プロポスレ@Wiki

神恋Ex

最終更新:

orz1414

- view
メンバー限定 登録/ログイン
「諏訪子様、まだなのか?」
「もうすぐだよー」

二人で並んで空を飛ぶ。
ぴゅーぴゅーと木枯らしが吹き付けてくる。
風の防壁とかそんな器用な術をまだ身につけていない俺は、正面から全身にモロに受けている。
はっきりいって…超寒いぞ…

「そもそも、俺たちはどこに行こうとしてるんだ?」

そう、俺は目的地がどこなのかすらも知らない。
大掃除に向けて部屋の片づけをしていたところ、突然諏訪子様に引っ張り出されたのだ。
しかし、そんな俺のごく当然の問いに諏訪子様は…

「もう少しだって! とってもいいところだよ!」

さっきからずっとこうだ…
それに諏訪子様の持ってるデカい風呂敷包みも気になる。

あーそれにしてもさみぃ…
このままじゃ本当に風邪を引いてしまいそうだ。

「あ、見えてきたよ!」

俺が文句の一つでも言ってやろうかと思い始めたとき、諏訪子様が声を上げた。

なんだなんだ?
この一体はずっと森と斜面しかないはずじゃ…

諏訪子様の声に俺は下を見渡し…

な、なんじゃありゃ!?

雪で真っ白にコーティングされた森の向こう、切り立ったガケの縁に、薄く光る半球状のドームのようなものが鎮座ましましていた。

あれは…結界かなんかか…?
何かの施設のようだが…

諏訪子様に促されるままに、その施設の正門の前に降り立つ。
木造の、妙に豪華な造りの門だ。
ふと見上げてみれば、門の上にはプレートがかけられていて、そこには毛筆書きの文字が躍っていた。

『かわずの湯』…と。


~ 『神々に恋した幻想郷EX-02 冬至に湯治って素敵だね』 ~


「どう!? やっと完成したんだよ!!」

両手を大きく広げて誇らしげに笑う諏訪子様に、俺はなんて言っていいかわからず絶句していた。

いつの間にこんなものを…
最近諏訪子様が妙にはしゃいでいたのはこのせいだったのか…

すっかり呆れてしまう俺。

「ちょっとちょっと、もっと感動の言葉とかないの!?」

一方の諏訪子様は、俺の反応にいたくご不満のようで、蛙よろしくそのぷにぷにのほっぺを一杯に膨らませていらっしゃる。

そんなこといっても…なあ?
今の今まで全く知らされてなくて、いきなり銭湯を作りました!っていわれたらそりゃ誰でも呆気にとられるだろうよ。

そんなこんなしていると、中から青い髪に緑の帽子をかぶった少女が歩いてきた。

「諏訪子様、お待ちしてましたよ!」

そういって笑う少女の背中には甲羅のようなものが背負われている。

この娘は…河童か…?

見定める俺を差し置いて、諏訪子様は上機嫌で話しかけた。

「おーご苦労様! 首尾の方はどうかな?」
「バッチリですよボス! お風呂場の設計も言われたイメージ通りにしましたし、湯加減もぴったり! 偽装一切ナシの完全掛け流し天然温泉です!」

諏訪子様の問いに、河童の少女はニンマリと笑って答える。

…なるほど、ということはあのドームのようなものは外から見えないようにするためのものか。

今更のように気付いてつぶやく俺の台詞に、少女は食いついた。

「ご名答! そう、これは私の開発した光学迷彩を更に改良した、対のぞき用究極防御壁、その名も光子力おーらばりあー!!」
「…………」

そりゃまた随分と古いこって。

「通常の可視光はもちろん、魔力、霊力、果ては魚雷などの実体兵器に対しても完全防御! 狼天狗の千里眼もばっちりシャットアウトします!
 それでいて内部からは外部の景色が楽しめるという至れり尽くせり!」

ここはどこの要塞研究所ですかね…?
しかもあのバリアーって結構簡単にパリンって割れるんじゃなかったっけ…
それに光学迷彩っていうけど逆に目立ってるぞこれ…

自らの技術の解説でスイッチが入ってしまったのかしゃべりまくる少女。
俺の突っ込みなどもはや聞こえていないようで、いかに苦労したか、技術が素晴らしいかを某エーックスのごとく語り続けている。
…あ、諏訪子様もちょっと引いてる。

「ま、まあそれはいいからそろそろ中を見せてくれないかな?」

諏訪子様の言葉に、少女はハッとしたように苦笑いを浮かべた。

「あ、す、スミマセン…。それじゃ、中にどうぞ!」

少女について中に入る。
中を見れば…正面右手には男湯、左手には女湯の暖簾がかかっている。
番頭台の右手には、広々としたくつろぎスペースが。
ゆったりとした畳張りに、マッサージチェアっぽいものがいくつも…軽食かなんかが喰えるようなカウンターもある。風呂上りのコーヒー牛乳は定番だな!

…よくここまで作ったもんだな。

さらにその向こうには…ゲ、ゲームコーナ…!?
卓球台はまあいいとして、なんかUFOキャッチャーと思わしき匿体から対戦アーケードっぽいものまで…
これは絶対諏訪子様の趣味だな…そもそもどこから手に入れたんだ…

徹底的なこだわりようにもう俺は呆れを通り越して感心してしまった。
まあ…この分だと風呂場も期待できるだろう…多分。




さて、いよいよ入浴といったところだが…
そこで俺は重大なことに気付いた。

俺タオルも着替えもなにも持ってないぞ!!

だってそりゃ風呂に行くなんて知らされてなかったからな…
タオルは置いてあるようだが着替えは…

しかし、そんな心配はご無用とばかりに諏訪子様にはいこれ、と包みを渡された。
その中身は、俺の石鹸、タオル、代えの服、それに下着…

…あのデカい風呂敷は俺の着替えも入ってたのか。
っていうかなんで諏訪子様が俺の着替えをもってんだ!?

俺の極真っ当な疑問に、ああ部屋から持ってきたよ、と悪びれることなく言ってくださった。
なんで人の部屋のタンスを漁ってんだ、という俺の抗議はいつもの笑顔で華麗にスルーされた。
…まあ、いいけどさ。

「それじゃ○○、また後でね!」

風呂場の入り口で諏訪子様と別れる。
諏訪子様は女湯の方へと、俺は男湯の暖簾をくぐる。

「盟友のお兄さん、ゆ っ く り し て い っ て ね!」

入り際に河童の少女に妙なイントネーションで声をかけられた。
なんかニヤニヤ笑ってるような気もする…?

風呂場にもまた妙な仕掛けがあったりするんじゃないだろうな…
まさか風呂場の底が割れてそこから巨大ロボットが登場したりとか…それはないか。


脱衣所でいそいそと服を脱ぐ。
今まで散々呆気に取らされることばかりだったが、今になって俺はワクワクしてきた。

俺は江戸っ子ではないが風呂は大好きなのだ。
外に居たときもよくスーパー銭湯とかに行ってたし、大学入ってからは温泉めぐりとかもした。
…ジジむさいとかいうなよ。風呂は命の洗濯だ。

しかも…聞くにこの温泉は今日完成したばかりということ。
つまり…俺たちが本当の意味での一番風呂ということになる。
これが心躍らずにはいられようか?

はやる心のままに、脱ぎ捨てた服をロクに畳みもせず丸めてロッカーへポイ。
シワになるかもしれんが…早苗ゴメン。

ガラガラガラっと引き戸を開けると、中から蒸気がむわっと吹き出して来た。
温泉特有のかすかな硫黄のにおいが立ち込めている。

天然の岩肌っぽい洗い場と、石畳に囲まれた露天風呂が奥に見える。

「おーっ! これはすごい!」

思わず歓声をもらす俺。

実に本格的だ。
風呂場の風情あるデザインももちろんのことながら、露天風呂の向こうには森とガケの見事な景色が見えている。

本来は身体を先に洗うべきなのだろうが、客は俺しかいないのだ。
ここはもう早速露天風呂を堪能するしかあるまい。

かけ湯をすませ、露天風呂へと猛ダッシュ(※風呂場は危険なので走ってはいけません)!

「いやっほーぅ! チョー気持ちいいー!!」

温泉の手前で踏み切り、空へと踏み出す!
そのまま空中で見事な弧を描き、金メダリストや某三世も裸足で逃げ出す華麗な飛び込みフォームでいざ水面へ…(※飛び込みはマナー違反です)!!

「あ、○○やっときたね!」

…ゑ?

どっばっしゃーん!!

ゴインッッ!!!


俺はそのまま風呂の底へと垂直に突き刺さり、石畳と熱い接吻を交わした。

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」

激痛に悶絶しながらばっしゃんと湯を跳ね飛ばして起き上がる。
そんな俺に

「…なにやってるの?」

呆れたように声をかけてくださる俺の女神様。

「な、ななななnnnn!!」
「何でいるかって? そりゃ混浴だもん」

「ききききkkkkk!!」
「聞いてないって? そりゃ言ってないからねえ」

動揺しまくる俺に平然と答える諏訪子様。

…それでいいのか!?
だって裸だぞ! すっぽんぽんなんだぞ!?
早苗とはまだキスだって出来てないのに…!

頭を抱えて悶絶する俺。

い、いや落ち着け俺。
あの諏訪子様だぞ…!
小学生の妹と風呂に入るようなものじゃないか!

そう、諏訪子様だって平然としてるだろう?
俺がそんな目で見るのはかえって失礼失礼…!
無念無想…色即是空…南無阿弥陀仏…

必死で煩悩を殺す俺。
しかし、そんな俺に諏訪子様は…

すすす…ぴとっ…

いつの間にか俺のすぐ側に来ると腕を抱きかかえてくれやがった。

「宇亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜!!!!!!112」

俺の魂がいろんな意味で絶叫をあげる。

断崖絶壁だと思ってたのに思ったより…
厚みはないがこの柔らかさが…

って違う違うちがうぅぅぅっ!!!
や、やばいこれはヤベエよ俺!!
このままでは…取り返しの付かないことにっっ!!

その時、俺の脳裏をこの間見たばかりの早苗の泣き顔がよぎった。

そ、そうだ…俺はもう早苗を悲しませないって誓ったじゃないか…
愛しの早苗よ、この俺に力を!

早苗の笑顔をイメージして一気に邪念を吹き飛ばしにかかる。


================ 俺激闘中 ====================


はあ…はあ…はあ…
な、なんとか邪念を殲滅完了した…危なかったぜ…
しかし、諏訪子様もタチの悪い冗談を…!

そう思って隣の諏訪子様を見れば、んふふふとニヤニヤ笑っていた。

くっ…からかわれてる…!

煩悩が去ると、一気に怒りがこみ上げてくる。

くそっ、俺の純情な男心をもてあそぶとは…!
このままやられっぱなしでいるものか!

復讐心に燃える俺。

「まぁ、これ以上やると早苗が怖いから、冗談はこの辺で…」

なんて言って離れようとする諏訪子様だが…

そうはさせん!
今度はこちらの番だ!

俺は離れようとした諏訪子様の両肩をすばやく掴んだ。

「…えっ?」

戸惑いの声をあげる諏訪子様。

「あ、あの○○…?」

今までの勢いはどこへやら、困惑顔で振りほどこうとする諏訪子様をがっしり押さえつける。
攻守交替、そう、ここからは俺のターンだ!

「…そうだよな。俺と諏訪子様はあっついキスもかわした仲だもんな。これくらいなんて事ないよな?」

そういって諏訪子様に顔を近づけると、そのお顔が一瞬にして茹で上がった。

「え…あ…え…? ○○には早苗が…」

真っ赤な顔のままぼそぼそとつぶやく諏訪子様がとっても可愛らしい。

「今ここにいるのは俺と諏訪子様だけだよ…」

俺はそう囁いて諏訪子様の頬をふわりと両手で包み込むと、その瞳を正面から見つめた。

「あ…う…」

俺が顔を近づけると、弾かれたようにぎゅっと瞳を閉じる諏訪子様。

俺はそのまま…

たて、たて、よこ、よこ、まーるかいてちょん!!

その柔らかなほっぺをむにーっと引っ張った。


……………………


「…………は?」


呆然と目を開き、とっても間抜けな声を上げる諏訪子様。
その表情が最高に面白くて…

「ぷっ!」

「ぷはっ、だはははははははははっっ!!」

俺は思わず大爆笑していた。

どうだ、ざまあみろ!
俺の男心をもてあそんだ罰だ!

「はっははははっははっは! ひーひー!!」

息を切らせて笑い続ける俺。
やばい…腹が痛い…腹筋が崩壊する…

諏訪子様もこれに懲りて、もう俺をからかおうとは…って諏訪子様?

諏訪子様を見れば、ぷるぷると身体を震わせていた。
そのお顔が、さっきとは別の意味で真っ赤に染まっている。

あれ…これはもしかして…怒ってらっしゃる?
ほ、ほら諏訪子様も俺をからかったんだしここはケンカ両成敗ってことで一つ…!

「○○の…」

あ、これはやばい。

3.Hey, I count down.
2.Are you ready?
1.覚悟はどう?

「ばかぁぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!」

ちゅどんっ!!!

