私立仁科学園まとめ@ ウィキ

ととろと若葉

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

ととろと若葉



近森ととろは普通科の小柄な少女が、仁科学園・中庭の植え込みに頭から突き刺さっているのを目撃した。
文字通り『蔭ながら』男女の色恋を観察しつつ、幸せを祈り、そしてちょっぴりお裾分けを頂く近森ととろ。
きょうもオペラグラス片手に、青くて淡い春を謳歌する若人たちが集まる学園の中庭に、一人でひっそりと潜んで
いつものように校内のカップルをときめきながら、楽しくウォッチングしているときの出来事であった。
「だ、大丈夫?……ああ!ベンチの二人がいないっ!!こんな良いカップル、滅多にいやしないのに!ちくしょー」
ととろが地団駄踏んで悔しがる側では、少女は植え込みに刺さったまま、足をじたばたと動かしていた。
小さな枝を折りながら少女を救い出すと、ととろはその場から駆け出した学園の男女を惜しそうに見つめる。

『カップルウォッチング』に夢中になっているところに、通りかかった小柄な少女が植え込みに気付かず、
そのまま突っ込んでしまった。その結果、ととろが観察していたカップルは、植え込みから聞こえてきた不審な物音に驚き、
ととろの夢や希望は、どこぞかへと消え去ってしまったのだった。
「ご、ごめんね!ごめんなさい!!びっくりさせてしまって……」
「だい、大丈夫よ。あなたは?」
「はい……。わたし、夢中になると前が見えなくて」
少女は手にしていたノートを庇うように抱きしめると、何度も何度もととろに謝っていた。

(でも、あの二人は長続きしてくれるといいよね……。わたしが応援してるから!!)

「二人に幸多かれっ」と祈りつつ、ぶかぶかのベストに少女を救い出すときに付いてしまった葉っぱを振り払い、
100万ドルたらずの笑顔でぶつかってしまった少女に「心配ナッシング!!」と手を振っていた。
ケモノの耳のようなリボンが情けないことにへたっているのと同じように、カップルに逃げられたととろも悲しい気持ちであった。

―――別の日、ととろがいつものように植え込みに隠れてターゲットを探していると、ととろには新顔の女子生徒と男子生徒が一緒にベンチに並び、
楽しげに会話している姿を発見した。カップルまでの距離は、ととろが小石をふわりと投げればどちらかに確実に当るほど。
二人の後姿だけでなく、頑張って近づけば、もしかして二人の会話が聞こえることが出来るかもしれない近さ。

(あーっ!あの子は??そっかあ、恋愛若葉の子ネコちゃんはいつ見ても初々しいぞお!)

よくよく見ると、きのうととろの横で植え込みに突っ込んだ、小柄な少女ではないか。
短くそろえた髪形とすこしぶかぶかのブレザーが、ととろのカップルウォッチスピリッツに火をつけた。ドジっ子補正もポイントが高い。
桜の咲く季節なら、花の香りと重なって、きっと乙女の想いが高鳴ることなのだろう。
紅葉の美しい季節なら、すこしずつ冷たくなる空気を吹き飛ばして、きっと寒さを忘れてしまうのだろう。
ふと、ととろに向かって風が二人のほうから吹き、香ることの無い甘ずっぱい香りがととろに届いた気になる。
恋をしなければ、女の子はダメになる。しかし、恋をしすぎても、女の子はダメになる。

(何を話してるんだろうね。あと30センチ近づければはっきりと……)

何かを疑い始めたカップルのように、ぎこちなく足を進めるととろは、物音を立てないように細心の注意を払う。
男子の方のお見立てをしてみると、真面目な文学少年を彷彿とさせるたたずまい。理知的なメガネがきらりと光る。
これはととろの想像の域を過ぎないことだが、きっと彼の恋模様も誠実なのだろう。冬空に咲いた二輪の向日葵と言ったところか。
それを見て、きっと人々はそっと優しく育ててあげたくなるだろう。ととろは、二人をそう受け止める。
が、残念なことに男子の方が急に立ち上がり、女の子に手を振るとベンチから立ち去ってしまった。

(あー!いいところだったのに……。でも、『若葉』ちゃんが幸せそうだからいいっか!)

