私立仁科学園まとめ@ ウィキ

無題(避難所スレ >>579-583)

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無題




油絵の筆を手に取ることと、王笏を掲げることはよく似ている。

覇権を収め領土を好みの色に塗りたくる。思うがままに、無垢なる大地を凌辱する。土とキャンバス、ただそれだけの違いだ。
そんな理屈を吹き飛ばす秋の嵐が五穀豊穣なる緑の波を立てて、白紙一杯に埋め尽くす快感を教えてくれる。
神柚鈴絵・美術部部長。天高く蒼い空のもと、校庭で入魂の一作を描いていた。
さっきまでの雨天も鳴りを潜めて灰色の空の存在さえも忘れてしまう。

油の匂いは贅沢に、一筆一筆絵の具を丁寧にキャンバスに乗せながら、校庭が見せる四季の片隅を切り取るだけ。
それだけで、誰もが目を引く一瞬をゼロから作り上げることが出来る。

本調子の波がやって来る。逃がしまいと尻尾を掴む。
四角四面のキャンバスに一つの世界が創成されるに瞬間に立ち会う。
禁断の麻薬にも似た快感が突き抜ける。

「九分九厘完成ね」

虹が架かる。
空の渚と渚を結ぶアーチ橋。
鈴絵は自慢気に七色の曲線を筆で描いた。

最後の一筆を突き立てた刹那、閃光が鈴絵の前に稲光り、世界が二つに引き裂かれた。モーゼが理性を失ったというのか。
轟音と共に怒り狂うガイア。咎を受ける筋合いはなく、呆然と筆を抱えたままの鈴絵が声を蘇らせるとき、
凛とした目付きの少女が竹刀を中段の構えで大地を踏み締めている光景があった。

「うぬぬぬ、おのれパンツ泥棒!」

目に炎浮かべ、剣先を鈴絵に突き付けてじりりと尻足で間合いを取る少女。着こなしている制服から、中等部と見える。
鈴絵は対話での解決は不可能、実力行使は不可避と見て、右手の筆を短剣に見立てて形だけ構えた。

「誰がパンツ泥棒ですって」
「足音を追い掛けてたんです。あなたのような大和撫子が悪事を働くとは、高等部である先輩とはいえ許しがたいです!」

少女の竹刀が降り上がる。
上段の構え。
そのまま正面、と見せかけて右小手……とはいかず、竹刀が地面に落ちる。
竹の乾いた音。
少女の慟哭、そして苦悶。

「筆に、筆に負けるなんて……」

一瞬の隙を突いて、筆を矢のごとく突き投げた鈴絵の完勝だった。

「一体なにがあったと言うんですか?」
「い、いや。パンツ泥棒が」
「わたしがパンツ泥棒とでも?」


     #


「これより、格闘茶道部『奥叛通』練習試合を執り行います」

体育館の片隅に設けられた茶室。大海原に浮かぶ方舟のよう。
格闘茶道部部長・緒地憑(おちつき)イッサの宣言により、茶室がバトルフィールドへと変わり果てようとしていた。
雨上がりの風がひんやりと和室を駆け巡り、抹茶も深い味わいで愉しめるだろう。四季折々の景色と天気が変わるなら、
それに応じたたしなみ方があるのが茶道だ。

清楚を絵にして飛び出したような部長の緒地憑は、静かに茶釜を柄杓でかき回し、ほんのりと茶室に湯気を上げる。
一動作一動作隙のない振る舞いに、緊張感さえ漂い、お茶を楽しむ空気さえも感じることは出来なかった。
無論、ここは、ただの茶道部ではなく格闘茶道部だからだと返せば、誰だって理解するだろう。
緒地憑は湯を充分に温まった萩焼の茶碗に注ぎ、茶筅でリズムを取るように抹茶を立て始めた。
澄んでいた湯も抹茶は茶筅が踊るほどに泡立ち、舌触り上品な抹茶へと生まれ変わる。

「どうぞ」

立て終わった抹茶を勧めるため、茶碗を正面で、そして正座で待つ天江ルナに渡した。
耳元で悪魔が頬擦りしてくる。一頻り茶碗を回しているルナは暫く黙っていたが、作法では茶碗を褒めなければならない。
新入生のルナは緊張、動揺、そして理不尽ゆえに言葉を発することを遠退かせていた。

ルナは剣道の達人だった。
村の大会でも名を上げた実力者だ。
自らの腕を鍛え上げるため、この学園の門を潜り、剣道部の門を叩いた……はずだった。

「格闘茶道部に入ってもらいます」

井の中の蛙ゆえの誤算。自分よりも腕のたつ者がいた。しかし、理不尽だ。
剣道で慣れているはずの正座がやけに他人行儀に痺れる。
足の指先の感覚が消え失せ、作り物にすり替えられた気分だ。
スカートからちらりと見える健康的な太ももさえもほんのりと焦りの香りが漂い、涼しげな雨上がりの空気は、ルナの脚には厳しすぎる。

「見事な……色合いで……」
「青白縞模様!」

矢のような声で緒地憑が叫ぶ。

「ご、御名答」

ちーん。

脇の時計のスイッチを叩く。

「三分二十五秒六一。膝上三寸三厘において新記録ね。でも、天江さんならもっと上を目指せるわ。次は膝上四寸にチャレンジね」

自分の記録を示す時計を緒地憑は誇らしげに眺め、ルナはスカートの裾を両手で掴む。
ここに奥叛通の一戦を終えた二人は一息をついた。
足を痺れさせたルナの両足を擽る奥緒地は、バッグから取り出して得意気に茶室に並べられたパンツ……ショーツを披露した。
一見、容疑者から押収した物品のようにも見えるが、これはれっきとした試合道具だ。

「奥叛通(おぱんつ)の意味するところは、女性らしさの追及だわ。何事にも動じない古来からの大和魂の継承かしら」
「お茶を頂く間、正座した脚からパンツを覗く……ことがですか。理解できません」
「それは天江さんにまだまだ隙があるからだわ。剣道の読みと奥叛通は通じるものを感じない?」
「全く感じません」
「しかし、天江さんは才能あるわ。たどたどしく茶器を褒める演技で気を引かせて、太ももから視線を反らす。策士だわ。
 ただ、薄暗い箇所でも可視性の高い明るめの縞パンを選択したのは、まだまだだったわね」

パンツの話に変わると饒舌さを極め、緒地憑はくまさんパンツを手に話を続けた。

「パンツ言葉をご存知かしら。縞パンは『恥じらい』、黒のレースは『高潔』。そして、水玉パンツは……あれ、ない!水玉パンツが!」

事件勃発。
水玉パンツ窃盗事件。

「どうしましょう」
「どうしましょうって」
「確か更衣室に居るときには見たはずなのよね。そしてバッグにパンツたちを取り込んで一旦出た後、
 練習試合の準備で更衣室に戻ったの。それ以降目にしていないってことは」

不穏な空気が流れる。ふすまを開ければ虹が見えた。さわやか爽快の気分が吹っ飛んだ。

「わかるわね。パンツ泥棒が更衣室に忍び込んだってことね。キラッ」

チェキのポーズを構えた緒地憑にルナは赤面した後に憤怒の表情で立ち上がった。痺れた足はルナを豪快に転倒させた。


    #


「それで、パンツ泥棒はどこに逃げたのかしら」
「う……。パ、パンツ泥棒!盗人猛々しいとは」
「残念ながらその時間、わたしはここにいたわ。物理的にパンツを奪い去ることは不可能ね」

地面に散らばったキャンバスの切れ端を拾い上げる屈辱は、ほんの十分前からすれば予想だにしなかったことで、
千年の恋が破れたぐらいに胸を引き裂かれる思いだった。それに加えてパンツ泥棒との濡れ衣だ。

無実を証明するために鈴絵は切れ端を天江に見せた。

「ご覧なさい。切れ端から虹が見えるでしょ。この雨上がりを切り取りたくて、キャンバスを掲げたのよ」

確かにこの時間は空に虹が出ていた。
タイムマシンが発明されたなら、もう一度その時間にまで遡り、同じ天体ショウを観賞したくなるほどの眺めるだったらしい。

「虹ぐらいいつでも描けるはずだ!」
「そうかしら。絵は気持ちで描くものよ。虹を見ずして虹なんて描けるかしらね?」

鈴絵の台詞が終わるか終わらないと同時に、ぱしんと竹刀を水平に振って、キャンバスの切れ端をはたき上げた天江ルナ。
剣の達人とは言え、不安定な年頃の娘の行動に鈴絵は軽く口角を震わせた。

「ええ。素晴らしい刀裁きですわね。戦国の世に生を受けなかったことが全ての不運ですのね」
「ルナ!それまで!パンツ泥棒はいなかった!」
「はっ」

竹刀を構えた少女がもう一人。
清楚を絵にしたような、季節外れの桜が咲いた。
竹刀の先には水玉パンツ、虹の欠片を引っ掻けて。

「部長……。あったんですか?」
「ごめんなさいね。準備していた水玉パンツがなくなった。何処にいったって必死に探した。
 だけど、額の上のメガネを探すお父さんと同じわけだったのね」
「すなわち?」
「だから、『額の上のメガネを探すお父さん』」

緒地憑部長はスカートの裾を指先で摘んでルナに答えを促した。

「そうだ。パンツ言葉の続きです。これを心に止めておくだけで、『奥叛通』を深く味わうことができます。
 縞パンは『恥じらい』、黒のレースは『高潔』。そして、水玉パンツは……」

鈴絵の眉がかすかに動く。剣士が風を読み取るように。
緒地憑は人差し指をくちびるに当てて、恋人を焦らす味付けでパンツ言葉を繋いだ。

「水玉パンツは『繊細』」

ルナは口をつぐんだまま鈴絵の描いていた絵の切れ端を拾った。

「はっ。繊細?なんですね」
「え?なんですって?」

緒地憑の言葉に動揺し、そして軽く笑みを見せていたのは鈴絵だった。
曲線が美しい七色の虹がルナの持つキャンバスの切れ端に光っていた。


                                                                      おしまい。



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