俺は至近距離から霊力弾の直撃を受け、高々と空を舞ったのだった。





その後、俺が平謝りに謝り倒して、やっと諏訪子様の機嫌が直った。
ドタバタして体が冷えてしまった分、再び二人で並んで温もっている。


ふう、と一つ息を吐いて結界越しの景色を眺める。
雪に染まった森と、遥かに広がる山肌が実に雄大だ。

それを眺めながら…俺はとある疑問について考えていた。

「なあ、諏訪子様。なんで今日は俺を連れてきたんだ?」

そう…俺がずっと気になってたのはそこだった。
これだけの施設…いくらなんでも簡単に作れるものじゃないだろう。
その折角の一番風呂に、早苗と神奈子様を置いて俺だけ連れてくるというのも変な話だ。
単に温泉のテストがしたいだけなら女同士のほうが都合もいいだろうし。

「うーんと…それは…ね」

俺の問いに、諏訪子様は少し答えづらそうにしていたが…

「それは、○○にお礼と頼みごとがしたかったから…かな?」

そういって、俺のほうへと向き直った。

お礼と頼みごと…?
何の話だ?

首をかしげる俺を、諏訪子様はまっすぐに見て…

「○○…私たちを助けてくれて、ありがとう」

そういって、頭を下げてきた。

んなっ…?

いきなりお礼を言われて戸惑う俺。

「○○がいてくれなかったら…きっと早苗も、私も、神奈子も、みんなダメになってた。今私たちが、こうやって元通り家族に戻れたのも、みんな○○のおかげ。
 だから…本当にありがとう」

…改まって言われるとなんかすげー恥ずかしい。
突然真面目モードに入られて心の準備が出来ていなかったというのもあるが。

そもそも、俺は自分の思うとおりにしただけで…別にお礼を言われることでは…
むしろ俺は力を与えてくれた諏訪子様に感謝していて…

上手く言葉にできずぼそぼそとつぶやく俺。
諏訪子様はそんな俺をみてクスッと微笑んだ。

「○○は優しいね…。だから、そんな○○にお願い。早苗のことを、幸せにしてあげて」

そりゃ言われるまでもないけど…
でも、どうして改まって?

「早苗は今まで私たちのためにずっと自分を殺して生きてきたから…。
 でも、○○ならきっと早苗のことを幸せにしてくれる。○○なら、きっと誰よりも早苗を大切にしてくれる。
 ○○にだったら私たちの大切な早苗を任せてもいいって…そう思えるんだ。だから…早苗をお願い」

諏訪子様はそういって、再び深々と頭を下げた。

俺は、その言葉に身の引き締まる思いだった。
突然の空気の変わりように戸惑っていたが、やっとわかってきた。そう、これは諏訪子様の心からの言葉だと。

諏訪子様が、早苗を任せるとまでいってくれたんだ。
この言葉には決していい加減な気持ちで答えてはいけない、そう思った。

俺は一呼吸して気持ちを落ち着け、居住まいを正すと、諏訪子様の目を正面から見て

「ああ、早苗のことは俺が絶対に幸せにする」

俺の本心を込めて、そう、きっぱりと答えた。
諏訪子様はそんな俺の言葉をしっかりと受け止めると、満足げにうなずいてくれた。

「でも、それだけじゃないぜ、諏訪子様」
「…え?」

俺の言葉に、不思議そうに聞き返す諏訪子様。
そう、今の諏訪子様の言葉には、足りないものがある。

「俺が幸せにしたいのは、早苗だけじゃない。諏訪子様だってそうだからな?」

諏訪子様だって、俺の大切な家族であり、俺の女神様でもある。
早苗だって、神奈子様や諏訪子様抜きでは本当に幸せになることは出来ないだろう。
だから、俺は早苗だけじゃない、家族全員を幸せにしなくちゃいけないんだ。

「○○…」

諏訪子様は、しばらく驚いたような表情をしていたが…

「うん…ありがとう○○。幸せにしてね?」

頬を染めて、そう微笑んだ。

その表情があまりに魅力的で、俺はふと思った。
もし…何かが違っていたら…俺はこの女神様に惚れていたのかもしれないな…と。





すっかり遅くなってしまって、守矢神社への帰り道を急ぐ。
吹き付けてくる風が火照った肌に心地よい。

早苗、心配してるかなあ?

そう思いながら、俺は諏訪子様を背負って夜空を飛ぶ。

「あーうー…ごめんね○○」

申し訳なさそうな表情でしょげかえる諏訪子様。
あの話の後、あまりに長風呂しすぎたせいか諏訪子様は湯当たりで倒れてしまったのだ。
ゆっくりした結果がこれだよ!

…まあ、蛙だし、本来は湯には強くないよな。

妙に納得してしまう俺。
でも…こうやってしおらしい諏訪子様もまた可愛いな、と背中を振り返ってそう思った。

俺や早苗を優しく包み込んでくれる母のような諏訪子様。
俺をからかい、時には導いてくれる姉のような諏訪子様。
いつも元気一杯に笑う、可愛らしい妹のような諏訪子様。

それら全てが諏訪子様の一面であり、また魅力でもある。

そして気付く。
俺は、こんな俺の女神様の事が、大好きなんだと言うことに。

そう、俺が愛する人は、世界でただ一人早苗だけだ。
だけど、諏訪子様だって、神奈子様だって、俺の大切な家族なんだ。

だから俺は…これからもこの大切な女神様を守っていこうと心に誓った。


これからもずっとよろしくな、諏訪子様!




───────────




ちゅんっ…ちゅちゅん…

小鳥達の可愛らしいさえずりが耳に障る。
縁側から差し込んでくるさわやかな朝日が目に痛い。

「…92…93…94…」

しめ飾りを数える早苗を固唾を呑んで見守る俺たち。

これでまた1個足りないとかになったら…勘弁してくれよ…!

「…98…99…100っ! できました! これで全部完成です!!」

…………

早苗の宣言の直後、一瞬の沈黙があり…

うおおおおぉぉぉぉーーーっ!!!

次の瞬間、俺たちは大歓声をあげていた。
徹夜明けの変なテンションのまま、完走した駅伝選手のように互いの肩をビシバシ叩いて称えあう。

や…やっと終わった…

歓喜が去り、一挙に脱力感が身体を包む。
純粋に体力的な疲れももちろんあるが、なによりも護符に注ぐために霊力を常に全開で放出したことによる疲れが大きい。

当初自分の限界を分かっていなかった俺は、早苗にいいところを見せようとハッスルしまくり…
…結果、霊力の枯渇でパリンッ…と逝ってしまった。

いやぁ…話には聞いていたが実際はこういう感触だったのね…

文字通り自分の体の一部が”割れる”ような今までにない感覚。
諏訪子様が慌てて霊力を緊急補給してくれなかったらマジで昏倒してたかもしれん。

それにしても…その補給方法は…酸素の補給に似ているわけで…
その…よりにもよって早苗の目の前で…
早苗ともまだしてないのに…

早苗は緊急時ですし別に気にしてないですよと微笑んでくれたが…
その瞳にちょっぴり寂しそうな色が混じったのを俺は見逃さなかった。
以後くれぐれも気をつけようと、胸に誓った俺であった。

疲れに任せて、畳に倒れこむ。
ここ数日は、ほとんどロクに寝ていなかった。
急激に押し寄せる眠気が、俺の瞼を落としていく。

ああ…もう限界…だ…
おやすみ…な…さ…い…

そのまま、俺の意識は沈み込んでいった。


~ 『神々に恋した幻想郷EX-03 今年と来年の境界』 ~


ハッと気付くと、居間に転がったまま毛布がかけられているのに気付いた。
起き上がろうとして違和感を感じる。
ふと見れば、俺の左腕に諏訪子様がしがみ付いて眠っていた。
さらに横を見れば、神奈子様が壁際にもたれ掛かって眠っている。

そうだ…俺はあまりの疲れにあのまま眠ってしまったんだった。
ようやく意識がはっきりしてきて、状況を把握する。

まあ…ここ数日間は本当に地獄の忙しさだったしなあ…

そう、神職が走ると書いて師走というが、文字通りここ数日の俺たちは大回転だった。
年末、正月と神社の重要イベントが目白押しのため、その準備に東奔西走していた。

それにしても…本当によくやってきたもんだ…
ここ数日が遥か遠い昔のように感じる。


25日、それは(外の世界では)楽しい楽しいクリスマスだ。
かくゆう俺も、今年こそは人生初のシングルベル卒業だぜフゥーハハハ…と、ひそかに期待してたりした。

村で働いたバイト代を全てはたいて、取って置きのクリスマスプレゼントを用意した。
また、村の肉屋に頼んで、鶏一羽丸ごとを手に入れた。
さらに魔理沙のツテを頼って、湖の洋館でワインも手に入れたし、鶏の調理方法も教わった。
これで、早苗と完全で瀟洒な聖夜を満喫できる…はずだった。





「○○さん、私に見せたいものってなんですか?」

神奈子様と諏訪子様が寝静まった後、俺は早苗を居間へと呼び出した。

「ふふふ…驚けよ早苗。じゃーんっ!!」

勿体をつけて、障子をばぁんと開く。
そこには…俺の用意したローストチキンとキャンドル、そしてワイングラスが二つ。

「こ、これは…一体どうやって…?」

驚きに口元へと手をやる早苗。

「村の人に協力してもらって用意したんだ。早苗と二人きりで過ごしたかったからな」
「○○さん…」

瞳を潤ませる早苗。
これだけ喜んでもらえればサプライズを用意した甲斐があったというものだ。

「ささ、それじゃ座って座って」

早苗を促して、席に付かせる。
コタツというのがアレだが…さすがにそこは仕方ない。

キャンドルに火をつけ、部屋の電気を消す。
ゆれる炎に照らし出された早苗は幻想的な雰囲気を漂わせ、いつもよりももっと可愛らしく見えた。

シュポーンと景気いい音を立ててコルクが引き抜かれる。
トクトクトクとルビーのような真紅の液体をグラスに注ぎ、早苗に渡した。

「それじゃ早苗…かんぱーい!」

打ち合わされたグラスがカチンと澄んだ音を立てる。
くい…っとワインをあおると、豊かな香りと酸味が口いっぱいに広がった。
うむ、さすがは完璧メイドお勧めの一品。

「美味いな、早苗」
「はい…私普段はあんまりお酒飲みませんけど…これは美味しいです…」

グラスを手に、微笑む早苗。
頬を薄く紅に染め、ほぅっと息をつく仕草が何とも色っぽい。

普段の清楚とした可愛らしい早苗もいいが、こんな艶のある仕草も似合うんだな…

早苗の新しい魅力を発見してなんか嬉しい気分になる。
俺は高まる想いに導かれるように、早苗の隣に移動するとその細い肩に腕を回した。

「あっ…」

戸惑ったような声を上げる早苗。

ちょっと早まりすぎたか…?

早苗の反応に不安に囚われる俺。
だが次の瞬間、早苗は体の力を抜くと俺の肩に身を預けてきた。
俺も一際強く早苗の肩を抱きしめる。

その時…縁から覗く夜空に粉雪がふわりふわりと舞ってきた。
濃紺の闇と、その中に輝く光の粒の対比が何ともいえずに美しい。

「ホワイトクリスマス…ですね…」
「そうだな…」

まるで天が俺たちを祝福してくれているみたいだ。
そんなキザなことを考えてみる。

障子から冷気が入り込んでくるが、俺たちは寒くない。
早苗と、二人の暖かさを共有している。

「早苗…」
「あ…」

早苗の方を振り返ると、早苗と目が合った。
頬を高潮させる早苗の愛らしさに俺は…

「早苗…いいかな…?」
「はい…」

戸惑うも一瞬、早苗は瞳を潤ませて頷いてくれた。

瞳を閉じる早苗。
俺はその顎に手をかけ、くいっと上を向かせる。

…そのまま、炎に揺れる俺たち二人の影が一つに重なった。

そして、恋人達の時間が始まる…
俺たちはやっと、二人で手を取り合って大人の階段を…





という完璧な計画が俺の中に出来上がっていたのだ。
俺のセンスが絶望的に古いとかそういう突っ込みは受け付けない。

ところがどっこい…

ひゅおおおぉぉぉぉ!!

ごうごうと吹き付ける吹雪の中、俺は早苗を背負って空を駆けていた。
早苗が濡れないように背中を傘で庇う。
…そして必然的に、俺の前面は雪で埋もれていく。

一体どうしてこうなってしまったのか…

空しさに包まれつつ、回顧する俺。
そう…それは朝へとさかのぼる。

その朝、俺は朝から、チキンを焼くための下ごしらえを始めるはずだった。

ところが…早苗が出かける準備をしていた。
不思議に思った俺が聞いてみると…そう、この日は人里の様々な商店に仕事納めのお祓いにしに行かねばいけないらしかった。
今日一日で回る件数は…なんと20軒…

早苗には○○さんはゆっくりしていてくださいと言われたが、もちろんそんなことできるわけがない。
早苗の側で力になって支えると誓った俺だ。
俺も急いで準備し、二人で神社を後にして里へと向かう。

折りしも天気は豪雪。
風と雪が吹き付けてきて恐ろしく寒い。
折角のホワイトクリスマスも移動するには鬱陶しいだけだ…

そして、早苗と一緒に順番に村を回り…全て終わったのが夜6時過ぎ。
正直クタクタだったが、ここで帰ってすぐ寝てしまうわけにはいかない。

ま、まだ今から帰ってすぐやれば間に合う…!

そう思って気合を入れる俺だったが…

「おぅ! 折角だから○○に早苗ちゃんも一杯やってきなよ!」
「おお、やってけやってけー!!」

大工の棟梁の松っさんの一声で、若い衆に囲まれる俺たち。
そのまま、俺たちはなし崩し的に大工の納会へと参加することとなり…

超酒に弱い上、およそ断ると言うことの出来ない早苗は速攻潰れて寝てしまい…
俺は早苗の分もしこたま飲まされ…
フラフラになりながら早苗を背負って帰る事になった…

「なんだなんだ? ○○はこれから帰ってお楽しみかあ?」

ガッハッハと豪快に笑って俺たちを見送る松っさん。

あんたらのせいで楽しめなくなったんだよ!!
悪気がないだけに余計タチが悪いんだよ…!!
ってかあんたアレだけ飲んでおいてなんで平然としてんだよ!!

ギリギリと歯を噛み鳴らす俺。
もう突っ込みたい事が多すぎて怒りを通り越して悲しくなってきた。

しかも…空気の読めすぎる雪が夜更け過ぎに雨にかわりやがって…
神社に付くころには俺は全身ずぶ濡れになっていた。
風邪を引かなかったのが奇跡だ。

そんなこんなで、結局パーティーどころかプレゼントを渡す機会すら失ってしまった。
ちなみに鶏は…翌日早苗によって唐揚げとなった…
なんてこったい。




そして26日…その日は朝から鏡餅を作るための餅つきがはじまった。
力仕事こそ俺の出番だ、と張り切る俺。





「そーれいくぞ早苗~」
「はーい、○○さん」

♪ぺったん、たんたモチぺったん
♪ぺったん、ぺったん、つるぺtt(自主規制)

怪しいリズムに合わせて杵を振り下ろす俺。
早苗はそんな俺に完璧なタイミングで合いの手を入れてくれる。

「さすが早苗、ばっちりなタイミングだな!」
「うふふ…○○さんですから」

嬉しいことを言ってくれる。

「そうだよな、俺たちはラブラブカップルだもんな!」

ニカッと笑った俺の真っ白な歯からキラッ☆っと星が飛び出す。

「もう、○○さんったら」

恥ずかしそうに微笑む早苗。

うふふふ…あははは…
俺たち二人はそのままロンドを踊るように餅をついていき…




ってなるはずだったのに…
むしろ絶対なるはずないとかお前一体誰だよという突っ込みはきこえなーい。

どでかい臼が横に3つ並び、俺と早苗と諏訪子様がそれぞれ1つずつに配置された。

…?
この並びは一体どういうことだ?
俺たちは4人しか居ないわけだし…
二人一組の二組というのなら話は分かるが、これでは杵が足りない。
というか、そもそも杵はどこにあるんだ?
臼はあるが杵がどこにも見当たらない。

「それじゃ、三人とも行くわよー!」

?マークに囲まれる俺に、神奈子様の号令の声が聞こえた。

「ほーい!」
「はい、どうぞ神奈子様」

早苗と諏訪子様も平然と返事してるし。
いやだから杵はどこに…

そう思って回りを見渡してみると、ふと視界が遮られるのを感じた。
何気なく正面を見てみると…

臼の上にふわふわと浮かぶごっついオンバシラ。

…は?

俺の思考が事態に追いつくよりも先に…

ぶぉんっ!
どごぉんっっ!!

「うおぉっ!?」

俺の目の前で、轟音と共に激しい勢いで臼にメリ込むオンバシラ。

あ…あぶねぇ…!!

咄嗟に手をのけていなかったら今頃俺の手が餅になるところだった。
冷や汗タラタラでびびりまくる俺。

こ、これは一体どういうことだ…?
こんなフザけた餅つきがあるはずが…

「ほいっ、ほいっ、ほいっ!!」
「えい、えい!」

回りを見渡してみれば、早苗も諏訪子様も平然として合いの手を入れている。

「こら○○、サボってないでちゃんとやりなさい」

神奈子様に怒られる俺。

え、なに? 俺がおかしいのか…!?

カルチャーショックに打ちのめされる俺。

幻想郷の餅つきはワイルドでした…
さぞ腰の強い餅ができあがることだろう…

結局その日は、日が暮れるまで餅つき(?)に汗を流すこととなった。
被弾? 三回しかしなかったよ…?




続いて27日…この日は朝から大掃除だった。
神社の隅から隅まで、ひっくり返して掃除していく。
物品の整理やら移動といった大まかな作業を俺と諏訪子様がやり、乾拭き水拭きなどの細かな作業を早苗と神奈子様がやっていく。

しかしこれが…意外に広い広い…!
朝から四人総出でフル稼働し、夕方になってやっと目処が付いてきた。
後残りは、この土蔵だけだ。
諏訪子様と手分けして物を分類、整理していく。

しかしこの土蔵…骨董品のようなツボや、日本刀らしきものから古文書のようなものまで、何やら由緒ありげなものが次々でてくる。
果たしてどれを処分してどれを取っておくべきなのかさっぱり分からない。

諏訪子様に聞いてみればいいと思い、諏訪子様の担当ゾーンを覗いてみると…
そこには本棚の隣に腰掛け、何やら本を眺めてニヤニヤ笑う諏訪子様がいた。

…ヲイ。
思いっきりサボってるじゃないか。
こっちはもうヘトヘトだってのに。

ガツンと言ってやろうと諏訪子様に近づいていく。
その時、諏訪子様がこっちに気付いた。

「あ、○○ちょっとちょっと!」

何故かニヤニヤ笑ったまま手招きをしている。

なんだ…?

あまりに悪びれない笑顔に逆に怒気を抜かれてしまう。

「これこれ…見てよ!」

そうやって差し出された本を手に取り、眺めてみると…

「こ、これは!?」

そこには、小学生と思われる緑の髪のプリチーな少女の写真がファイルされていた。
ま、まさか…これはちびさなえのアルバム…!?

これは七五三だろうか…おしゃまな着物の少女がちょっと恥ずかしそうに笑っている。
こいつは…小学校入学式か…ランドセルを背負ってにっこり笑顔を浮かべている。
これは…! 今や絶滅危惧種の体操服…!! 紅葉のようなお手手をこちらへ振っているのが微笑ましい。

「おおおぉ…可愛いぞこれは…」

感嘆の声と共に、食い入るようにアルバムを見つめる俺。
俺の知らないころの恋人の姿。
早苗の新しい一面をまた知った気がする。

「諏訪子様、次くれ次」

隣の諏訪子様に続きを促すものの…

「あー…うーん…こいつはマズイかなあ…」

何故か反応が芳しくない。

「どうしたんだ?」

尋ねる俺に諏訪子様は言いにくそうに…

「いやー…これはねぇ…温泉に行った時の写真とかがあるんだよね。だから…その…ねえ?」

そうおっしゃってくれた。

!!??!
そ、それはつまり…幼きころの早苗の柔肌が…!?

「そ、それはいかん! そんな危険なものは廃棄せねば!」

諏訪子様の手から奪い取ろうと手を伸ばす俺。

「こ、こら! これはダメだってば!」

慌てて俺の手を叩き落とす諏訪子様。

だがその程度でくじける俺ではない。
そう、そんな禁書は悪用されないように俺が(自分の部屋に)封印せねばならない!
早苗の柔肌は俺が守る(?)!!

「よーこーせー!!」
「さーせーるーかー!!」

俺と諏訪子様の手が激しくぶつかり合い、火花を散らす。

くっ…手ごわい、流石は諏訪子様。
こうなったら…次の一撃で勝負を決めてやる!

はあああぁぁぁぁ!!

俺の右手に、俺の全ての霊力と、愛する早苗を守りたいという信念、そしてちょっぴりの煩悩を集中させる。
俺のこの手が…真っ赤に萌えるッ!!

「もらったあああぁぁっ!!」

全身の力を全てこめて、諏訪子様に飛び掛る。
俺の気迫に、諏訪子様の反応が一瞬遅れた。

「わぁっ!?」

俺のゴッドハンドが諏訪子様のアルバムを掴み…
…そのまま、勢い余って本棚へと突っ込んだ。

ゴンッ! ガラガラガラ!!

衝撃で本が崩れ、俺の体へと一斉に落ちてくる。
重みのあるアルバムが散弾のように背中を直撃して、超痛い。

「あいてて…」

調子に乗りすぎたか…
そういえば、アルバムは…?

そこでハッと気付いた。
俺は諏訪子様に思いっきりのしかかっていた。

「す、諏訪子様ごめん! 大丈夫か!?」

諏訪子様の肩をつかんで、揺する。

「う…うーん…」

諏訪子様はまだ目を回している。
幸い俺の体が盾となってアルバムの直撃は免れたようだが…

バタバタバタ!!

「○○さん! すごい物音がしましたけど、大丈夫ですか!?」

その時、慌てた様子で早苗が飛び込んできた。

「あ……」

ハッと息意を呑む声が聞こえる。
慌てて振り向くと早苗がかちーんと凍り付いていた。

…うん、冷静に分析してみよう。
俺が、倒れこんだ諏訪子様の上に圧しかかっている。
そして、俺は諏訪子様の両肩をつかんでおり、目を回した諏訪子様は目を閉じている。
どう見てもキス3秒前の光景です、本当にありがとうございました。

早苗は凍りついたまま呆然と俺たちを眺めている。
とりあえず、少しでも誤解をとかねば!

「あ、えとだな早苗。これはいわゆる一つの誤解というもので…」

冷や汗たらたらのまま自分でも苦しい言い訳をする俺。
俺の言葉に、早苗の目の焦点が戻ってきた。

「はい…わかってます…」

その言葉にちょっとだけ安心する。

「そ、そうか! わかってくれればいいんだ! いやーうっかり倒れちゃってなハハハ!」

乾いた笑いでごまかす俺。

「そうですよね…私なんかよりも諏訪子様のほうが魅力的ですよね…」

あれ…?

「わかってます…それが○○さんの望みなら…私の望みも同じですから…」

いやいやいや全然わかってませんから!!

焦る俺に、早苗は顔を歪めて無理やり微笑んだ。

「いいんです…○○さんと諏訪子様は私の大切な人ですから…きっとお二人なら私も祝福して…」

その時、早苗の瞳からぽろりと雫が零れ落ちた。

「あ…あれ…おかしいですね。私…お二人を祝福しなくちゃいけないのに…いけない…のに…」

微笑んだ表情で固まったまま、早苗の頬を次々と涙が伝わっていく。

「ご、ごめんなさい!!」

ダッときびすを返し、土蔵から飛び出していく早苗。

「ま、待ってくれ早苗ー! 誤解なんだー!!」

慌てて後を追って飛び出す俺。
その姿は、どう見ても浮気現場を妻に押さえられた情けない男そのもの。

その後、俺と諏訪子様で必死で説明して、早苗が納得してくれるまで2時間を要した。
もうくれぐれも紛らわしいことは避けようと、心に刻み付ける俺であった。
ちなみにきっかけになった例のアルバムは、神奈子様によって炎にくべられ永遠に抹消された。
…惜しいなんて思ってないからな!



そして28日からは、地獄のお守り作りが始まった。
まずは護符…続いて破魔矢…さらにはしめ飾り…
これらを100セット作る作業だ。

たかだか100セットだと思うなかれ。
一つ一つ手作業なのは言うまでもなく、さらに単に形を作っただけではダメなのだ。
護符に印を刻み、神力を注ぐ。
この作業に全開の霊力が必要で…結果さっき言ったような事態になってしまったのだ。
寝ぼけた諏訪子様が印を左右逆に刻んでまさかのやりなおしになったときは…神奈子様のオンバシラが炸裂した。

そして俺たちは三日間、ほぼ徹夜で作業をした結果、今日に至ると言うわけだ。

今思い返せば…ここ数日は涙ナシには語れない気がする。
折角の恋人と過ごす年末、俺は早苗ともっと仲良くなって、あわよくば…なハズだったのに。
なのに、なぜか逆に早苗との距離が遠ざかってばかりのような気がしないでもない。
今日こそは絶対…!
新たな決意と共に、俺は起き上がった。


長い廊下を、台所に向かって歩く。
そういえば、さっきの部屋に早苗はいなかった。
もう起きているとしたら、台所だろう。
今日こそは、早苗と二人でゆっくり時間を過ごすんだ!

「あ、○○さんおはようございます」

トントントン

果たして、やっぱり早苗は台所で料理していた。
俺たちと一緒にに朝まで作業してたと言うのに、ちゃんと寝たんだろうか?

「はい、ちゃんと4時間は寝ましたから大丈夫ですよ。それにおせちの準備もしないといけませんから」

あんたはナポレオンですか。
さすがは早苗…恐るべき真面目人間。

でも、そういえばおせちか。
ここ数年、おせちなんてまともに食べることもなかったな。
幻想郷のおせちってどんなのなんだろう?

早苗の横を見てみると、そこには大きな重箱があった。
その中身は…栗きんとん…黒豆…ゴマメ…昆布巻き…数の子…イクラ…

ふむ、別に特に変わらず定番どころだな。
でも…あれ?
何か違和感が…?

そうだ! なんで海産物が!?

そういえば重箱の横にはでっかいタイのような魚が置いてあるし…
早苗の鍋からただよってくる出汁の香りはこれは鰹ダシだろうし…
海のない幻想郷では手に入るはずのなさそうなものばかり。

「ああそれはですね、幻想郷の外の品が流れ着くお店があるんですよ。魔理沙さんに教えていただきました」

そういやそんな話は聞いた事があるが…
それにしてもこんな生鮮食品まで…
しっかし、魔理沙の顔の広さは相当なもんだな。
それこそあいつのツテを頼れば揺り篭から墓石まで何でも手に入るんじゃないだろうか。

結局…忙しそうな早苗を手伝って大晦日の時間は過ぎていく。
二人でゆっくりはできなかったが、まあ一緒に和気藹々と蕎麦打ちができただけでもよかったとすべきなんだろうか…?




そして時刻は23時半を回り…

今年も、あと30分を切った。
年越し蕎麦も4人で美味しくいただいたし…

後は、今年最後のイベント、除夜の鐘だ。

除夜の鐘は寺じゃないのかって? 幻想郷じゃそんな細かいことは気にしてはいけない。
神奈子様と諏訪子様がやるといえば、それが正しいのだ。

二人が庭の鐘の側へと立つ。
俺と早苗は縁に腰掛けてそれを眺めていた。

「それじゃ、鳴らすわよ」

声と共に、神奈子様がオンバシラを振りかぶり…

ゴーーーーン!
ゴーーーーン!

鐘が境内に鳴り響いた。

鐘の回数は108回。
108ある人間の煩悩を1つずつ浄化してくれるのだと言う。

そう、来年こそは早苗ともっと仲良く…!

鐘の音にすがすがしい気分になりながら、誓いを立てる俺。
早苗もなにやら目を閉じて、来年の目標を設定しているようだ。

そうしていると、不意にブルリと早苗が肩を震わせた。

「あ、すみません。ちょっと寒くなっちゃって…」

そういって苦笑する早苗。
その言葉に空を見れば、ちらちらと雪が舞って来ている。

そりゃ早苗の服は肩と脇が全開だから寒いだろうと…

そう思ったとき、俺の頭にピコンと電球がひらめいた。

そうだ、こんな時こそアレを…!!

「早苗、ちょっとだけ待ってて!」

不思議顔の早苗を置いて、急いで部屋に戻る。
そして、あるものを手に、早苗の元へと戻ってきた。

「早苗、これはプレゼントだ。クリスマスから一週間遅くなっちゃったけど」

早苗の肩に、それをふわりとかけてやる。

「こ、これは…」

そう、それは白く縁取りされた蒼いケープ。
魔理沙の友人のツテを頼って、仕立て屋さんに作ってもらった完全オーダーメイドの一品だ。

「早苗の服、いつも肩が寒そうだったからさ。これなら巫女服の上から羽織っても違和感がないかなと、ね」
「○○さん…」

口に手をやって驚く早苗。

女の子にプレゼントするなんて俺にとってもはじめての経験だ。
何をプレゼントすればいいか随分と頭を抱えて悩んだものだが…
果たして喜んでもらえただろうか…?

その直後…

「嬉しいです…本当に…ありがとうございます…」

まるでつぼみが開くように、早苗が満面の笑みを浮かべた。

「本当に暖かいです…。これをつけてたら…○○さんに抱きしめられてるみたいで…」

瞳に涙を浮かべ、ふんわりと両手で肩を抱きしめる。

その早苗の姿が…俺のツボにクリーンヒットした。
ドキンと…俺の心臓が高鳴るのが感じられた。

「あっ…!」

俺はそのまま、ケープの上から早苗の肩をぎゅっと抱きしめる。
戸惑ったような声をあげる早苗。

ちょっと早まりすぎたか…?

早苗の反応に不安に囚われる俺。
だが次の瞬間、早苗は体の力を抜くと俺の肩に身を預けてきた。

この反応…!
俺の心に、思い当たるものがあった。

舞い散る雪、俺の肩に抱かれた早苗。
この展開は…そう、いつかの俺の妄想したとおりの1シーン。

これは…いくしかないよな…?

ゴクリと、俺の喉がなる。
チラリと横に視線を向ければ、そこには鐘を鳴らしながらこっちを見ている神奈子様と諏訪子様。

GOGOと右手を天に突き上げる諏訪子様。
ニヤニヤという視線を向けてくる神奈子様。

二柱の神様の応援の(?)視線を受け、俺の決心も固まった。

「早苗…いいよな…?」

早苗の瞳を至近距離から見つめ、問いかけた。

「はい…」

頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませながらも、戸惑うことなく答えてくれる早苗。


早苗が瞳を…閉じる。
俺の右手が、その顎をくいっと上へと向かせる。

俺も瞳を…閉じる。
早苗の優しい香りが、俺を包み込んでくれる。

俺の大切な早苗。
俺が誰よりも守りたい早苗。
誰よりも愛しい…早苗。


そのまま、俺は早苗へと顔を近づけ…


ゴーーーーン!


108回目の鐘がなると同時に、俺と早苗の影が一つに重なった。

…俺と早苗の、初めてのキス…
…甘い甘いイチゴのような香り…
…早苗の唇が蜂蜜のように甘い…
…まるで夢の中に居るような、永遠の時間…

顔を離し、早苗と見詰め合う。
視線が合うと、妙に気恥ずかしい。
俺も早苗も顔が真っ赤だ。

なんて言葉をかけよう…?

互いに見詰め合ったまま動けない俺たち。
そのまま、1秒とも1時間ともつかない長い時間に包まれている。

ああ…もうこうなったらいっそこのまま一気に先まで…

神様二柱が居ることも忘れ、そんな思いを抱く俺。
それが早苗に伝わったのか、早苗は顔が爆発しそうなほど真っ赤に染めて…

「あけましておーめーでーとー!!」

ドビシッ!!

「おふっ!」

次の瞬間、諏訪子様に背中をどつかれて空気を完全にぶっ壊された。

「はいはい、その先はまだダメよ?」

俺の気持ちを見透かしたように苦笑の視線を向けてくる神奈子様。

ハッとしたように離れる俺と早苗。
なんか救われたような邪魔されたような複雑な気分だ。

早苗は一瞬呆然としていたが、俺と視線が合うとクスっと笑った。
甘い空気が一気に弛緩していき、かわりに新年のすがすがしい気持ちが広がってくる。
そう、いつのまにか来年が今年に変わっていたのだ。

そうだ…焦りすぎちゃいけないな。
俺はこの間の秋、早苗と恋人同士になれて、ここまで少しずつ想いを育んできたんだ。
一気に先に進むことはなかったけど…それでも二人の絆は確実に強くなっている。

今年は、俺はもっともっと強くなって、早苗たちをあらゆる意味で守れるようになるんだ。
そして、今年こそは…

新しい年に、誓う。
そのための、これが今年の俺の始まりの一言だ。
俺たちは早苗たち3人に振り向いて、笑顔で告げた。

「あけましておめでとう! 今年もよろしくな!!」




───────



「けほっ、こほんっ」

体温37.5℃。
紅らいだ顔。
全身倦怠感。
昨日から続く咳。

…うん、これはどっからどう見ても風邪だ。
全く、ここ数日寒い日が続いたというのに無理をするからだ。

「すみません…皆さん…」

申し訳なさそうにつぶやく早苗。

「気にしないでいいのよ。今日はゆっくり休みなさい」

そういって微笑み、早苗を寝かしつけようとする神奈子様。
しかし、早苗は相変わらずおとなしくはしていられないようだ。

「でも…今日は私はお仕事がありますし…」

そういって無理にでも起き出して来ようとする。

「それくらい俺が代わりに行っておくから大丈夫だって! 今日は八百屋の長さんのところだけだろ?」

俺が押しとどめるも、早苗はまだぐずっている。

…全く強情な娘だ。

俺ははぁとため息をついた。

「無理したらダメだって。それにそんな状態で行って風邪を移したら困るだろ?」

俺が少し強く言うと、ようやく早苗も引き下がる。

「すみません…」

申し訳なさそうに沈み込んでしまった。

責任感があるのはいいことだけど、もうちょっと俺達に甘えてくれてもいいのになあ。

そんな思いがよぎる。
真面目な早苗は何でも自分ひとりでやってしまう。
まあ、そんな早苗に甘えて任せっきりにしていた俺達も悪いのだけども。

「まあ、そういうわけで今日は私達に任せてゆっくりしていてよ!」

諏訪子様の言葉に早苗ははい、とうなずいて、布団にもぐりこんだ。
そうして、早苗の自室を後にする俺達。

さぁて、今日は大変だぞ。
いつも早苗に任せていた家事を俺達でやらなければいけないのだから。
だが、俺たち三人が力を合わせれば、早苗の代わりを務めることもできるはずだ!!

俺と神奈子様、諏訪子様は三人で視線を交わすと、応と気合を入れるのだった。



~ 『神々に恋した幻想郷EX-04 Side A 看病DAYらぷそでぃ』 ~



「何ぃっ!? 早苗ちゃんが風邪をひいただとぅ!?」

厳つい目をぎょろりと剥いて、長さんのでかい声が路地に響き渡る。

しまった…!

俺は内心舌打ちをしていた。
今日の仕事は八百屋の長さんのところに健康祈願のお祓いをすることだった。
そのため、朝から村を訪れ、祈祷をすませたのだが…

今日はどうして早苗ちゃんじゃないんだい?と聞かれて、ついうっかり風邪をひいたと答えてしまったのだ。
だがよくよく考えたら、これは超迂闊発言だった。

健康祈願をする巫女自身が風邪を引いたなんて、ご利益の効果がないと自分から言っているようなものじゃないか。

「何? 早苗ちゃん調子が悪いのか?」
「それはいかん。それはいかんなあ」

ざわざわざわ…

話がたちまち広がり、周囲の店主達が騒ぎ始める。

ヤバイ…

俺は冷や汗がつーっと流れるのを感じていた。
このままでは折角ここまできた信仰が失われてしまうかもしれない。

なんて言い訳しようかと必死で頭をめぐらせる俺を尻目に、長さんは店の奥に引っ込んでいった。

まさか…もうウチの神社とは付き合えないとか突き放されてしまうんじゃ…

焦る俺に、長さんはそのごつい腕を大きく振り上げ…

ばんっ!

勢いよく、芋が突き出された。

芋…??

それは真っ白に輝く、美しい自然薯だった。
全く予想もしていなかった展開にハテナを浮かべる俺を前に、長さんはニカっと笑った。

「風邪のときは長芋が一番さ! 栄養もあるし喉越しも消化もいい。こいつは御代はいいから持っていきな!!」

マジで…!? そいつはありがたい!!

俺は長さんの好意に感謝し、お礼を告げる。
そして、八百屋を後にしようとすると…

「ちょーっと待ったぁ!!」

後ろから長さんに負けず劣らずでかい声が響き渡った。

な、なんだぁ…?

慌てて振り返るとそこには…

ブタ柄エプロンをつけて仁王立ちする肉屋の重さんがいた。
その堂々たる威容は、まるでババーンという効果音と旭日の特殊効果を背負っているようだ。

「お前だけにいい格好はさせんぞ肉屋!!」

重さんはそう叫ぶと、ずいと俺に迫ってきた。

「芋だぁ? そんなスカしたもん喰って力が入るかってんだ! 弱った体に精をつけるにはそりゃ肉しかねぇと古今東西決まってんだろうが!!」

そういってでっかい骨付き肉を差し出す重さん。

「こいつを煮込めば肉はトロトロ、骨からは旨みがギッシリ、風邪なんて一撃で吹き飛ぶって寸法よ! さあ持ってけ泥棒ぅ!!」

ずしりと肉が渡される。
その迫力に気圧されながらも、礼を言う俺。
しかし…

「ふん、分かってないのは貴様だ肉屋」

さらに第三の乱入者が颯爽と登場した。
黒光りするエプロンに長靴がまぶしい、魚屋の一さんだ。

「病み上がりの弱った胃腸にそんなクドい代物が通るか阿呆が。栄養があってしかもさっぱり食べられる、その条件を満たすのはこれしかなかろう」

そういって一さんが取り出したのは、実に見事な鮭だった。
一さんは俺に鮭を渡すと、俺の両肩に手を置き、目をまっすぐと見てきた。

「いいか兄さん、こいつの骨からはいい出汁が取れる。その出汁を使ってさっぱりと旨煮にすれば身体も温まるぞ。
 病み上がりにいきなり重いものはかえって調子を崩すからダメだ。たとえば肉とかな」

俺に言い聞かせてるように見せかけて、あからさまに挑発する一さん。

「ンだとぉ!?」

案の定瞬時に火のつく重さん。

「さっぱりしたもんがいいならコレだ!」

ドサリと、俺の前に鶏一羽まるごとが置かれた。

「こいつで鶏スープを作って粥にすればあっさりさっぱり、しかも栄養たっぷりだ。これで勝ったな!!」

勝ち誇ったように他の二人を見渡す重さん。
だがこれだけで終わらない。

「野菜の栄養が足らんだとは聞き捨てならんな。ならばこのホウレンソウとカブも持って行くがいい!!」
「早苗ちゃんのためだ。このエビもつけてやろう」

ドサドサと競うように俺の前に色々な食材が積みあがっていく。
俺はもう事態についていけずに呆然としていた。

「早苗ちゃんはね、この商店街の人気者なんだよ」

そんな俺に、フフっと笑いながら八百屋の奥さんが話しかけてきた。

「ここいらのバカどもはみんな早苗ちゃんが大好きなのよ。いつも早苗ちゃんが来ると誰の店に一番最初に入るか賭けをしてるくらいでね」

…そいつは知らなかった。
早苗が知ったらきっと顔を真っ赤にすることだろう。

そしてその後も…

「これは早苗ちゃんの好きなお花よ。お兄さんが贈ってあげて」
「ウチで一番の酒かすさ。こいつで甘酒でも作ってあげるといい」
「これも持って行きなさい。私の連れが作ったものだ。そちらの神社の神様には及ばないかもしれないがそれなりにご利益はあるだろう」

花屋からは花束が。
酒屋からは酒かすが。
水車小屋の主からは干し柿に干しブドウ、干し芋が。

いつの間にやら俺の前には食材その他諸々の山が出来上がっていた。

本当にこれ全部もらっていいのか…?
俺一銭も払ってないんだけど…

あまりのことに尻込みする俺に、長さんは豪快に笑った。

「いいんだよ。早苗ちゃんにはいつも世話になってるし、これが俺達の気持ちさ!!」

ついでに愛情もな、と言いかけて奥さんにゲシと蹴られる長さん。

一方の俺は…みんなの愛情で出来た山を前に、感動に立ちすくんでいた。

早苗は、村の人たちからこんなにも愛されている。
ウチの神社は、こんなにも深い信仰に支えられている。
今まで俺が早苗と頑張ってきたことは無駄じゃなかったんだ。
そしてこれからも…この人たちのためになら頑張っていける。

俺は不覚にも涙をこぼしそうになるのを必死でこらえながら、満面の笑みを浮かべた。

「みんなありがとう。本当にありがとう! 早苗にはみんなの気持ちをちゃんと伝えておくよ!」

俺の言葉に、笑顔でうなずく商店街の主たち。

…でも同時に、俺にはもう一つ言わなければいけないことがあった。

みんながこんなにも早苗を愛してくれているのは俺にとっても本当に嬉しい。
嬉しいけど…でも同時にほんのちょっとだけ悔しくもあった。
そう、これだけははっきりしておかなければ…!

「みんなが早苗を愛してくれているのはよくわかったよ…でも…」

俺はそこで一度言葉を切ると、一際大きく息を吸って…

「でも、早苗のことを一番愛してるのは俺だからな!!」

長さん達の声にも負けないくらいの大声で、そう言い放った。


……………………


しぃーーーーーーーーん


次の瞬間、広場に満ちる沈黙。

……あれ?
これはもしかして…俺…やっちゃった系…?

回りを見渡してみれば、店主達は信じられないものを見てしまったかのようにぽかーんと固まっている。
ありていに言ってしまえば、『駄目だコイツ…何とかしないと…』みたいな…?

その様子を見ると…急激に恥ずかしくなってきた。

いや…だってさ…
こんなに早苗が愛されてるのを見るとさ…
俺だって負けてないんだぜって…そう…いいたくなるだろ…?
…なりますよね……なりませんか…??

俺は内心の焦りを隠しつつ、この空気を何とかしようと口を開き…

「くぁーーーーーっ!! 言うねぇ言うねぇ!!!」
「よく言った! それでこそ漢だ!!」
「ふっ…負けたぜ兄さん…」
「私も一度くらいはそんなこと言われてみたいわぁ…」

どっと、一斉に店主達が騒ぎ始めた。
口々に賞賛の(?)言葉やら口笛やらが投げかけられてくる。

その様子に、俺は激烈に恥ずかしくなってきた。

「じゃ、じゃあみんなありがとう。俺はそろそろ帰るよ!」

既に隠しようもなく真っ赤になっている顔を背け、荷物をまとめ始める。
俺の背中からは、お大事に~だのお幸せに~だのピンク色の声がかけられている。

俺は恥ずかしさに背を押されるように帰路に着こうとして…

…荷物が、持ち上がらなかった…

「…………」

先ほどとは違う意味で気まずい沈黙が広場に満ちる。
よくよく見れば、荷物の山は俺の身長と同じくらいまで積みあがっているのだった。

…だが、折角のみんなの想いをここに置いて行くなんてことはできるはずもない。
俺は両腕に諏訪子様の霊力を限界まで満たして筋力を増強し、フンッ!と持ち上げた。
霊力で物を持ち上げるなどといった器用な使い方のできない俺にはこうするしかないのだ。

…日頃はここまでしないような強引なドーピングに腕がミシリと音を立てるが、気にしたら負けだ。

「お、おい大丈夫か…? 無茶しないほうが…」

長さんが心配そうに声をかけてくるが、俺は気にしない。
これだけのみんなの想いがつまっているんだ。
ならば、それを早苗に届けるのが俺の義務というものなのだ。

「それじゃみんなありがとうな。またな!」

その言葉と共に、俺は空へと浮かび上がった。

…明日は筋肉痛になりそうだ。





「ただいまー…」

ひいこら言って荷物を運びながら、やっとこさ神社に帰ってきた。
肩をまわすとゴキゴキとイヤな音がする。

こいつは後でキそうだなぁ…

そんなことを考えながら靴を脱ぎ、玄関からあがろうとすると…

バリバリバリ!!
バスンドガンッ!!!

「きゃぁ!!」

激しい爆音と共に、神奈子様の…?、悲鳴が聞こえてきた。

な、何事だ…?
まさか…敵襲か…!?

慌ててバタバタと廊下を走る。
今の声は…台所の方から聞こえてきた!

台所の扉の前に辿り着くと、向こうから諏訪子様が慌てたように走ってきた。

やはりさっきの声は神奈子様だったのか。
神奈子様らしからぬ可愛らしい悲鳴だったが…

さりげなく酷いことを考えながら、諏訪子様と視線を合わせてうなずくと、台所の扉をばぁんと開け放った。

「御用だ御用だ! 無駄な抵抗はやめておとなしくし……ろ……?」

そこには…
床に呆然とへたりこんだ神奈子様がいた。
その上半身には…真っ黄色な鮮血がべっとりと降りかかっていて…

「神奈子ッ!!」

顔を蒼白にして慌てて駆け寄る諏訪子様。
俺もすぐにその後を追い…

黄色…?
赤じゃなくて…?

近寄ってよく見てみれば、それはどうやら卵の黄身…のようだった。
そして、神奈子様のすぐ側には扉が思いっきり開いたままブスブスと焦げ臭い匂いを発する電子レンジが…

まさか…

思わず顔を見合わせる俺と諏訪子様。

「…で、何があったの?」

こめかみをぴくりぴくりと動かしながら一応聞いてみる諏訪子様。
その言葉に、気まずそうに視線をそらす神奈子様。

「その…ね? ”たまござけ”というのが風邪にいいと本に書いてあったものだから…ちょっと卵を温めようと…」

…………

「「おいィ!?」」

なんで玉子酒を作るのに殻ごと暖める必要があるんだよ!!
いやそもそも卵を電子レンジに入れるのは今時子供でもしないだろうと小一時間…!!

俺と諏訪子様の全力投球の突込みが瞬時にシンクロした。
そんな俺達に、神奈子様は縮こまった様に両手の人差し指を胸の前で可愛らしく突き合わせた。

「いえ…その…使い方が良く分からなかったものだから…ごめんなさい…」

はぁぁぁぁぁぁ…

盛大にため息を漏らす俺たち。
その仕草似合わねぇぞ、と言いそうになるのを全力で我慢した。

というか、貴方は外の生活長いでしょうが…

「普段は早苗か諏訪子がやってくれていたから…」

あーはいはい分かりますよ…
まあ諏訪子様と違って神奈子様は機械類はさっぱりですしね…

しゅんとしおれる神奈子様というのはある意味新鮮だったが…
まぁしかし、悲しいことにこれで一つ分かってしまった事があった。

家事に関して、特に機械類を扱うものに関しては神奈子様は戦力外、ということだ。

こうなったら私達が頑張るしかないよ、という諏訪子様にうなずく俺。
俺と諏訪子様が力をあわせれば早苗が病気でも何とかできるだろうと、そう思っていた。

…だが、この時の俺達はまだ何も分かっていなかった。
そう、機械類はともかく、家事に関しては…俺も諏訪子様も神奈子様のことをどうこう言える立場じゃなかったということに…







続いて、俺たちは洗濯をやりはじめたのだが…

「~~~う~~~~っ~~~!!」
「…諏訪子様、無理すんなよ…」

つま先を限界まで伸ばし、両手を天高く突き挙げててぷるぷると震えている諏訪子様。

俺達三人は、洗濯機から取り出した洗濯物を物干し竿にかけていたのだが…

…そう、諏訪子様では、背が届かない…

「あらら、何やっているのかしら」

一方の神奈子様は余裕の表情で物干し竿に洗濯物を通していく。

「まあ、人には得意不得意があるんだから気にしないでいいのよ。ね、諏訪子?」

さっきの仕返しとばかりにニコニコとした笑顔で諏訪子様を挑発する神奈子様。

「~~っ!!」

その言葉にカチンと来たようで、歯を噛み鳴らしてうなる諏訪子様。
いっそうムキになって、物干し竿の下でジャンプしはじめた。

…というか浮かべばいいじゃん。

俺が極当たり前の感想を浮かべるも、頭に血の上った諏訪子様には思い至らないようだ。
蛙の本能(?)がそうさせるのか、浮かんだら負けだと思ってるとばかりにぴょこぴょこ飛び跳ねている。

…ま、見てると可愛いし…頑張って。

俺はため息をつきつつ生暖かい応援を送ると、作業を再開するのだが…

俺が屈んで籠のなかの洗濯物を取り出していると、不意に背中からドドドドという大気の振動を感じた。
慌てて後ろを振り向くと、そこには俺に向かって全力疾走してくる諏訪子様が。

…!?

思わず固まる俺を前に、諏訪子様はそのまま俺の直前で大きく踏み切ると、俺の背中へと飛び乗ってきた。

俺を踏み台にしたぁ!?

どこぞのイカツイおっさんの如く叫ぶ俺の背中を足場にして諏訪子様は大きく跳躍し…

ばんっ!

そのまま鉄棒選手よろしく、両手で物干し竿に飛びついた。

「やったぁ!!」

いかにも大仕事をやり遂げたかのような歓喜の声をあげる諏訪子様。
この上なく無邪気で、まばゆい太陽のような笑顔を浮かべている。
そのお姿は大変魅力的なんだけど…

ミシリ…ボキンッ!!

「ひゃぁ!!」
「うおっ!?」

次の瞬間、竿が大きくしなると、真ん中から真っ二つに折れた。

「危ねえ!!」

バサバサバサ!!

洗濯物と一緒にそのまま勢いよく落っこちてくる諏訪子様を、咄嗟に滑り込んで受け止める。

「諏訪子様、大丈夫か?」
「あ…ありがと…」

腕の中の諏訪子様の無事を確認する。

まあ、ケガがないようでなにより…

ヒラリ。

その時、空を舞う何かがパサリと軽い音を立てて俺の顔の上に何かが落ちてきた。

…?
なんだこれは…?
白い布のような…?

顔に張り付いたそれを引き剥がす。
それは、太陽の光を受けて純白に輝く、(多分)早苗のショーt

ぶふぉぅっ!!

俺の鼻からたぎる血潮が噴出した。
真っ赤に燃える俺の漢の情熱が、手の中の汚れなき聖遺物を紅く染めていく。

「ちょっと、何をやっているのよ!」

ドゲシッ!!

慌てて駆け寄ってきた神奈子様にオンバシラで殴り飛ばされる。

…うん、俺は何も悪くないと思うんだけどどうだろう…?

理不尽な激痛に悶絶する。

まぁ…あれだ。
一つハッキリしているのは…だ…

俺は周囲を見渡した。
そこには、土の中に落ちてすっかり泥だらけになっている洗濯物の山が…

洗濯物は全部洗い直しってことだな…

俺たちは顔を見合わせて、激しくため息を付いた。





そして…次は早苗に栄養のあるものを作ってやろう!ということになったのだが…

「○○、次はお醤油を大さじ2杯」
「お、おう…」

諏訪子様の指示通り、醤油を寸胴鍋に注ぎ込む。
豚骨がぐつぐつと煮える鍋からは実に濃厚な香りが漂ってくる。

それを前にして…俺は自分が何を作っているのかわからなくなりつつあった。

これは…本当に粥…だよな…?

