第十話
ユニウスセブン。ユニウス市の沖合いを埋め立てて作られた人工島で、数々の実験、研究が行われる場として、名をはせていた。
しかし、今は何の研究も行われてはいないばかりか、人の住めない土地となっていて、生きている者は存在しない。それでも、この土地の名を知らぬ者はいない。
血のバレンタインの悲劇の舞台として。
MA、MSが頻繁に出現するようになる半年ほど前のこと、突然の地殻変動がこの人工島を襲った。
あまりに不自然で、突然の大地の咆哮。その暴力的な力の前に、人間はあまりに無力だった。行方不明者多数、生存者は確認されていない。
もちろん、すぐに数多くの救助隊が組織されユニウスセブンへと派遣されたが、その全てが消息を絶った。当時は原因不明だったが、すぐに解明されることとなる。
MSの出現、そして襲撃。
はじめうち、MSがユニウスセブン付近で確認されたことから、突然の地殻変動にも救助隊の行方不明にも関わっていると推測されているが、詳細は判明していない。
度重なる調査隊の派遣にもかかわらず、生存者の発見はおろか救助隊自体の消息不明が続いた上、MSの大群と警察隊の衝突という大事件があり、ユニウスセブンへの調査は完全に打ち切られてしまったためだ。
それ以来、ユニウスセブン周辺は完全に封鎖され、いくつかの観測所での監視がなされるだけの土地となり、MSが姿を消した後も、調査が再開されることはなかった。
だから、監視任務も何でもない、ただの退屈なだけの仕事のはずだった。
しかし、今は何の研究も行われてはいないばかりか、人の住めない土地となっていて、生きている者は存在しない。それでも、この土地の名を知らぬ者はいない。
血のバレンタインの悲劇の舞台として。
MA、MSが頻繁に出現するようになる半年ほど前のこと、突然の地殻変動がこの人工島を襲った。
あまりに不自然で、突然の大地の咆哮。その暴力的な力の前に、人間はあまりに無力だった。行方不明者多数、生存者は確認されていない。
もちろん、すぐに数多くの救助隊が組織されユニウスセブンへと派遣されたが、その全てが消息を絶った。当時は原因不明だったが、すぐに解明されることとなる。
MSの出現、そして襲撃。
はじめうち、MSがユニウスセブン付近で確認されたことから、突然の地殻変動にも救助隊の行方不明にも関わっていると推測されているが、詳細は判明していない。
度重なる調査隊の派遣にもかかわらず、生存者の発見はおろか救助隊自体の消息不明が続いた上、MSの大群と警察隊の衝突という大事件があり、ユニウスセブンへの調査は完全に打ち切られてしまったためだ。
それ以来、ユニウスセブン周辺は完全に封鎖され、いくつかの観測所での監視がなされるだけの土地となり、MSが姿を消した後も、調査が再開されることはなかった。
だから、監視任務も何でもない、ただの退屈なだけの仕事のはずだった。
観測対象であるユニウスセブンの異変。二人の観測員がそれを報告、さらに詳しく情報を集めているときのことだった。
彼らの観測所へと黒い影が歩み寄っていく。
その直後、観測所に惨劇の嵐が吹き荒れた。
彼らの観測所へと黒い影が歩み寄っていく。
その直後、観測所に惨劇の嵐が吹き荒れた。
「結構血が出てますけど、ちょっと額を切っただけですから大したことはないですよ」
手当てを済ませ、包帯を巻き終えたメイリンがカガリに言った。
「色々迷惑をかけたみたいだな。本当にすまないと思う」
「いえ。代表こそ大したお怪我がなくて何よりです」
謝辞を述べるカガリに対し、レイは笑顔で応えた。いささか胡散臭い作り笑いではあったが。
なぜか突然機嫌の悪くなったシンがアレックスを連れ帰ってきた直後辺りにカガリも目を覚ました。
玄関で治療するわけにもいかないので、空いている一室を使い、メイリンがカガリの治療を行なった。今この部屋にはカガリとメイリンのほか、レイとアレックスが居る。
カガリの頭には白い包帯が巻かれているが、幸いその他に怪我はないようだ。次にメイリンはアレックスの方を向いた。
「今度はアレックスさんの番ですよ」
「いや、俺はいい」
「遠慮しないで。早くここに座ってください」
目の前の椅子を勧めるが、アレックスはそれを頑ななほどに拒んだ。
多少の傷はあるが、既にそれらはほぼ回復している。今も、常人ではありえないような速さで治癒していることだろう。そんなものを、見られたくはなかった。
「それより、大した手並みだな。とても素人とは思えない」
「え?」
「君の手当てのことだよ。随分、手馴れているな」
いきなり褒められ、メイリンは困惑しつつも嬉しそうだった。
「その、昔からこういうことはよくやっていて……」
これなら、うまくごまかしきれそうだ。アレックスは誰にも分からないよう、小さな安堵のため息をついた。
手当てを済ませ、包帯を巻き終えたメイリンがカガリに言った。
「色々迷惑をかけたみたいだな。本当にすまないと思う」
「いえ。代表こそ大したお怪我がなくて何よりです」
謝辞を述べるカガリに対し、レイは笑顔で応えた。いささか胡散臭い作り笑いではあったが。
なぜか突然機嫌の悪くなったシンがアレックスを連れ帰ってきた直後辺りにカガリも目を覚ました。
玄関で治療するわけにもいかないので、空いている一室を使い、メイリンがカガリの治療を行なった。今この部屋にはカガリとメイリンのほか、レイとアレックスが居る。
カガリの頭には白い包帯が巻かれているが、幸いその他に怪我はないようだ。次にメイリンはアレックスの方を向いた。
「今度はアレックスさんの番ですよ」
「いや、俺はいい」
「遠慮しないで。早くここに座ってください」
目の前の椅子を勧めるが、アレックスはそれを頑ななほどに拒んだ。
多少の傷はあるが、既にそれらはほぼ回復している。今も、常人ではありえないような速さで治癒していることだろう。そんなものを、見られたくはなかった。
「それより、大した手並みだな。とても素人とは思えない」
「え?」
「君の手当てのことだよ。随分、手馴れているな」
いきなり褒められ、メイリンは困惑しつつも嬉しそうだった。
「その、昔からこういうことはよくやっていて……」
これなら、うまくごまかしきれそうだ。アレックスは誰にも分からないよう、小さな安堵のため息をついた。
その部屋から壁一枚を隔てた廊下では、ルナマリアたちが揃って噂をしていた。
話の種はもちろん、オーブのアスハ代表のことだ。みんな好き勝手な事を言い合っている。ただ、シンだけはこの場に居なかったが。
ヨウランとヴィーノにいたっては、ドアや壁に必死に耳を密着させて中の様子を探ろうとしていた。
「やっぱり、何も聞こえないよ」
「防音が随分しっかりしてんな」
「盗み聞きなんてするなってことかぁ?」
聞き耳を立てながら喋りあう二人を、ルナマリアが一喝した。
「ヨウラン、ヴィーノ。静かにしなさいよ!レイに聞かれたらどうするの」
「あの……ルナマリアさんの声が一番大きいです」
「マユちゃん、口は災いの元って言葉知ってる?」
ルナマリアが含みのありそうな恐ろしげな笑顔でマユを見つめた。その迫力にマユは思わず謝ってしまった。
「は、はい! ごめんなさい」
「分かればいいのよ。分かれば」
突然、ヨウランたちがドアから離れた。ドアがかすかに開き、その隙間から顔を覗かせたレイが四人にささやくように言った。
「もうすぐ代表達が出てくる。お前達は先に部屋に行っていてくれ」
盗み聞きをしていたことはレイには百も承知のことだったようだ。形のいい眉がひそめられ、それが彼の不機嫌さをあらわしている
こうやって前もって教えてくれたのも、ルナマリアたちのためというより、代表達の前で余計な恥を書きたくないためだろう。
「あ、そう? じゃ、後でね」
ルナマリアたちは蜘蛛の子を散らすように、その場から駆け出した。レイは呆れ顔で彼らを見送り、音を立てないようにゆっくりと戸を閉めた。
話の種はもちろん、オーブのアスハ代表のことだ。みんな好き勝手な事を言い合っている。ただ、シンだけはこの場に居なかったが。
ヨウランとヴィーノにいたっては、ドアや壁に必死に耳を密着させて中の様子を探ろうとしていた。
「やっぱり、何も聞こえないよ」
「防音が随分しっかりしてんな」
「盗み聞きなんてするなってことかぁ?」
聞き耳を立てながら喋りあう二人を、ルナマリアが一喝した。
「ヨウラン、ヴィーノ。静かにしなさいよ!レイに聞かれたらどうするの」
「あの……ルナマリアさんの声が一番大きいです」
「マユちゃん、口は災いの元って言葉知ってる?」
ルナマリアが含みのありそうな恐ろしげな笑顔でマユを見つめた。その迫力にマユは思わず謝ってしまった。
「は、はい! ごめんなさい」
「分かればいいのよ。分かれば」
突然、ヨウランたちがドアから離れた。ドアがかすかに開き、その隙間から顔を覗かせたレイが四人にささやくように言った。
「もうすぐ代表達が出てくる。お前達は先に部屋に行っていてくれ」
