先輩!バレンタインまで一週間です!
「日曜日は夜這いに出かけー、先輩の寝床に忍び込むー、テュラテュラてゅーらーらー」
学園の廊下で気持ち良さそうな歌声をあげいたのは恋する乙女・後鬼閑花だった。
黒髪おかっぱ、一見清楚の魔法に惑わされるスタイルの閑花だが、幻想を木っ端微塵に打ち破る肉食……いや、偏食女子だ。
閑花が恋い焦がれる『先輩』に対する片想い、一方通行は嵐吹き荒れる御堂筋のよう。恋愛センター試験が実施されたのならば、
『先輩』の教科だけは満点、あとは見るも無残にズタボロだろう。
閑花が恋い焦がれる『先輩』に対する片想い、一方通行は嵐吹き荒れる御堂筋のよう。恋愛センター試験が実施されたのならば、
『先輩』の教科だけは満点、あとは見るも無残にズタボロだろう。
「月曜日は一緒にお風呂ー、火曜日は一緒に……きゃはっ」
廊下に浮かれ気分の閑花を無視する方が難しい。教室の窓越しに黒咲あかねが閑花にちょっかいを出した。
黒髪ロングからオトナのような落ち着いた香りがほんのりと閑花を包んだ。
黒髪ロングからオトナのような落ち着いた香りがほんのりと閑花を包んだ。
「続きは?」
「ここでは歌えません!テュラテュラてゅーらーらー!先輩!延長しますか?名刺はいりますか?」
「おことわりしますっ」
「ここでは歌えません!テュラテュラてゅーらーらー!先輩!延長しますか?名刺はいりますか?」
「おことわりしますっ」
あかねは頬を赤らめて自分の髪を弄っていた。
如月のなかばはいつも女子たちが浮き足立つ。毎年恒例の風物詩だし、男子もちょっとは気にかかる。
如月のなかばはいつも女子たちが浮き足立つ。毎年恒例の風物詩だし、男子もちょっとは気にかかる。
そう。
バレンタイン。
バレンタイン。
年中無休の発情期の二つ名を頂戴しても違和感ない閑花でも、二月のこの週は箸が転がろうが突き刺さろうが笑っていつづける。
閑花のいう先輩について、あかねはちょっとばかり知っていた。以前、閑花から写メを見せてもらったからだ。
武将のような名前の割りには乙女らしいシーンを切り取った先輩の写メ。ティーセットを前に洋菓子を口にする先輩の姿を
あかねはよく覚えていた。誠実、勤勉、無味無臭のお手本である先輩はある意味印象に残る。
武将のような名前の割りには乙女らしいシーンを切り取った先輩の写メ。ティーセットを前に洋菓子を口にする先輩の姿を
あかねはよく覚えていた。誠実、勤勉、無味無臭のお手本である先輩はある意味印象に残る。
「先輩の家でお茶会してたときのですね!食べたことのないお菓子がいっぱいで夢のようでした!」
ここぞとばかりに閑花は鼻を高くしていた。
もちろん根拠はない。
お茶会のときチョコレートで手をべたべたにしてしまった先輩をちょっとかわいいと思った。
ただ、こんな先輩に惚れた閑花ちゃんはしあわせものです!と表情に薄っすらと表れていた。
もちろん根拠はない。
お茶会のときチョコレートで手をべたべたにしてしまった先輩をちょっとかわいいと思った。
ただ、こんな先輩に惚れた閑花ちゃんはしあわせものです!と表情に薄っすらと表れていた。
「十四日まであと一週間!」
「そっか。バレンタインデーだったんだ」
「準備した?」
「……」
「先輩、閑花ちゃん特製のスイートスマイルピュアショコラがお待ちかねですよ!」
「そっか。バレンタインデーだったんだ」
「準備した?」
「……」
「先輩、閑花ちゃん特製のスイートスマイルピュアショコラがお待ちかねですよ!」
