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コスプレの家庭教師

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コスプレの家庭教師




「コスプレは数学」だと力説している秋月京(みやこ)に欠点を求めるならば、一つ下の牧村拓人に聞けば良いだろう。
きっと拓人は「メイド服着ながらやらなきゃいけませんか?」と恥ずかしげに呟くだろう。
その答えを期待していたのか京は、意気揚々とした顔で「だって、わたしの専属モデルだし」と言葉を返す。

年上の先輩から手取り足取り数学を教えてもらう。
拓人のお年頃ならば、誰もが夢見るエロゲ的イベント。
寿命を売り払ってでも手に入れたいシチュエーションだが、京の一言でそんな憧れは初夏の雲に散って消えた。

純潔の証、白いエプロン。
奉仕の誓い、フレアスカート。
無邪気の表れ、ニーソックス。
そして恥じらいの定め、絶対領域。

生物学上も戸籍上も社会的にも健全なる男子である牧村拓人がそんなメイド服を纏うと、筆で書き表すことさえも
恐れ多い輝きを増す不思議に、きめ細やかな汚れなき肌眩しくて、大人の捻くるまだ染まらぬ黒髪がメイド服に息吹を与える奇跡が起こる。
太ももを合わせる恥辱に耐える仕種に京の視線が釘付けになりつつも、しっかりと数学の手ほどきを伝授する。
京の一言さえなければ完璧なる先輩像なのに。『ザンネン』というフレーズが今日ほど消費したくなる日もそうそうない。
そして、この世に『ザンネン』という言葉があって、本当によかった。

「テストのポイント教えてあげるから、メイド服着てみてよ」

確かに拓人と京の数学担当教師は同じだったから。出題される傾向と対策は京からすれば、まるで砂の城を
攻め落とすようなものだった。だが、等価交換の原則を踏みにじる京からの提案に拓人は二の足踏んだ。

「音楽を聴きながら勉強すると頭に入るわよね?」
「確かにそんな話は聞きますけど」
「それじゃ、メイド服着ながら勉強すれば頭に入るんじゃないの?」
「あの、言っている意味がわかりません」
「メイド服着ながら勉強したら捗るって言ってるの」

拓人の額からたらりと流れる汗さえも、京の理屈に閉口していた。
そっと拓人の汗を京がハンカチで拭う仕種は先輩としては満点だ。それを赤点レベルに突き落とす京の趣味に振り回されながら、
拓人は『男の娘』へのチェンジを選んだ。

「そう。O(3、―4)を基点に動かす。イメージを忘れないで」
「xを―3、yを+4ですよね」
「視点を変えれば答えが見えてくるわ。コスプレと同じね」

シャーペンが止まる。
理由はだいたい分かるはず。
京が言うには「コスプレは数学」らしい。

「コスプレも数学も一つの解に向かって突き詰める。似てるわ」
「こじ付けじゃありませんか」

たった一つの解答を求めるためにあまたの数学者が格闘してきた。
たった一人のキャラクターに成り切るためにあまたのコスプレイヤーたちが競ってきた。

「正しい解法ならば、コスプレも数学も裏切らないし」

拓人の顔に頬を近付けた京は、くんくんと恥じらいの汗を嗅いだ。

「そうだ。良い点とれたら、牧村くんにご褒美あげるわ」
「気を使わなくてもいいですよ」
「良い点……っていうか、テストを頑張ったら」
「基準がわかりません」

京の思い付きは警戒した方がいいかもしれない。いつも、この甘い汁に騙された。カブトムシが群がる甘露も結局は、
子供たちの欲望のためなのだから。相手はコスプレ部の魔女だ。若い燕を射落とすならば、どんな呪いを唱えるのか予想はしがたい。
秋月京という魔女は、どんな裁きにかけられようともびくともしないだろうし。

「今度のテストの日ね。頑張ってね」
「京先輩もじゃないですか、テストは。先輩だって……」

拓人のささやかな反抗をもくぐり抜けた京は、エプロンの下に指を入れてつんつんと脇腹を突いた。


    # 


夏は、この戦いの後に待ちわびている。

ざわざわと波立つテスト当日は戦場に旅立つ若者たちの有様だ。
手にした兵器はペン一つ、真っ白な雪原を戦場に、和平への扉へと駆け抜ける。

「まきむー、ヤマカン教えろいっ」

切羽詰まった表情で飛び付いた同級生は兵隊を急襲する伏兵……ではなく、野犬だ。
わおん!と心配そうに尻尾を降り続け、ぱたぱたと犬耳を慌てさせている女子生徒は、買ったばかりのように
手垢がほとんど付いていない真っさらなノートを拓人に見せ付けた。


「久遠さんが悪いんじゃないの……。ちゃんと復習しないから」
「数学なんかわからんちんっ」

残念ながらこちらもテスト対策で余裕などないから、いち女子・久遠荵に構っている暇はない。
困り果てた顔で振り切ろうと席を立った拓人のその細く白い腕を荵はがぶりと噛み付いた。

「まきむーが勉強したこと、全部忘れろっ」
「むちゃくちゃな」

どうしてこうも自分の周りの女子は、こうも尋常でない者ばかりなのか。
ぼくはただ清く正しく大人しい学園生活を送りたいだけなのに。

とにかく教室から逃げ去ろう。貴重な休憩時間を荵のわんわんに費やすのは悲しいことだが、背に腹は返られない。
ぶんぶんと腕に絡まる荵を薙ぎ払おうと、拓人は慌てふためいていると、とみに腕の感覚が軽くなった。荵が尻尾を巻いて、
耳を抑え、きゅんと小さくなってしゃがんでいるのだ。