そんな疑問がひしひしとわき上がってくる。

「なぁ諏訪子様…これで本当にいいのか…?」
「もちろん、私に任せておきなさい!」

俺の疑問の声にも、諏訪子様の自信満々の返事が返ってくる。

…とても不安だ。
だって諏訪子様が料理作ってるところなんて見たことない…

「大丈夫だって! 由緒ある料理書に従ってるんだから問題なし!!」

ぬう…

そう言われると、俺に反論する術はない。
俺は粥の作り方なんてさっぱり知らないのだから。

当初は俺と神奈子様が二人で粥を作ろうとしたのだが…
俺はそれこそ白米に湯をかければ粥だろ?ってなレベルで、早々に神奈子様にダメだしをされてしまったのだ。
かといって、神奈子様からは炊飯器に水を多く入れればお粥でしょう?という俺と同レベルな発言が…
俺が神社来た時に神の粥を振舞ってくれたじゃないか!との突込みにも、粥自体は早苗が作ってくれたから…とのこと。

まあ要するにだ、俺たちは二人とも戦力外ってことのようだ…

そして一方の諏訪子様はリンゴを剥いていたのだが…
イタッ!とあつっ!とかの声がやたらと頻繁に聞こえてくるのでそちらを見に行ってみると…

皮が赤いのはわかる。
真っ赤に熟して実に美味しそうだ。
でもなんでリンゴの実の部分まで赤いんですか?

慣れないのに背伸びしてウサギさんリンゴなんて作ろうとするからだ…
諏訪子様の前の皿には、月兎のように耳のねじくれまくった不思議生命体リンゴが群れを成していた。

結局、まだ比較的刃物の扱いのマシな神奈子様と、秘伝の料理書に粥のレシピがあると息巻く諏訪子様をトレードすることにした。
そうして…俺は諏訪子様の指示通りに調理(?)を続けているわけだが…

「次はトリガラだよ! ちゃんとお湯をかけて臭みをとってから!」
「おう、わかった…」

……………………

「この丸ごとの鶏の中にもち米を詰めて煮込むんだよ! ほらあのなんだっけ、”さむげたん”?」
「そういやそんな料理もあったな…喰ったことないけど…」

……………………

「ここで魚の出汁を加えるんだよ。だぶるすーぷとかいうやつ?」
「なんで疑問系なんだ…?」

……………………

「朝鮮人参と生姜もたっぷり! 滋養強壮に効くよ!!」
「お…おう……まあ身体にはよさそうだ…が…」

……………………

「浮かんでくる脂とアクはちゃんと取らないとダメだよ!」
「むしろ俺にはアクしかないように見えるんだがどうか…?」

……………………

一時間後、鍋の中は更に奇怪な異次元ワールドと化していた。
様々な香りが混ざり合い、もう既に何の香りなのか分からなくなっている。
むしろ俺たちの嗅覚が麻痺しているのかもしれない。

「なあ…諏訪子様…」

ん?と可愛らしく振り向く諏訪子様に、俺はとうとう聞くまいとしていたことを聞いてみることにした。

「コレは本当に…粥だよな…?」

俺の言葉に、諏訪子様は自信満々にうなずいた。

「ただのお粥じゃないよ! 国士無双のお粥だよっ!」

まるで秘伝の薬を自慢するかのような、晴れ晴れしい笑顔だ。

「こ、国士無双…?」

だがその奇怪なネーミングに、俺の不安は増大しかしない。

そもそも粥に国士無双とか九蓮宝燈とかあるのか…?

困惑する俺をよそに、諏訪子様は朗々と謳いあげた。

「昨日の病人もこれを食べれば明日は国士無双!! さあ採点しろォ!!」
「…………」

待て。
それは一体何なんだ…?
怪しい…怪しすぎる…

俺はすかさず諏訪子様の後ろに回りこむと、その”秘伝の料理書”とやらを取り上げた。

「あっ!?」

驚きの声をあげる諏訪子様。
俺は気にせずにその料理書を覗いてみると、そこには…

…『ミス味っ娘』だの『中華十一番』だのといったカラフルな文字が躍っていた。

秘伝の料理書って漫画かよ!!
しかもよりにもよってそのトンデモ料理漫画かよ!!

「くあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

俺は絶叫を上げていた。
諏訪子様を信じた俺が馬鹿だった…!!
いやそもそも元はと言えば、俺が自力で粥を作れていればこんなことには…

自分の無力をかみ締める俺。
がっくりと、全身の力が抜けてくる。
この得体の知れない代物…いったいどうすればいいというのか…?

もう泣きたい…

へたり込んだ俺に、諏訪子様は慌てたような様子を見せた。

「ど、どうしたの? ほ、ほら大丈夫だよ美味しそうだよ…?」
「ね、ほら元気出してよ。私が悪かったから…ね?」

俺を慰めようとちょこちょこ俺の周りを回っている諏訪子様に、俺は確信していた。

やっぱり俺たち…早苗がいないとダメだ…
早苗のいない俺たちの戦闘力なんて…所詮はヤムチャどまりなのだ…

…結局、粥はそのまま放置して全員でリンゴとミカンを剥く作業に当たることになった。
この鍋…本当にどうしよう…?





そして夜も更け…

俺たち三人は早苗の自室に来ていた。
ボウル一杯にむいたミカン、皿一杯の(元)ウサギリンゴとおろし金一杯の擦りリンゴを持って。

…あと…一応(自称)粥の鍋も…

早苗が夜中に起きたり調子が悪くなったりしたら、いつでもすぐに対処できるように、との神奈子様の発案からだ。

諏訪子様と神奈子様は早苗の布団の横で仮眠を取っている。
今は俺の番なのだ。

早苗はすぅすぅと、静かな寝息を立てて眠っていた。
早苗の天使のような寝顔を間近で見れるのは嬉しいが…それが看病だから、というのは複雑な気分だ。

その額の上の濡れ布巾を新しいのに換えてやる。
それが冷たかったのか、んっ、と早苗が身じろぎをした。

全く…お前さんがいないと俺たちはダメなんだぞー…?

早苗の柔らかなほっぺをぷにっと突付いてやる。

そう、今日一日で本当に良く分かった。
俺たちは、早苗がいないともうあらゆる意味で生きていけないってことに。

…まぁ、そもそも家事が上手い下手という以前の問題のような気がせんでもないが、それはそれ。

それに…早苗は本当にみんなから愛されてるんだぞ?
村の人たちからも…そしてもちろん俺たちも。
みんなみんな、早苗が元気で幸せで居てほしいと思っているんだぞ…?

それなのに、いつも一人で全部背負い込んで無茶するんだからな…
ちょっとは、俺たちを頼ってくれたっていいんだぜ…?
だって、俺は早苗の恋人…なんだからな?

心の中で早苗に語りかけてから、ふぅと息を付いて布団の横へと戻る。
早苗の寝息も大分安らかになってきたようだし、額の温度も平熱に戻ってきたような気がする。
これで何とか峠は越えたようだ…

そうやって、俺が一安心していると…

「ぅ…うぅ…」

早苗が、突然うなされ始めた。

っ!?
どうしたんだ!?
まさか…また病気がぶり返して…!

慌てて早苗の枕元へと戻る。

早苗の額に手を当ててみると…熱はもうないようだが…
だが、早苗は依然としてうなされながら、ガタガタとその身を震わせていた。

これは…寒いのだろうか…?
それとも…怖い夢でも見ているのだろうか…?

そのどちらにしても…早苗にそんな思いで居てほしくない…
俺の前では、安らかな気持ちで居てほしい…

そんな気持ちが浮かんだ。
そして俺は…自分で自分に驚くほどの大胆な行為に及んでいた。

ぎゅっと早苗を抱きしめる。
早苗の香りが、ふわりと広がる。

俺は、早苗の布団にもぐりこむと、その全身を包むように抱きしめていた。
神奈子様に見られたら大変なことになるなあ…なんて考えは頭に浮かばなかった。
ただ、早苗の寒さを、寂しさを少しでも和らげてあげたい…そう念じながら早苗の髪をそっと撫でる。

そうしているうちに…早苗の寝息が再び穏やかになってきた。
俺の想いが届いたのかな、だなんてキザな事を考えてみる。

そんな早苗を見ているうちに、俺も心安らかな気持ちに包まれてきた。
早苗の心音がとくん、とくんと聞こえてきて俺を安心させてくれる。
今更思い出したように一日の疲れがどっと湧き上がってくる。

さすがにこのまま早苗の布団で寝てしまうのはまずいという理性と…
俺と早苗の二人の体温をこのままずっと共有していたいという想い…

その二つの感情がしばし俺の中でせめぎあい…
そうして、俺の意識はまどろみの中に沈んでいった。





ハッと目を覚ますと、早苗はもう布団に居なかった。
早苗の香りだけが、かすかに残っている。

…しまった、俺はあのまま寝てしまったのか。

やっちまったーという思いがよぎる。
だが、それでも後悔はしていなかった。
あれで早苗が少しでも安らかに眠る事が出来たのなら、俺は間違っちゃいない!
幸いにして神奈子様たちはまだ起きていないようだし…

俺はいそいそと早苗の布団から抜け出した。
周りを見れば、ミカンとリンゴ、それに粥(?)の寸胴鍋がなくなっている。
きっと、早苗が台所に持っていったんだろう。

早苗の部屋の障子を開けると、山の縁の上に燦々と輝く朝日がさっと差し込んできた。
その光は、新しい一日の始まりを予感させ、俺を爽やかな気持ちにしてくれた。
今日は、昨日俺たちが散らかしまくった神社を片付けないといけない。

俺は光に包まれながら、大きく身体を伸ばす。

さあ、今日も一日がんばるぞ。
早苗と、諏訪子様と、神奈子様と四人で力をあわせて!

そう決意を新たにすると、俺は早苗の部屋を後にしたのだった。








「いっただきまーす!!」

四人の声が唱和する。
今朝の朝ごはんは、神奈子様の大好きな鮭の塩焼きだ。
そして、味噌汁、ホウレンソウのおひたし、そして昨日俺たちが剥いたリンゴとミカン。

うん、それ以外は何もない。
俺の目には何も見えない。

「○○…」

諏訪子様が俺の袖を引っ張ってくる。

「○○…現実逃避してちゃダメだよ…」

そういって、諏訪子様が俺の目の前に椀を突き出してくる。
そこにはドロッとした実に濃厚な液体がたっぷりと満たされていた。

「…………」

沈黙する俺。
そう、昨日俺と諏訪子様が作り出した粥の成れの果てがたっぷり残っているのだった。

「あ、あの…折角○○さんと諏訪子様が作ってくださったんですから、私いただきますね」

早苗がそういって口にしようとするが…

「「まてえぇぇぇ!!」」

俺と諏訪子様は全力で止めていた。

いかん…病み上がりの早苗にこんな危険な代物を食わすわけにはいかない。
神奈子様はもう完全に意識から追い出して好物の鮭をパクついてるし…

ここは、製造責任者である俺と諏訪子様が処分するしかないか…

覚悟を決める俺たち。
二人で同時にレンゲを手に取り、視線を交わす。
その諏訪子様の表情は、まるで今から死地へと向かう前の突撃兵のようだった。

同時にうなずくと、レンゲを椀に突っ込み、そして一気に口へ…!!

…………

「う…!」
「な…!?」

レンゲを口に突っ込んだまま固まる俺たち。

「○○さん…? 諏訪子様…!?」

早苗が心配そうにおろおろと見守っている。

だがその直後、俺たちは…



「「うーーーーーーまーーーーーーいーーーーーーぞーーーーーーーーっ!!!!」」



天高く、歓喜の絶叫を上げたのだった。

「えぇっ…!?」
「ホントなの…!?」

目を丸くする早苗と神奈子様。
だが、俺たちは返事も忘れて無我夢中で椀からつぎつぎとかっこんでいく。

もぐもぐもぐもぐ…!!

あっという間に一杯を空にしてしまった。

きゅぴんっ!

その直後、俺たちの体に生命力がみなぎってくるのが分かった。

「すげえ! すげえよ!! 体から緑色のオーラが溢れてくるような感じがする!!」
「ほんとほんと!! まるで攻撃力と防御力があがったような気がするよ!!」

妙に具体的な感想をもらしつつ、はしゃぎ回る俺と諏訪子様。

「そ、それじゃ私もいただきますね…」
「私も食べてみようかしらね…」

おっかなびっくり口にする二人。

「こ、これは…!」
「まさか…!?」

きゅぴんっ!

二人の身体からも緑色のオーラが吹き出し始める。

「すごい…すごく美味しいです…!!」
「こんな訳の分からないものが美味しいなんて…信じられないわ…」

俺たちと同じように感動に打ち震える二人。
早苗たちもあっという間に食べてしまった。

「お、おかわりだ、おかわり喰おうぜ!!」
「そ、そうだねせっかくだからもっと食べよう!!」
「あ、私もいただきます」
「私にも頂戴、諏訪子」

二杯目を椀に注ぐと、みんな一斉にむしゃぶりつき始める。

もぐもぐもぐ…きゅぴんっ!!