盗み聞きをしていたことはレイには百も承知のことだったようだ。形のいい眉がひそめられ、それが彼の不機嫌さをあらわしている
こうやって前もって教えてくれたのも、ルナマリアたちのためというより、代表達の前で余計な恥を書きたくないためだろう。
「あ、そう? じゃ、後でね」
ルナマリアたちは蜘蛛の子を散らすように、その場から駆け出した。レイは呆れ顔で彼らを見送り、音を立てないようにゆっくりと戸を閉めた。
多少大きいとはいえ、ここも所詮はただの家だ。すぐに、シンが一人で待っている居間に辿り着く。ドアを開けて入って来たルナマリアたちを、頬杖をついたシンが不機嫌そうに、馬鹿にするような目つきで睨みつけてきた。
「盗み聞きはどうした?」
言葉にも明らかな棘がある。ルナマリアたちだけならともかく、マユがいるのにこのような口ぶりをするのは明らかにおかしい。シンの逆鱗に触れないように、ルナマリアは務めて明るく答えた。
「別にどうもしないわよ。アスハ代表、治療終わったって」
シンは何も反応しなかった。無関心を装っているのか本当に関心が無いのか、どうにも判断がつかない。
「盗み聞きはどうした?」
言葉にも明らかな棘がある。ルナマリアたちだけならともかく、マユがいるのにこのような口ぶりをするのは明らかにおかしい。シンの逆鱗に触れないように、ルナマリアは務めて明るく答えた。
「別にどうもしないわよ。アスハ代表、治療終わったって」
シンは何も反応しなかった。無関心を装っているのか本当に関心が無いのか、どうにも判断がつかない。
席に座ったルナマリアは、そんなシンを無視して隣の席のマユと話し始めた。
マユのほうも、カガリには興味があった。自分の生まれ故郷の偉い人がここに居るのだ。むしろ、気にならないという方がおかしいだろう。
ルナマリアはさっきから全く口を開かないシンが気になり、あえて話題を振った。
「ねえ、アスハ代表のこと、シンはどう思う?」
「そんなこと、知ったことかよ!」
怒鳴りつけられたルナマリアは怯み、当のシンも、ばつが悪そうに口をつぐむ。ちょうどその間に居たマユまでも怯えて縮こまった。非常に重苦しい空気がこの場を支配した。
この空気は、レイたちがこの部屋に入ってくるまで続いた。
マユのほうも、カガリには興味があった。自分の生まれ故郷の偉い人がここに居るのだ。むしろ、気にならないという方がおかしいだろう。
ルナマリアはさっきから全く口を開かないシンが気になり、あえて話題を振った。
「ねえ、アスハ代表のこと、シンはどう思う?」
「そんなこと、知ったことかよ!」
怒鳴りつけられたルナマリアは怯み、当のシンも、ばつが悪そうに口をつぐむ。ちょうどその間に居たマユまでも怯えて縮こまった。非常に重苦しい空気がこの場を支配した。
この空気は、レイたちがこの部屋に入ってくるまで続いた。
戸が開き、レイとメイリンが部屋に入ってくる。重苦しい空気を吹き飛ばそうと、ルナマリアが無理に明るく聞いた。
「あ、レイ。終わったの?」
「ああ。代表達の怪我は大したことはない」
「それは何より。ならさっさと帰ってもらえば?」
「シン!何言ってるのよ!」
失礼極まりない事をのたまったシンを、ルナマリアがたしなめる。レイは何も言わなかったが、非難の目つきでシンを睨みつけた。
「今日はもう遅い。彼らにもご馳走したいのだが、いいか?」
その直後、レイがドアの外のカガリたちを部屋に入れた。誰も不満は言わなかった。
パーティーだというので料理は多めに買っておいたうえ、ヨウランとヴィーノがピザやフライドチキンを手土産にしてきたので、むしろ食べきれないくらいのご馳走がテーブルの上に並んでいる。
それに、オーブの代表といえば、かつてはワイドショーのトップを独占したほどの時の人だ。興味があるのは当然だろう。
特に、つい最近までオーブに居たマユは好奇心に目を輝かせる。シンはさらに不機嫌そうな目つきになったが、隣の席のマユを横目に見て、結局何も言わなかった。
「お前が、助けてくれたらしいな。」
パーティーが始まってすぐに、カガリはシンの方に近寄り、声をかけた。
シンに助けられた事をアレックスに聞いたのだ。一応礼を言おうとしたのだが、普段の調子でつい偉そうな口ぶりとなってしまった。
それがさらに、ただでさえイラついていたシンの神経を逆なでした。
「おかげで……」
「おかげで、何です? 礼でもしようってんですか?」
突っかかるような口調でシンは言った。アスハに対する反発が、さらに言葉をつむがせる。
「それならいりませんよ! アスハから礼を言われる筋合いなんかありませんからね!」
「なっ!?」
シンの意外な言葉に詰まる。そしてカガリは憤り、シンに掴みかかろうとしたが、アレックスに腕を掴まれた。
「カガリ!」
「す、すまない」
カガリは振り上げた腕を下ろし、謝った。いくら無礼な事を言われたとはいえ、命の恩人に手を上げるわけにはいかない。もっとも、昔はそれをやってしまったこともあったが、昔と今では立場が違う。そんな好き勝手できる立場ではないのだ。
シンはカガリの謝罪を一瞥だけして、それを無視した。今度は行動にこそ移さなかったものの、カガリが気分を害したことは明白だった。
「あ、レイ。終わったの?」
「ああ。代表達の怪我は大したことはない」
「それは何より。ならさっさと帰ってもらえば?」
「シン!何言ってるのよ!」
失礼極まりない事をのたまったシンを、ルナマリアがたしなめる。レイは何も言わなかったが、非難の目つきでシンを睨みつけた。
「今日はもう遅い。彼らにもご馳走したいのだが、いいか?」
その直後、レイがドアの外のカガリたちを部屋に入れた。誰も不満は言わなかった。
パーティーだというので料理は多めに買っておいたうえ、ヨウランとヴィーノがピザやフライドチキンを手土産にしてきたので、むしろ食べきれないくらいのご馳走がテーブルの上に並んでいる。
それに、オーブの代表といえば、かつてはワイドショーのトップを独占したほどの時の人だ。興味があるのは当然だろう。
特に、つい最近までオーブに居たマユは好奇心に目を輝かせる。シンはさらに不機嫌そうな目つきになったが、隣の席のマユを横目に見て、結局何も言わなかった。
「お前が、助けてくれたらしいな。」
パーティーが始まってすぐに、カガリはシンの方に近寄り、声をかけた。
シンに助けられた事をアレックスに聞いたのだ。一応礼を言おうとしたのだが、普段の調子でつい偉そうな口ぶりとなってしまった。
それがさらに、ただでさえイラついていたシンの神経を逆なでした。
「おかげで……」
「おかげで、何です? 礼でもしようってんですか?」
突っかかるような口調でシンは言った。アスハに対する反発が、さらに言葉をつむがせる。
「それならいりませんよ! アスハから礼を言われる筋合いなんかありませんからね!」
「なっ!?」
シンの意外な言葉に詰まる。そしてカガリは憤り、シンに掴みかかろうとしたが、アレックスに腕を掴まれた。
「カガリ!」
「す、すまない」
カガリは振り上げた腕を下ろし、謝った。いくら無礼な事を言われたとはいえ、命の恩人に手を上げるわけにはいかない。もっとも、昔はそれをやってしまったこともあったが、昔と今では立場が違う。そんな好き勝手できる立場ではないのだ。
シンはカガリの謝罪を一瞥だけして、それを無視した。今度は行動にこそ移さなかったものの、カガリが気分を害したことは明白だった。
最悪のスタートではあったものの、パーティールナマリアたちが頑張って盛り上げたおかげでそれなりに楽しめる雰囲気にはなった。ただ、シンに対してはまるで腫れ物を扱うかのように、誰も声をかけない。
はじめのうちはシンに気を使ってそばに居たマユも次第に離れていった。今はカガリと話している。
シンはやはり面白くなさそうな顔をしていたが、マユを拘束するわけにもいかない。二人の会話に聞き耳を立てたまま、ただ黙々と料理を口の中に放り込んだ。
味など、まったく分からなかった。
「そうなんですか。ウズミ様の後を継いで」
「ああ。私など、まだまだお父様の足元にも及ばない」
お父様、という単語を聞き、マユの表情が曇る。だがカガリは気付かずに話を続け、シンの神経を逆撫でした。
テーブルに激しく拳が叩きつけられる。食器が踊り、大きな不協和音を奏でる。驚いたマユの視線の先では、シンが肩を震わせていた。
激しい怒りをこらえつつ、シンは息も荒く、怒鳴った。
「マユ、もうそんな奴と話すな!」
「……え?」
「そんな奴と話すなって言ってるんだ!」
一瞬で場が凍りつく。状況が理解できていなかったマユが、やや間抜けな声を出した。
「え……あの……」
「何だと!」
「シン、いい加減にしろ」
「あー、そうでしたね。この人、エライんでしたね」
「おまえっ!」
レイの言葉にも、シンはいかにも白々しい口調で答えた。恩人だと思って黙っていたカガリも遂に我慢の限界を超え、前に出ようとするが、アレックスに押しとどめられる。
