私立仁科学園まとめ@ ウィキ

チョlココロネと続かない夏

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

チョlココロネと続かない夏




 評判のパン屋で最後に残った誉高きチョココロネが奪われて近森ととろは不機嫌になった。
 次の焼きたてが並ぶ時間はしばらくかかるし、悠長に待っているひまなどない。

 ほんの迷った隙だった。チョココロネ狙いだったととろ、隣に並んだ明太子パンについ気を取られ、「あ」と言う差で
アイツのトングに挟まれてしまった。奪ったアイツはぞんざいな扱いでトレーにチョココロネを滑らせる。学校帰りに極上の生地を
口一杯頬張りながら味わおうと考えていた矢先だった。ラスイチのチョココロネを買って帰る男子高校生の面倒くさそうにしている
素振りをととろは心底憎んだ。食べ物と恋の恨みはなんとやら。

 「激おこぷんぷん丸なんだから!くーっ」

 どうせならもっとうれしそうな顔をしろと奥歯を噛み締めるもの、敵はすでに店から姿を消して、パンの甘い香りだけが漂っていた。
こんなに悔しい思いをしたのはいつ振りだろうか、思い出すにも悲しくなる。長居は無用、ここに居残るのはどんな拷問よりも辛いから、
そそくさとととろは退出した。ドアのチャイムが物悲しく聞こえた。
 誰もが競って手に入れたがるものだからこそ非常に悔しい。なんだか今日一日が落ち込んでしまいそうだ。手を繋いだ男女が
ととろの肩をかすってすれ違った。

 「いいなっ。チョココロネは諦めるから、その幸せちょっとちょうだい!」

 うらやましいというより、幸福のおすそ分けをプリーズ。ととろは日頃、学内外問わずに幸せそうなカップルを端から観察し、
恋愛小説を読むようににまにまとのぞき見する趣味があった。誰が呼んだか『カップルウォッチャーととろ』なのだ。
 平常心を保つには幸せが必要だ。とろけるようなシュガーな気持ちにさせてくれ。ととろはスクールベストの裾をぎゅうっと握って、
上の空へと飛び立つ身支度を始めた。今日、何があった?今日も幸せそうな女子を見たんだ。

 「そうだ。今日も後輩ちゃん、ナイスファイトだったな」

 『後輩ちゃん』こと後鬼閑花、ととろより一つ下の高等部一年の恋する乙女だ。
 想い人の為にアグレッシブに、行き過ぎやり過ぎ閑花ちゃんにはまだまだ手緩いと、愛情表現豊かな女子だった。
 恋する後輩ちゃんと(勝手に)お相手の彼、先輩との一部始終がこれだ。


    ♪


 「先輩!問題です!頭のエクササイズです!またの名をブレイン体操です!コレが解けたらIQ200超えの天才児!」
 「なんかイヤな煽り文句だな」
 「あなたはバスの運転手です。はじめに二人お客さんが乗りました」
 「あれだろ」
 「次のバス停で一人乗りました」
 「使い古された問題だよな」
 「次のバス停で五人乗りました。次のバス停で三人乗って二人降りました。次のバス停で四人乗って五人降りました」
 「小学生のとき聞いたんだけどな」
 「さて、運転手さんの好きな人は誰でしょう!」
 「帰る」
 「5!4!2!1!ブッブー、時間切れ!先輩、残念でしたーっ!正解は閑花ちゃんでした……って、せんぱーい!」


    ♪


 「あれは効くなぁ。遠回しのふりをして実は真っ直ぐに射抜くテク。後輩ちゃんの健気さにわたしの胸が疼いちゃうよ」

 ちまちまと、そして恋愛『愛』溢れる表現でスマホに記録された『ととろの観察にっき』を読み返しながら、
ととろは後鬼閑花に、そして地球上の恋する人たちにささやかなるエールを送った。

 「世界中のカップルに幸多かれ!」

 観察にっきの毎回最後に記す言葉だった。自分が書いたとはいえ、ととろはまたも胸が疼いていた。
 書いている途中はランナーズハイの如く名文だと自惚れながら、そして読み返すとこっ恥ずかしくなるような文章なのだが、
今のととろに理性的な突っ込みをしても暖簾に腕押しなのだ。

 「きっと後輩ちゃんはチョココロネのようなハートを持ってるんだ。チョココロネのように……ん?」

 チョココロネのことを思い出したか、ふと、ととろは足を止めた。いや、違う。チョココロネはチョココロネだが、
最後のチョココロネを奪っていった男子高校生をコンビニの店内で発見したのだ。
 レジに並ぶ彼は右手にコンビニおでん、左手に少年誌、そしてそれで隠すように黒いストッキングを持っていたのだ。
 ととろの勘がぴこんと働く。頭に生やしたリボンが向きを変えた。

 「チョココロネを手に入れた上にコンビニおでん。チョココロネはきっと誰かにあげる為に買ったんだ。
  おでんは熱々に限るから自分で食べるんだ。名探偵ととろの推理が今日も冴えます!」