女の子の小柄な後姿からは、季節外れの桜の花が咲いて見えたと、ととろは言う。
彼女に桜の時間がいつまでも続くことを祈りつつ……。

翌日も、同じように『若葉』ちゃんときのうの男子生徒がベンチに座っていた。
ととろもまた同じように、中庭の植え込みに隠れて、冬の空に咲いたコスモスのような二人をそっと見守る。
お持ち帰りはいけません。野に咲く花は見つめるだけで、そっと心に刻みましょう。近森ととろの信念である。

(『若葉』ちゃんの笑顔はきょうも眩しいなあ!!この!この!!)

手にした図書館の文庫本を胸の前で握り締めて、ととろはオペラグラスを持ったままブンブンと手を振る。
人から勧められてちょっとした甘い明治の恋物語を借りてみた。フィクションのカップルウォッチングもいいかな、と。

翌日も、翌日もととろはこの二人を同じ場所で見守りながら、幸せをちょっとばかしつまみ食いするのであった。
そして、図書館の文庫本を帰す2週間後のある日。
甘い花もいつかは枯れる。燃えるような紅葉もいつかは落ちる。と、ととろの胸に突き刺さる言葉が浮かぶ。
ととろにとっては、けっして考えたくも無い光景が、澄み切った青空の下に、ととろのオペラグラスのレンズに写っていた。

(ちょ、ちょ……?あの男子、きのうの『若葉』ちゃんと話してたヤツじゃないの!!!!)

植え込みに隠れて、ベンチに男子生徒が座って、女の子と会話をしているところまでは同じだった。
何かが違う。どこかが違う。詳しく知りたくはない、でも……。ととろにはそれが許せなかった。

(きのうまでの『若葉ちゃん』はどこへ行った??)

きのうとは明らかに違う女子生徒。『若葉』ちゃんとは正反対の流れるような黒髪の『クールビューティ』。
それに男子も楽しそうに話している?ひょっとして、もしかして、『若葉』ちゃんはこの男子に……。

(ぜったい!ぜったい!ぜったい!ぜったい!『若葉』ちゃんをこんな目に合わせるなんて許せない!!)

男子生徒のメガネはきのうまでの日光の輝きから、邪にぎらついた銀の光にととろには見える。
この恋が破綻すれば繰り広げられる修羅場が予想されるのは、ととろの想定の範囲内である。それはとびっきりのハバネロだ。
辛口の恋が好きなヤツは、それを好んで口にすればよい。甘口の恋が好きなヤツは、それを選んで味わえばよい。
しかし、ととろにはとって『若葉』ちゃんが修羅場に巻き込まれることが、どうしても想像できなかった。
ショートケーキにハバネロを練りこむヤツがどこにいるんだ。返せ。わたしのきのうまで胸いっぱい吸い込んだ甘い香りを返せ。
いくら時間がかかってもいいから、いくらお金を使ってもいいから、きのうの青空に咲いた桜が香る時間をわたしに返せ。

どうしてだろう。ただ、人さまの色恋沙汰をちょっと拝見させていただいているだけなのに、どうしてこう腹が立ってしまったのだろう。
これまで感じたことの無い感情ゆえにふたりの会話弾む途中、ととろはオペラグラスを仕舞った。

わたしは『月』だ。誰もが安らぎを覚える夜空に浮かぶ『月』なんだ。
人は恋をすると人生でいちばん輝くという。その輝きの光を受けてはちょっと輝く『月』なんだ。
なのにどうしてときめいたり、憤ったりするんだろう。人さまが二股だろうが、三股だろうが掛けやがっても『月』は冷静だ。
『月』のように、優しく地上の恋するものたちを照らして、そっと遠くから見守るだけなのに……わたしは……。
ととろは悩む。

「もっと、いい恋……見たいな。この小説みたいな物語を映しておくれ、わたしのオペラグラスよ」
自慢のケモノ耳のようなリボンを立て直そうと、手鏡で顔を映すといつもの近森ととろが写っていた。
小石でも蹴っ飛ばしたい気分なのに、どうして鏡はわたしをいつもと同じように写すのだろう。ととろは納得がいかなかった。
ベンチではまだまだ二人だけの時間を過ごしているというのに、ととろはその場から去ってしまった。
「そう言えばあの子『わたし、夢中になると前が見えなくて』って、言っていたな」