「落ち着け、カガリ! それに君も、いい加減にしてもらおうか」
カガリに変わってアレックスが、冷静な中にも苛立ちを込めた声でシンに言った。
「さっきからの君の態度は何だ? 代表を馬鹿にするようなことはしないでもらいたい。もし、くだらない理由でこれ以上代表を侮辱するというのなら、たとえ命の恩人でもただではおかないぞ」
アレックスの「くだらない」という単語に、シンは逆上した。頭がかっと熱くなり、アスハに対する恨み、怒り、憤りをぶつけたくなった。
だが、涙眼でおろおろしているマユの姿を視界に捉え、我に帰った。
マユには、両親は事故死した、と言うことにしてある。本当の事を話すわけにはいかない。
シンは感情を押し殺すようにして、声を絞り出した。
「……別に。ただ、アスハのキレイごとがなんとなく気に食わないだけだ」
そのシンの言葉に、アレックスでもカガリでもなく、マユが声を荒げた。
「何それ! そんなつまらないことでアスハ代表に突っかかったの!? 最低!」
パーティーの空気が、完膚なきまでにぶち壊しになっている。マユはそれをも責めていた。涙眼のまま激情を吐き出すマユの姿は痛々しい。
その姿を見たルナマリアたちもシンをどこか冷めた、白けた目で見つめた。
そんな視線に耐えられなくなったシンは無言で部屋を出て行った。
はじめのうちはシンに気を使ってそばに居たマユも次第に離れていった。今はカガリと話している。
シンはやはり面白くなさそうな顔をしていたが、マユを拘束するわけにもいかない。二人の会話に聞き耳を立てたまま、ただ黙々と料理を口の中に放り込んだ。
味など、まったく分からなかった。
「そうなんですか。ウズミ様の後を継いで」
「ああ。私など、まだまだお父様の足元にも及ばない」
お父様、という単語を聞き、マユの表情が曇る。だがカガリは気付かずに話を続け、シンの神経を逆撫でした。
テーブルに激しく拳が叩きつけられる。食器が踊り、大きな不協和音を奏でる。驚いたマユの視線の先では、シンが肩を震わせていた。
激しい怒りをこらえつつ、シンは息も荒く、怒鳴った。
「マユ、もうそんな奴と話すな!」
「……え?」
「そんな奴と話すなって言ってるんだ!」
一瞬で場が凍りつく。状況が理解できていなかったマユが、やや間抜けな声を出した。
「え……あの……」
「何だと!」
「シン、いい加減にしろ」
「あー、そうでしたね。この人、エライんでしたね」
「おまえっ!」
レイの言葉にも、シンはいかにも白々しい口調で答えた。恩人だと思って黙っていたカガリも遂に我慢の限界を超え、前に出ようとするが、アレックスに押しとどめられる。
「落ち着け、カガリ! それに君も、いい加減にしてもらおうか」
カガリに変わってアレックスが、冷静な中にも苛立ちを込めた声でシンに言った。
「さっきからの君の態度は何だ? 代表を馬鹿にするようなことはしないでもらいたい。もし、くだらない理由でこれ以上代表を侮辱するというのなら、たとえ命の恩人でもただではおかないぞ」
アレックスの「くだらない」という単語に、シンは逆上した。頭がかっと熱くなり、アスハに対する恨み、怒り、憤りをぶつけたくなった。
だが、涙眼でおろおろしているマユの姿を視界に捉え、我に帰った。
マユには、両親は事故死した、と言うことにしてある。本当の事を話すわけにはいかない。
シンは感情を押し殺すようにして、声を絞り出した。
「……別に。ただ、アスハのキレイごとがなんとなく気に食わないだけだ」
そのシンの言葉に、アレックスでもカガリでもなく、マユが声を荒げた。
「何それ! そんなつまらないことでアスハ代表に突っかかったの!? 最低!」
パーティーの空気が、完膚なきまでにぶち壊しになっている。マユはそれをも責めていた。涙眼のまま激情を吐き出すマユの姿は痛々しい。
その姿を見たルナマリアたちもシンをどこか冷めた、白けた目で見つめた。
そんな視線に耐えられなくなったシンは無言で部屋を出て行った。
「あ、あの……、ごめんなさい!」
シンの姿が消え、少し落ち着いたマユは、シンを追って部屋を出て行こうとしたが、一旦振り返ってカガリたちに謝った。
「ホントごめんなさい! マユたち、お父さんもお母さんもずっと昔に事故で死んじゃって……。アスハ代表がお父さんのことを言ったのが気に入らなかったと思うんです。多分、それで……」
シンの姿が消え、少し落ち着いたマユは、シンを追って部屋を出て行こうとしたが、一旦振り返ってカガリたちに謝った。
「ホントごめんなさい! マユたち、お父さんもお母さんもずっと昔に事故で死んじゃって……。アスハ代表がお父さんのことを言ったのが気に入らなかったと思うんです。多分、それで……」
シンは部屋に入り、電灯もつけずにベッドに倒れこんだ。
少し冷静になった頭で、先ほどの事を思い出す。
本当にバカな事をした。
今になってみれば、そう思える。だが、頭に血の上っていたさっきは、そんな事を考える余裕も無いままに、かっと熱くなってしまった。
許せなかったのだ。アスハが、自慢げに父親の事を口にするのが。
少し冷静になった頭で、先ほどの事を思い出す。
本当にバカな事をした。
今になってみれば、そう思える。だが、頭に血の上っていたさっきは、そんな事を考える余裕も無いままに、かっと熱くなってしまった。
許せなかったのだ。アスハが、自慢げに父親の事を口にするのが。
四年前のあの時、ウズミ・ナラ・アスハによるオーブの中立政策の弊害で各地の救助隊は連携が取れず、避難民の救助が遅れた。
もしあの時もっと早くに助けが来ていれば、父親も母親も死なずにすんだ。マユも苦しまずにすんだはずだ。俺だって……。
たとえウズミの中立政策がなかったとしても、シンの家族が助かっていたとは限らない。だが、シンはそう思い込み、オーブ、そしてアスハを憎悪した。
そのとき、薄壁一枚隔てた先、廊下の方から小さな足音が聞こえ、シンの思考は中断された。その気配は、部屋の前で停止した。
「ん?」
もしあの時もっと早くに助けが来ていれば、父親も母親も死なずにすんだ。マユも苦しまずにすんだはずだ。俺だって……。
たとえウズミの中立政策がなかったとしても、シンの家族が助かっていたとは限らない。だが、シンはそう思い込み、オーブ、そしてアスハを憎悪した。
そのとき、薄壁一枚隔てた先、廊下の方から小さな足音が聞こえ、シンの思考は中断された。その気配は、部屋の前で停止した。
「ん?」
「お兄ちゃん、いる?」
シンの部屋の前まで来たマユは、ドアをノックして声をかけた。返事はない。しかし、他の場所にいるとも思えない。マユはそのままドア、正確には戸一枚隔てた先にいるはずの兄へと向かって話しかけた。
「アスハ代表だって悪気があってあんなこと言ったわけがないよ? マユたちに親がいないなんて知らないんだもん。それに、アスハ代表だってお父さんが死んじゃってるんだよ。それなのにあんな言い方……」
シンの部屋の前まで来たマユは、ドアをノックして声をかけた。返事はない。しかし、他の場所にいるとも思えない。マユはそのままドア、正確には戸一枚隔てた先にいるはずの兄へと向かって話しかけた。
「アスハ代表だって悪気があってあんなこと言ったわけがないよ? マユたちに親がいないなんて知らないんだもん。それに、アスハ代表だってお父さんが死んじゃってるんだよ。それなのにあんな言い方……」
上半身を起こして、ベッドに腰掛けたシンはマユの言葉を黙って聞いていた。
マユの言うとおり、確かにカガリ・ユラ・アスハの父親、ウズミ・ナラ・アスハはオノゴロ島事件の時になくなっている。オーブと運命を共にしたのだ。しかし、同情する気にもなれない。
ウズミは死を賭して信念を貫いた代表として英雄扱いもされている。だが、シンにとっては国民に犠牲を強い、国を滅ぼしたただの無能な理想主義者だ。
それは父親だけでなく、娘も同じだ。理想だけで現実を全く見ようともしない。少なくとも、シンにはそのようにしか見えない。
自分たちから両親と幸せを奪ったアスハが、自慢げに自分の父親の事を語り、無神経にもマユの心の傷を押し広げた。
それがシンには許せず、あんな行動に出た。馬鹿な事をしたとは思っているが、かと言って自分のした事を否定するつもりもない。だが、マユたちにはそれが分からない。
「ね、お兄ちゃん。アスハ代表に謝ろ?」
シンは黙ったまま、何も答えない。しばらく待っていたマユだったが、その無言から拒絶の意を汲んでとったマユは、激昂した。
「もう知らない! お兄ちゃんなんてだいっキライ!」
けたたましい足音が、シンの部屋から離れていく。
マユにだけは分かって欲しかったが、説明するわけにもいかない。だが、だからといって、こっちから謝るなどもってのほかだ。その結果がこれだ。自分が我慢しきれなかったのが悪いとは言え、やはり、辛い。
「くそっ!」
シンは苛立ちを押さえきれず、壁に拳を叩きつけた。
マユの言うとおり、確かにカガリ・ユラ・アスハの父親、ウズミ・ナラ・アスハはオノゴロ島事件の時になくなっている。オーブと運命を共にしたのだ。しかし、同情する気にもなれない。
ウズミは死を賭して信念を貫いた代表として英雄扱いもされている。だが、シンにとっては国民に犠牲を強い、国を滅ぼしたただの無能な理想主義者だ。
それは父親だけでなく、娘も同じだ。理想だけで現実を全く見ようともしない。少なくとも、シンにはそのようにしか見えない。
自分たちから両親と幸せを奪ったアスハが、自慢げに自分の父親の事を語り、無神経にもマユの心の傷を押し広げた。
それがシンには許せず、あんな行動に出た。馬鹿な事をしたとは思っているが、かと言って自分のした事を否定するつもりもない。だが、マユたちにはそれが分からない。
「ね、お兄ちゃん。アスハ代表に謝ろ?」
シンは黙ったまま、何も答えない。しばらく待っていたマユだったが、その無言から拒絶の意を汲んでとったマユは、激昂した。
「もう知らない! お兄ちゃんなんてだいっキライ!」
けたたましい足音が、シンの部屋から離れていく。
マユにだけは分かって欲しかったが、説明するわけにもいかない。だが、だからといって、こっちから謝るなどもってのほかだ。その結果がこれだ。自分が我慢しきれなかったのが悪いとは言え、やはり、辛い。
「くそっ!」
シンは苛立ちを押さえきれず、壁に拳を叩きつけた。
「申し訳ありません。まさかあいつがあんな事を言い出すとは……」
「いや……そんなに気にしないでくれ」
玄関でレイがカガリたちに頭を下げた。あんな騒ぎが起こった以上、この家にはいられないと出て行く二人の見送りだ。それには、シンを除いた全員が来ている。さすがに玄関先は混雑で飽和状態だった。
こういったゴタゴタにもカガリは慣れているのか、やんわりとレイの謝罪を受け止める。どちらにしろ、今日は予約しておいたホテルに泊まる予定だった。デュランダルがいない以上、ここに長居する必要もない。
「それより、本当に世話になった。感謝している。あと、デュランダル教授には……」
「はい、ギルバートから連絡がありましたら、代表のことも伝えておきますので」
「感謝する」
そこでカガリはマユのほうに向き直った。今にも泣き出しそうな顔をしている、この少女に。
「お前も、気にしなくていいんだぞ」
「でも、ごめんなさい。お兄ちゃんも、本当はとっても優しいんです。お父さん達が仕事でいないときもずっと一緒にいてくれて……ずっとマユのこと守ってくれて……」
「マユの大事な人だもんな。分かってる」
そう言ってカガリはマユの頭を優しく撫でた。カガリの優しさが身にしみたマユは目に涙をあふれさせ、何とか一言だけ口に出すことができた。
「あ、ありがとうございます……」
レイの呼んだタクシーにカガリが乗り込む。タラップに足をかけたアレックスは、視線を感じて振り向いた。
憎悪の込められた赤い瞳が、ガラス越しに向けられている。
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
カガリは気付いていない。あえて言う必要もないだろう。
アレックスはその視線をまっすぐに受け止め、タクシーの後部座席へと入った。無視するのは簡単だったが、それはしなかった。なぜか、避けてはいけないような気がした。
「いや……そんなに気にしないでくれ」
玄関でレイがカガリたちに頭を下げた。あんな騒ぎが起こった以上、この家にはいられないと出て行く二人の見送りだ。それには、シンを除いた全員が来ている。さすがに玄関先は混雑で飽和状態だった。
こういったゴタゴタにもカガリは慣れているのか、やんわりとレイの謝罪を受け止める。どちらにしろ、今日は予約しておいたホテルに泊まる予定だった。デュランダルがいない以上、ここに長居する必要もない。
「それより、本当に世話になった。感謝している。あと、デュランダル教授には……」
「はい、ギルバートから連絡がありましたら、代表のことも伝えておきますので」
「感謝する」
そこでカガリはマユのほうに向き直った。今にも泣き出しそうな顔をしている、この少女に。
「お前も、気にしなくていいんだぞ」
「でも、ごめんなさい。お兄ちゃんも、本当はとっても優しいんです。お父さん達が仕事でいないときもずっと一緒にいてくれて……ずっとマユのこと守ってくれて……」
「マユの大事な人だもんな。分かってる」
そう言ってカガリはマユの頭を優しく撫でた。カガリの優しさが身にしみたマユは目に涙をあふれさせ、何とか一言だけ口に出すことができた。
「あ、ありがとうございます……」
レイの呼んだタクシーにカガリが乗り込む。タラップに足をかけたアレックスは、視線を感じて振り向いた。
憎悪の込められた赤い瞳が、ガラス越しに向けられている。
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
カガリは気付いていない。あえて言う必要もないだろう。
アレックスはその視線をまっすぐに受け止め、タクシーの後部座席へと入った。無視するのは簡単だったが、それはしなかった。なぜか、避けてはいけないような気がした。
何台ものパトカーが集まり、多くの警官が粗末な小屋、ユニウスセブン観測所を取り囲んでいる。
その場へ、一台のパトカーがサイレンを鳴らしながら到着した。ドアが開き、中から二人の青年と一人の女性が出てくる。
「まさかこんなところまで来るとはな」
「仕方ないですね。MSが現れたそうですから」
「確かってワケじゃねえだろ?」
「疑いがあるのなら、調査するべきです。少なくとも、二人の犠牲者がでていることは確かなのですから」
「へいへい。マジメなことで」
「警察官、ひいてはZAFTの一員として当然のことです」
近くで見張りをしていた警官がイザーク、ディアッカ、シホの三人へと敬礼し、彼らへと声をかけた。
「ご苦労様です」
「現場は?」
「こちらです」
そのまま案内役の警官は、彼らZAFTの面々を事件現場へと連れて行った。
その場へ、一台のパトカーがサイレンを鳴らしながら到着した。ドアが開き、中から二人の青年と一人の女性が出てくる。
「まさかこんなところまで来るとはな」
「仕方ないですね。MSが現れたそうですから」
「確かってワケじゃねえだろ?」
「疑いがあるのなら、調査するべきです。少なくとも、二人の犠牲者がでていることは確かなのですから」
「へいへい。マジメなことで」
「警察官、ひいてはZAFTの一員として当然のことです」
近くで見張りをしていた警官がイザーク、ディアッカ、シホの三人へと敬礼し、彼らへと声をかけた。
「ご苦労様です」
「現場は?」
「こちらです」
そのまま案内役の警官は、彼らZAFTの面々を事件現場へと連れて行った。
MS関連の事件は広域指定されており、その専任捜査本部といえるZAFTは区域を越えて捜査を行うことが許されている。
イザークたちがここまで呼ばれたのも、この殺人事件がMS絡みの可能性がある、という話だからだ。
「何だ、あれは?」
「随分、具合が悪そうだな」
現場である観測所に向かう途中、道路わきに何人もの警官がかがんでいるのを見かけたイザークが、案内役の警官に訊いた。
すると、警官は血の気の引いた顔で、口ごもりながらも答えた。
「現場はかなり酷いことになっているそうなので……覚悟しておいてください」
観測所のドアを開けると、酷い血の匂いがイザークたちの鼻についた。
イザークたちがここまで呼ばれたのも、この殺人事件がMS絡みの可能性がある、という話だからだ。
「何だ、あれは?」
「随分、具合が悪そうだな」
現場である観測所に向かう途中、道路わきに何人もの警官がかがんでいるのを見かけたイザークが、案内役の警官に訊いた。
すると、警官は血の気の引いた顔で、口ごもりながらも答えた。
「現場はかなり酷いことになっているそうなので……覚悟しておいてください」
観測所のドアを開けると、酷い血の匂いがイザークたちの鼻についた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。これくらい……うっ」
真っ青になって口を押さえているイザークをシホが気遣う。だが、彼女にしても負けず劣らず顔は青ざめ、肩は震えている。
「職業柄むごい死体は結構見てきたけど……、ありゃひでえよ。当分肉は食えねえな」
ディアッカは冗談めかして言うが、乾いた笑いさえも出てこない。
それほどまでに、惨い現場だった。通報を聞いて真っ先に駆けつけた警官はドアを開けた瞬間に卒倒したと言う話だが、それも仕方ない。
狭い室内は血の匂いで充満し、天井にまで血しぶきが飛んでいる。肝心の死体だが、情けない話だが、ほとんど直視できなかった。
「後で詳しい報告書をまとめておきますので、読んでおいてください」
ベテランと思しきこの鑑識は、顔色一つ変えずに言った。心なしか、馬鹿にされているような気分だ。
「ああ」
鑑識という仕事はまともな神経では務まらない。そう思いながら、イザークは生返事で応えた。
今朝の朝食は、非常に重苦しいものだった。
結局、シンは降りてこなかった。今日も、朝から姿を見ていない。マユもずっとふさぎこんだままだ。
そんなマユに料理をさせるわけにもいかず、食パンが並ぶだけの食卓は非常にわびしいものだった。
今朝はメイリンは食べに来なかった。シンも降りてこないままなので、三人だけの朝食だ。
「な、何か……きまずい?」
ルナマリアは場を和まそうとしてわざと間の抜けた事を言ったが、口を開いた事を後悔した。恐ろしく空気が重い。おかげで食も進まない。
「……ごちそうさまでした」
マユがゆっくりと席を立った。食器の上のパンは、全く手を付けられていないままだ。
「ごちそうさまって、全然食べてないじゃないの」
「食欲……ないんです。失礼します」
心配したルナマリアが声をかけるが、マユはお辞儀をして、そのまま部屋を出て行った。
マユの後姿を見送ったルナマリアは、声を潜めてレイに言った。
「大丈夫かな、マユちゃん。シン呼んでこようか」
「こじれるだけだ、やめておけ」
「でも……」
「大丈夫だろう。お前達と同じだ」
「私たち?」
言われて、ルナマリアは思い当たる。メイリンとの事だ。どんなけんかをしても、すぐに仲直りできる。少しくらい仲違いをしても、そう簡単に絆は断ち切れるものではない。シンたちも同様だと言いたいのだろう。
「そっか。けど、時間がかかるかも」
「それでも、仲直りできるはずだ」
レイの言葉をかみしめながらも、ルナマリアは思う。いつも一緒に居た自分たちとは違い、シンたちはずっと離れ離れだったのだ。きっと、その手助けくらいは必要だと。
ルナマリアはドアの前で一度深呼吸をして、息を整えた。緊張をほぐした彼女は意を決し、ドアを叩く。
「誰ですか?」
すぐに返事が来る。かわいらしい女の子の声、マユのものだ。
「私よ、私。ちょっといい?」
しばらくしてから、ドアが開く。泣いていたのか少し目が赤い。
「……はい?」
「今、時間ある?」
「別に、用事はないですけど。何ですか?」
怪訝そうな表情で、ルナマリアを見上げる。
「それなら、デートでもしよっか?」
「ごめんなさい。今、そんな気分じゃないです」
マユはそう言ってドアを閉じようとするが、ルナマリアはそれをさせなかった。
「ダ~メ。何としても来てもらうわよ」
部屋に閉じこもったままでは、ストレスが溜まるだけでろくなことにならない。無理にでも外に引っ張り出し、少しでも発散させるべきだ。
そんなルナマリアの考えが伝わったわけでもないが、マユはため息をついて言った。
「……分かりました。どこにでも連れて行ってください」
「ん、ちょっと待って。せっかくのデートなんだし、待ち合わせしましょ」
「はい?」
「そうねぇ。一時間後に駅前に集合、って事でいい?」
「……行けばいいんですね、行けば」
マユはため息をつき、呆れ顔でルナマリアの言うことに従った。
「あ、ああ。これくらい……うっ」
真っ青になって口を押さえているイザークをシホが気遣う。だが、彼女にしても負けず劣らず顔は青ざめ、肩は震えている。
「職業柄むごい死体は結構見てきたけど……、ありゃひでえよ。当分肉は食えねえな」
ディアッカは冗談めかして言うが、乾いた笑いさえも出てこない。
それほどまでに、惨い現場だった。通報を聞いて真っ先に駆けつけた警官はドアを開けた瞬間に卒倒したと言う話だが、それも仕方ない。
狭い室内は血の匂いで充満し、天井にまで血しぶきが飛んでいる。肝心の死体だが、情けない話だが、ほとんど直視できなかった。
「後で詳しい報告書をまとめておきますので、読んでおいてください」
ベテランと思しきこの鑑識は、顔色一つ変えずに言った。心なしか、馬鹿にされているような気分だ。
「ああ」
鑑識という仕事はまともな神経では務まらない。そう思いながら、イザークは生返事で応えた。
今朝の朝食は、非常に重苦しいものだった。
結局、シンは降りてこなかった。今日も、朝から姿を見ていない。マユもずっとふさぎこんだままだ。
そんなマユに料理をさせるわけにもいかず、食パンが並ぶだけの食卓は非常にわびしいものだった。
今朝はメイリンは食べに来なかった。シンも降りてこないままなので、三人だけの朝食だ。
「な、何か……きまずい?」
ルナマリアは場を和まそうとしてわざと間の抜けた事を言ったが、口を開いた事を後悔した。恐ろしく空気が重い。おかげで食も進まない。
「……ごちそうさまでした」
マユがゆっくりと席を立った。食器の上のパンは、全く手を付けられていないままだ。
「ごちそうさまって、全然食べてないじゃないの」
「食欲……ないんです。失礼します」
心配したルナマリアが声をかけるが、マユはお辞儀をして、そのまま部屋を出て行った。
マユの後姿を見送ったルナマリアは、声を潜めてレイに言った。
「大丈夫かな、マユちゃん。シン呼んでこようか」
「こじれるだけだ、やめておけ」
「でも……」
「大丈夫だろう。お前達と同じだ」
「私たち?」
言われて、ルナマリアは思い当たる。メイリンとの事だ。どんなけんかをしても、すぐに仲直りできる。少しくらい仲違いをしても、そう簡単に絆は断ち切れるものではない。シンたちも同様だと言いたいのだろう。
「そっか。けど、時間がかかるかも」
「それでも、仲直りできるはずだ」
レイの言葉をかみしめながらも、ルナマリアは思う。いつも一緒に居た自分たちとは違い、シンたちはずっと離れ離れだったのだ。きっと、その手助けくらいは必要だと。
ルナマリアはドアの前で一度深呼吸をして、息を整えた。緊張をほぐした彼女は意を決し、ドアを叩く。
「誰ですか?」
すぐに返事が来る。かわいらしい女の子の声、マユのものだ。
「私よ、私。ちょっといい?」
しばらくしてから、ドアが開く。泣いていたのか少し目が赤い。
「……はい?」
「今、時間ある?」
「別に、用事はないですけど。何ですか?」
怪訝そうな表情で、ルナマリアを見上げる。
「それなら、デートでもしよっか?」
「ごめんなさい。今、そんな気分じゃないです」
マユはそう言ってドアを閉じようとするが、ルナマリアはそれをさせなかった。
「ダ~メ。何としても来てもらうわよ」
部屋に閉じこもったままでは、ストレスが溜まるだけでろくなことにならない。無理にでも外に引っ張り出し、少しでも発散させるべきだ。
そんなルナマリアの考えが伝わったわけでもないが、マユはため息をついて言った。
「……分かりました。どこにでも連れて行ってください」
「ん、ちょっと待って。せっかくのデートなんだし、待ち合わせしましょ」
「はい?」
「そうねぇ。一時間後に駅前に集合、って事でいい?」
「……行けばいいんですね、行けば」
マユはため息をつき、呆れ顔でルナマリアの言うことに従った。
ルナマリアはドアの前で一度深呼吸をして、息を整えた。緊張をほぐした彼女は意を決し、ドアを叩く。
「誰だ?」
すぐに返事が来る。いかにも不機嫌そうな声、シンのものだ。
「朝ごはんには来なかったけど、起きてたのね。ちょっと開けてくれる?」
しばらくしてから、ドアが開く。赤い瞳が、不機嫌そうにルナマリアを睨みつける。その眼光の鋭さにわずかにひるみながらも、ルナマリアは務めて軽い調子でシンに言った。
「今、時間ある?」
「別に、用事はないけど。何か用?」
「それなら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「やめとく。荷物もちでもやらせるつもりだろ?」
「何よ。どうせ暇なんでしょう?付き合ってよ」
「いやだ」
「来てってば!」
こうなると、初期の目的を忘れて意地になる。無理にでも引っ張り出そうと、ルナマリアはシンの腕を掴んだ。だが、それはすぐに振りほどかれた。
「イヤだって言ってるだろ!何でそうむきになるんだよ!」
「そ、それは……」
言われてルナマリアは口ごもった。ここで真意を話してしまっては、元も子もない。
「とにかく、俺は行かないからな!」
シンは叩きつけるように、ドアを閉めた。
当ての外れたルナマリアは、閉じたドアを睨みつけて臍をかんだ。
せっかく、仲直りさせようと思ったのに。
ルナマリアを叩き出してから、シンはまたも後悔した。ルナマリアはきっと、自分に気を遣ってくれたに違いない。それをああも邪険にしてしまい、さぞ気を悪くしてしまったことだろう。
しばらく悩んでからシンは、彼女に謝ろうと思い立った。ルナマリアがいるであろう、
居間へと向かう。
だが、そこにいたのはレイだけだった。椅子に座って、何か読んでいるようだ。シンは気まずさを感じつつも、彼の背中へと声をかける。
「……ルナは?」
「出かけた」
それだけで、レイは何も言わなかった。昨日の一幕のことで何か言われるに違いないと身構えていたシンは拍子抜けし、思わずその背中を凝視した。
「なんだ?」
「い……いや、別に」
その視線を感じ取ったレイが、背を向けたまま声をかける。シンはうろたえて口を濁した。
「昨日のことなら気にするな。俺は気にしない」
無造作に言われたその言葉に、シンは虚を突かれて呆然となる。
「お前には俺よりも謝るべき相手がいるだろう」
淡白な口調ながらも、心配してくれていることが分かる。レイの気遣いに、思わずシンの顔が緩んだ。
「誰だ?」
すぐに返事が来る。いかにも不機嫌そうな声、シンのものだ。
「朝ごはんには来なかったけど、起きてたのね。ちょっと開けてくれる?」
しばらくしてから、ドアが開く。赤い瞳が、不機嫌そうにルナマリアを睨みつける。その眼光の鋭さにわずかにひるみながらも、ルナマリアは務めて軽い調子でシンに言った。
「今、時間ある?」
「別に、用事はないけど。何か用?」
「それなら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「やめとく。荷物もちでもやらせるつもりだろ?」
「何よ。どうせ暇なんでしょう?付き合ってよ」
「いやだ」
「来てってば!」
こうなると、初期の目的を忘れて意地になる。無理にでも引っ張り出そうと、ルナマリアはシンの腕を掴んだ。だが、それはすぐに振りほどかれた。
「イヤだって言ってるだろ!何でそうむきになるんだよ!」
「そ、それは……」
言われてルナマリアは口ごもった。ここで真意を話してしまっては、元も子もない。
「とにかく、俺は行かないからな!」
シンは叩きつけるように、ドアを閉めた。
当ての外れたルナマリアは、閉じたドアを睨みつけて臍をかんだ。
せっかく、仲直りさせようと思ったのに。
ルナマリアを叩き出してから、シンはまたも後悔した。ルナマリアはきっと、自分に気を遣ってくれたに違いない。それをああも邪険にしてしまい、さぞ気を悪くしてしまったことだろう。
しばらく悩んでからシンは、彼女に謝ろうと思い立った。ルナマリアがいるであろう、
居間へと向かう。
だが、そこにいたのはレイだけだった。椅子に座って、何か読んでいるようだ。シンは気まずさを感じつつも、彼の背中へと声をかける。
「……ルナは?」
「出かけた」
それだけで、レイは何も言わなかった。昨日の一幕のことで何か言われるに違いないと身構えていたシンは拍子抜けし、思わずその背中を凝視した。
「なんだ?」
「い……いや、別に」
その視線を感じ取ったレイが、背を向けたまま声をかける。シンはうろたえて口を濁した。
「昨日のことなら気にするな。俺は気にしない」
無造作に言われたその言葉に、シンは虚を突かれて呆然となる。
「お前には俺よりも謝るべき相手がいるだろう」
淡白な口調ながらも、心配してくれていることが分かる。レイの気遣いに、思わずシンの顔が緩んだ。
意地になってルナマリアの誘いを断ったとはいえ、シンには別段用事はなかった。手持ち無沙汰になったシンは作業着に着替え、バイクの整備をした。最近、やけに調子が悪いのだ。理由は大体想像がつくが。
だが、マユやルナマリアとのこともあってなかなか集中できなかった。全くはかどらず、時間だけが過ぎていく。シンはイラつき、汚れるのもかまわずに、乱暴に頭をかきむしった。
だが、マユやルナマリアとのこともあってなかなか集中できなかった。全くはかどらず、時間だけが過ぎていく。シンはイラつき、汚れるのもかまわずに、乱暴に頭をかきむしった。
ふとその時、シンは後ろから唐突に声をかけられた。
「レイは、いるかな」
驚いたシンが振り向いた先にいたのは背の高い、長い黒髪の男だった。三十歳くらいだろうか。気品を感じさせる優雅な物腰が印象的だった。知性をたたえた切れ長の目が、シンをまっすぐに見据えている。
機嫌の悪かったシンだが、何とかそのイラつきを押さえて質問に答えた。散々世話になっているレイに迷惑をかけるわけにはいかない。
「はい。いますよ」
「ありがとう。君は、レイの友人かな?」
「誰なんですか?あなた」
男の質問に答えないまま、シンは疑問を口にした。この様子からすると、レイとかなり親しそうだ。
シンの不躾とも言える疑問に対し、男は気を悪くした様子も見せずに、柔和な表情をたたえたままに、あらためて口を開いた。
「これは失礼した。まだ、名前を言ってなかったね。私は……」
「ギル!」
突然に男の話を遮った声。嬉しさが満ち溢れているこの声を聞いたシンは、自分の耳を疑った。
「元気そうだね、レイ。久しぶりに会えて、私も嬉しいよ」
暖かな声で、男が言う。とたんにレイは、友人の誰にも見せたことのないほど、頬を紅潮させている。
日ごろ見たことのない友人の姿に面食らっていたシンだが、まるで親子のようなこの二人の姿に、やっと男の正体に思い当たった。
よくレイが話していた、そんな時にはいつも落ち着いていてクールな彼が嬉しそうな顔になっていた、アカデミーの教授で彼の保護者。ギルバート・デュランダルだ。
「レイは、いるかな」
驚いたシンが振り向いた先にいたのは背の高い、長い黒髪の男だった。三十歳くらいだろうか。気品を感じさせる優雅な物腰が印象的だった。知性をたたえた切れ長の目が、シンをまっすぐに見据えている。
機嫌の悪かったシンだが、何とかそのイラつきを押さえて質問に答えた。散々世話になっているレイに迷惑をかけるわけにはいかない。
「はい。いますよ」
「ありがとう。君は、レイの友人かな?」
「誰なんですか?あなた」
男の質問に答えないまま、シンは疑問を口にした。この様子からすると、レイとかなり親しそうだ。
シンの不躾とも言える疑問に対し、男は気を悪くした様子も見せずに、柔和な表情をたたえたままに、あらためて口を開いた。
「これは失礼した。まだ、名前を言ってなかったね。私は……」
「ギル!」
突然に男の話を遮った声。嬉しさが満ち溢れているこの声を聞いたシンは、自分の耳を疑った。
「元気そうだね、レイ。久しぶりに会えて、私も嬉しいよ」
暖かな声で、男が言う。とたんにレイは、友人の誰にも見せたことのないほど、頬を紅潮させている。
日ごろ見たことのない友人の姿に面食らっていたシンだが、まるで親子のようなこの二人の姿に、やっと男の正体に思い当たった。
よくレイが話していた、そんな時にはいつも落ち着いていてクールな彼が嬉しそうな顔になっていた、アカデミーの教授で彼の保護者。ギルバート・デュランダルだ。
レイがデュランダルと共に家に入って行った後も、シンはバイクの整備を続けていた。だが、気がかりを残したままで、丁寧に整備できるはずもない。ほとんど何も出来ないまま、シンは作業を中断して家に戻った。
油まみれの作業服から普段着に着替えたシンは、あらためてデュランダルに挨拶しようと居間へと入った。
ほかならぬレイの保護者だ。ちゃんと挨拶しておかなければならない。そう考えていたが、そこにいた顔ぶれを見て、シンの態度は一転した。
「何で、あんたらがいるんだよ!」
居間にいたのはレイとデュランダルだけではなかった。カガリ・ユラ・アスハとアレックス・ディノの二人を加えた計四人が、いつも食事に使っているテーブルを挟んで、何かを話し合っていた。
「口を慎め。彼らはギルが呼んだお客様だ」
レイがたしなめる、と言うよりも咎めるような強い口調で言った。シンは押し黙り、居間を出て行こうとしたが、デュランダルに引き止められた。
「ああ、待ってくれ。君にも、ここにいてもらいたい」
「教授!この話は!」
「レイの話によれば、彼にも目撃経験があります。その意見も、是非聞いておきたいのですよ、姫」
カガリが怒鳴るように言うが、デュランダルは意に介さなかった。丁寧な口調だったが、有無を言わさない口調だ。それに、見事な正論。カガリは反論できなかったが、せめてもの抵抗として、ぶっきらぼうな口調で言い返す。
「その、姫というのはやめていただけないか?」
デュランダルは少し驚いたように目を見開き、笑いをかみ締めるような表情で頭を下げた。
「これは失礼しました。アスハ代表」
政治家のはずのカガリが完全にやり込められている。憤然とした表情で睨みつけるが、当の相手は穏やかな笑みをたたえた表情を崩さない。カガリは引き下がるしかなく、デュランダルは立ったままのシンに席に座るように促した。
入れ替わるように、レイが部屋の外へと出て行く。彼の場合は、別に用事があるようだ。
レイの後姿を見送り、勧められて席に着いた直後、デュランダルはシンに向かって話しかけてきた。
「まず聞きたいのだが、君は、MSについてどう思うかね」
「MSについて……ですか?」
質問の意図が測りきれずに、シンは聞き返す。
「ああ。レイにも聞いていたが、君は何度も接触しているそうだね。簡単なものでいい。印象を聞かせてくれないか?」
そんなこと、考えたことがなかった。
「……ただの怪物……としか」
「そうか。やはり、そうだろうね」
デュランダルは嘆息するように言った。何かまずい事を言ったか、とシンはデュランダルの顔色を窺う。
「あ、あの?」