 男子高校生はすっと少年誌の下に黒ストッキングをしのばせた。
 アンバランスな買い物に少年の顔は羞恥のせいでいくばくか赤く見える。

 「きっとお使いだね、黒ストは。自分で履くなら堂々と白昼に買うのは不自然だからね。自然に導かれる答は……」

 ぎゅうっとスクールベストの裾を握ると、瞳の奥が桃色に染まる。
 網膜にハートが浮かび上がり男子高校生の顔に重なった。
 アイツが摘んだおでんの卵はミラーボールのように輝き、しらたきはネオンサインのように彩る。
 木目の絵柄の器はジュークボックス。ナイスなナンバーで舌を揺すぶらせる。
 フィーバータイムで踊って踊りまくれ!ハニーナイト!
 夏はまだまだ続くんだから。

 「アイツから恋する女子の香りがする!」

 つまり……男子に黒ストを買わせるまでに気を許した女子がいる!
 カップルウォッチャー・ロックオン!!リミッター解除せよ!!

 「すっごい見たい!すっごい見たいよ、アイツの桃色っぷり!アイツの彼女さんナイスファイトだよ!」

 はあはあっ……。
 息遣い激しく、チョココロネなどどうでもよく、会計を済ませたアイツがおでんを頬張りながらととろとすれ違う。
 太もも疼き、抑えきれない興奮ゆえ、不注意にもととろはアイツの肩にぶつかった。

 「ご、ごめん」

 男子高校生は卵をぷっと吐き出して、面倒くさそうにととろに謝ったが、ととろ本人は申し訳なさそうな顔の裏に
ニヤリと笑みを浮かべていた。

 「カップルウォッチャーは突然なのよ。相手はオトナっぽい子だね。アイツに幸あれっ」


     #


 「天月、文句言うなよ。一つしか残ってなかったんだ」
 「一つで十分さ。恋の味にも似ている」
 「なんだよ、それ」
 「恋は一度だけ。美しい言葉と思わないか、向田」

 学校屋上で交わされる会話は聞き流すに限るが、天月音菜に限っては心に止めておいた方がいい。
向田誠一郎は前者のスタンスだったが、最近は徐々に後者に移っている気がしてきた。

 澄み切った青空を背景に向田が買ってきたチョココロネをリスのようにちびちびとくわえ味わっている天月音菜は
見た目だけは名前のとおりオトナだ。制服の上から分かる位素晴らしいスタイル、冷ややかな目と泣きぼくろ、
そして左目を隠す髪はアンニュイな雰囲気を醸し出す。ただ、チョココロネの食べ方といい、向田以外の者には
あまり関わろうとしないことに加え、夏服に黒ストッキングという出で立ちにより、自他ともに認める変人の立ち位置を取る
やや残念なる美人だった。

 「お使いご苦労。ふふ、恥ずかしかっただろ?替えのストッキングが切れていたんだ」
 「こんなもん無駄買いさせて。俺は単行本派なんだ」
 「向田。リアルタイムで物語を追うスリルと、まだ出会わぬ新たなる漫画家との邂逅もたまにはいいぞ。
  ところで、アニメ界にはびこる『日常もの』の作品が流行る三つの理由を発見したんだが……」
 「それっ、天月、黙せっ」

 フリスビーのように買ってきたばかりの黒ストッキングを天月音菜に投げた向田は一緒に買った少年誌をぱらりとめくった。

 屋上はよく風が通る。学内において体全体で風を感じることが出来る場所はここぐらいだろう。天月音菜は白い雲に導かれたのか、
それとも青い空気に吸い込まれたか、いつも学校の屋上にいる。下界を眺める気分は根拠のない力を得た気になる。

 チョココロネを食べ終えた天月音菜は考えた。夏はいつまで続くんだろうと。四季折々の変化が五感で味わえる屋上、
変わり者だと囁かれるけど、ここにくればふっと風に流される。ちょっと変わってたって、わたしはオトナだし。

 「夏が続くといいな」
 「は?天月、何言ってんだ?」
 「夏クールのアニメが秀作でな、嬉しい寝不足なんだ。暖色寒色を見事に組み合わせ、目の覚めるような色使いが心地良……」

 チョココロネを食べてるうちは静かだったのに、これ以上ほって置くと天月音菜のアニメ語りは止まらない。
 チョココロネが一つしか手に入らなかったことを向田は後悔した。


     #


 その日の空が紅く染まる頃、公園のブランコで近森ととろはむふむふと頬を赤らめていた。
 コンビニおでんのちくわをくわえ、ふーふーと笛のように吹いていた。
 しかし、おでんにはまだまだ暑い。美味しく頂けるのはツクツクボウシが鳴き止む頃かなぁ、とやかましい公園の立ち木を見上げた。

 「絶対突き止めてやんからねー」

 まだ見ぬ魚は大きいはず。一度釣りかけた魚をみすみす逃したくないし、出来ればご賞味させて頂きたいし。
ととろは名前さえ知らぬ天月音菜に仄かな憧れを乗せて太ももを疼かせた。

 「夏は続かないけど、恋の美味しい秋がもうすぐ来るよっ」



   おしまい。





前:]] 次:[[

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー