばれるとは思ってなかったので僕は黙り込む。
 「何かあったのか?」
 さてどうしたものかと考える。
 「んーちょっと失恋しちゃってね」
 僕はあっさりとばらす事にした。
 「!?」
 僕は誰かに聞いてほしかったみたいだ。
 それにしても魔理沙の驚く顔は少し可笑しかった。

 ――青年説明中――

 「……本当に好きだったんだ霊夢を」
 魔理沙は僕の話を真剣に聞いてくれる。
 「お前はそれでいいのか!?」
 そして魔理沙はまるで自分の事のように怒ってくれた。
 「良くないよ……。でも彼女が見ているのは僕じゃないんだ……」
 僕だって諦めたくない。
 「だからって簡単に諦めるのか!?」
 でもどうしようもなくて……
 「うん。僕が我慢すれば言いだけだから……」
 結局は想いを抑えつける。
 「本当に好きだったら簡単に諦めたりするな!」
 でも僕の想いは抑えつけるには限界のところまできていた。
 「じゃあどうしろって言うんだよ!」
 そして魔理沙の言葉によってまた決壊した。
 「っ!?」
 行き成りの怒声に驚く魔理沙。
 「今更自分の思いを伝えろって言うの!?」
 でも僕はそんな彼女を無視して続ける。
 「そんな事したって意味が無いじゃないか……」
 例え想いを伝えたってどうにもならない事を……
 「ただあの子を困らせるだけ……」
 既に霊夢は●●を選んでしまったから。
 「○○……」
 それなのに僕が想いを伝えるのは彼女を困惑させるだけだから……

 「……ごめんね魔理沙。いきなり怒鳴ったりして」
 ついカッとなって怒鳴ってしまった事を詫びる。
 どんな理由があろうと自分の事を考えてくれてる人を怒鳴りつけてしまったから。
 「いや……その私の方こそごめんな。○○が一番苦しいのに自分勝手な事ばかり言って」
 それなのに魔理沙の方からも謝ってくる。
 「気にしないでいいよ。僕も胸の内を吐き出せて少しだけ楽になったからね」
 本当は僕が悪いと言いたいんだけど、あえてそう言う。
 彼女の事だからどうせ自分に非があると言い張るだろうから。
 「私でよかったら何時でも聞いてやるからな!」
 僕の目論見通り魔理沙は何時ものように笑いそう言ってくれた。
 「ありがと。それじゃあ僕は帰るよ」
 その笑顔を見て僕も少しだけ微笑んでそう告げその場を後にした。
 


 それから数日後僕はとある場所に来ていた。
 「何でこの場所に来たんだろう?」
 あても無く外を歩いていたらこの場所にたどり着いた。
 「忘れられないから?」
 静かに自問する。
 正直忘れる事なんかできないだろう。
 「……我ながら見苦しいな」
 叶わないと知りながら、それでも諦め切れていない自分の見苦しさに苦笑する。
 「あの日は確か……」
 

 彼女に初めて出会ったのはもう半年以上前の話だ。
 幻想郷に迷い込んだばかりの僕はその日のうちに廃屋を見つけてそこに住み着いていた。
 今思えば当時は妖怪というでんじゃらすな生物?が存在する事も知らなかったわけで……
 よく死ななかったものだと本気で自分の運に感心している。
 閑話休題。
 彼女に初めて会ったのは廃屋に住み着いてから3日目だった。

 『なにしているの?』
 やることも無く近くの木にもたれ掛かり物思いに耽っているとそんな声が聞こえた。
 『ん?』
 辺りを見回すが誰も居ない。
 ふとそこで自分の周りだけ少し暗い事に気づいた。
 まさかと思い僕は上を見上げると
 『は?』
 そこには少し変わった巫女服を身に纏った少女が居た。

 そのときの僕は目が点になっていただろう。
 当たり前だ。人が浮いているなんて状況今まで生きてきた中でも初めてみたから。
 『こんにちは』
 唖然としている僕に彼女は普通にあいさつをしてくる。
 『あ、こんにちは』
 何と言うか余りに自然体で話しかけてくるので反応が遅れてしまった。
 『それで何してるの?』
 僕の返事に満足したのか最初と同じ事を問う。
 が、僕にも良い答えが思い浮かばない。
 『特に何も。しいていうならぼけーとしてる、かな?』
 故に疑問系で答えた。
 『あはは、何よそれ』
 そんな僕の答えに彼女は面白そうに笑う。
 む、初対面の相手を笑うとは失礼な。
 そう思ったけど何故かどうでも良くなった。
 『さあ?』
 それぐらい彼女の笑顔は眩しかった。
 ……思えば僕はこの笑顔に一目ぼれしていたのかもしれない。

 暫く僕たちは話し込んだ。
 彼女の名前は博麗霊夢と言うらしい。
 何でもこの先にある博麗神社の巫女さんだとか。
 まあその格好で巫女じゃなかったら若干引いているかもしれないけど。

 『私はそろそろ帰るわね』
 気付いたらもう夕暮れ時だった。
 『ああ気をつけてね』
 彼女が言うには夜には妖怪が出るから危ないらしい。
 だから僕は気をつけるように言うのだが……
 『むしろ貴方が気をつけなさいよ』
 むしろ僕のほうが釘を刺される。
 『御尤も』
 僕は自衛手段も持っていないので大人しく返事をする。
 『わかてるなら良いのよ。それじゃまた』
 そんな僕に気を良くしたのか霊夢は笑顔そう言いで帰って行く。
 『ああまた今度ね』
 僕は彼女の背中に向けてそう投げかけた。

 今となっては懐かしい記憶。
 とても大切だけど忘れてしまいたい過去。
 大事だけど消し去ってしまいたいという矛盾に僕は苛まれる。
 霊夢のことを考えると胸が苦しくて。
 もう一度この場所で逢えたら僕は……
 
 それは僕が物思いに耽っている時だった。
 「あれ……○○さん?」
 神様のイタズラか……
 「え?」
 吸血鬼の気まぐれか……
 「やっぱり○○さんだ」
 僕が今一番聴きたくて……
 「博麗さん!?」
 同時に一番聞きたくない声が聞こえてきた。

 「何してるの?」
 霊夢はあの日と同じように問う。
 「特に何も。しいて言うならぼけーとしてる。かな?」
 そして僕もあの日と同じ言葉を返す。
 「あはは、何よそれ」
 彼女はまた同じように続け。
 「さあ?」
 僕の言葉も変わらなかった。
 あの日とまったく同じだった。
 違うのは僕の想いだけ。

 『本当に好きだったら簡単に諦めたりするな!』
 その時魔理沙に言われた言葉が蘇った。

 「……」
 自分の思いを確認するように僕は少し黙る。
 「どうしたの○○さん?」
 行き成り目を閉じた僕を不思議に思ったのか霊夢はそう尋ねてくる。
 「大事な話があるんだけど聞いてくれるかな?」
 本当は言う気なんてなかった。
 それなのに僕は我慢できなくなって続ける。
 「良いけど…改まってどうしたの?」
 彼女はよく解らないという風に小首を傾げながらも聴いてくれる。
 「……博麗さん、……いや霊夢」
 きっと届かないだろう……
 「な、何?」
 それに彼女は優しいから迷惑を掛けるだけだと思う。
 「僕は……」
 それでも……
 「……」
 それでも僕は……
 「貴女のことが好きです」
 もう自分を偽る事ができなかった……
 「っ!?」
 彼女は驚き目を見開く。
 「……初めて逢ったときから好きでした」
 それでも僕は最後の一言まで言い切った。

 「あの…その……」
 やっぱり彼女は困ってしまったようだ。
 「……」
 俯き泣きそうな顔で言葉を探している。
 「その……気持ちは嬉しいんだけど……」
 そんな顔にさせたのが自分だと言う事実が辛くて……
 「……くくく」
 結局僕はまた嘘をついた。
 「え?」
 その嘘は人として最低のもので……
 「あははっははは!」
 きっと彼女には軽蔑されるとしても……
 「???」
 自分の所為で彼女が苦しむぐらいなら……
 「冗談だよ冗談!」
 僕は喜んで道化になろう。

 「どう…言う事?」
 僕の台詞を聞いた霊夢は吐き出すように呟いた。
 「察しが悪いね。ちょっとからかってみただけだよ」
 僕は彼女にはっきり聞こえるように言った。
 多分彼女につく最後の嘘を……
 「!?」
 その一言で霊夢は僕を射殺さんばかりに睨み付ける。
 「くく……しかしまあ本気にしちゃって可愛いもんだ」
 それでも僕は言った。 
 「っ!?」
 自分と彼女を偽る最後の嘘を……
 「……○○さん貴方最低ね」
 刹那頬に痛みが走る。
 おもいっきり頬を叩かれたみたいだった。
 「……」
 彼女はもう僕には笑ってくれないかもしれない。
 「さようなら」
 それでも良かった。
 僕の所為で優しい彼女が悩むぐらいなら。

 「さようなら……」
 僕は霊夢が立ち去ってから暫くしてそう呟いた。

 「痛たた……」
 霊夢に叩かれたのはそこまで痛くは無い。
 むしろ彼女に嘘をついたのが痛かった。
 「これで良かったんだよね……」
 それでも僕があんな事を言ったのは、彼女は優しいから本気で告白すれば苦しむから。
 きっと彼女は僕を振った後もずっと苦しむとおもったから。
 だから僕は告白をなかった事にして嫌われる方法を取った。
 もしかしたら僕の考えすぎかもしれないけど、それでも僕はこれが正しいような気がした……
 「ふふ……僕は何で上手くできないんだろう……」
 自分の無様さには呆れを通り越して可笑しくさえ思う。
 「あはははははは」
 でもそれは強がりでしかなくて……
 「ははっははは……ぁぅぁ……」
 やがては感情の渦に飲み込まれて
 「うわあああああああああ!!!」
 僕は泣き続けた。

 「ん……。あぁ寝てたのか……」
 気がつけば辺りは暗くなりかけていた。
 いつの間にか寝ていたようだ。
 「……やばいな。もうすぐ夜だ」
 夜になると妖怪が現れるから
 「……早く帰ろう」
 僕は足早に帰途についた。

 
 僕が歩いていると何か音が聞こえてきた。
 「ん? 何の音だろ?」
 人が歩くのとは違う音。
 例えるなら何かを千切るような音だ。
 僕は興味本位に音のする方向へ近付いていった。
 「!?」
 そこには何かを貪る巨大な猿のような妖怪が居た。
 本能が警告する。この場に居てはいけない。逃げろと。
 僕は頭ではちゃんと解っているのだけど体は恐怖で動かなかった。

 やがて獲物を食べ終えたのだろうかゆっくりと妖怪は立ち上がる。
 そして一瞬考えるように止まり、こちらを振り向き僕と眼があった。
 「っ拙い!」
 瞬間僕は背を向けて逃げ出す。が
 「な!?」
 なんとその妖怪は僕をひと跳びで飛び越えてゆく手を阻む。
  「ごふ……」
 そして腕を振り上げ僕を地に叩きつけた。


 妖怪は僕が弱いと直ぐに理解し殴りつけてくる。
 「がは、ごほ、ぐふ……」
 僕なんか何時でも殺せるとおもったのかまるで玩具で遊ぶように何度も何度も僕を叩きつける。
 「うぐ、げほ、かは
 痛いなんてレベルじゃなくて意識を失ってはまた無理やり戻されるの繰り返し。
 「う……あぁ…」
 暫くして妖怪が僕を殴るのをやめた。
 痛みが無くなったのを不思議におもい殆ど見えない眼で僕は奴を見た。
 奴は僕を見てニヤリと笑っていた。
 「――」
 そして僕の胴体を鷲掴みにして投げ飛ばした。 
 「がは! うあぁ……」
 そして僕は弧を描き飛び背中から地面に落下する。
 落下の衝撃かそれ以前の暴力かで手足の骨は折ている。
 視界は赤く染まりもはや役目を果たしていない。
 口からは留め止めもなく血が溢れ出る。
 おおよそ内臓もやられているだろう。
 生きている事が不思議だった……
 「れ、いむを泣かしちゃった罰かな……?」
 死ぬ事自体は不思議と怖くなかった。
 「こんな…事ならあんな事…言わなきゃ良かった……」
 それよりも想い人に『嫌われたまま逝く』と言うのが溜まらなく嫌だった。
 「――」
 そんな想いとは裏腹に妖怪は僕に近付いてくる。
 もう眼も見えなかったけど何となく妖怪がどの辺りに居るのかはわかった。
 「――」
 少しして僕は妖怪に持ち上げられる。
 「――」
 そして妖怪の手が僕の首にかかった。
 僕は漠然と殺されるのだろうと思った。
 「傷つけてごめんなさい……」
 そう思ったら自然に言葉が出ていた。
 その言葉と同時に僕は力を抜いた。
 ……

 何故か何時まで経っても意識はあった。
 不思議に思っていると声が聞こえた。
 「大丈夫か○○!」
 霧雨魔理沙の声だった。
 「その声はま…りさ?」
 僕は驚いていた。
 死ぬ瞬間が訪れなかった事と魔理沙が居た事に。
 「そうだよ…! 妙に胸騒ぎがしてお前の家に行ったら誰も居なくてそれでそれで…」
 「そっか…」 
 魔理沙は泣いているのか震えた声で喋る。
 何故か僕はそれを笑みを浮かべて聞いていた。
 「ごめんね…心配させちゃって……」
 喋るのも辛くなってきたが無理してそう告げる。
 言い終わると同時にかはっと血を吐き出す。
 「そんな気にしなくていいから…。だからもう喋らないで……」
 相当焦っているのか魔理沙は何時もの口調ではない。
 「ねぇ魔理沙。お願い聞いてくれるかな?」
 意識が遠くなってくるのを必死で繋ぎとめながら僕は魔理沙に言う。
 「聞く。何でも聞くから今はもう喋らないで……」
 残念ながら黙る訳にはいかなかった。
 「僕の代わりに霊夢に謝っといてほしいんだ……。嘘付いてごめんなさいって……」
 僕はもう駄目だとわかっていたから。
 「駄目だ! そんな事は自分で言え!」
 僕は最後の力を振り絞って眼を開けて魔理沙を見て言う。
 「もう頼める人が君しかいないんだよ……」
 また口から血が零れる。
 「っ!? 解ったからもう喋らないで」
 見れば魔理沙は泣きながら僕を抱きしめてくれていた。
 「ごめんね……。それとありがとう魔理沙」
 僕はできる限りの笑みを浮かべそう言い眼を閉じた。
 そしてそのまま僕の意識は闇に堕ちていった……

 「○○! いやだ……置いてかないで○○!!」
 ――意識が消えていく時に魔理沙が僕を呼ぶ声を聞いたような気がした――



────────

 朦朧とした意識が闇に沈んでいく。
 「○○! いやだ……置いてかないで○○!!」
 僕はそんな声を聞いた気がした……


 「○○! ○○!!」
 「何で…こんな…」
 「う、ひう、うわぁぁぁぁ!」
 ○○は逝ってしまった。私を置いて……。

 「……」
 「……そうだあいつが言ってた事を霊夢に伝えないと…」
 苦しかった。悲しくて声を張り上げて泣きたかったけれど、私は○○の最後のお願いを思い出した。
 ○○が私に託した想い。
 それを伝えるのまでは泣くのはよそう。
 そして私は霊夢のところに向かった。


 気付けば僕は見知らぬ場所に来ていた。
 周りを見れば彼岸花が咲き誇っている。だがひときわ目を引くのが紫色の桜だった。
 「此処はもしかして無縁塚……? そっか僕は死んだのか……」
 「あ、あんたは○○!?」
 何となく自分がどうなったのか理解したとき聞き覚えのある声がした。
 「あ…小野塚さん」
 何度かあった事のある死神の女性だった。
 ちなみに何度かあったことがあるのは僕が自殺の常習犯だからとかではない。
 面識があるのは宴会で何度か会ったことがある所為だ。
 「何であんたが此処にいるんだい!?」
 「あはは……」
 彼女は僕の姿がここにあったことに驚いたのか怒鳴るように言う。
 あまりの迫力に僕は笑うしかなかった。
 「笑い事じゃない! 質問に答えろ!」
 そんな僕に苛ついたのかさらに声を荒げる。
 「何故って?」
 「何であんたが此処に居るのかって聞いてるんだよ!」
 「……僕みたいなひ弱な人間がここに来る理由なんて一つしかない気がするけど?」
 これ以上は流石にまずいと思い僕は答える。
 「っ!? じゃああんたは……」
 彼女は死神だ。だから本当はわかっていたのだろう。
 「うん。僕は死んだみたいだね……」
 僕が死んでしまったと言う事に……

 

 「……そうかあんたも色々あったんだね」
 僕は小野塚さんにこれまでの出来事を話した。
 「はい。本当に色々ありました……」
 理由は特にない。
 「……まあ終わった事は仕方がないさ。最後に三途の川の船旅と洒落込もうかい!」
 しいて言うならだこの死神さんは真剣に聞いてくれるような気がしたからだ。
 「くす。何ですかそれ。励ましてるつもりですか?」
 「ええいさっさと乗りな!」
 「はいはい。ではよろしくお願いしますね」
 そして僕たちは小船に乗り込んだ。


 ○○さんと話した後私は家で寛いでいた。
 「……霊夢いるか?」
 「あれ魔理沙?」
 「……」
 「こんな時間にどうしたのよ」
 そんな時に魔理沙がやってきた。
 でも何時もと違って何故か元気がないように見える。
 それどころか泣いているようにすら思えた。
 「○○から伝言を預かってきた」
 「っ!?」
 「……」
 「聞きたくない!」
 すこしして魔理沙が言葉を発した。
 私は予想もしなかった言葉に驚いてしまう。
 でも同時に憤りを覚えた。
 話とはさっきの事に関係するのだろう。
 だから私は魔理沙の言葉を聞くのが嫌だと言った。
 「そうか……」
 そして魔理沙はまた黙り込む
 「○○さんにどうしても聞いて欲しいなら自分で言いに来なさいと伝えておいて」
 私は魔理沙に伝言を頼む。
 話があるのなら自分で来いと。
 「……っ!?」
 「? どうしたの魔理沙?」
 その時魔理沙の顔が悲しみに歪んだ。
 不思議に思い私は魔理沙を問い詰めることにし。
 「それは無理だぜ……」
 「……え?」
 「○○はもう此処にもいない。」
 魔理沙は今にも泣きそうな声で告げる。
 「魔理沙あなた何を言って…」
 「○○は…わ、たしの目、の前で死んだ…んだ!」
 ○○さんがもう居ない事を。
 「!? 魔理沙! 嘘ならもう少しマシな嘘を付きなさい!」
 私は驚きと恐怖で頭が一杯になりそう叫ぶ。
 「こんなこと…こんな事嘘で言うわけないだろ!! 私は○○に伝えてくれと言われて着たんだ!
  『嘘付いてごめんなさい…』って!!」
 それを聞いた魔理沙は私にもうひとつ重大な事実を伝えた。
 「……う、そ?」
 「ああ! 死ぬ間際あいつは泣きながらお前にそう伝えてくれって!」
 「それじゃあ…あれは……?」
 その言葉を聞いて私は後悔した。
 あの時自分が言った言葉を。

 僕は小野塚さんとの船旅も終わり、後は裁かれるだけとなった。
 「ふぅ……。まさか今日の最後の裁判が貴方とは」
 「すみません」
 「いえ。別に貴方を責めてるわけではありませんよ」
 「……」
 「ただやはり知り合いを裁くというのは良い気持ちではないと思っただけです」
 「……そうですか」
 「無駄話がすぎましたね。それでは○○貴方の裁判を始めます」
 僕を裁く閻魔様は顔見知りだった。

 そして閻魔様の話が始まる。
 「……貴方は自分の想い人に相談を持ちかけられた時、自分の気持ちを抑え込み彼女を助けました」
 「……」
 僕は目を瞑り黙って話に耳を傾ける。
 「たしかにそれは優しさです。ですが一方では貴方自身に嘘を付き続ける行為でもあります」
 「……」
 自分がどのような罪で裁かれるかをよく理解しておきたいから。
 「それに気付かずに貴方は自分を偽り続け少しずつ追い詰められていきましたね」
 「……」
 閻魔様の話すことは僕にとって一番辛い時の話だった。
 「結果貴方は死んでしまい、私を含む大勢の人を悲しませまることになった」
 「……」
 それでも僕は耳をふさぐ事はしない。
 「そう貴方は少し自分勝手すぎる」
 「……」
 この話を聞かなないと例え何度生まれ変わっても変わらない。
 「自分一人で背負い込み誰にも相談をせずに苦しみ続けた」
 「……」
 同じ過ちを繰り返す。そんな気がしたから気がしたから……
 「貴方の周りには信頼できる方が沢山居るにも関わらず貴方は誰にも助けを求めなかった」
 「……」
 だから僕は何も言わずに耳を傾け
  「自分の手で全てを解決する。確かにそれは素晴らしい事かもしれません」
 「……」
 魂に刻み付ける。
 「しかしそうなったのは貴方が皆を信じ切れていなかったとも言えます」
 「……っ!?」
 次があるなら間違えないようにと。
 「皆にもっと頼りなさい。それが貴方にできる善行です」
 「は、い」
 そして最後にそう言って締めくくられた。




 幻想郷にあるとある墓。
 普段は誰も来ないような場所に二人の少女が来ていた。
 どうやら霊夢と魔理沙のようだ。
 二人の前には小さな墓がある。○○の墓だった。
 「……○○霊夢が伝えたい事があるらしいぞ」
 「……」
 魔理沙が○○の墓にそう言って何処かへ歩いていく。
 そしてその場所には霊夢だけが残った。
 「……○○さん」
 「……」
 霊夢はゆっくりと話し出す。
 「私ね貴方に告白された時頭の中が真っ白になったの」
 「……」
 誰も居ない墓に。
 「きっと嬉しかったんだと思う」
 「でも私は●●の事が好きだった。だから直ぐに答えを出せなかった」
 「……」
 自分の想いを。
 「そのせいで貴方にあんな事を言わせたんだと思う」
 「……」
 例えその言葉を聞く人が居ないとしても
 「だからあの時の返事を今言います」
 「……」
 きっと伝わる。
 「私は●●のことを愛しています。だから貴方の想いには応えられません」
 「……」
 そんな気がするから。
 「……」
 「……」
 だから私は
 「でも貴方の事は忘れない。貴方が居なかったら●●と一緒になれなかったから……幸せになれなかったから」
 「……」
 最後に言った。
 「本当に有難う御座いました」
 ありがとうと


 「……」
 「……」
 僕は映姫様に頼んで自分の墓を見に来ていた。
 そんな時二人がきた。
 「出て行かないのですか?」
 「はい」
 そして僕の想いへの返事が聞けた。
 「……そうですか」
 「閻魔様」
 それはハッピーエンドとは程遠いものだった。
 「映姫で構いませんよ」
 「それでは映姫様」
 それでも僕は構わなかった。
 「なんですか?」
 彼女が僕を覚えていてくれるのなら。
 「少しだけ泣いても構いませんか?」
 「構いませんよ」
 ただ少し寂しかった。
 「今は何も考えずに泣きなさい……。それが貴方のできる善行です」
 だから僕は声を上げずに泣いた。
 映姫様に撫でられながら。



 長かったとても長かった僕の恋は今やっと終わった……



────────


「それでどうするのですか?」
 「何がですか?」
 僕達が墓から帰っている途中、映姫様が唐突に聞いてくる。
 でも僕には何の事かわからずに聞き返した。
 「これからの事です」
 「ああ」
 「生まれ変わりますか?」
 「いえ、僕はしばらく幽霊のまま居る事にします」
 どうやら彼女は僕が現世に留まるのかそれとも生まれ変わるのかを問うているようだ。
 普通ならこのまま生まれ変わるのだろう。
 しかし僕は現世に留まる事にした。
 「何故ですか?」
 「博麗さんが幸せになるところを見たいだけですよ」
 彼女が本当に幸せになるかを確認したいから。
 自分が幸せにできないのならせめて本当に幸せかを確かめたい。
 僕はそう思った。
 「そうですか」
 僕の想いを映姫様は解ってくれたようだ。
 そんな彼女の優しさを僕は嬉しく思う。 
 「それなら生まれ変わるまで私の仕事の手伝いをして見ませんか?」
 ……でも僕は何故か彼女の手伝いをすることになった。

 それから数日後。
 僕と映姫様は今日も無縁塚に来ていた。
 映姫様曰く小野塚さんがしっかり働いているかを見ないと気がすまないらしい。
 「しかし毎日来る必要があるんですか?」
 流石に毎日サボってはいないと僕は思ったのだけど――
 「~~♪」
 僕の予想は大きく外れていた。
 「こら小町!」
 「げ! 映姫様!」
 「げ! とは何ですか!」
 「え、あ、それは」
 「貴方またサボってましたね」
 「う、いや、その…はい」
 「まったく貴方は。これはお仕置きが必要ですね」
 「ひぃ!」
 ここ数日毎日聞いていた会話が繰り返される。
 彼女はまた映姫様に吹き飛ばされるんだな、等と思っていると
 「○○よろしくお願いします」
 「ひ…あれ? ○○?」
 「へ?」
 映姫様は何故か僕にお仕置きをしろと言い出した。
 予想外の事で僕と小野塚さんは互いに映姫さまの顔を見る。
 とうの彼女は僕ににっこりと笑って――
 「とりあえず体でわからせてあげてください♪」
 素晴らしく誤解されそうな言い方で仰ってくれました。

 
 「あの映姫さま、あたしが言うのもアレですけどそれじゃお仕置きにならないんじゃ……」
 小野塚さんは僕を見てそう言った。
 ただの亡霊である僕と死神の彼女とでは力の差は計り知れないらしい。
 実際に「戦えば」僕なんか一瞬で吹き飛ばせるほどの差だろう。
 「ふふ、いいですか小町。相手が自分より弱いからいって油断すると痛い目を見ますよ」
 それなのに映姫様はくすくすと優雅に笑いながらそう言う。
 「いや確かにそうですけど、幾らなんでも○○には負けないと思います」
 しかし小野塚さんは僕を指差して言う。僕では自分に勝てないと。
 たしかに小野塚さんの言っている事の方は正しい。
 戦えばまず僕なんかには勝ち目などない。
 「小町これはお仕置きですので反撃しては駄目ですよ」
 そう――戦えば。
 「……行きます。トゥ!」
 でもこれはお仕置きである。
 つまり彼女に反撃で許されない。だから報復もされないだろう。……多分。
 「へ? うわ!」
 僕を指差している腕の裾を左手で捻り上げる様に引き、空いたスペースに右腕で抱えるように通す。
 すかさず反転しながら腰を低くし相手の前に入り込む。
 そして両手で彼女の腕を引き体制が崩れると同時に腰を上げて投げる。
 「きゃん!」
 一本背負い。
 僕に対して何も警戒していなかった小野塚さんは見事に宙を舞った。
 そして背中から地に落ちる。
 自分で言うのもアレだけど投げたこっちが心配してしまうぐらいに見事に決まってしまった。
 ……大丈夫だろうか?主にこの後の自分。
 「ご苦労様です○○♪」
 そんな事を思っている僕を映姫様は清々しい笑顔で労ってくれた。
 ……きっと相当ストレスが溜まっていたのだろう。
 僕はできるだけ映姫様には逆らわないでおこうと思うのだった。



うpろだ1315、1317、1324、1334

───────────────────────────────────────────────────────────

「貴女のことが好きです」
 唐突に僕が放った言葉に、困惑する霊夢。
 本当はもの凄い心臓の鼓動が激しくて、声なんて絞り出せない位の緊張だった。
 でも、僕は今この瞬間、自分の気持ちを相手に伝えた。

『本当に好きだったら簡単に諦めたりするな!』

 魔理沙の言葉を信じて──
 廃屋の中が、暫く沈黙で包まれる。まるで、どこかの奇術師が時間を止めているかのようだった。
「……」
 困惑する霊夢。何か言いたそうだが、言葉が出てこないようだ。
 瞬間、バッと、霊夢はその場から消え入るように立ち去ってしまった。

「やっぱり、無理だったか……」
 天井を仰ぐ。少し湿り気のあるそれは、今にも水が滴りそうなしみができている。
「そりゃあ、無理に、決まってる、か……」
 まただ。また少しずつ悲しみが、心の底から込み上げる。悲しみはやがて、涙に変わり、僕の頬を伝っていく。
「くっ……う……うぅ……」
 声にならない声が漏れていく。仕方がないことだとわかっているのに、なぜ、僕は──
「ちくしょう……」

『貴女のことが好きです』
 頭の中で、○○が放った言葉が響き続ける。
 本当に驚いた。まさか○○が私の事を好きだったなんて……。
 突然の告白に、霊夢は返す言葉が見つからず、そのまま逃げてしまった。
 今では後悔している。せめて何か一言、言ってあげるべきだったのに。
「でも、どうして……」
 ふと顔を上げると、目の前には●●が立っていた。霊夢を見つけると、笑顔でこっちに向かってくる。
「よっ! 霊夢! どうしたんだそんな顔して?」
「えっ、あ……いや、何でも、ないわ……」
「そうか、ならよかった。今日の夜さ、一緒に飯、食べようよ!」
「え……」
「ん? なんだ? 用事でもあるの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……うん、いいわ。ご一緒しましょ」
 この状況で、突然食事を誘われた霊夢は、さらに困ってしまった。
 まあ、仕方ない。●●は何も知らないのだから。
 それに、気晴らしにもなるだろう。少しは忘れた方がいい。
「もちろん、おごるわよね?」
 いつもの笑顔を取り戻し、●●に問いかける。
「うん! もちろんさ!」

 空が赤く染まり始めた。もうじき、日は落ちて、妖怪の時間が始まる。
 僕はまだ廃屋の中で寝転がっていた。何も考えず、ただ延々と天井を見ているだけだった。
「……○○?」
 外から、小さな声がした。
「○○、いるのか?」
 魔理沙だ。心配して、ここまで来たのだろうか。もしくは偶然か。
「やっぱり、ここにいたんだな……」
 中へ入ってくる。僕は起き上がりもせず、ぼーっと、魔理沙を見つめていた。
 魔理沙は座って、外の夕焼けを見ながら、口を開く。
「駄目、だったのか……?」
「……うん」
「そうか……」
 そう言い終えると、魔理沙は黙り込んだ。

 再び、沈黙が訪れる。

「……あ、あああのさ、今日魔法の森ですげぇキノコ採ったんだぜ? 
 この世のものとは思えないような色しててさ、
 もう毒ってレベルじゃなかったぜあれは。オーラのようなものを感じたよ。うんうん。
 今度、アリスに食べさせてやろうかなーなんてな」
 あまり頭に入ってこなかった。いつもなら、「そりゃ凄いな。見せてくれよ」とか、乗っていくのに、無論、そんな気分にはなれなかった。
「え、えーとそれから、紅魔館から新しい魔導書も借りてきた。借りただけだぜ。
 結構よさそうな魔法書いてあったから、今度使ってみようかなぁとか……」
 必死で魔理沙は僕を慰めているようだったけど、僕にはほとんど届かなかった。
 本当は笑いたいけれど、僕の中の別の感情が、それを抑え込んだ。

 ガタン!! 魔理沙がものすごい勢いで立ち上がった。床がうるさい位に軋んだ。
 ガバっと振り向いて、魔理沙は僕の肩をつかみ、無理矢理起こし上げた。
「お前……本当にこれでいいのかよ!?」
 あまりにも魔理沙が怒りに震えていたので、僕も少し意識を取り戻す。
「本当は何か、未練があるんじゃないのか!? このままお前は、霊夢の気持ちを伝えずに終わるのか!?」
 肩にある手に、力がこもっていく。女とはいえ、その力は男子顔負けだった。
「……気持ちは、伝えたよ」
 それは本当だった。いいたいことは出し切ったはずだった。
 でも……。魔理沙の言うとおり、僅かに未練は、あるかもしれない。
「もう、済んだことなんだ……。 もう終わったんだよ……何もかも全──」
 バシッ!! 顔に凄い衝撃が走る。はたかれた。魔理沙が手を離したので、床にドスっと倒れこむ形となった。
「ふざけるなよ……。 立ち直ったかと思いきや、家にはいないし、里中探してもいない、
 もしかしてと思って来てみたら案の定、現にお前は今こうやってぼーっとして……。 何なんだよ……」
 怒りをあらわにしていた魔理沙の声は、弱くなり、遂には眼から涙をこぼし始めた。
「立ち直るだって……? こんな短時間で、人の心が元に戻ると思うかよ!? 君には僕の気持ちがわからないのか?
 僕がどれだけ重症なのかも、わからないのか!!」
 反論する僕は、非常に惨めだった。魔理沙が言ってる事を受け入れようとしない、誰の発言も皆間違っている──
 そんな気持ちが、頭の中でごちゃごちゃと駆け回っている。
「……もう、いいぜ……。 お前は結局、このまま終わるん、だな……」
 魔理沙が僕に背を向ける。
「私はもう帰るぜ……。 夜にならないうちに○○も帰ったほうがいい……夜は危険だからな……」
「あ、うん……。 わかった、よ」
「最後に、これだけは言っておくぜ……」
「…?」
「私は……私はまだ、諦めてないからな!!」
 そう叫ぶと魔理沙は、箒に跨って、どこかへ猛スピードで飛んでいってしまった。

 三度、沈黙が訪れた。



───────

 ここは、人里にある和食の食堂。
 食堂という程高級でもなく、居酒屋などというほど、大人の居場所ではない。
 つまりは、一般的な食堂というべきか。
 テーブルを挟んで、向かい合って食事をする一人の青年と、一人の少女。
 一方が話を投げかけては、もう一方が受け答えての、ちぐはぐした会話が繰り返される。
「神社空けちゃって大丈夫なのか?」
 青年の方が、口を開いた。
「平気よ。お賽銭は多分入ってないし、変な奴は萃香あたりが追い出してくれると思うし」
「そうか、なら良いんだけど……」
 再び黙り込む●●と霊夢。ここに入ってから、かれこれ30分が経過しただろうか。
 ふと、隣のテーブルにいる客が去っていったのを見計らって、●●が、待っていたかのように切り出した。
「で……したの? 告白……」
「え……ううん、まだ……」
「そうか……。」
 どういうことか。霊夢と●●は既に付き合っているはず。なのに、霊夢には告白すべき人がいる。

 実は、かなり前に、こんな出来事があった。

『……●●さん?』
『……霊夢さん……? どうしたの? こんな所まで……』
『急にお邪魔しちゃってごめんなさい。実は、ちょっと相談したい事があって……』
 ある日霊夢は、●●の家まで訪ねに来ていた。急な客に驚く●●。
『へぇ、珍しいね。僕でよかったら聞くよ』
『そうかしら……じゃあ、お願いします』
『気にしないでいいよ。さ、入って』
 霊夢を中に入れて、自室に案内する。
『相談っていうのはね……』
 俯き加減で、霊夢が話し始める。
『その……あなたの友達の○○さんのことなんだけど……』
『ん? ○○がどうかしたのか?』
『うん、実は、私ね……』
 そこまで言って霊夢は言葉に詰まってしまう。恥ずかしいのだろうか。
『どうした? 遠慮しないでいいよ?』
『う、うん……。でも……』
『あ、わかった! 君、もしかして、○○の事が……』
『っ……!!!』
 どきっとして、霊夢は顔が真っ赤になってしまった。
『な、なんで、言う前にわかったのよ……』
『丸見えだよ。喋り方も振舞いもバレバレだって。いや、別に僕にならバレてもいいんじゃ……』
『そ、そうだけど、そういうことは普通自分で言うものなのっ!』
 何かが吹っ切れたらしく、半パニック状態になる霊夢。
『まあまあ、落ち着いて。……それで、いつからなの?』
『うん……始めて会った時に少し気になってて……。だんだん話していくうちに……』
『そうかぁ……結構前からだったんだな……』
『そうなの……。でも、いきなり告白するのは嫌なの。少しずつ関係を深めたくて……』
『なるほどなぁ……。でも、僕は思い切って言った方が──』
『嫌よ! ばっさり振られたらどうするの!』
『えぇ……。それはないと思うんだけどなぁ……』
『何を言ったってそれは私には無理よ……。それでね、一つ、お願いがあるの……』
『ん? なんだ、さりげなく○○に聞いてみるとか?』
『そうじゃないの……。その、あなたには悪いんだけど……』
 また言葉に詰まってしまった。次が核心か。
『あなたと、付き合ってることにして欲しいの』
『……へ?』
 予想外だった。恐らくあの時は、眼が点になっていたに違いない。
『うん、つまりね……私が、あなたのことを好きってことにしておいて、私が○○さんに相談に行くの。
 それで、相手の事を伺うっていうか……』
『やめとけよ! 関係を深めるために嘘をつくなんて……。僕には、できないよ……』
 絶対に良くない。そんなことをしたら、幻想郷中に噂が広まるはずだ。
 確かに霊夢の事は嫌いではない。でも、自分には他に好きな人はいるし、やっぱり、悪い事な気がしてならない。
『それに……相手が勘違いしたらどうするんだ? ○○は結構素直だから、真に受けたりしたら大変だよ?』
『お願い! 責任は私が取るわ……だから、だからお願い……協力して……』
『う……うーん、仕方ない……頼むからあまり大きく広げないでくれよ……』
 霊夢が泣きそうになったので、引き受けざるを得なくなった。

 その後、霊夢は○○に相談に行き、そして僕と霊夢は、付き合うことになった。(嘘だが)
 霊夢に守るように言われたことは、以下のことだった。
・一緒にいるときは、ちゃんと付き合っているように振舞うこと。
・私が告白するまで、○○には何も話さないこと。
・呼ぶときには「さん」を付けない。
『酷い条件だな……特に3つ目が』
『こうでもしないと、ばれちゃうのよ』
『はぁ……あんまり乗らないなあ……』
 そして、今に至る。霊夢は未だ、告白することができない。

「早くしないとまずいよ。このまま僕らが付き合ってることが完璧に定着しちゃったら、
 後々厄介になるって……」
「うん……そうよね……」
 重い空気が生まれる。店の中の客も、知らぬ間に減っていっているようだった。
「今日ね、○○さんに会ったの」
「え? 会った?」
「そう、私とあの人が、初めて会った場所に居たわ。とある、廃屋の中」
「そ、それで……○○は何て……?」
「……」
 一度黙って、静かに深呼吸をする霊夢。流石に、長い時間ここにいるのは疲れたか。
「私の事が、好きだって」
「なっ……!!?」
「初めて会った時から、ずっと、好きだったって……」
「あ……あ……」
 僕は開いた口が塞がらない状態となった。案の定、両思いだったとは。今までの策略は、全部無駄だったのである。
「そ、そ、それで、君は何て返したんだ……」
 質問に対して、首を振る霊夢。
「ま、まさか……」
「うん……びっくりして、逃げてきちゃった……」
 瞬間、ガタンと、●●が立ち上がった。
「……行こう」
「え?」
「○○にちゃんと説明してあげるんだ。今からでも遅くない。○○の所に行くんだ!」
「で、でも……」
「早く!! もし本当に勘違いしていたら──」
 ●●は、無理矢理霊夢を連れて、店を出た。(お金はちゃんと払ったが)
 店の扉を開ける。丁度、入ろうとしていた客とぶつかりそうになった。
 二人は驚いた。その客が、意外な人だったことに。

 ここは空中。すっかり日は落ち、星が次々と散りばめられていく。
 箒に跨るのは、一人の普通の魔法使い。
「はぁ……ちょっときつく言い過ぎたかなあ……」
 魔理沙は考える。○○を酷く叱ったあとに、更に暴力も加えてしまった。(ビンタ一発ではあるが……)
「あいつ……ちゃんと帰っただろうか……」
 もし、あそこに居座ったまま、夜が来て、妖怪に襲われてしまったら──
「……ま、まあ、あいつのことだ。すぐに帰って、泣くなら家で泣いているかもな」
 腹も空いてきた。家まではまだ遠い。里で食事を摂ってしまおう。
 魔理沙は、人里へ降下し、いつも行く和食の食堂へと足を運ぶ。
 店の扉を開けた瞬間、丁度、店から出る客とぶつかりそうになった。
「おっと、悪い──」
 魔理沙は驚いた。その客が、意外な人だったことに。

「っ……!」
 魔理沙だった。相手も、自分達と同じような驚いた顔をしている。
 霊夢は忘れていた。魔理沙が、ここの店の常連客だったことに。
 普段は、家で食事を摂る魔理沙だが、気分で、ふらふらとやってきたり、腹が減ってしょうがない時なんかには、よくここに来る。
「魔理沙……」
 霊夢が名前を呼ぶ。表情を無にして、下を向く魔理沙。そして、その真ん中で、少し慌てた顔をした●●。
「魔理沙、これは──」
「お前達、楽しそうで何よりだぜ──」
 それだけ言って、魔理沙は走り去ってしまった。
「魔理沙! 違うの! 話を聞いて!」
 魔理沙の背中を目で追いながら、叫ぶ霊夢。だが、もう聞こえないようだった。
「魔理沙……」
 胸の中でつかえるものが、また一つできてしまった。
「……霊夢、わかるか?」
 ●●が、霊夢に優しく声を掛ける。
「こうしている間にも、誤解は色んなところで生まれてる……。最初から、こんな事はするべきじゃなかったんだ」
「……」
 霊夢は気付いていた。魔理沙が密かに○○を慰めに行っていることも。そして、○○がショックで立ち直れていないことも。
「私……こんなはずじゃ、なかったのに……」
「うん……悔やむのは、後にした方がいい。今は、○○に全部打ち明けることが優先だと思うんだ」
「……そうね、行きましょう──」
 二人は先を急ぐ。○○の住む場所へ。