遠くの教室までこの声はきっと届くだろう。
黒咲あかねがとなりで恥ずかしがろうとも、学園の片隅で先輩と叫んでやる。
黒咲あかねがとなりで恥ずかしがろうとも、学園の片隅で先輩と叫んでやる。
ワクテカ一杯の閑花に対し、あかねは部活のことでバレンタインのことまで構うことができずに頭がお留守になっていた。
演劇部に籍を置くあかねは今春の公演が近付くことに、閑花の歌が柱に正の字を刻んでいるように聞こえていた。
いや、公演以前の問題、公演のお題についての問題があかねを苛めていたのだ。
演劇部に籍を置くあかねは今春の公演が近付くことに、閑花の歌が柱に正の字を刻んでいるように聞こえていた。
いや、公演以前の問題、公演のお題についての問題があかねを苛めていたのだ。
「後鬼さあ。やっぱりシンデレラは女子の憧れじゃない?」
「……。演劇のはなし?そうですよ!一度は憧れるドレス、舞踏会、そして王子さま!まっ、先輩の魅力にはほど遠いですけどね!」
「……。演劇のはなし?そうですよ!一度は憧れるドレス、舞踏会、そして王子さま!まっ、先輩の魅力にはほど遠いですけどね!」
いかにも。
演劇のはなし。
演劇のはなし。
「だよねぇ」
拳を突き上げた閑花をあかねは「やっぱり」と言いたげに見つめていた。
「あかねちゃん、女子たちの底力を見せてあげましょう!」
公演のお題のことを考えると、閑花の叫びをすぐには賛同出来なかった。
#
帰り道、閑花の脚は羽根が生えたようだった。途中で寄った公園の木々に一足二足早い桜が咲いているような気分で
池に掛かる橋を渡った。池の上は風が良く通るから寒さが倍増する。制服の上から羽織ったダウンジャケットが仕事をしてくれて頼もしい。
もうすぐ先輩の笑顔を見られる日が来る。きっと笑ってくれるはずだと閑花は歌う。池の周囲を走るランナーや
自転車の集団に聞こえようとも構わないぐらいの上機嫌だった。
池に掛かる橋を渡った。池の上は風が良く通るから寒さが倍増する。制服の上から羽織ったダウンジャケットが仕事をしてくれて頼もしい。
もうすぐ先輩の笑顔を見られる日が来る。きっと笑ってくれるはずだと閑花は歌う。池の周囲を走るランナーや
自転車の集団に聞こえようとも構わないぐらいの上機嫌だった。
「水曜日は股ドンされてー、木曜日は股ドンがえしー、テュラテュラてゅーら……ら?」
風が止まった。
「……先輩!」
閑花の足が加速。全ては先輩にたどり着くためだけに。
橋詰に立つ先輩こと先崎俊輔目掛けて閑花はローファーの底を踏み鳴らす。
橋詰に立つ先輩こと先崎俊輔目掛けて閑花はローファーの底を踏み鳴らす。
すべては、先輩のために。
すとっと先輩の目前で足を揃えて立ち止まる閑花の開口一番。
すとっと先輩の目前で足を揃えて立ち止まる閑花の開口一番。
「先輩!今度の土曜はバレ……」
「あー。忙しいんだよな、土曜は」
「あー。忙しいんだよな、土曜は」
土曜は学校が休日だ。さらに今年のバレンタインは土曜ときたもんだ。
閑花が先輩と出会うには無理にでも自ら行動すべし。攻撃は最大の攻撃だ。
閑花が先輩と出会うには無理にでも自ら行動すべし。攻撃は最大の攻撃だ。
「今度の土曜日は閑花ちゃんと如月フェヴラリーですね!早い話がおデートです!」
「ちょっと、ムリだな。演劇部がな、おれを必要としているらしい」
「え?舞台デビューですか!閑花ちゃん、砂被りでガン見しちゃいますよ!」
「バッカスもミスキャストはしねーだろ」
「ところでところでところで先輩!土曜はわたしと一緒にチョコレイトを……」
「ごめん。お前に会ってる暇はねーだろな」
「ならば靴箱に……、閑花ちゃんの靴箱でもいいですよ!チョコを入れておきますから、ついでに閑花ちゃんの上靴、くんかして」」
「一年のヤツと約束してるんだ」
「え?」
「ちょっと、ムリだな。演劇部がな、おれを必要としているらしい」
「え?舞台デビューですか!閑花ちゃん、砂被りでガン見しちゃいますよ!」
「バッカスもミスキャストはしねーだろ」
「ところでところでところで先輩!土曜はわたしと一緒にチョコレイトを……」
「ごめん。お前に会ってる暇はねーだろな」
「ならば靴箱に……、閑花ちゃんの靴箱でもいいですよ!チョコを入れておきますから、ついでに閑花ちゃんの上靴、くんかして」」
「一年のヤツと約束してるんだ」
「え?」
閑花は過る不安を抱えつつ、一年のヤツの名を尋ねると、思った通り先輩はあっさりと「黒咲あかね」と答えた。
「せ、せんぱい!?」
「じゃな。ちょっと準備しないといけねーから」
「じゃな。ちょっと準備しないといけねーから」
先輩の脚は早く、閑花との間が離れてゆき、断絶の宣誓と言わんばかりに学校帰りの自転車の集団が横切り二人を阻んだ。
「据え膳食わぬはなんとやらー!!」
#
自宅のベッドにうつ伏せでふて寝する閑花は制服のままだった。
大きく息を飲み込むとそこまで大きくない胸が張り裂けそうになる。
大きく息を飲み込むとそこまで大きくない胸が張り裂けそうになる。
「木曜日はチョコを溶かしてー、金曜日はふとももに……テュラテュラてゅーらーらー」
消えそうな声で『一週間』を歌うもの、気分は晴れることはない。
土曜は忙しい。すれ違うことが出来るかも微妙。チョコを渡して、あれやこれや。演劇部の手伝いだと申していた。
演劇部のあかねのために先輩がぶんどられてしまうと思うと、あかねの黒タイツにすら嫉妬してしまう。
土曜は忙しい。すれ違うことが出来るかも微妙。チョコを渡して、あれやこれや。演劇部の手伝いだと申していた。
演劇部のあかねのために先輩がぶんどられてしまうと思うと、あかねの黒タイツにすら嫉妬してしまう。
「……よしっ。こんなことで負けるような閑花ちゃんじゃありません」
ベッドから跳ね起きると、閑花は土曜日のチョコレートを作るために台所へ向かった。
#
休みの日なのにも関わらず、閑花は学園へと向かった。勿論、先輩にチョコレートを渡すため。
ライフル片手に戦場へと単身立ち向かう気持ちにも似ている。先輩の靴箱に隠しておこうかとも考えたが、
直接手渡す手段を選んだ。隙あらば抱き付いたり、口で食べさせたてあげたりできます!と、桃色のオオカミが舌舐めずりをしている。
ライフル片手に戦場へと単身立ち向かう気持ちにも似ている。先輩の靴箱に隠しておこうかとも考えたが、
直接手渡す手段を選んだ。隙あらば抱き付いたり、口で食べさせたてあげたりできます!と、桃色のオオカミが舌舐めずりをしている。
今頃先輩がいるであろう演劇部の部室へと足を運んでいると、聞き覚えのある足音が響いた。
「先輩!」
廊下に先輩はいる。
小走りを全力にギアチェンジすると、先輩こと先崎俊輔が演劇部の黒咲あかねと並んでいるところに遭遇した。
あかねは箱を抱えて先輩に深々と頭を下げているようにも見えた。
小走りを全力にギアチェンジすると、先輩こと先崎俊輔が演劇部の黒咲あかねと並んでいるところに遭遇した。
あかねは箱を抱えて先輩に深々と頭を下げているようにも見えた。
「わたしの力不足でしたっ」
ぶんと揺れる長いみどりの黒髪からはクローバーが舞い散るようにも見えて、あかねの悔しい思いが閑花にも伝わってきた。
「結局、じに子先輩の案に決まりました」
「そっか。チョコレートフォンデュの機械を持ち込んでまで勧めたのに、残念だったな」
「はいっ。本当はチョコをパンに浸す実演を見せたかったんですけどね……」
「そっか。チョコレートフォンデュの機械を持ち込んでまで勧めたのに、残念だったな」
「はいっ。本当はチョコをパンに浸す実演を見せたかったんですけどね……」
今春の公演のプレゼン会議が演劇部の部室で行われていた。
王道なあかねの案の『シンデレラ』を通すためにはプラスαが必要だ。劇中でチョコレートフォンデュを嗜むシーンを描き、
そしてそのシーンをここで再現する。食べ物が嫌いなヤツはいない。創造を具現化させることによって他の案より一歩
アドバンテージを得る作戦だった。だが、その機会を得ることなく、あかねの案は却下された。
王道なあかねの案の『シンデレラ』を通すためにはプラスαが必要だ。劇中でチョコレートフォンデュを嗜むシーンを描き、
そしてそのシーンをここで再現する。食べ物が嫌いなヤツはいない。創造を具現化させることによって他の案より一歩
アドバンテージを得る作戦だった。だが、その機会を得ることなく、あかねの案は却下された。
「確かに、じに子先輩の案は面白かったですし」
「黒咲。まだまだ勉強だな」
「黒咲。まだまだ勉強だな」
あかねに声をかける先輩に嫉妬しつつ、閑花はあかねが持つ箱に目が止まった。
「先輩!その機械……」
「ああ。黒咲がな、おれとお前の写メを見てこの機械を使いたいってな。お茶会で食べたことのない菓子を並べたときの」
「ああ。黒咲がな、おれとお前の写メを見てこの機械を使いたいってな。お茶会で食べたことのない菓子を並べたときの」
そうだった。
閑花は自分があかねに先輩とのティータイムのときの写メを見せたことを思い出した。
チョコレートで手をべたべたにしてしまった先輩をちょっとかわいいと思った。
閑花は自分があかねに先輩とのティータイムのときの写メを見せたことを思い出した。
チョコレートで手をべたべたにしてしまった先輩をちょっとかわいいと思った。
先輩はあかねに「じゃ、気を落とすなよ」と声をかけてチョコレートフォンデュの機械を受け取ると、振り向きもせずにこの場を去った。
「先輩!」
閑花が叫ぶ。
背中を向けた先輩に恋の嵐が吹きすさぶ。
オオカミの遠吠えかと聞き間違う。
背中を向けた先輩に恋の嵐が吹きすさぶ。
オオカミの遠吠えかと聞き間違う。
「せ、せ、先輩!一緒にチョコレートフォンデュを食べましょう!今日は……バレ」
「ああ。暇になってしまったからな」
「ああ。暇になってしまったからな」
後姿でも分かる。先輩の顔が。
閑花は頬を真っ赤にして先輩の背中に飛びついて歌った。
閑花は頬を真っ赤にして先輩の背中に飛びついて歌った。
「土曜日ははバレンタイデー、テュラテュラてゅーらーらー」
バージンロードのような廊下で二人を見送っていたあかねはポケットから小箱を出してくんくんとにおいをかいでみた。
クローバーの飾りの付いた小箱からは閑花と先輩にも負けないぐらいなチョコレートの甘い香りが漂ってきた。
クローバーの飾りの付いた小箱からは閑花と先輩にも負けないぐらいなチョコレートの甘い香りが漂ってきた。
おしまい。