あっという間に空になる椀。

「やべえ…うますぎる…コレは止まらない…!!」
「もっと…MOTTOちょうだい○○…!!」
「私も…もう一杯いただけますか…?」
「ダメだわ…諏訪子もう一杯入れて…!!」

三杯目が椀に注がれ…そしてあっという間に空になる。

もぐもぐもぐ…きゅぴんっ!!!

体の奥から満ち溢れてくる神秘のパワーに、俺たちは最高にハイって気分になっていた。
これの作り方を記録しておかなかったのが残念でならない…!
もし作り方がわかっていれば…毎日毎食これだけでいいのに…そう一生の間でも……!!!

「もう一杯…もう一杯だああああ!! URYYYYYYYYYYYY!!!」
「私に…私にお粥をちょうだい○○…はやく…!!」
「わ…私にも…もっともっと…お粥をいただけますよね…?」
「諏訪子なにをぐずぐずしてるの!! さっさと四杯目をよこしなさい…!!」


…国士無双の粥、それは人類が決して手にしてはならない、パンドラの箱だったのだ。

一度手をだしゃ、大人になれぬ。
二度手をだしゃ、病苦も忘れる。
三度手をだしゃ、病み付きになる。

では、四度手を出せば…?

もぐもぐもぐ…

「あ…?」
「う…?」
「え…?」
「お…?」



……………………



「文さん! 大変です!!」

その日、天狗の里で暇を持て余していた射命丸文のもとに、配下の天狗である犬走椛が血相を変えて飛び込んできた。

毎日の任務である退屈な見張り作業をしていた椛は、いつもの如く今日も何もないだろうと山の上を千里眼で見渡し…
そこに、天高く伸びる緑色の光の柱を目にしたという。

「これは…異変の予感がするわね」

幻想郷のNo.1(自称)ブン屋の文が、こんな事件の予兆を見逃すはずはなかった。
愛用の文花帖を手に、空へと駆け出す。

椛の話によれば、例の新しい神社の方向から見えた、とのこと。
事件の現場を逃すまいと、文は自慢の神速で神社へと向かった。

…その神速が、自らの仇になるとも知らずに。

わずかな時間の後、神社へと到着する文。
確かに、椛の言うとおり奇怪な光が神社の窓と言う窓から放たれていた。
幸いにも(不謹慎だが)、まだ事件は終わっていないようだ。

これは、この間地底で目にした”めるとだうん”という現象に似ているような気がする。
そういえば、あの異変もここの神様の仕業だった。
もしかしたら、また何か新しいエネルギーの研究を行っているのかもしれない。

これは、スクープですね…!!

特ダネの気配にほくそ笑む文。
未知のエネルギーの情報を他のブン屋に先んじてすっぱ抜いたとなれば、自分のブン屋としての評価は確固たるものになることだろう。

そうとなれば、もっと近づいて詳細を観察せねば!!

文はウキウキと胸を躍らせつつ、無警戒に神社の境内へと着陸を試み…
そして次の瞬間、四重の爆光に、神社ごと遥か高く、緋想天まで吹き飛ばされたのだった…




─────────




深い深い闇の中から、意識が浮かび上がっていきます。
目が覚めると、そこはいつもの私の自室でした。
しかしいつもと違って…もう日が高くなっていました。

しまった…私としたことが寝坊してしまうなんて。
こんなことでは風祝として申し訳が立ちません。

慌てて立ち上がり…そこで私は気づきました。

神社が…しんと静まり返っているのです。
山の中にあるのだから静かなのは当たり前なのですが…そうではないのです。
静かというよりももっと深く悲しい静寂…まるで廃墟にいるかのように…まるで神社の空気が”死んで”いるかのように…



~ 『神々に恋した幻想郷EX-04 Side B 強くあるということ』 ~



不安に突き動かされるように、私は寝巻きのまま着替えもせずに自室を出ました。
縁側から見える雲一つなく抜けるように透き通った青い空が、かえって寂しさを煽り立てているようで逆に不気味でした。

私はそのまま廊下を歩き、今の障子を開けます。
そこにはきっと、私が寝坊したことでお腹をすかせた神奈子様と諏訪子様が、朝ご飯を待ちわびているはずで…

…しかし、そこには誰もいませんでした。

お二人はどこにいらっしゃるのでしょう?
もしかして、私が起きて来ないから怒ってしまわれたのでは…?

お二人を探すために踵を返そうとして…ふと気づきました。
畳の上で、何かがキラリと光っています。

近づいて、それを手に取ると…それは神奈子様がいつも身に着けていらっしゃる鏡でした。
ですが…いつも燦々と眩く輝いていたその鏡が…まるで煙がかったようにくすんでいました。

そう…まるで…命の灯がかすれて往くように…

次の瞬間、私は居間を飛び出していました。

「神奈子様、どこにいらっしゃるんですか? 諏訪子様、また私を驚かそうとしていらっしゃるんでしょう!?」

私はお行儀が悪いということも忘れ、大声で叫びながらけたたましい足音を響かせて廊下を走り回りました。

本殿には…誰もいません…
離れには…誰もいません…
諏訪子様のお部屋をノックもせずに開いて…誰もいません…
お風呂場にも…お手洗いにも…土蔵にも…裏手の湖にさえ…
…どこにも人の気配すらありません…

その時、私の後ろでドサっという音が聞こえました。
期待に慌てて後ろを振り向きますが…木から雪が落ちただけでした。

「…っ」

苛立ちが湧き上がり、雪を吹き飛ばしてやろうと腕を突き出し、神の風を巻き起こそうとして…

…しかし、そよ風すら起こりませんでした。

…え…?

私はとっさに再び霊力を練り上げ…私の霊力回路は正常に稼動しています。
そして、その霊力を神奈子様にお送りし、そのお力をお借りして神の風へと転化して…

…そこで、神奈子様への経路が、すっぱりと断絶しているのに気づいてしまいました。

それの意味すること…それはつまり…

私が神奈子様から縁を切られたのか…そうでないなら神奈子様自体がすでに存在しな……

「早苗……」

愕然としている私に、不意に声が掛けられました。
ハッとして顔を上げると、そこには諏訪子様がいらっしゃいました。

「諏訪子様っ!!」

反射的に諏訪子様に向かって駆け出します。

「諏訪子様っ…! 神奈子様が……!!」

走りながら諏訪子様に向かってそう叫びます。
そうでもしないと…頭がおかしくなってしまいそうでした。

しかし…そうやって駆け寄る私を前に…諏訪子様は悲しげに微笑みました。
そして…そのお口を開くと…

「早苗…ごめんね……」

…サ…ヨ…ウ…ナ…ラ…

ぱさり。

微かに大気を振るわせる諏訪子様の最期の声を掻き消すように、軽い音を立てて私の眼前で諏訪子様の帽子が地に堕ちました。

「っ!!」

慌ててその帽子を拾います。

私は自分の考えに自分で戦慄を覚えていました。
”最期”だなんて、そんな馬鹿なことがあってはなりませんでした。
これもきっと、諏訪子様のいつもの冗談だと、きっと後ろから諏訪子様がひょっこりと私を驚かしてくれると…そう思って…

その私の手の中で…諏訪子様の帽子が…塵となって…風に散っていきました…



「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」



自分のあげた悲鳴が、まるで自分の声でないかのように湖に響き渡りました。
全身の力がくたりと抜けて…雪の上にぺたりと座り込みました。
目の前が、真っ暗になっていくのがわかります。

そうして、周りが暗闇に包まれると…闇の中にもう一人の”私”が浮き上がってくるのが見えました。



そう、それは小学生のころの私。
お父さんとお母さんがいなくなってしまったときの私。

そのときのわたしは、まだ何もよくわかっていませんでした。
ただ、おとうさんとおかあさんはとおいところへ行ったんだよ、とおじさまに言われて、どうしてだろうとふしぎに思っていました。

なのに…

「ごめんねぇ…! 私が側にいたのに、守ってあげられなくてごめんねぇ…!! 弱い神様を許して…!!」

もりやさまが、わたしをだきしめてないていました。

どうして、ないているんでしょう?
おとうさんとおかあさんは今はとおいところだけど、そのうちかえってきてくれるのに。
そうしたら、またかぞくみんなでいっしょにいられるのに。

なんだかよくわからなかったけど、でもないているもりやさまを見ると、わたしもかなしくなってきました。
じぶんでもふしぎだけど、どうしてかなみだが流れてきて…
気がついたら、わたしももりやさまにぎゅっとだきついてないていました。

そうして、ひとばんじゅう、わたしはもりやさまにだきついていました。
かなしかったけど…もりやさまの体があったかくて…
ふしぎと心のいたみがやわらいでいくような気がしました。

そして…わたしはそのとき思いました。
もりやさまは、”よわかったから”と、言ってないていました。
だったら、”つよかったら”、もりやさまはなかなくてもすむのでしょうか?
わたしはつよくなろう、そうしたらもりやさまはわらってくれる、そう思いました。
そして、その日から、わたしはもりやのひじゅつをまなびはじめたのでした。



小学生の”わたし”が闇の中で消えていくと、今度は中学生の”私”が浮かび上がってきました。
そう、これは…秘術の皆伝試験の日です。


     - 秘術『グレイソーマタージ』 -


カッ!!

私の破邪の法印が、八坂様の式を撃ち落していきます。
しかし、それだけでは終わりません。
次々と新しい式が繰り出され、隊伍を組んで私の右から左から襲い掛かってきます。
その圧倒的物量と連携の前に、私の護符の陣形が崩されていきます。

そう、これだけの相手を前にしては、護符だけでは対処しきれないのです。
これまでは、いつもここでやられてしまっていました。

…しかし、今日は違います。
今日こそは私の最大の秘術を成功させてみせます!

撃ちだされた弾幕を回避すると、私は大きく後ろに飛び退りました。
式たちが、私を追い詰めるように包囲網を狭めてきます。

私はその後ろにいる八坂様をまっすぐに見すえました。

その力、お借りします!

両手を前に突き出し、意識を集中させます。
八坂様への経路を開き、練り上げた霊力を最大限に循環させます。
大きな力が経路の中を暴れようとするのを、必死で押さえつけて制御します。
そうすると、八坂様の神通力に応えて大気がうなりをあげて渦巻き始めました。

前に目を向けると、動きを止めた私に対して式達が一斉に殺到してくるのが見えました

…今です!!


     - 大奇跡『八坂の神風』 -


ゴウッ!!!

次の瞬間、大気が咆哮をあげると真空の渦が竜巻となり、私に迫る式達を全て粉々に切り刻んでいきました。

やった…!
はじめてこの秘術に成功しました…!!

「見事だわ、合格よ」

歓喜に打ち震える私に、八坂様のお言葉がかけられました。

「やったね! やっぱり早苗は天才だよ!!」

後ろから私の腰に、洩矢様が抱きついてこられました。

「これで守矢の秘術は全て伝授したわ。貴女はこれで、一人前の風祝として認められました」

八坂様のそのお言葉が、誇らしくて誇らしくて…
今までの辛かった修行の日々が一気に蘇って来て、私は知らずのうちに涙があふれてきました。

「ああもう、折角のいい日なんだから泣いちゃダメだよ! そうだ、これからお祝いパーティーしよう!!」

洩矢様がそういって、私の涙をぬぐってくださいました。

そして、その日は特別なお料理を作って、三人で夜遅くまでお祝いをしました。
あの時の八坂様と洩矢様の笑顔は、一生忘れることのできない素敵な思い出になりました。
秘術を学んで強くなれてよかった、と心からそう思いました。
そして、このお二人さえいれば、私はずっと強くあれる、そう思っていました。




中学生の”私”が消えていき、今度は高校生の”私”が浮かび上がってきました。
そう、これは…幻想郷へと転移する前の日のことです。

その日、私は高校の友人達にお別れを告げました。
突然の別れに、友人達はみんな驚いて悲しんでくれて…

そして、急な話にもかかわらず、私のお別れパーティーを開いてくれました。
それは免許皆伝の時にも負けず劣らず、私の中で大切な思い出になりました。

そして、夜遅くなって、私は神社へと帰ってきました。
これで、日が変われば私は本当にこの日本とお別れをすることになります。
今までの人間としての生活を捨て、風祝として八坂様達のお勤めを果たしていく生活が始まるのです。
友人達と別れることは悲しいのはもちろんありますが、これが私の本来の役目なのです。
私は既に、決意を固めていました。

そうして、友人達が私にくれたプレゼントの封を開けると…

…そこには、友人達が書いてくれた手紙が同封されていました。

『遠くにいっちゃっても私たちのことを忘れないでね!』
『絶対手紙だしてね! 私も必ず返事書くから!!』
『年に一度くらいは会いに来てね! またパーティーの準備しておくから!』

それは、別れの手紙としてはごく一般的な…代わり映えのしない内容でした。
でも、その平凡な文章の中には、彼女達の嘘偽りない私への友愛の気持ちが何よりも篭められていて…
だから…それが目に入った瞬間…