 ○○の家までは、距離はそこまで遠くなかった。
 ドアをノックする。家の電気がついていない。寝ているのだろうか。
「○○さん! 私!」
 返事がない。だが、ドアの鍵は開いている。
 入ってみる。物音一つ聞こえない。
 ふと、下を見てみる。

 靴が、ない。

「まさか……まだあそこに……!!!」
 二人は家を飛び出す。
「あなたはここで待ってて!」
 ●●に待機の指示を出す霊夢。
「お、おぅ! 気をつけて!」
 一つ頷くと、霊夢は空を飛び始める。全速力。目指すは廃屋。
「お願い……間に合って──」

 魔理沙は自宅に戻っていた。ベッドに寝そべって、天井を仰ぐ。
(やっぱり、仕方ない事、だよな……)
 ○○には無理を言い過ぎてしまった。自分のせいで、余計に複雑な気持ちになってしまったかもしれない。
(とりあえず、さっきの事だけでも謝りに行かないとな……)
 なんだか、空腹などどうでもよくなってしまった。今夜は断食か。
 魔理沙は再び箒に跨る。目指すは○○の住む場所へ。

 ○○の家までは、距離はなかなかあった。。
 ドアをノックする。家の電気がついていない。寝ているのだろうか。
「○○! 私だ!」
 返事がない。だが、ドアの鍵は開いている。
 入ってみる。物音一つ聞こえない。
 ふと、下を見てみる。

 靴が、ない。

「あいつ……もしや……!!!」
 魔理沙は家を飛び出す。もう一度箒に跨る。全速力。目指すは廃屋。
「死ぬにはまだ早いぜ……待ってろよ○○!!」



───────

 気付いた時にはもう夜になっていた。
 僕はまだ廃屋の中にいる。何も考えずボーっとしていたらしい。
『私はまだ、諦めてないからな!!』
 魔理沙のあの言葉。あれはどういう意味だったのだろう。
 まだ僕の為に頑張ってくれているのだろうか。今頃どこにいるだろう。
「あれ……夜って……」
 夜は危険だ。妖怪が自分の住処から溢れ出し、里外をふらつく人間に喰らいついていく。
「やっべ! 早く戻らないと──」
 僕は廃屋から飛び出す。だが、遅かったようだ。
「げっ……!」
 案の定、妖怪が現れてしまった。狼のような体をしたそれは、人間のにおいを嗅ぎつけ、ここまで来たのだろう。
 息を荒げて、こちらの様子を伺っている。
(まずい……!)
 妖怪が襲い掛かってきた。人間とは桁違いの速さで、一気に距離を詰める。
「うわっ!!」
 咄嗟に身を、かわしきれない。妖怪の頭部が、自分の腹に直撃した。
 そのまま、2,3m吹っ飛ぶ。地面に体を打ち付けられる。
「ぐ……」
 仰向けのまま、顔だけ上げようとしたが、妖怪の突進が更に襲い掛かってくる。
「がはっ……!」
 追加で2,3m吹っ飛んだ。少量の吐血。
 更に妖怪の攻撃が来る。爪を立て、自分の腕を引っ掻く。出血。
 意識が遠のいてきた。抵抗する以前に、体が動かない。
「う……」
 妖怪は、僕の体に身を乗り上げ、僕のことを見ている。いよいよ、食事の時間といったところか。
(……まあ……死んだ方がマシかもな……)
 こんな人生を送っていても、意味がない。どうせなら、何も考えずにこの世からいなくなったほうがまだ楽だ。
 妖怪の顔が近づいてくる。
「さよなら……」
 目を瞑る。もう何も未練はない。
 妖怪の口が、開かれた。

 全速力で、空を駆ける。廃屋はもうすぐだ。
「あっ!?」
 廃屋の近くで、何かがうごめいている。妖怪だ。狼のような体をしたそれは、何かの上に身を乗り出している。
 乗り上げられているのは、人間だった。
 そして同時に、よく知っている人間である事でもあった。
「やめてぇっ!!!」
 霊夢は叫びながら、アミュレットを妖怪めがけて発射した。

 全速力で、空を駆ける。自慢のスピードを生かし、一心に目的地を目指す。廃屋が見えてきた。
「あっ!?」
 廃屋の近くで、何かがうごめいている。妖怪だ。狼のような体をしたそれは、何かの上に身を乗り出している。
 乗り上げられているのは、人間だった。
 そして同時に、よく知っている人間である事でもあった。
「やめろぉっ!!!」
 魔理沙は叫びながら、レーザーを妖怪めがけて発射した。

 妖怪の口が、開かれたと同時に、目を閉じていてもわかるくらい、眩しい光が、よぎった。
「……?」
 意識は朦朧としていたものの、その光ははっきりとわかるものだった。
 妖怪が変な叫びをあげ、僕の横に倒れこんでしまった。
「一体何が……」
 考えようとしたが、体力にも限界が来ていた。
 僕の意識は、そこでなくなった。

「○○さん!」
 妖怪は、霊夢のアミュレットによって倒れた。
 発射と同時に、レーザーのようなものが見えたが、気にしている暇がなかった。
 ○○のもとへ駆け寄る。呼吸はしているが、意識がないようだ。
「○○さん! 起きて!」
 揺り起こそうとするが、返事がなかなか返ってこない。
「お願い! 起きて! ○○さん……!」
 必死で名前を呼んだ。回数が増える度、喉につかえる感情が込み上げてくる。
 もし、手遅れだったら──
「目を覚まして……!」
 少し、○○の体が動いた気がした。
「う……ん……」
 ○○が目を覚ました。
「っ……! ○○さん!!」
「あ……博、麗、さん……?」
 ○○は、弱々しい声で、私の名前を呼んだ。
「よかった……間に合った……」
 安堵感が最高潮に達して、目から涙が一気にこぼれ始める。
「どうして……ここに……」
「決まってるでしょう……妖怪退治は、巫女の仕事なの……」
「そう、か……わざわざ、ありがとう……」
「何言ってるのよ! あなたは、死ぬにはまだ早いでしょう……」
「うん……とにかく、ありがとう……」
 ○○は、囁くような小さい声で、私に礼を言った。
「お礼なんて……いらないわよ……」
 しばらくの沈黙。○○は、半開きの目で、夜空を見ている。
「○○さん」
「ん……?」
「実は、あなたに言わなきゃいけないことがあるの……」
「え……?」
「こんな状況だけど、聞いてくれるかしら?」
 いよいよ、私の真意を伝えるときが来た。

「その……本当はね……」
「……」
「あなたのことが、好き」
「……!!」
「●●、いいえ、●●さんと付き合ったのは、あなたの様子を伺う為、
 私が相談したのも、●●さんに宴会で叫ばせたのも、全部、あなたの為だったの……」
「そんな……」
「でも、それは間違っていることに気付いた……。あなた、ショックだったでしょう?
 私がやったことは、逆にあなたを傷付けってしまった……本当に、ごめんなさい……」
「……」
「おまけに、あなたは私の事が好きだった……。ずっと、タイミングを伺っていて……」
「うん……君が相談に来た時、僕は君に告白しようとした……。でも、君は……」
 驚いた。あの時の相談は全てハッタリだったとは。すれ違いだ。
「そう、あれも嘘……全部私の、無駄な作戦……」
「……そうだったなんて……」
「そして今日、あなたに告白された時は、その、凄いびっくりしちゃって……知らなかったの……
 あなたがまさか、私を好きだったなんて……その……それも、ごめんなさい……」
「……」
 一方的に謝る霊夢。それでも僕は、ほとんど何も言わず、彼女の話を聞いてあげた。
「もう、落ち込むことはないの……だから……お願いだから……もう自分から死のうとか、思わないで……!!」
 霊夢から放たれた言葉は、相当重いものだった。泣いていて、力の入った声は出ていないけれど、それでも、
 心に突き刺さる一言だった。
「私……あなたが死んじゃったらどうしようって……心配で……」
「博麗、さん……」
「ごめんなさい……今まで本当に、ごめんなさい……」
 ここまで必死に謝って、泣いている霊夢を見るのは初めてだった。本来なら強気で、のんびりやの霊夢であったが、
 今は感情の糸が切れたせいか、涙は止まらず、頬を流れ落ちていく。
「博麗さん」
 今度は、僕がちゃんと、思いを伝えなきゃいけない。
「その……前にも言った通り、僕は、あなたの事が、好きです……
 こんな僕で、よろしければ……」
「……あなたは、私を……嘘をついた私を、許してくれるの……?」
 今までいろんな事があった。辛いことも、泣きたくなるようなこともあった。けれど──
「昔の事は、気にしないです……」
 終わりよければ全てよし、なのだから──
「……ありがとう………」
「はい……」

 木陰で、魔理沙は全部の話を聞いた。
 これで、全てが解決した。
「まさか、こんな展開になるとは……流石の私も、びっくりだぜ」
 独り言。ここで出てきてしまうのは、明らかに場の空気を読めていないと思った。
「とにかく、おめでとう……○○……」
 魔理沙は再び、箒に跨り、二人に見つからないよう、静かに去っていった。

 ○○の家の前に突っ立っている●●には、廃屋の建つ場所から、光が見えた。
「間に合った、か……」
 ホッと、胸を撫で下ろす。
「よかったな……○○……」
「あれー?●●ー?」
 ふと、里の住民が●●に話しかけてきた。
「いつも一緒にいる可愛い子はいないのかぁ?」
 ああそうか。里の人はまだ、本当のことを知らない。
 ●●はニヤリとすると、全てを話し始めた。
「ああ、あれは実は──」

──ある日の博麗神社。
「両腕の複雑骨折と多量出血。あばら骨にもヒビ。頭も打ったが、脳に異常はないらしい」
「そう。わざわざご苦労様ね」
 里の病院で治療を受け、退院した僕は、自分の足で神社まで来ていた。両腕は利かないが、歩く事はできる。
「完治まではどのくらいかしら?」
 霊夢は、神社周辺の掃き掃除をしていた。しかし、箒はもう飾りそのものだ。手が動いていない。
「うーん……3ヶ月……ぐらい?」
「へぇ……腕、痛いの?」
「うーん……動かしたりぶつかったりすると危ないかなぁ……」
「そう……じゃあ」
 霊夢が箒を置いた。こっちに歩いてくる。

 そのまま霊夢は、
 僕に抱きついてきた。

「おわっ!?」
「これで、痛いかしら?」
「ん……割と、大丈夫、かも……」
「なぁんだ……じゃあ、もう少し」
 ぎゅーっと腕に力を入れる霊夢。
「……大好き」
 霊夢が言った。
「ああ……僕もだ……霊夢さん」
 そのあとも、「霊夢でいいって言ってるでしょ」だとか、「やっぱり、痛いです……」だとか、
 僕と霊夢は、抱き合ったまま暫く会話を続けた。

 晴れた幻想郷の午前。空は蒼く、雲はいつものように流れている。
 
 まるで、「昔の事は、気にしないです……」とでも言っているかのように。



───────



 各場面に流れるであろうBGMは自己補完でお願いいたします。
元ネタとなった作品とはかなりの違いが見られますが、ご了承
ください。

序終



――霊夢悲恋救済ルート改良案――。



 分からない。今の僕には、どうすればいいのか。

 私はまだ、諦めてないからな!

 魔理沙が去り際に残していった言葉。それが何を意味しているか
は分からない。彼女は僕のために何かと頑張ってくれたが、それを
諦めない、という意味なのだろうか。

 何も思いつかない。母親に見捨てられた子犬の気持ちって、丁度
こんな気分なのかもしれないな。



 廃屋の中でどのくらい呆然としていたのか。日が沈み、月が顔を
覗かせて夜になったことさえ気がつかなかった。
 幻想郷の夜、人が里の外を歩く事はほとんどない。夜は妖怪達の
跋扈する時間、抗う力を持たない人間は成すすべなく喰われる。

 早く戻らなければと慌てて廃屋を飛び出したが、そこから先に
進むことはできなかった。

 狼のような姿形をした妖怪が絶好の獲物を見つけたとばかりに
息を荒げて待ち構えていたのだから!