「み、京先輩っ。耳は弱いんだなっ」

荵の背後で魔法少女の決めポーズよろしく、出入口近くで教室の床を踏み締めていたのは、紛れもなく秋月京だった。

「さあ、いちゃいちゃはここまで。言うこと聞かないと、また耳に息吹き掛けちゃうわよ?」

荵の弱点を掴み、手の平で転がす京の魔術に拓人は感謝を込めて突っ込んだ。
京からは『つっこんで(はあと)オーラ』ぷんぷんなのだから、突っ込むのは礼儀以外の何者ではなかった。
このときばかりは。

「そのメイド服、この前ぼくが着ていたものですね」
「そうね」

拓人の奇妙なものを見る目に京は何故どうしてと目を白くして、一通の封書を拓人に渡した。確かにそうだ。
フリルあしらわれ、コケティッシュな香り漂うワンピースタイプのメイド服。おまけに猫耳尻尾のオプション付きだ。
小柄な拓人が着ていたときにはさほど感じなかったが、身長のある京が身につけると自然にスカート丈が短くなる。

「女の子がメイド服着てておかしい?」
「いや……おかしくはないんですが」

教室、もっと言えばテスト開始前の教室に猫耳メイドのコスプレだ。拓人やカタギの人間の目線からすれば奇妙な光景だが、
心底コスプレに陶酔している京からすれば、制服に毛が生えた程度のことなのでなんともないらしい。
京は手にしていた小さな淡い桃色の封筒を拓人に手渡した。 

「じゃ、お手紙よんでね。テスト頑張って、待ってるわ」
「京先輩もテストですよね?」

猫尻尾を揺らしながら教室を去る京の姿を荵は遠い目で眺めていた。
間もなくテスト開始の鈴が鳴る。


    #


テストはつつがなく終わった。
冷静さを取り戻しつつ、わんわんを忘れると案外自分でも覚えているんもんだと、
頭をすっと夏の風を吹かせていた拓人はテストの間すらすらとシャーペンを滑らせていた。
ただ、この効能を京のコスプレのお陰だとは思いたくはなかった。

「むずいっ、むずかったっ。まきむーのばかばかっ」

折角、勝利の余韻に浸っていたのに久遠荵が邪魔をする。
八つ当たりのように拓人の腕に噛み付く荵を引きずりながら、拓人は昼休みの廊下を急ぐ。

「どこに行くっ」
「中庭だよ」
「なぜにっ」

正解は『京が呼ぶから』。
理由を言う必要はないと判断した拓人が中庭に出ると、職員室の窓にメイド服姿の京が硬い表情で立たされているのを目撃した。
四角い窓の範囲からは、誰と向かって立っているのかは判断しかねる。おそらく、おそらくだが、教師の誰かに呼び出されたのだろう。
「そんな格好でテストを受けるつもりなのか」と一喝されているのだろう。拓人の勝手な想像だが、あながち間違っている自信はない。
憮然とした表情の京は反撃を食らわせることなどは控え、ぐっとその場を耐え忍んでいた。

「わおっ」

執拗に拓人の足を踏んでくる荵に気をとられて脇見をしていると、職員室の窓から京は姿をくらませていた。

    #


拓人が京が指定した場所に着くと、小さなお茶会が設営されていた。
緑いっぱいの芝生に立てられた日傘、洋風のテーブルに品のよい腰掛。
据えられたケーキスタンドに並ぶ洋菓子からは、甘い香りと気品がふわりと蝶のように舞う。
白く光を反射して、花の絵柄に彩られたティーセット。カップとソーサーが触れ合う磁器の音色の調べはちょっとした音楽会だ。

「ようこそ。牧村くん……に?」

シフォンケーキを片手にメイド服姿の一人の娘が拓人と荵を招き入れた。

「わおっ」
「あの……久遠さんは、勝手に」
「香りがわたしを呼びつけるっ」

拓人の足をぎゅっと両腕で握り締めて、拓人に引きずられる荵に対しても娘はにっこりと微笑み返し。

さあ、牧村くん。
お茶会の始まりよ。
聞き分けの無い仔犬を連れて、わたし秋月京からのささやかな贈り物をどうぞ。

「テストを頑張ったごほうびよ」
「……どういう基準で」
「お姉さんの贈り物は、お姉さんがお姉さんのうちに頂いておくものよ」

ケーキを一口つまんだ京のの口が、たった一歳上だけなのに遥かにオトナに見えてくる。少女から魔女へ。
魔女の魔法は解け難く、気がつけば拓人と荵は京の宴に酔いしれる至福の時間を共有していた。
外で頂くケーキがこんなにも美味だとは。拓人は白い肌を季節外れの桜色に染めた。

「さ。次の召し物は神戸屋かなぁ。肌のきれいな牧村くんには空色のギンガムチェックが似合うわ」
「うらやましいぞっ」
「今度は牧村くんがわたしにごほうびをしてくれる番よ?」

拓人はケーキを口にしたことを後悔した。



                                                                       おしまい。



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