「いや、すまない。別に、君の答えが不満なわけじゃないんだ。ただ、彼らの目的が分からないものかと思っていたのだが、やはりそううまくはいかないようだ」
自嘲するようなデュランダルの言葉を、シンが問いかける。
「目的、ですか?」
「ああ。知っての通り、MSの事を、我々はほとんど知らない。何故人を襲うのか、それだけでも分かれば、被害を大幅に減らせるだろう」
そんな考え方などした事がなかった。この人は、俺なんか思いもよらないような大きな考え方をしている。
シンは尊敬のまなざしで、デュランダルを見上げた。
「何だって!?」
部屋へと再び戻ってきたレイの携えてきた報せに、カガリはしばし絶句した。彼女だけではない。アレックスの顔色も蒼白になっている。
「ユニウスセブンが、動いている!?」
「はい。このままいけば、最悪……完全に沈みます」
「ユニウスセブンが……」
デュランダルが両手を組み、深刻な表情で何かを思案して板が、やがて口を開いた。
「ひょっとしたら、MSが現れ始めたことと何か関連があるのかもしれません」
「教授!?それはどういう……?」
カガリの言葉に、デュランダルはよどみのない口調で答えた。顔色こそ青ざめていたものの、声色からは動揺を感じさせない。
「代表も知っての通り、MSは血のバレンタインの後、ユニウスセブンの付近で目撃され始めました。そこが、異常を起こしているのです。MSの仕業か、自然現象かは分かりませんが、おそらく、何らかの因果関係があるでしょう」
「……ユニウスセブンはあいつらの巣、なんですか?」
「それは不明だが、可能性はありえる。何でそんな事を聞くんだ?」
「いえ……、別に」
シンはごまかすように言った。デュランダルはそれ以上追求せずに、カガリたちのほうへと向き直った。
「……フム、そうか。そこで代表、今度の件についてですが……」
「……少し、外の空気を吸ってきます」
デュランダルが再び、カガリに話しかけ始める。シンは目立たないように静かに告げて、部屋を出て行った
ガラス越しに、シンがバイクにまたがるのを見たアレックスは、小さく口の中で呟いた。
「……あいつ、まさか」
アレックスの疑念を証明するかのように、窓の外からバイクの爆音が響いた。
「あれだ!」
青いインパルスへと姿を変え、一直線にバイクを走らせたシンは、遂に目標をその視界に捉えた。
ユニウス市の郊外、全てのMS事件の始まりとなった地、ユニウスセブン。
オーブの奴らの手なんか借りない。俺が、奴らを叩き潰す!この手で、すべてを終わらせてやる!
シンはさらにアクセルを踏み込み、マシンスプレンダーを加速させる。が、すぐさまバイクを横倒しにするようにして急激な方向転換をかけた。
一瞬前までインパルスのいた空間を、エネルギーの波動が通過、空気のイオン化する、焦げ臭い匂いがシンの鼻をついた。
シンはエネルギーの放たれた方向を睨みつけた。緑色のMS、ザクが長大なエネルギー砲、オルトロスを構えた姿が目に入る。そのザクの左肩の盾はなく、代わりに醜くえぐれた傷跡が刻まれている。間違いなく、先日シンが戦った相手だ。
「あいつ、なんでこんなところに!」
その呟きに答えるように、再度オルトロスがインパルスへと襲い掛かる。シンはバイクを急発進させるエネルギーの奔流がインパルスの右肩をかすめる。
直撃でないにもかかわらず、青い肩を黒く焦がすほどの膨大な熱量にシンは呻き声をあげた。
「ぐぅっ!」
肉を焼かれる苦痛に耐えながらも、シンはバランスを崩さない。もしバイクから手を離したら、それこそオルトロスの餌食になってしまう。
そんなシンの苦痛にもかまわず、エネルギーの波動が続けて襲い掛かる。シンはそれから逃れるため、巧みにバイクを操った。しかも、あまりに近くては余波で焼かれてしまう。
大きく距離をあけながらかわしているおかげでダメージこそないが、近づくこともできない。時間をかければ、さらに多くの敵が現れるかもしれない。
シンは意を決し、マシンスプレンダーをザク、いやユニウスセブンへと向けた。全速力で、まっすぐに突っ込ませる。
油まみれの作業服から普段着に着替えたシンは、あらためてデュランダルに挨拶しようと居間へと入った。
ほかならぬレイの保護者だ。ちゃんと挨拶しておかなければならない。そう考えていたが、そこにいた顔ぶれを見て、シンの態度は一転した。
「何で、あんたらがいるんだよ!」
居間にいたのはレイとデュランダルだけではなかった。カガリ・ユラ・アスハとアレックス・ディノの二人を加えた計四人が、いつも食事に使っているテーブルを挟んで、何かを話し合っていた。
「口を慎め。彼らはギルが呼んだお客様だ」
レイがたしなめる、と言うよりも咎めるような強い口調で言った。シンは押し黙り、居間を出て行こうとしたが、デュランダルに引き止められた。
「ああ、待ってくれ。君にも、ここにいてもらいたい」
「教授!この話は!」
「レイの話によれば、彼にも目撃経験があります。その意見も、是非聞いておきたいのですよ、姫」
カガリが怒鳴るように言うが、デュランダルは意に介さなかった。丁寧な口調だったが、有無を言わさない口調だ。それに、見事な正論。カガリは反論できなかったが、せめてもの抵抗として、ぶっきらぼうな口調で言い返す。
「その、姫というのはやめていただけないか?」
デュランダルは少し驚いたように目を見開き、笑いをかみ締めるような表情で頭を下げた。
「これは失礼しました。アスハ代表」
政治家のはずのカガリが完全にやり込められている。憤然とした表情で睨みつけるが、当の相手は穏やかな笑みをたたえた表情を崩さない。カガリは引き下がるしかなく、デュランダルは立ったままのシンに席に座るように促した。
入れ替わるように、レイが部屋の外へと出て行く。彼の場合は、別に用事があるようだ。
レイの後姿を見送り、勧められて席に着いた直後、デュランダルはシンに向かって話しかけてきた。
「まず聞きたいのだが、君は、MSについてどう思うかね」
「MSについて……ですか?」
質問の意図が測りきれずに、シンは聞き返す。
「ああ。レイにも聞いていたが、君は何度も接触しているそうだね。簡単なものでいい。印象を聞かせてくれないか?」
そんなこと、考えたことがなかった。
「……ただの怪物……としか」
「そうか。やはり、そうだろうね」
デュランダルは嘆息するように言った。何かまずい事を言ったか、とシンはデュランダルの顔色を窺う。
「あ、あの?」
「いや、すまない。別に、君の答えが不満なわけじゃないんだ。ただ、彼らの目的が分からないものかと思っていたのだが、やはりそううまくはいかないようだ」
自嘲するようなデュランダルの言葉を、シンが問いかける。
「目的、ですか?」
「ああ。知っての通り、MSの事を、我々はほとんど知らない。何故人を襲うのか、それだけでも分かれば、被害を大幅に減らせるだろう」
そんな考え方などした事がなかった。この人は、俺なんか思いもよらないような大きな考え方をしている。
シンは尊敬のまなざしで、デュランダルを見上げた。
「何だって!?」
部屋へと再び戻ってきたレイの携えてきた報せに、カガリはしばし絶句した。彼女だけではない。アレックスの顔色も蒼白になっている。
「ユニウスセブンが、動いている!?」
「はい。このままいけば、最悪……完全に沈みます」
「ユニウスセブンが……」
デュランダルが両手を組み、深刻な表情で何かを思案して板が、やがて口を開いた。
「ひょっとしたら、MSが現れ始めたことと何か関連があるのかもしれません」
「教授!?それはどういう……?」
カガリの言葉に、デュランダルはよどみのない口調で答えた。顔色こそ青ざめていたものの、声色からは動揺を感じさせない。
「代表も知っての通り、MSは血のバレンタインの後、ユニウスセブンの付近で目撃され始めました。そこが、異常を起こしているのです。MSの仕業か、自然現象かは分かりませんが、おそらく、何らかの因果関係があるでしょう」
「……ユニウスセブンはあいつらの巣、なんですか?」
「それは不明だが、可能性はありえる。何でそんな事を聞くんだ?」
「いえ……、別に」
シンはごまかすように言った。デュランダルはそれ以上追求せずに、カガリたちのほうへと向き直った。
「……フム、そうか。そこで代表、今度の件についてですが……」
「……少し、外の空気を吸ってきます」
デュランダルが再び、カガリに話しかけ始める。シンは目立たないように静かに告げて、部屋を出て行った
ガラス越しに、シンがバイクにまたがるのを見たアレックスは、小さく口の中で呟いた。
「……あいつ、まさか」
アレックスの疑念を証明するかのように、窓の外からバイクの爆音が響いた。
「あれだ!」
青いインパルスへと姿を変え、一直線にバイクを走らせたシンは、遂に目標をその視界に捉えた。
ユニウス市の郊外、全てのMS事件の始まりとなった地、ユニウスセブン。
オーブの奴らの手なんか借りない。俺が、奴らを叩き潰す!この手で、すべてを終わらせてやる!