 まずい、と思った瞬間にそいつは並の人間―つまり、僕だ―なら
反応できないような速度で飛び掛ってきた。一気に間合いを詰められ、
直後に巨大な杭でも打ち込まれたかのような鈍い衝撃が腹部へ走る。

 休む間も無く今度は背中全体に激痛が走った。吹き飛んで廃屋に
叩きつけられたのだと分かった瞬間、体の奥から逆流してくる何かを
堪えられずに咳き込んで吐き出してしまう。

 血、だ。
 内臓をどれかやられたのか。どこか骨が折れて刺さったんだ。

 妖怪はそんな僕をなぶるように腕を、肩を、足を、抵抗する力を
僅かも残さぬとばかりに爪を立て、時には殴打し、傷を作る。爪が
皮膚に食い込み引き裂くたびに鮮血が飛び散り、奴の顔を汚した。
 もっともこの妖怪にとっては、食事の前の運動の途中でできた
血化粧のようなものなのかもしれないが。

 視界がうねり、時に渦巻き、かと思えばゆっくりと元に戻り、
そしてまたうねり出す。意識が朦朧として、体に力が入らない。

 このままでは、僕は、こいつに、喰い殺される。逃げようにも
逃げられない。逃げたところで、すぐに追いつかれるのがおちだ。

 ここまでなのか。こんな形で僕は死ぬのか。彼女を苦しめて、
悲しませて、魔理沙まで同じ目に遭わせ、妖怪に喰い殺される。
我ながら惨め過ぎるなと思う。
 一方でもうどうなってもいい、とも思っている。こんなに惨め
ならば、別にここで終わったって構わない。

 妖怪の顔が近づいてくる。いよいよだ。

 地獄で閻魔様に思いっきり怒られよう。そして転生する機会も
与えられずに消滅させられても、何も文句はない。

 ごめん霊夢、ごめん魔理沙、それと、さようなら。

 それだけを思い、目を閉じた。

「やめてぇぇ!!」
「やめろぉぉ!!」

 聞き覚えのある二人分の絶叫とともに、目を閉じていても分かる
ほどの眩い光がよぎる。
 直後、変な悲鳴とともに妖怪の気配が消えた。吹き飛んだのか。
一つ言える事は、妖怪に喰い殺されなくなった、ということだ。

 誰が近づいてくる気配がする。それが誰なのかは、残念ながら
見ることも知ることもできそうにない。瞼を開けるほどの力さえ、
今の僕には残っていないのだから。

 あの聞き覚えのある二人分の声だけが耳に入ってくる。物凄く
焦ったような、悲しみに満ちたような、そんな声だ。

「…さ…!…ん!」
「起…ろ!死…な!」

 駄目だ。これ以上は、意識が保たない。声が遠ざかり聞こえなく
なっていく。そうして体中の感覚が少しずつ消えて。

 闇に全てが遮られた。



 ぼやけた視界がゆっくりと輪郭を取り戻していく。薄暗いけれど
完全な闇ではない。状況を把握しようと首だけ動かして分かったのは
今の僕は布団に寝かされ仰向けになった状態だということ。

 そしてここは野外ではなく、どこかの人工的な建物だということだ。
木製の天井、格式ある雰囲気。人里の守護者であり賢人の慧音さんの
庵か、または天才薬師永琳さんのいる永遠亭か。

 起き上がろうとすると、体全体が軋むように痛んだ。どのくらい
あいつにやられたのかはっきりしないけど、少なくとも体を動かす
のは難しいことがわかる。

 そこにからっと襖が開く音が聞こえ、誰かが入ってきた。

 !

 いや、誰かなんて曖昧な表現など必要ない。なぜなら入ってきた
人は僕がよく知っている彼女だったから。どんなに薄暗い場所でも
彼女の紅白衣装は目立つので、すぐわかった。

「博麗、さん?」

 僕の第一声を聞いた霊夢は何も言わず、いや言えずに立ちつくす。
薄暗いこの部屋の中では表情をうかがい知ることは難しいが、多分
今ここで起こったことが信じられないと言うような表情だろう。

 何とか痛みを堪え、上半身だけを起こし彼女に問う。大丈夫だよと
伝えるように。

「ねぇ、そこにいるの博麗さんだよね?」

 二度目の問いの後、霊夢はゆっくりとした足取りで僕に近づき、
すぐ隣に立ったあたりで静かに膝を着く。漸く拝むことができた
彼女の表情は、安堵感に溢れていた。

「よかった……目が覚めたんだ」

「ねぇ、一つ聞いてもいいかな」

 彼女はうん、と頷いて答える。

「あの時、助けに来てくれたのは博麗さん?」

 魔理沙もいたわよ、と霊夢。そうか、二人分の声がしたのは
魔理沙も一緒だったからなんだ。彼女達の力だったら生半かな
実力の妖怪程度、軽く吹き飛ばせるだろう。

「今更かもしれないけどごめんね、心配させてしまって。それと」

 ありがとう。

 あの時、本当に死んでも構わないと思っていた。これ以上生きる
ことに何の意味があるんだ、と半ばヤケクソで。
 でも彼女達は、彼女は、そんな僕を助けてくれた。護ってくれた。
そのことが単純に嬉しい。

 ●●さん、彼のことを想っているという事実を差し引いても、だ。

「いいの、お礼なんていらない」

 妖怪退治は博麗の巫女の仕事だもの。当然のこと、と言うように
答えて彼女の告白は続く。

「それに、謝らなくちゃいけないのは私だから」
「博麗さんが?どうして?」

 彼女が僕に謝ることなんて、どこにあるんだろう?謝らなければ
いけないようなことばかりしたのは僕なのに。

「最初に本当のこと、言うわね。私が好きな人は●●、ううん、
●●さんじゃないの……あなたよ。私が、好きな人」
「僕?」

 そうよ。わたしはあなたが、○○さんがすき。

 彼女のこの言葉が、僕の思考を一瞬で埋め尽くす。確かに彼女は
僕のことを好きだと言った。一瞬夢じゃないかとも思ったが、体に
走っている痛みが皮肉にも現実だと伝えてくれている。

 そして、彼女の告白は続けられた。

「それともう一つ、話しておきたいことがあるの」



 霊夢から聞かされた話。それは、●●さんと付き合ったのは全て
僕の気を引こうとした彼女の稚拙な作戦。
 彼との仲を深めるための相談を持ちかけたのも、前の宴会で彼と
自分の仲が良いことをアピールするため叫んだことも、僕の様子を
伺うためにやったことだと彼女は語った。

「正直言うとね、怖かった。あなたに告白して振られてしまったら
どうしようって。そう思うといつも何も出来なかったから、彼に、
●●さんに無理を言って付き合わせていたの」

 それは僕も同じ。あと一歩踏み込みたかったけど、最悪の結果に
なったらと思うとどうしても、どうしても一歩先に進めなくて。

 怖かったんだ。

「相談を持ちかけた日、あなたは私に告白しようとしてたでしょ?
それも今日決めた、じゃなくてずっと前から機会を伺っていたんだと
思うの」
「うん……あんな結果になったのは流石にショックだったけど」
「その時からすれ違っていたのね、私達。今日あなたに告白された時
凄く吃驚しちゃった。知らなかったの、私のことを想っていてくれた
なんて、その時は全然」

 その時答えられず逃げるように去ったのは、嘘とは言え●●さんと
付き合っていることと、そのことをどう説明したらいいのか、そして
実際僕に告白されたらどう返していいか分からなかったからだろう。

 分かるような気はする。あの時のあんな状態で霊夢に本当のことを
いきなり語られたら、僕もうまく答えられるかどうか。

 傷だらけの僕の体を労わるように、彼女の手が僕の手に添えられる。

「あなたのこと独りにして逃げちゃったせいで、心だけじゃなくて
体までこんなにぼろぼろに……」
「あ、いや、これは僕の無用心だから。自業自得だよ」

 それは嘘じゃなかったから。心はともかく、この大怪我は幻想郷の
夜がどれだけ危険であるかを分かっていながら、油断した僕に責任が
ある。彼女は悪くない。

 だけど彼女は続ける。自分を責めるように、罰するように。

「違うの!私が、私がちゃんと本当のことを話さなかったから…っ!
私、が、ぁっ……!」

 言葉が喉に詰まってうまく語れない、そんな表現が当てはまる。
さっきまでちゃんと会話できていたのが、嘘のようだ。

 …嘘だって?いや、逆じゃないのか?

 霊夢は、ここまで何とかしてほんの僅かなきっかけで粉々に砕け
散りそうな平静を保っていたんじゃないか?

 その平静を砕こうとしているものは何だ?

 罪悪感、だ。僕を苦しめ、傷つけてしまったことへの。

 僕の手を握る彼女の小さな手。僅かに痛みを感じる、それ以上に
彼女の自責の念に苛まれた表情が見ていて痛々しい。

 普段の暢気な、時に強気なところを見せる普段の彼女からは想像
出来ない、弱々しい表情。

「わ、私っ、あなたが、しっ、死んじゃったらどうしよう、って、
永琳、が、ここにき、来てっ、治療してる間も、すごく不安で、
だ、大丈、ぶ、だ、って聞かされて、も、安心っ、できなくて…!」

 大きな赤い瞳に少しずつ涙が溜まる。彼女の理性が限界を訴えて
悲鳴をあげているようにも見えた。

「怖、かったの、っ!あなたが、い、いなくなっちゃうのが、っ!」

 必死で搾り出すように彼女は言葉を繋ぐ。爆発寸前の感情を一生
懸命押し留めて。目に溢れた涙が今にも零れ落ちそうになっていた。

「お、願いだか、らっ、死のう、な、んて、思わないで……っ!
も、うこ、れ以上っ、自分のこと、い、苛めな、いで……っ!」

 ここから先は言葉にならなかった。霊夢の我慢が限界に達して
目から大粒の涙が零れ、彼女の頬を伝い落ちていく。

 その瞬間。

 体に衝撃が走り、後ろに倒れそうになるのを何とか堪えてその
原因を調べると、霊夢が僕の胸元にすがりつき顔をうずめていた。

「ごめん、なさい……ごめんなさ、い……っ!」

 傷つけちゃって、本当にごめんなさい。

 後はもう言葉にならなかった。残り全ての理性を搾り出すように
謝罪の言葉を言い終え、僕の胸の中ですすり泣く霊夢。

 霊夢。君をまた泣かせちゃったね。

 肩にそっと手を添え、髪を撫でて宥めながら彼女が泣き止むのを
待つことしか、僕に出来ることはなかった。



 彼女が泣き止んだのはいつだったか。実際数分と経っていないと
思うが、霊夢の嗚咽が止むまで何時間もかかったような気がする。

「博麗さん、今度は僕の話も聞いてくれる?」

 今度は僕の番。もう一度自分の気持ちを、想いを伝えよう。

「正直に話してくれてありがとう。でも僕の気持ちは変わりません。
前にも言った通り僕は君のことが、博麗霊夢さんが好きです」

「どう、して?私、あなたに凄く酷いことをしたのに。嘘をついて
傷つけたのに。それでも私のこと、許してくれるの?」

 でも、それは過ぎ去ったこと、終わったことだから。

「どこかで聞いたことがあるんだ。池に小石が投げ込まれて小波が
立っても、終わってしまえば静かなものだって。だから」

 もう泣かないで。可愛い顔が台無しになっちゃうから。

「昔の事は気にしません」

 これまで辛いことばかりで泣きたくなった、いや実際泣いた。
でも、全てが丸く収まったと思う。終わりよければ全てよし、と
言ったのは誰なのか。いい事を言ったものだと思う。

「ありがとう……」

 今度は目に涙が浮かんでいても、表情は確かに笑っていた。



 ――それから数日後の博麗神社。

 両腕の骨折、あばら骨3本にヒビと多量出血。頭は強打された
ものの、脳に異常はなし。

 永琳さんの残していった書類に記載されている診療結果をみて
よく生きていたなぁと思わされる。

 境内を掃き掃除する霊夢の手はほとんど動いていない。僕が来る
さっきまでは掃除をしていたんだろう。

「完治まであとどのくらいなの?」

 3ヶ月だよと答える。まだ両腕が不自由なのは困りものだけど、
2本の足で歩く事はできるのが幸いだ。こうやって、神社でまた
彼女に会うことが出来るから。

 しかし両腕が不自由なことがこんなに辛いものだなんて思った
ことはなかった。御飯を食べたり服を着替えたりする当たり前の
ことが、他人の助けを借りなければ満足に出来ないなんて。

 霊夢が腕が痛むのと聞いてくる。そんなに痛そうな表情だった
ろうか。確かに今のままでは物を持ったり掴んだりなど問題外だ。

「ぶつけたり素早く動かしたりすると、危ないかな」
「それじゃあ……」

 霊夢が僕に抱きついてくる。

「っ!?」
「こうしても、痛む?」
「う、ん。大丈夫、かな」
「じゃあ、もうちょっと……」

 ぎゅっと腕に力を入れる霊夢。そしてその直後。

「……大好き」

 ささやくような声が耳に入る。できる限りで霊夢をしっかりと
抱きしめ、僕も彼女に伝えた。

「僕も…博麗さ、いや、霊夢のこと、大好きだよ」

 まだちょっとぎこちないわね、えい。

 う、ま、待って、やっぱり痛いです。

 だーめ。もっと自然に霊夢、って呼ばないと許さないから。

 傍から見れば只の惚気にしか見えないような光景だけど、僕と
霊夢は抱擁を交わしながら語り合った。今まで足りなかった分を
埋め合わせていくように。

 晴れた幻想郷の午前の空はどこまでも蒼く、白い雲がいつもの
ように流れる。

 今日も幻想郷は概ね平和です、と言うように。



・終わり



~ふすまの裏

 夜も深まった稗田邸。

「これで全部丸く収まりましたね」

 御阿礼の娘九代目にあたる少女阿求は、魔理沙と共にこっそりと
二人の様子を伺っていた。今夜はもう紅茶は飲まないことにしよう。
いつもの三割増の甘さだろうから。

 まさかこんな展開になるとはな、とため息をつきながらひとり
ごちる魔理沙。微糖入りコーヒーを何杯となく目の前に出される
気分とは、こんなものなのかもしれない。



 霊夢が傷だらけの○○を背負い、血相変えて一部屋貸してほしい
と言われた時は流石の阿求も驚いた。しかし怪我人、それも重体と
なれば一刻を争う状況である。

 速やかに部屋と布団を一式用意し、応急処置を可能な限り施した
ところに竹林の薬師永琳を魔理沙が文字通り「引っ張って」現れた。
ところどころ衣服が破れていたのは、それほど急いでいたのだろう。

 並の医者では助けられないほどの危険な状態の彼を救うためには、
永琳の助力を借りる必要があった。しかし、彼女のいる永遠亭へ
向かうには妖怪がいるあの竹林を抜けなければならない。

 連れて行くには彼の体が時間・移動両方の負担に耐えられない。
竹林は妖怪の危険だけではなく、只の人間が入ると迷ってしまう
厄介な場所で、霊夢達でも迷わない保証はない。