「……っ」

私は、涙があふれてくるのが止まりませんでした…
覚悟は、決めたはずなのに。
幻想郷で信仰と共に生きると、決意したはずだったのに。

「…早苗」

その時、ぴしゃりと障子の音がして、八坂様が部屋に入ってこられました。
私はハッとして、とっさに涙を拭いました。

「はい、八坂様、なんですか?」

平静を装ったつもりだったのに、声が震えてしまいました。

いけません、これでは八坂様に余計な気を遣わせてしまいます。
こんなことでは、風祝失格です。

私は必死で涙を止めようとしましたが…ダメでした。
顔だけはいつもの微笑を浮かべることができたのに…涙が止まってくれないのです。

そんな私に、八坂様はゆっくりと歩み寄ってこられて…

…そして次の瞬間、私は八坂様の胸にぎゅっと抱きしめられていました。

「っ!」

びくりと、私の体が震えました。

やめて…ください…
そんな…そんなことされたら…この気持ちを隠せなくなってしまいます…
私は自ら喜んで信仰の道を進まなくてはいけないのです…

八坂様は、そんな私の耳元にお口を近づけ…

「早苗、ごめんなさいね。私達の我侭に貴女を巻き込んで…」

そう囁いて下さいました。

「そんな…! これが私の務めなんですから八坂様が気になさることでは…!」

とっさに応えた声が、嗚咽にかすれてしまいました。

ダメです…感情を…鎮めないと…
自らの仕える神様に心配を掛けさせているようでは…

なのに、八坂様は私をいっそう強く抱きしめてこられました。

「早苗…いいのよ? 私達は家族なんだからそんなに無理しなくてもいいの。悲しいときは私達の前でそれをちゃんと出して欲しい」

そう、囁いて下さいました。

…その言葉に、私はもうダメでした。

「ぅ…ぅ…うぅぅぅぅぅぅ!!!」

八坂様の胸にぎゅっとしがみ付いて、思いっきり泣いてしまいました。

「早苗…貴女には本当に苦労を掛けるわ…。でも、貴女には必ず幸せな出会いが訪れるように…私が神の名に掛けて保障するから…」

泣きじゃくる私の髪を撫でて、八坂様はそう言ってくださいました。
私は悲しかったのはもちろんですが…同時に嬉しくもありました。
八坂様が、ただの風祝に過ぎない私のことを家族と言ってくださって、そこまで気を掛けてくださるのが嬉しくて嬉しくて…

この方達と一緒なら、私はどんな場所に行ってもやっていける、私はそう思っていました。



なのに…
それなのに…



私の周りの闇が消えていきます。
”私”が、神奈子様が、諏訪子様が消えていき、雪の中には私一人が座り込んでいました。
心の中に手を伸ばそうとも、もはやそこに神奈子様の蒼い輝きはありませんでした。

そう…私は、ただ一人になっていました。
天高く広がる蒼い空の中で、果てしなく続く広大な大地の中で、この遥かな幻想郷の中でたった一人になってしまいました。

なぜ…?
どうして…?
どうして…私を残して逝ってしまうんですか…?

涙がぼろぼろとあふれて来ました。

私が弱かったから…?

それはあるでしょう。
現人神と言われ、中学生にして秘術をマスターした天才などと思い上がっていた私の力など、幻想郷ではまるで通用しませんでした。
霊夢さんの神社の信仰を横取りし、支配下に置こうなどという浅はかな考えはあっさりと打ち砕かれ、
”普通”の魔法使いの魔理沙さんにさえ軽々打ち倒され、逆に神奈子様の権威に傷をつける結果になりました。
そして、その後も私が無様な姿をさらし続けた結果、最後に残ったなけなしの信仰など一瞬にして尽きてしまいました。

でも…本当にそれだけだったのでしょうか…?

私は、自分にできることは全て自分でやろうと思っていました。
神奈子様や諏訪子様に頼るのは、恥だと思っていました。

だから…お二人が私を手伝いたいとおっしゃっても、私はいつもやんわりと断っていました。
それは、私の力不足のせいでお二人のお手を煩わすのは、申し訳ないと思っていたからです。

…しかし、それは本当に正しかったのでしょうか?

神奈子様は、私のことを家族だと言ってくださいました。
その言葉は、私にとって本当に嬉しいものでした。

しかし…同時にこうもおっしゃっていました。

『家族なんだから、弱い部分も出して欲しい』と。

私はこの言葉を、本当に理解していたのでしょうか?

お二人の前で弱い部分を見せたくなかったのは、単に私が自分ひとりで何でもできると意地になっていただけなのでは…?
責任感という名の下に、お二人の好意をはねつけ続けてきていたのでは…?
何よりも、私自身がお二人のことを一番信頼していなかったのでは…?



…私自身が、お二人を家族だなんて思っていなかったのでは…!?



「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


私は雪の上に突っ伏して、慟哭を漏らしました。
自分の愚かしさに死んでしまいたい気持ちになりました。

”強く”なれば諏訪子様は泣かなくてすむ、きっと笑ってくれる、だから”強く”なろうと思っていたのに。
誰かを幸せにするためにこそ”強く”なりたいと、最初はちゃんとわかっていたはずだったのに。

でも、私は自分が力をつけていくにつれて”強い”ということの意味、最も大切なことを忘れていっていたのです。
独りよがりな力に溺れ、誰にも頼らず自分ひとりで全てをこなすことが”強さ”であると勘違いしていたのです。
そして、いつの間にか私にとって最も大切な人たちだったはずのお二人のことをないがしろにしていたのです。

風祝である私が、お二人に仕える私が、誰よりもお二人を信仰していなかった。
そして、それが、この最悪の結果を招いたんだ。

その事実が、私の心をバラバラに引き裂いていきました。
私はそのまま、大地に跪いて泣き叫ぶことしかできませんでした。



そんな泣き叫ぶ”私”を、どこか冷静な別の私が眺めていました。
この時点で、私はもう気づいていました。

…そう、これは夢なのです。

これは、かつて私が毎日のように苦しめられた夢。
そして、ある日を境に全く見なくなった夢。

しかし、夢だから現実じゃなくてよかった…だなんて、とても思えませんでした。

夢なのに、夢だとわかっていても…
そう理解していてもなお、この孤独と絶望は圧倒的存在感を持って私を圧し潰してきました。
雪の中の”私”は、この凍りついた世界の中においては確かに現実の私自身そのものなのです。


しかし…今まではここで終わっていた夢なのに…今回はまだ続きがありました。
そう…夢の中の”私”には、以前と一つだけ違うところがありました。
それは一見小さな違いでしかありませんが…かつての”私”と今の私の最大の違いだったのです。



雪が、私の体温を容赦なく奪っていきます。
それは冷たくて…痛くて…悲しくて…夢の中なのに死を実感させるものでした。

でも…冷たいのに…何かが私を暖めていてくれるのに気がつきました。
雪に包まれているのに…私の肩が暖かいのです。

ハッとして自分の胸元をのぞいた私の目に入ったのは、襟元で蝶結びになった紐と、白いぼんぼりでした。
そしてふわりと私の肩を優しく包んでくれる、蒼く暖かい私の宝物。
それは…彼が私のために用意してくれた…大切な大切な…蒼いケープ。
彼が私の体を心配してくれた、その想いが形となったモノ。

ふわり。

それに気づいた瞬間、私の体が後ろからぎゅっと抱きしめられました。

暖かさと共に、一瞬にしていつもの香りに包まれるのがわかりました。
決していい香りというものではないはずなのに…私の心をいつも暖かくしてくれる、彼の香り。

ああ…ここだ…

それまで私を包んでいた孤独と絶望が瞬時に暖かさの中に融けて消えていくのがわかります。

ここが…私の帰るべき場所…
この暖かさの中にいれば…それだけで私は幸せでいれる…

私は振り向くと、彼の背中にぎゅっと手を回し、その胸元にしがみ付きました。

暖かくて…たくましくて…優しい彼の体温が私の体を包み込み、私の周りの冷気を吹き飛ばしてくれました。
とくん、とくんと聞こえてくる彼の心音が、私に生きている、という実感をもたらしてくれました。

この人こそ…私の事を世界で一番大切にしてくれる人。
この人こそ…私が一生を共にするべき愛しい愛しい人。

私の悪いところも、弱いところも、全てをそのままに受け入れてくれる人。
私の悪いところも、弱いところも、全てを包み隠さずにさらけ出すべき人。

愛しさが私の心の奥から湧き上がってくるのを感じます。
そして同時に、心の底から満ち溢れてくる勇気が、私の周りの真っ白な冷たい景色を打ち払っていきます。

かすれて消え行く雪景色の中で、私はあることを確信していました。
もう二度とこの凍りついた死の世界を訪れることはないだろう、と。

「さようなら…」

私は思わずそう口にしていました。

さようなら、雪の中の”私”。

一人きりで雪の中で泣いていた、かつての”私”にむかって、そう別れを告げました。
そうして私は…雲間から差し込むこの暖かい光の柱に包まれたまま、彼に手を引かれて死の世界の中から浮き上がっていくのを感じていました。


……………………


「……んん……」

柔らかな光に迎えられるように、意識が浮かび上がっていきます。
目が覚めると、そこはいつもの私の自室でした。
まだ朝日が昇り始めたばかり、いつも通りの時刻でした。

しかし…いつもと違う暖かさが私を包んでいます。
ハッと気づけば、私のすぐ前に彼の寝顔がありました。
私は、彼にぎゅっと抱きすくめられて寝ていました。

そうか…そういうことだったんだ…

私は気づきました。

あなたが…私をあの悪夢の中から連れ出してくれたんですね…

改めて、愛しさがこみ上げてきました。
彼の胸元に顔をうずめ、その暖かさを満喫します。

ふと横を見れば、布団の横には諏訪子様が毛布をかぶって寝ておられました。
そして…私の枕元には、ボウル一杯に満たされた薄皮をむかれたミカンが置かれていました。
さらには、おろし金いっぱいの擦りリンゴと、あちこち耳の欠けたウサギさんリンゴ(のようなもの)がお皿の上に群れを成していました。

そして、布団の反対側を見れば…そちらには神奈子様が毛布をかぶったまま座り込んで眠っておられました。
そのお側には大きな寸胴鍋が置いてあって…なにやら随分とこってりとした…濃厚な香りが漂っています。

私は思わず、クスリと笑みを漏らしました。

ボウル一杯のミカンはすでに乾き始めていましたし…
リンゴは茶色に変色しはじめていましたし…
寸胴鍋はお粥のようですが…どうしてお粥から豚骨(?)がまるでオンバシラのように突き出ているんですか…?

それでも…

私はもう嬉しくて嬉しくて涙が出そうでした。

私が、自分勝手な責任感でお二人に頼ろうとしなかったのに。
なのに、お二人は私のことをこんなにも愛してくださっていたのです。

そして、風邪がうつるかもしれないということも省みず、私を悪夢から救い出してくれた大切な人。

こんなにも自分が愛されているということを知って、私は感激に包まれていました。
そして私は、運命に、神奈子様に、諏訪子様に、心から感謝していました。

こんな素敵な神様に仕えさせていただけて私は本当に幸せです。
そして、こんなに素敵な人にめぐり合わせていただけて本当にありがとうございます。


「んっ…!」

私は大きく伸びをすると、愛しい人の頬にそっとキスをしてから、立ち上がりました。
神様方の神徳と彼の愛情(自分で言っていて少し恥ずかしいのですが)のおかげなのか、風邪はもうすっかりよくなっていました。

もっと彼の暖かい胸元にいたいと名残惜しい思いはありましたが、今度は私が皆さんにお返しをしなければいけません。
今日のご飯は、ちょっと奮発して皆さんの大好きなおかずにしましょう。

朝ご飯は、神奈子様の大好きな、鮭の塩焼き。
昼ご飯は、諏訪子様の大好きな、鶏の唐揚げ。
夕ご飯は、○○さんの大好きな、ハンバーグ。
そして、皆さんの作ってくださったミカン、リンゴ、お粥も一緒に食べてしまいましょう。

…随分とこってりしたメニューばっかりですね。
自分で、自分の考えに思わず笑ってしまいました。

でも、たまにはこんな日があってもいいんです。
そうです、今日は私にとって特別な日になったのですから。


この日、私はまた一つ強くなることができました。
でも、その強さは私一人では手にすることのできない強さです。
互いに助け合うために、信頼によって結ばれた上で相手に依存する、それは決して弱さではないのです。
いえむしろ、一人では決して掴むことのできない本当の強さに到達することができるのだと思います。

それを教えてくれたのは、私の大切な人と、神奈子様、諏訪子様の神様方です。
私はこうして、大切な何かをまた一つ手にすることができました。

私はこれからも、この人たちと一緒にいる限り、どこまででも強くなれる気がします。
○○さん、神奈子様、諏訪子様、これからも、ずっとずっと末永くよろしくお願いしますね!

自室の障子を開けると、山の縁から顔を出し始めた朝日がぱぁっと差し込んできました。
その光は、夢の中から私を導いてくれた光と同じ暖かさでした。

私は光に包まれながら、大きく身体を伸ばしました。

さあ、今日も一日がんばるぞ。
私の大切な人たちと一緒に!

そう決意を固めると、私は自室を後にしたのでした。




新ろだ206.246、294,295


───────────────────────────────────────────────────────────
人気記事ランキング
目安箱バナー