シンはさらにアクセルを踏み込み、マシンスプレンダーを加速させる。が、すぐさまバイクを横倒しにするようにして急激な方向転換をかけた。
一瞬前までインパルスのいた空間を、エネルギーの波動が通過、空気のイオン化する、焦げ臭い匂いがシンの鼻をついた。
シンはエネルギーの放たれた方向を睨みつけた。緑色のMS、ザクが長大なエネルギー砲、オルトロスを構えた姿が目に入る。そのザクの左肩の盾はなく、代わりに醜くえぐれた傷跡が刻まれている。間違いなく、先日シンが戦った相手だ。
「あいつ、なんでこんなところに!」
その呟きに答えるように、再度オルトロスがインパルスへと襲い掛かる。シンはバイクを急発進させるエネルギーの奔流がインパルスの右肩をかすめる。
直撃でないにもかかわらず、青い肩を黒く焦がすほどの膨大な熱量にシンは呻き声をあげた。
「ぐぅっ!」
肉を焼かれる苦痛に耐えながらも、シンはバランスを崩さない。もしバイクから手を離したら、それこそオルトロスの餌食になってしまう。
そんなシンの苦痛にもかまわず、エネルギーの波動が続けて襲い掛かる。シンはそれから逃れるため、巧みにバイクを操った。しかも、あまりに近くては余波で焼かれてしまう。
大きく距離をあけながらかわしているおかげでダメージこそないが、近づくこともできない。時間をかければ、さらに多くの敵が現れるかもしれない。
シンは意を決し、マシンスプレンダーをザク、いやユニウスセブンへと向けた。全速力で、まっすぐに突っ込ませる。
ザクが、照準をインパルスの胸部へと定める。あんな無謀な突撃では、完全にかわすことなどできるわけがない。
距離を詰め、最大出力でオルトロスが放たれる。膨大なエネルギーの奔流が、インパルスへと襲い掛かる。
「今だ!」
シンはマシンスプレンダーの車上で跳躍、エネルギーの奔流の上へと踊り出ながら緑へと変化する。左腕にはケルベロスを携えていた。
少し遅れてザクがインパルスの動きに気付き、銃口を向けるがもう遅い。最大出力で放ったせいで、充填に時間がかかる。
その間,既にケルベロスにはエネルギーが流れ込んでいる。跳躍の最高点でシンは引き金を引いた。
「いけぇっ!」
銃口から膨大なエネルギーの波動が解き放たれ、ザクを貫いた。盾を失っているために受け止めることもできない。シンが身をかがめて衝撃を和らげ着地する、と同時に、胸部を撃ち抜かれたザクは爆散、インパルスの緑色のボディをオレンジ色に染め上げた。
距離を詰め、最大出力でオルトロスが放たれる。膨大なエネルギーの奔流が、インパルスへと襲い掛かる。
「今だ!」
シンはマシンスプレンダーの車上で跳躍、エネルギーの奔流の上へと踊り出ながら緑へと変化する。左腕にはケルベロスを携えていた。
少し遅れてザクがインパルスの動きに気付き、銃口を向けるがもう遅い。最大出力で放ったせいで、充填に時間がかかる。
その間,既にケルベロスにはエネルギーが流れ込んでいる。跳躍の最高点でシンは引き金を引いた。
「いけぇっ!」
銃口から膨大なエネルギーの波動が解き放たれ、ザクを貫いた。盾を失っているために受け止めることもできない。シンが身をかがめて衝撃を和らげ着地する、と同時に、胸部を撃ち抜かれたザクは爆散、インパルスの緑色のボディをオレンジ色に染め上げた。
「やったあ!」
シンは快哉をあげるが、歓喜の声はすぐに引っ込められる。まだ炎の立ち昇る道路の向こう側に、何体もの黒い影を見つけたからだ。
シンは影の一つへと向けるが、引き金を引くことはできなかった。左腕に巨大な両刃の剣、重斬刀が振り下ろされ、ケルベロスが叩き落される。
「なんだ!?」
いつの間にやら、インパルスの左側に黒い影が忍び寄っていた。
「貴様ごときに、邪魔はさせん!」
左側の黒い影、顔に傷のあるジンハイマニューバ2型が言い放ち、強烈な斬撃を浴びせる。
両腕を掲げて防ごうとするものの、気迫のこもった一撃は防御をこじ開け、シンへとダメージを与えていく。
さらに、複数のジンHM2が現れ、シンを取り囲む。そのうちの三体が、シンへと飛び掛り、彼の自由を奪った。
シンは快哉をあげるが、歓喜の声はすぐに引っ込められる。まだ炎の立ち昇る道路の向こう側に、何体もの黒い影を見つけたからだ。
シンは影の一つへと向けるが、引き金を引くことはできなかった。左腕に巨大な両刃の剣、重斬刀が振り下ろされ、ケルベロスが叩き落される。
「なんだ!?」
いつの間にやら、インパルスの左側に黒い影が忍び寄っていた。
「貴様ごときに、邪魔はさせん!」
左側の黒い影、顔に傷のあるジンハイマニューバ2型が言い放ち、強烈な斬撃を浴びせる。
両腕を掲げて防ごうとするものの、気迫のこもった一撃は防御をこじ開け、シンへとダメージを与えていく。
さらに、複数のジンHM2が現れ、シンを取り囲む。そのうちの三体が、シンへと飛び掛り、彼の自由を奪った。
薄暗い部屋に、光が差し込む。部屋のなかにいた専任スタッフたちは一斉に開いたドアの方を向き、慣れない目を細めながらも敬礼する。
顔の上半分を無機質な黒いマスクで覆った男、ネオはそれらを無視しつつもスタッフの一人に尋ねた。
「どうだ、様子は?」
「調整は完了しています」
「使えるのか?」
「日常生活においては何の問題もありません。ただ、戦闘で使えるかどうかは……まだ何ともいえませんね」
「実戦か……。それなら、一つ面白い話があるぜ」
そう言って、ネオは一つのファイルをコンソールの上に投げ出した。
『ユニウスセブン突入作戦』
スタッフは興味深げにタイトルのついたファイルの中身を覗き込む。ネオはそれを横目に見ながら、コンソールごしに部屋の奥へと顔を向けた。
そこには円形のベッドが三つ並んでおり、ベッドを覆うガラスカバーの下にはベッドの数と同じ人数の少年達、スティング、ステラ、アウルが思い思いの格好で横たわっている。
その寝顔はまるで何の悩みも心配もないような、あどけないものだった。
顔の上半分を無機質な黒いマスクで覆った男、ネオはそれらを無視しつつもスタッフの一人に尋ねた。
「どうだ、様子は?」
「調整は完了しています」
「使えるのか?」
「日常生活においては何の問題もありません。ただ、戦闘で使えるかどうかは……まだ何ともいえませんね」
「実戦か……。それなら、一つ面白い話があるぜ」
そう言って、ネオは一つのファイルをコンソールの上に投げ出した。
『ユニウスセブン突入作戦』
スタッフは興味深げにタイトルのついたファイルの中身を覗き込む。ネオはそれを横目に見ながら、コンソールごしに部屋の奥へと顔を向けた。
そこには円形のベッドが三つ並んでおり、ベッドを覆うガラスカバーの下にはベッドの数と同じ人数の少年達、スティング、ステラ、アウルが思い思いの格好で横たわっている。
その寝顔はまるで何の悩みも心配もないような、あどけないものだった。