 霊夢は応急処置を施すために手近な家、つまり稗田邸へ向かい、
魔理沙は永遠亭へ急行し永琳に手短に状況を説明し、連れて来る。
二人が短時間の間に導き出した結論がこれだった。
 幸い、魔理沙は迷わずに済んだようだ。

 後は言うまでもないだろう。月の天才に不可能はないのだ。



 おめでとうさんだぜ、二人とも。

 それは、魔理沙が彼のことを少なからず想っていたこともある
からこそ使えた静かな祝福の言葉。ここで出るは野暮と言うもの、
お邪魔虫は静かにしていよう。

「阿求、今夜は泊まるから私が包まるための布団出してくれよ。
それと、朝御飯も頼んだぜ」

「むっ、魔理沙さんは泥棒家業に飽き足らず他人の家でも我が家の
ように振舞う趣味があるんですか。茣蓙程度なら用意できますが」

 少々むくれたように返す阿求。皮肉どころか毒舌である。

「ひどいぜ」

 そうは言うものの、少しも悪びれないのが魔理沙だ。紅魔館や
博麗神社でもずかずかと上がり込んでいくのだ、この程度のこと
では堪えないだろう。

 ……ならば。

「それでも布団が欲しいと仰るのならこの立ち居振る舞い一部始終を
幻想郷縁起に加筆させてもらいますが、構いませんか?」

「わかった、悪かったからそれだけは勘弁してくれ…以前のように
余計な一言で私の誤解が広まったら堪らん」

 流石にこれには降参するしかないだろう、以前阿求は魔理沙から
何か一つ項目に追加して欲しい、と言われ幻想郷縁起に泥棒家業の
ことを追加した逸話がある(※)。

「冗談ですよ、今から用意します」

 遅れましたが、私からもおめでとうございます。どうかお幸せに。

 こうして稗田邸でのそれぞれの一夜は更けていくのだった。

~ふすまの裏、終わり



うpろだ1318、1323、1331、1379

───────────────────────────────────────────────────────────

「はぁ…ようやく終わった…」
5人分の洗い物を終え、俺はようやく一息ついた。

幻想郷に迷い込んでから数ヶ月、今はここ博麗神社にお世話になっている。
家主の霊夢とは…その、コイビトドウシ、だ。
幻想郷に迷い込んだ日、妖怪に食われそうになっている俺を助けてくれた、紅白の巫女。
強くて、可愛くて、ふわふわとした霊夢に惹かれるのにそんなに時間は掛からず…
ヘタレの俺は幻想郷住民の協力を得て、霊夢と恋仲になった。一ヶ月くらい前の話か…
あの恥ずかしい告白は思い出しただけでスキマに逃げたくなる。

閑話休題。
幻想郷にも冬の訪れが近く、昼間とはいえ水仕事は中々に辛い。
しかも今回は昼食にお呼ばれ(+勝手に来た)した魔理沙・萃香・アリス含めた
5人分の洗い物、更にあのロリ鬼のおかげで半ば宴会状態になってしまい、
ごちゃごちゃになった居間の片付けもしたので、大分時間が掛かってしまった。

「すぅ…」
霊夢は縁側で静かな寝息を立てていた。傍らには飲みかけのお茶。…ほんとにお茶好きだな。
太陽は出ているが寒空の下、腋巫女服で眠る少女は見ているだけでこっちまで寒くなってくる。
当の霊夢は太陽の光を浴びてすやすやと眠っているが…
時折吹く木枯らしが霊夢のさらさらの髪を撫で、わずかに揺れる。
「すぅすぅ…」
…あー…可愛いなぁ…
「…ん…○○…?」
あ、起きた。目をごしごしするれいむかわいいよれいむ。
「片付け、終わったの?」
まだ眠たそうな霊夢が残っていたお茶に手を取りながら俺に言う。
「起きて第一声がそれかよ…さっき終わったよ」
「ん、じゃ次洗濯物取り込んどいてね」
「…コキ使うなー…」
今は博麗神社に霊夢と二人で暮らしているが、その、なんだ。
俺は現在特に仕事がないので家事全般は俺が行っている。
…NEETじゃないよ?てか霊夢も何もしてない気g(ry

「居候なんだからそれくらいするものよ。にーと、だっけ?にーとなんだから。」
「なッ…!」
違う!俺は…NEETじゃない!どこぞの蓬莱NEETじゃない!
仕事が…仕事が見つからないだけなんだ!!
「にっ、NEETじゃねーよ!いいかぁ!?俺はs「はやくやりなさい」…はい…」
居候は家主に逆らえないZE☆

「…ったく、毎日がこんなだと外に帰りたくなるなー」
「え…」
霊夢に背を向けて何気なく、でも霊夢に聞こえる様に言った、何気ない一言。
いつも通りのジョークで、いつもなら霊夢に軽ーく流されたりするんだが。
ぎゅっ…
「れい、む?」
「…だめ……」
後ろから霊夢に抱きつかれていた。背中に霊夢の鼓動をモロに感じてしまう。
「…いか…ないで……お願い…」
消えてしまいそうな、小さな声。微かに震えているのが分かった。
さっきまでとは別人…と思ってしまうような、俺にしがみ付いている霊夢。
「どう、した?霊夢」
予想外の事に混乱する頭からようやく上擦りながらも言葉が出た。
「…夢を、見たの」
「夢…?さっき寝てた時?」
「うん…○○が、私を置いて…外に…帰っちゃう…夢…」
涙を堪えながら話しているのが、分かった。
俺の体は、考える前に動いていた。

「霊夢っ」
「○○…?んぅっ!?」
霊夢を正面から抱きしめ、その唇を奪う。
いきなりの出来事に霊夢の瞳が大きく見開かれているのが分かった。
「んんっ…はぁっ…あむ…」
しかしすぐに霊夢もキスに没頭する。
互いに、相手の温度を、愛情を、存在を確かめるように唇を奪い合った。
「ぷはぁ…」
先に唇を離したのは俺の方だった。
霊夢を見る目と顔が赤い。…やっぱり泣いてたのか…。
「はぁ、はぁ…霊夢…っ!俺が、霊夢を置いて何処かに行くわけないだろ…っ」
「ふぅ、ふぅ…○○…だって…」
霊夢の目にまた涙が溜まっていく。
「ずっと、霊夢の傍にいる。約束する。」
「○○…」
霊夢の細い体をぎゅっと抱きしめる。
もう離さない、と言わんばかりに。言葉にした「約束」を体言するように。
「うん…ずっと…傍にいて…○○…」
目は真っ赤だったが、霊夢はやっと笑ってくれた。
「ね…キス…」
「ん…霊夢が不安ならいくらでもするぞ」
「不安じゃないとだめなの?」
「勿論いつでもOKだ」
「ふふっ…んっ…」
俺と霊夢は再び唇を重ねた。


翌日以降、霊夢はすっかり元の霊夢に戻っていた。
相変わらず俺をこき使っているが、それがニュートラルみたいなものなので、安心した。
変わったことと言えば、そう…キスをおねだりするようになったこと…か。
今までの霊夢はそんなことなかったので、ちょっと驚きだ。
「○○」
「ん、霊夢か。掃除は今終わったぞ」
「ありがと…ねえ…?」
ああ、ほらきましたよ。こんな感じですよ皆さん。
目とか潤ませちゃって、もう辛抱堪らないんですよ!
「キスしたいんだよなー…?」
「う、うn…んんっ…」
言い終わる前にその鮮やかな唇を塞いでしまう。
こうなったらもう10分は終わらない。
「ん…霊夢…愛してるぜ」
「ぷはっ…○○、私も…愛してる…ちゅっ…」

ああ、幸せだぜ、俺達…


新ろだ157

───────────────────────────────────────────────────────────

 今年も終わりに近づいた師走。
 幻想郷の博麗神社では早めの大掃除が行われていた。
 裏手にある蔵では○○と霊夢が物を退かしながら埃をはたいていた。
 
「しかしいろんなものがあるな」
「使わないものばっかだけどね」
「ねぇこれ何?」
「ああそれは……」

 物珍しいものばかりで逐一○○が霊夢に説明を求めるので一向に作業が進まない。
 結局夕暮れになっても半分も片付いていないのである。
 
「あーもう、○○が説明ばっか求めるから掃除が進まなかったじゃない!」
「ごめん。でもさ、あるよね。捨てようと思った本を読み始めてしまって結局捨てられないことって」
「まあ確かにあるけどね……あれ」
「どうしたの?」
「扉が閉まってる……」

 霊夢が扉を開けようと力を入れて押しても扉はピクリともしない。
 ○○が代わりに押したり引いたりしても変わらない。
 
「うそ……閉じ込められた? 何でー!」
「うわぁ……何かベタな展開だなー」

 焦る霊夢にのんびりしている○○。
 
「ずいぶんと余裕ね」
「だって霊夢扉開けたままでしょ?」
「ええ、閉めた覚えはないわ」
「じゃあ外から誰かが閉めた。そうとしか考えられない。で、そういう悪戯をする人は山ほどいるでしょ?」
「……あんたも十分この世界に馴染んできたわね」
「じゃないとやってられませんから」

 ○○は奥に戻り毛布を見つけてきた。少しほこり臭いが文句は言えない。
 一枚を床に引いてポケットに入っていた食べかけのチョコレートを半分ずつにして夕食代わりにした。
 完全に日も落ちて明かりとりの窓から月の光が差し込んでいる中、二人は毛布に包まって寒さをしのいでいた。
 身を切るような寒さで床に引いた毛布ごしに熱を奪われていく。
 ○○も寒いだろうが彼は霊夢を気遣っていた。
 
「霊夢、寒くない?」
「寒い……」
「じゃもっとこっち来なよ」
「……変なことしない?」
「何さ変なことって」
「そうね、○○にそんな度胸ないわよね」
「酷い言われようだなぁ」

 寄り添ってきた霊夢は体を震わせていた。
 ○○は彼女を抱きしめるとお互いを毛布でくるみそのまま横になった。
 
「きゃっ!?」
「こうすれば暖かいよ」
「ん……」

 スキマ風が入らぬようぴったりと体をくっつける。
 ○○の身体の熱がゆっくりと霊夢に馴染んでいく。
 それによって体の震えも治まってきている。
 
「○○、体温高いのね」
「んー、普通は女性の方が高めだけどね」
「そうなんだ……。ねぇ○○はさ、こうやって誰かと眠ったことはある?」
「女性は母さんを除けば霊夢が初めてかな」
「私は今回が初めて。今まで一緒に眠るなんてことなかったから」
「そうか。でどうだい? 誰かと眠るのは」
「何だか満たされる。○○の温かさが感じられて」
「……もっと強く抱きしめてもいい?」
「うん」

 とくんとくんと互いの鼓動が相手に伝わる。
 暖かな吐息が心地よい。
 ぽかぽかと体が温まるにつれて眠気がやってくる。
 
「……霊夢の身体、温かくて柔らかくて気持ちいい……」
「なにいいだすのよぉ、えっちぃ……」
「そんなつもりはないよ……ただ本当のことを言っただけだよ……」
「そう……なら……信じる……」

 夢うつつの中だんだんと会話が途切れ、瞼が降りてきて二人はお互いの温かさに包まれて眠りについた。
 
 
 
 
 
 次の日、○○は窓から差し込む光によって目が覚めた。
 冬の朝の冷たい空気を吸い込み、頭の中をはっきりさせる。
 まだ霊夢は○○の腕の中で眠りについている。
 優しく霊夢の身体をゆすると目を擦りながら彼女は目を覚ました。
 
「……うにゅ、おはよぅ……」
「おはよう」
「……寒い」
「ちょっと、れ、霊夢?」
「……うにゅう、あったかぁい……○○のにおいだぁ……」

 寝ぼけているのか○○に身体を押し付け安心したようにまた眠ってしまう霊夢。
 結局ちゃんと目を覚ますのにしばらく時間がかかってしまった。
 ちょっとした失態を見せてしまった霊夢は若干頬が桜色に染まっている。
 相変わらず扉は閉まったままで霊夢はため息をついた。
 
「しょうがないわね。○○危ないから離れていて」

 ○○が扉から十分距離を離したのを確認すると一枚のカードを取り出した。
 
「夢想封印!!」

 いくつもの光球が扉に着弾して轟音と共に扉が吹き飛んだ。
 
「……何で昨日そうやって開けなかったのさ」
「誰が扉を直すのよ。最終手段として使ったの。はぁ……修理にどれ位かかるかしら……」

 憂鬱な表情を浮かべる霊夢を伴い蔵から出るとそこにはすっごく不満げな顔をした紫がいた。
 何故蔵の前でそんな顔をしているのか分からないので○○は彼女に話しかけた。
 
「えーと、紫さん? 何故ここに?」
「……つまらない」
「はぁ?」

 いきなり脈絡のないことを言われて○○は呆けた顔になる。
 
「なによなによ! せっかく蔵の中に閉じ込めて二人が若さに任せていやーんあはーんなことすると思ったらただ抱きしめて眠っただけ!?
 どんだけ紳士なの!? ヘタレ!? それとも不能なの!? ○○のチキン! 朴念仁! ED!」
「なっ!? やっぱりアンタだったのね! 勝手に蔵の扉閉めたの!」
「霊夢も霊夢よ! その巫女服は何のためにあるのよ! ○○を欲情させなさいよ! その腋で○○を誘惑しなさいよ! 襲いかかる位の解消見せなさいよ! この貧乏巫女!!」
「あ、あんたねぇ……っ!」
「ふーんだ! 仲良く掃除なんかしているんじゃないわよー! ばーかばーか!!」

 言いたいことを言いきるとさっさとスキマの中に消えて行ってしまった。
 あっけにとられている二人に落ち着いた、しかしどこか疲れている声がかけられた。
 
「すまないな。紫様が勝手なことして……」

 そこには彼女の式である八雲藍がいた。
 
「いえ、確かに今日の紫はあまりにアグレッシブでしたけど……何かあったんですか?」
「昨日、マヨヒガの大掃除をしていたんだが紫様に邪魔だからどこか遊びに行っていてくれって言ってしまって、すっかりヘソを曲げてしまってな」
「まったく、それで人のところまで来て嫌がらせって……」
「本当にすまない……お詫びと言ってはなんだが朝食と風呂を沸かしておいた。どちらを先に使ってもかまわないのでゆっくり疲れを落としてくれ。
 私は蔵の扉の修理をしているから」
「ありがとう。藍さん」
「後で紫に覚えておくようにって伝えておいて」

 神社にあがり○○は霊夢に声をかけた。
 
「で、先にどっちにする?」
「そうね……ご飯もいいけど先にお風呂入りたいわ」
「そう、じゃ……よっと」
「きゃっ!? な、何するの!?」

 ○○は霊夢を抱き上げ落とさないようしっかりと腕に力を込める。
 
「さっき紫にボロクソに言われたから、決して不能じゃないことを証明しようと」
「えっ!? ええっ!? そ、そんないきなり……わ、私は気にしてないし」
「んー、ぶっちゃけると霊夢の身体柔らかすぎて抑えるのが精いっぱいだったんでこれから風呂でじっくり堪能しようかと」
「……そ、そう? ならいいわ、よ……」

 首に腕を絡め全てを○○に預けた霊夢を○○は風呂場に運んでいった。
 
 
 
「くふふ……やっぱり抑えきれなかったのね。男の子ねー。じゃあさっそく出歯亀を……」
「紫様、いいかげんにしてください。さ、扉直すの手伝ってもらいますからね」
「いやー! 藍離しなさーい!! 二人の睦みを覗くのよー!!」


新ろだ186

───────────────────────────────────────────────────────────

―幻想郷小異変・霊夢と紫の衣装取り替えっこ?―





















・Prologue ~博麗神社の天岩戸を開け放ったのは誰?~





















 ここの所ずっと忙しかった。おかげで結構な稼ぎにはなったけど、
同時に博麗神社への訪問頻度が減ってしまったのも事実。そろそろ
顔を出さないと、霊夢がむくれるかもしれない。

 いつものお遣いのため『ブラックボックス』に普段の三割増しで
届け物を詰め込み、賽銭箱に入れる賽銭も三割増で用意して博麗神社
へと向かう。

 何時もの獣道を通り、長い階段を昇って見慣れた境内へ。彼女の
ことだから、今頃掃除を終えてお茶を飲みながらまったりしている
ことだろう……

 うん?

 おかしい。境内の様子をぱっと見ただけでもおかしいとわかる。

 まず掃き掃除が行われた痕跡が無い。霊夢はやることはきちんと
やる娘、それは僕が良く分かっている。彼女が掃き掃除を失念する
ことなどまずありえない。

 ところが今はどうだ?掃除された跡が、それらしい痕跡がない。
異変が起きて外出中?いや、それはない。そうなら慧音様が気づく
はずだし、ここに来るまで見た妖精達に何らかの変化があるはずだ。

 それに、分かる。彼女は、ここにいるはずだ。

 軽く霊夢、いるー?と呼んでみる。いきなり上がりこむのは流石に
失礼だ。いなかったらいなかったでしかたが無い、縁側で待たせて
もらおう…

 彼女の返答を待つも、全然返事がない。もう一度呼んでみよう。

「霊夢ー?僕だよ、慧音様の御遣いで来たんだけどー」

 この呼びかけから僅かな間をおいて、聞き覚えのある彼女の声が
聞こえた。

「……いるわよ」

 どうしたんだろう、気持ち声が弱々しい感じがする。

 もしかして風邪?可能性は零ではないだろう。風邪をひいて奥に
引っ込んでいることも十分考えられることだ。

「ううん、風邪はひいてない。大丈夫」

 風邪を引いていないのならば、どうして出てこないんだろう。
肌寒くなってきた、なんて言えるような時節でもないし…こんな
奥に篭りたがる霊夢は初めてだ。

「ね、ねぇ、そ、その辺に誰かいる?」

 やっぱり変だな。いつもの霊夢って感じがしない。どこか怯えた
感じの声など、発したことは無かったと思う。周囲を極端なまでに
警戒したようなことだって無かった。

「誰もいない、ね。誰もいない」

 これは本当だ。鴉天狗の文が記事になりそうな話題を求めてやって
来るのは珍しいことではないが、いればそれなりに気配がするはずだ。
高確率で遊びに来る魔理沙が接近している感じも無い。

 もっとも、境界を弄れる紫さんや霧状になれる萃香だとお手上げ
なのだけど。こうなってしまえば、気配も何もあったものではない。

 よほどの事でもない限り、人目を気にすることなどまず考えにくい
霊夢だ。何かあったのかもしれないな。

 霊夢、入ってもいい?と聞くとすぅと襖が開いた。しかし彼女の
姿は見えず、声だけが聞こえる。

「入ったらすぐ閉じるからね」

 ますます不自然さを感じる。そうまでして見せたくないものでも
あるのだろうか。このままだと何も分からないので、ここは彼女に
従って中に入ったほうがいいだろう。

 お邪魔しますと一言挨拶して、僕一人が何とか入れるほどの隙間
から中に入る。何歩か踏み込んだ時、これ以上開けていられないと
言うかのように勢いよく襖が閉じる。音はほとんど聞こえなかった。

 霊夢、と彼女の名前を呼ぶと後ろから静かにしてと声が聞こえる。

「ねぇ、今から何を見ても笑ったりしないって自信を持って言える?」

 笑う?哂う、のほうかもしれない。見られることで哂われるほどの
何かがあるのか。だからこんなに周囲に対して警戒しているんだろうか。
今ここに、それがある?そしてそれを僕が見たら哂うかもしれない?

 だけど。はっきりと言う。彼女に伝える。

「しないよ。哂ったりなんか、しない」

 じゃあ、ゆっくり後ろを向いてと言う声の通りに、後ろを向く。



 はっきりと感じる違和感。僕の目の前に存在しているのは見慣れた
いつもの紅白衣装ではなく、紫色を基調とした紫さんが普段着ている
洋服。

 そしてあの紅白リボンもなく、あのふわふわした感じの帽子に細く
赤いリボンが、前面で蝶結びになっている。どうみても紫さんの衣装
だろう。

 だけど。この衣装を着ているのは間違いなく霊夢。僕のよく知る
博麗神社の巫女、霊夢だ。

 俯いた彼女の表情を伺い知ることはできないが、ぎゅっと握られた
手から不安な感じは伝わってくる。笑うことも哂うこともできない、
でもどう返したらいいかも思いつかない状態だ。

 えーと。

 こういう時はどう言うべきなんだろう。うーん、そうだなぁ。

「イメージ、チェンジ?」

 おそらくこの時の僕の表情を見た人は誰でも間抜け面、と言った
だろう。自分でもそんな感じが良く分かる。

 霊夢はまだ俯いたままだ、まずいことを言っちゃっただろうか。

「はぁ~、思いっきり気疲れしたわ…」

 ぺたん、と両の手を畳につけて幾分か気の抜けた声が聞こえた。







「え?紫さんにスペルカード戦で負けてこうなった?」

 当時のことを思い出したか、そうなのよ…と沈んだ表情で答える。
霊夢は僅かに間をおき、紫さんの洋服を着ている理由を語り始めた。

 始まりは霊夢の元に紫さんが現れ、スペルカード戦をしようと
言い出したことから。霊夢は気が乗らなかったので適当にあしらい
帰らせようとしたのだが、いつになく紫さんが強請るので

「しょうがないわね。さっさと終わらせるわよ」

 この時折れたのは間違いだったと霊夢。

 スペルカード戦をする前に紫さんは『敗者は勝者の言うことを
何でも聞く』と提案(勿論この場限りのものだが)、霊夢もこれに
応じてスペルカード戦が始まった。

 その結果、霊夢は豪快に負けた。それはもう、気を失うほどに。
スペルカード戦の制約で本来の力を大分抑えているとは言えども、
紫さんと霊夢の実力差は明白。

 分かっていてやる辺り、計画性は相当だな。

 覚醒した霊夢に紫さんは、こう言ったらしい。

「霊夢、一週間あなたと私の衣装を取り替えっこしましょ♪」

 まず自分の着ている服が紫さんのそれとしっかり替えられており、
箪笥の中にある予備の服も全て取り替えられ、おかげで箪笥の中は
紫一色に染まってしまったのだとか。

 寸法までぴったり合わせてあったの、と悔しさ半分、情けなさ
半分といった表情で説明される。うーん、確かにだぶついた感じが
しなければ、きつ過ぎるという感じもしない。

 本当に、ぴったりという表現が相応しい。

 更に痛いのは霊夢の象徴とも呼べる紅白のリボンも、予備を含め
全部持っていかれたらしい。徹底しているなぁ。褒めるべき所じゃ
無いのは分かっているけれど。

 妖怪は元来悪戯好きなのよ、と言っていたのは紫さん本人である。
さっきも言ったが、相当計画的だなぁ。一度やると決めたら徹底的に
やりぬく、のだろうか。能力を無駄遣いしているような気がする。

 それでどうして閉じ篭っていたか、については鴉天狗の文に今の
自分の姿を見られれば面白おかしく(本人にとっては迷惑)脚色、誇張
表現されて号外で幻想郷中に言いふらされることが確定だからだとか
(ところで萃香が霧になって覗き見、とかは考えなかったんだろうか)。

 あれこれ考えて、その一週間を引篭もることで何とか乗り切ろうと
したら、そこに運良くというべきなのか悪くと言うべきなのか。僕が
来た。

 招き入れたのは賽銭はいつも入れてくれるし、魔理沙とかと違って
図々しいところもないし、慧音のお遣いで来ているからと彼女は語る。
魔理沙、何気に扱いが酷いな。

 ここの部分は捉え方を変えれば、僕は霊夢にそれなりの信頼はされて
いるんだということだろうか。何だか誇らしくもなるが、現在の霊夢の
問題は他者からして見れば笑い話、本人にとっては深刻な問題。

 どうにかして助けてあげたいんだけど、どうしよう。

 でもこうやって改めて霊夢の姿を見ていると、何だかんだ言って
よく似合っていると思う。彼女が可笑しいと思い込んでいるだけじゃ
ないのかな、とも思わされる。

 これは一種のゲームなんだと割り切って付き合ってみるのも一考。
紫さんが何を目論んでいるのかはさっぱりだけど、それならそれで
楽しんでみようか。

 ねぇ霊夢、こんなこと僕が言うのも何だけどさと話を切り出す。

「こんな状況だけど、逆に考えてみると言うのはどうかな?」

 逆?と小首を傾げて聞いてくる彼女にたった今思いついたことを
説明する。今の霊夢の服装は結構似合っていること、そしてこの姿を
みんなに見せることで見慣れてもらえば、気にならなくなるはずだと。

 僕の提案にええっ、と当然と言えば当然な反応を示す霊夢。普段
着ない服装なのだから、見られるのにはかなりの抵抗感があるだろう。

 大丈夫だよ、僕も一緒だから。みんなが哂っても、僕は哂ったり
なんかしないよと彼女を安心させるためにその手を軽く握る。

 大丈夫、大丈夫だよと伝えるように。

 うーん、と結構長い時間考えた末におずおずと僕の手を握り返し

「信じてもいいのね」

 と念を押してくる。勿論だよと返し、こう答えた。

「だってさ、霊夢がこの姿を僕に見せたってことは信じてくれて
いるってことだよね、僕のこと。だったら応えるよ、君の信頼に」

「…っ!」

 うん?僕何かおかしなこと言ったかな?

「時々、凄く恥ずかしい台詞を臆面もなく言っちゃうことができる
その天然振りが今は羨ましいわ…」

 う、うーん。そうなのかな?思ったことをそのまま口にしただけ
なのになぁ。
 確かに慧音様からもお前は時々大胆なことを言ったり核心を突く
ようなことを言う、普段はそんな感じを少しも見せずにマイペース
を地で行く人間だがな、と言われたことはあったけど。

 まぁ、霊夢が元気になったのならそれでいいのかもしれない。

「じゃあさ、最初は人里に行こうか。慧音様たちもいることだし」
「湖の氷精とかよりはずっとましかもしれないわね」

 ばさりと言う音と共に日傘が開かれる。毒を喰らわば皿までと
言うけどこうなったら皿ごと毒を喰らってやるわ、と半ばヤケな
感じで霊夢が呟いていた。

 何もそこまでしなくても…飽くまでもこれはゲームの一種なのに。

「行こう、霊夢」
「…当然だけど徒歩でね」



新ろだ216

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「今年ももう終わりだね」
「そうね」

 向かい側に座っている霊夢はみかんを剥きながらそう答える。
 
「最初は右も左も分からなかったけど霊夢に見つけてもらえてほんとよかった」
「居候が増えて困ったけどね」

 そういう霊夢も笑顔なので決して嫌味で言っている訳じゃないらしい。
 ちなみにもう一人の居候は勇儀と年忘れに行っているそうだ。
 
「今じゃ萃香も含めて家族みたいなものだよね」
「そうねー……ってちがーう!!」

 どかーんと霊夢が噴火した! ななな、何だ!? 俺おかしなこといったか!?
 
「あんた、私が手を出しやすいようにいろいろ誘惑してるのに何でスルーばっかりするのよ!」
「ええっ!? あれらみんなそうだったの!?」
「気づきなさいよ! この朴念仁!」

 霊夢の怒りは有頂天、じゃなかった、怒髪天をついたらしくバンバンとこたつの天蓋を叩く。
 
「い、いや、その、ね? 結構ヤバかった時もあったよ? けど、その都度手を出して嫌われちゃったら嫌だな~って思っていたらいつの間にか賢者に……」
「ようするに意気地なしってことね」
「はい、そうです。ヘタレです。チキンです。甲斐性なしです」
「……私そんなに魅力ないかな?」
「そそそ、そんなことない! 霊夢は可愛いよ! 俺にはもったいないくらい!」

 わたわたと弁解する自分が情けない。かぁっと頭と顔に血が昇っていくのが分かる。
 そんな俺を見て霊夢は安心したような、でもどこか呆れた表情を浮かべていた。
 
「ま、私をちゃんと彼女と見てくれていることには感謝するわ」
「心配させたなら謝るよ」
「ん……それじゃ意気地なしさんにプレゼント」

 霊夢はこたつから出ると回り込んで俺の脚の上に跨った。
 凄く近くに霊夢の顔があってどきどきするのとまつ毛が長いことに気が付いた。
 
「○○が何しても私は拒まない。だから貴方が好きなようにして」

 こちらを真剣な表情で見つめてくる霊夢。
 女の子にここまで言わせる自分に情けなくなってくる。それでも何もしなければそれこそ最低だ。
 緊張で手が震えているのが分かるがそれでもしっかりと霊夢の肩を掴む。
 目をつぶってくれた霊夢に自分の唇を重ねる。
 
「ん……」

 触れるだけの軽いキスを繰り返すたびに心の中に熱いものがこみあげてくる。
 もっと、もっと、霊夢を感じていたい。
 肩から手を離して背に腕を回してきつく抱きしめる。
 
「ん、ちゅ……ちゅ……」

 俺の思いは伝わっているのか不安になったが杞憂に終わった。
 霊夢も俺の背に腕を回して身体を密着させてくる。
 だんだんとキスも激しくなり、淫らな水音も混じりだす。
 
「んっ……ちゅ、ちゅぱっ、ふ、んん……んぁ……ちゅ、もっとぉ……ふぁ、んん」

 愛しい。霊夢の何もかもが愛しい。
 そんな思いに支配されて知らず知らず腋から手を入れる。
 
「ふぁっ……優しくして……」

 手の中に吸いついてくる白磁色の膨らみを丁寧に捏ねあげる。
 しっとりとしているそれはサラシを巻いていないので直に霊夢の温かさを感じられる。
 
「ん……ぁっ、あんっ、そう、そこが……いいっ」

 桜色の実を指の腹で押しつぶし、こりこりと動かすと霊夢の身体がびくんと跳ねた。
 
「んっ……ふぁ、ぁっ……んくっ、……っ」

 時折涙が眼尻に浮かぶが痛くて流れてきているわけではないらしい。
 両手が塞がっているので唇で霊夢の涙を拭う。
 そんな俺を霊夢は優しく微笑んで見つめてくれる。
 
「はぁ……んっ、むぅ、ちゅううっ、じゅるっ……ぷあっ、はぁはぁ」

 胸と唇を愛し続け、そろそろ霊夢も限界に来ているらしく身体が震えている。
 俺もそろそろ限界に近い。

「ぁ……ダメっ、もうっ……○○お願い……我慢できない……っ」

 霊夢の濡れた瞳に見つめられて俺は……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えへへ♪ もらっちゃったもらっちゃった♪ ○○のはじめてもらっちゃった♪」
「霊夢もはじめてじゃないか」
「いや?」
「そんなことは無いけど……」
「ならいいじゃない♪」

 あの後こたつでにゃんにゃんしてしまい、後片付けを終え今霊夢は上機嫌で俺の股の間に座っている。
 ……やっぱり女の子って柔らかくて華奢っぽいけどちゃんと男を受け止めることができるんだな。
 大きなリボンをした霊夢の頭を撫でてあげると嬉しそうに俺にもたれかかってくる。
 幸せな時間が流れていき、除夜の鐘が聞こえてきた。
 
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、○○」
「ああ、霊夢も」

 何度も交わったせいか大きな欠伸が出て無償に眠い。
 そろそろ床につくか。
 
「俺、そろそろ寝るよ。霊夢は?」
「私も一緒に寝る」
「じゃ抱っこしてあげる」
「うん♪」

 軽々と霊夢を抱き上げ、首に腕をかけて満面の笑みを浮かべる霊夢を連れて俺は寝室に向かった。


新ろだ242

───────────────────────────────────────────────────────────

「ねーお祭り行こうよー」

 ○○の突然の提案に呆れる霊夢。
 
「何いきなり言い出すのよ。うちの例大祭はまだ先よ」
「そうじゃなくてさ、里の方でお祭りがあるんだよ。そっちに行ってみようよ」
「なんでわざわざ里の方までお祭りに行くのよ? うちでもやるじゃない」
「だって博麗神社例大祭じゃ霊夢は巫女の仕事につきっきりで一緒に回れないじゃない。俺は霊夢と一緒にお祭り楽しみたいの」

 そう答えると霊夢はしばらく考え込んで仕方ないといった感じでため息をついた。
 
「……はぁ、わかったわ。でいつからお祭りはやるの?」
「今日」
「今日!?」
「ん、だから急いで帰って来た。こっちはもう準備できてるよ」
「ま、待ちなさいよ! わ、私は準備があるから○○は先に行ってて!」
「りょうかーい」

 ○○が出て行ったあと霊夢は自室に戻り、着替えを始めた。
 
 
 
 
 
 
「んー遅いなー、霊夢。なにしてるんだろ?」

 祭り会場の入り口でそう零す○○。例大祭ほどではないが人が多い。
 ○○は人通りの邪魔にならないよう道の端にいた。
 そんな彼に声をかける少女がいた。
 
「おっす。○○もお祭りに来たのか?」

 その声がした方を見ると三角帽に白黒のエプロンドレスを着た金髪の少女が片手をあげて笑顔でこちらを見ていた。
 
「やぁ。魔理沙もお祭りに遊びに来てたんだ」
「まぁな。祭りと聞いて参加しないわけがないぜ」
「魔理沙は騒ぐことが好きだからね」
「おぅ。弾幕も祭りもパワーが大事だと私は考えるからな」

 そう話をしながら盛り上がっていると会場から反対側から霊夢がやってきた。
 いつもの巫女服ではなく、女の子らしい浴衣姿をしていた。
 ぽかんと口を開けたままになっている○○に霊夢はちょっと不機嫌そうな声で呼びかけた。
 
「ちょっと、何とか言いなさいよ」
「……うぇっ!? あ、ええと、その……」

 普段の姿からは想像できないことからくるギャップのせいで上手く喋ることのできない○○に変わって魔理沙が受け答える。
 
「へぇ、浴衣なんて持っていたんだな。馬子にも衣装とはよく言ったもんだぜ」
「な、なんですってぇ~!」
「おぉ! 怒った怒った。それでこそ霊夢だな。じゃ待ち人も来たことだし早く回ろうぜ!」

 もう待ちきれないといった感じで魔理沙は出店に向かって走り出す。
 慌てて○○と霊夢は魔理沙を追いかけるが○○の心は未だどきどきが治まらなかった。
 
 
 
 
 
 りんご飴、綿菓子、べっこう飴、焼きそば、たこ焼きと縁日の定番のものを食べ、射的、金魚すくい、輪投げにヨーヨ釣りとまさに全力といっていいくらいに出店を回った。
 そんな中ひとつの出店の前で三人は足を止めた。出し物はひもくじなのだが店員が見知った顔なのだ。
 
「何してるんですか、お二人とも」
「あ、○○いらっしゃーい」
「魔理沙と霊夢もいらっしゃい。どうだい? 一回引いていかないか?」

 その店員とは神奈子、諏訪子の神様コンビだった。
 
「何よ、お賽銭だけじゃ食べていけないからこんなところで店出してるの?」
「まさか。暇を持て余していたところに里の方で縁日があるって早苗が言うから、ちょっと出張っているのさ」
「でも、その早苗はどこに行っているんだ?」
「早苗はにとりと椛に連れられて屋台を回っているよ。で、一回くらい引いていきなよー。神様のご利益があるくじだからいいもの当たるかもよ~?」
「よーし、じゃ私が引かせてもらうぜ!」

 小銭を渡して魔理沙は神妙な顔をして束になったひもを物色するとその中の一つを掴んで力強く引っ張った。
 
「よっしゃ! 手ごたえあり!」

 自信満々な魔理沙だったが景品の群れの中から浮いてきたのはショボいブリキのオモチャだった。
 
「ざんねーん。はい、チキチキゼミね」
「うう……もう一回! もう一回やらせてくれ!!」
「あいよ、まいどあり~」

 その後何度も繰り返しても縁日名物のショボいものばかりが浮いてくる。
 ついに魔理沙の所持金も尽きてしまった。
 
「またまたざんねーん。シガレットチョコ当たり」
「うぅ……これいいものなんか繋がっていないだろう……」
「いや、繋がっているよ。ただ日頃の行いが悪いと引きも悪くなるんだ。神様が管理しているからな」

 ニヤニヤとしょぼくれた魔理沙を見る神奈子。まぁ常日頃の行いとしては魔理沙は褒められたことはしていないだろう。
 霊夢にもくじを進めた諏訪子だが、霊夢は興味がないようで魔理沙の一喜一憂するさまを眺めていただけだった。
 落ち込んだ魔理沙を慰めるため霊夢は何か他に面白いものがないか見てくると言って人ごみの中に紛れていったがここにいてもヘコむだけだと魔理沙も霊夢の後に続いていった。
 一応集合場所は決めてあるので逸れても心配はないのだが○○はひもくじの前から動かなかった。
 
「ん? ○○も引くかい?」
「それじゃ一回引かせてもらおうかな」
「あいよ」

 代金を払って○○はひもを引く。するすると下げられたひもの変わりに上がってきたものは小さな小箱だった。
 その小箱を受け取ると中には銀色に輝く指輪が入っていた。
 
「おー。それを引いたんだ。たぶんうちで一番いいものだよ」
「え? これおもちゃじゃないの?」
「私が直々に原石から削り上げたものさ。暇つぶしに作ったものだけどしまってあるだけじゃもったいないだけだからな」
「ん、それじゃ貰っておくよ」

 指輪をポケットにしまうと○○は雑踏の中に消えていった。
 
 
 
 
 
 集合場所に決めたところには霊夢だけが待っていた。
 
「魔理沙は?」
「アリスを見つけてタカリに行ったわよ。まだ遊び足りないらしいから」

 魔理沙らしいと苦笑する。人通りより少し離れた場所なので出店から聞こえてくる声や祭囃子よりも虫の鳴き声の方が大きく聞こえてくる。
 月明かりの中、しばらく無言になり○○は静かに口を開いた。
 
「何だか昔を思い出すよ」
「昔って?」
「小さい頃さ、縁日で一人の女の子と出会ったんだ。大きなリボンをしてた長い黒髪の女の子」
「あ、私もある。あまり見かけない服を着てた。ちょうど今の○○みたいな」
「「…………」」
「もしかして、昔会ってたかもしれない?」
「そうね……あ、たしかその子に指輪を貰ったわ」
「……完全に俺だ」

 二人は過去を思い出す。
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
 幼い頃○○は縁日を楽しみにしていたが約束していた友達が用事で遊べなくなってしまい一人で縁日を回っていた時のこと。
 神社の狛犬の像の傍に一人の少女を見つけた。
 若干時代が違うような着物を着てつまらなそうに周りを見ていた。
 気がつくと○○は少女の前に来て手を差し伸べていた。
 
「一緒に見て回らない?」
「……うん」

 少女の手を握り縁日を回る。小さな神社のはずだったがどこまで行っても終わりが見えない。
 周りの人々も尻尾があったり、獣耳が生えてる人が多くなっていた。しかしそんな周りの変化より少女がさっきより表情豊かに笑ってくれる方が○○には嬉しかった。
 楽しい時間はあっという間にすぎ祭りも終わりに近づいた時、○○は少女に縁日で買ったおもちゃの指輪をあげた。また会えるように、今度は友達を連れてくるからみんなで遊ぼうと約束して。
 さよなら、また明日と言って別れた時、少し彼女の顔に悲しげな表情が浮かんでいたが○○は特に気にすることはなかった。
 後日、何度も神社に通ったが、あの少女が姿を現すこともなく、○○もあのどこか幻想的な少女のことを忘れていった……
 
 
 ◇  ◇  ◇
 
 
「あの時の子、やっぱり霊夢だったんだ」
「昔から結構強引だったよね。私の手を握りしめて連れ回すんだもの」
「だって、そうでもしなけりゃそのまま消えてしまいそうだったんだもの」

 祭りの締めとして花火が上がる。空に咲く大輪の花の光に照らされた霊夢はすごく綺麗に映る。
 
「霊夢は変わらないね。あの頃と何にも」
「○○は変わったわ。背も大きくなったし、顔つきも大人らしくなった」

 周りは花火に夢中で見つめ合う二人には気にも留めていない。
 ○○はそっと霊夢を抱き寄せるとポケットから指輪を取り出して霊夢の薬指にはめた。
 
「また指輪をくれるの? 再会のお祝い?」
「いや、違うよ。今度はずっと霊夢と一緒にいたいから。もう別れたくないから」

 ぎゅっと彼女の身体を抱きしめて耳元で囁く。

「絶対に離さない。さよならなんて言わない。また明日っても言わない。霊夢の傍にずっといるよ。また会えなくなったりしないように」
「ん……」

 花火の音が何処か遠くに聞こえる。お互いの身体にとくん、とくんと伝わる心臓の音の方がよほど大きく聞こえた。
 
 
 
 
 
 からころと下駄の音を立てながら二人は神社への道を歩いていた。
 川べりにホタルが舞いその明かりを見ながら家路に向かう。
 
「今度はうちの神社の例大祭が近いわね」
「でも霊夢は巫女としていろいろやるから今日みたいには出歩けないよね」
「そうね。でも今回はちょっとやる気出てきたから。○○、私の舞見ててくれる?」
「うん、今までも見てきたけど凛々しくて素敵だったよ」
「もっとすごいものにしてみせるから楽しみにしてなさいよ」

 絡めた指にきらりと銀の指輪が光る。
 時折その繋いだ手を嬉しそうに眺める霊夢。
 まだ幻想郷の夏は終わりそうもない。


新ろだ305

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