その日の放課後、文庫本を返しに立ち寄った図書館の帰り道のこと。ととろは昼間に目撃した『若葉』ちゃんを目撃する。
いつものベンチではない。所は、とある使われなくなった教室。少し開いた扉から微かに見える二人。
人気もなく、彼女と男子生徒だけがその部屋の住人であった。カップルウォッチャーの性か、ととろは二人をそっと見つめる。

一緒に並んで座っているのは、ととろが初めて『若葉』ちゃんの甘い時間を目撃したときのメガネの男子であった。
ととろが驚いたことに、『若葉』ちゃんの様子がおかしい。扉からでは気付かれる。廊下側からすりガラスにととろが持参していたセロテープを貼り、
急遽カップルウォッチングを始めた。遠くから見れば十分怪しい。しかし、好奇心及び老婆心がととろを動かす。

(ほらほら!やっぱり恋の神さまの逆鱗に触れちゃったのね……)

彼女は昼間までのはつらつとした笑顔は消えうせ、男子生徒の言葉に耐えているようだった。よくよくみると、目に光るもの。
あの野郎は『若葉』ちゃんをこんな思いをさせてまで……。いっそのこと乗り込んで行きたい気持ちだが、ぐっと心に押し込める。
ととろはいつもと違うように、無言でその光景を見守る。ノートのようなものが彼女の手にあることを発見した。

しばらくして、男子生徒の方は彼女の頭を撫でると、立ち上がり教室を後にした。『若葉』ちゃんは男子にお辞儀をしているようにも見える。
ととろは何食わぬ顔をして、その男子生徒をやり過ごすと何故か『若葉』ちゃんのもとに駆け寄る。

どうしてだろう。頭で考えるより、体で答える方が正しいと思ったのだろうか。
女の子はこうべを垂れて、椅子に座ったまま手にしているノートを握り締めている。
そう。ととろはこのノートの存在を初めて知ったのだ。中庭ではずっと後姿だったため、手元が見えなかったのだ。

「あの……、ちょっといいかな」
ととろがウォッチ対象の子に話しかけることは滅多に無い。しかし、どうしても話したいことがあったのだ。
魔法の杖があるのなら、彼女の傷をそれで癒してあげたい。しかし、ととろが出来ることは話を聞いてあげることだけ。
『若葉』ちゃんは潤んだ瞳を堪えて、ととろのケモノのような耳を不思議そうに見つめていた。
「恋するって、楽しいよね。でも、楽しいことばかりじゃないって……」
「ん?なんですか、先輩」
リボンの色できっとととろのことを先輩だと判断したのだろう。『若葉』ちゃんは不思議そうに、ととろの話を聞いた。

「ほら、あのさぁ。男の子って、単純な上にけっこう脆いヤツなんだよねー。わたし何を言ってるんだ?」
「はあ」
「だ、だからね。恋で痛い思いをすればするほど、きっと優しくなれるんじゃないのかな……って?」
『若葉』ちゃんは、手をバタつかせてしどろもどろで説明するととろを笑いながら、手元のノートを開いた。

「何だか先輩の言ってることって、この間、わたしが迫先輩に見てもらったセリフに似てますね!」
「セリフ?迫先輩?何?もしかして……小説とか書いてるの?」
ノートをととろの方に向けて広げた『若葉』ちゃんは、自慢げに赤ペンで採点されたページを見せた。
細かく、そして丁寧に修正箇所が書き込まれており、何度も何度もセリフやト書きが描き直されている箇所が多々とある。
何度も捲っていたせいか、ノートは新品のものよりかなり分厚くなっている。しかし『若葉』ちゃんにはそれが自慢だったのだ。
そして、閉じられたノートの表紙には『演劇部・脚本案ノート/久遠荵』のマジックで書かれた文字。

「迫先輩の批評って厳しいから、ついつい泣きそうになるんですよね。でも、きちんと的確にダメ出ししてくれるから身になります」
「ということは、さっきの男子は?もしかして、さこ……」
「そーです!迫先輩です。先輩って実は恥ずかしがり屋さんだから、ここで見てもらったんですよねー。
今回本を書くときに、いちばん難しかったのは、カップルがベンチで会話するシーンを書くときだったかなあ。
先輩と実際に座って、本物の彼氏彼女みたいに話しながらイメージ膨らませて、本を書いて、先輩に批評してもらって。
でも、この間迫先輩ったら『ああいうの、オレ苦手なんだよな。頼むから人目に付かない所でやってくれないか』って。あはは」
「久遠っ。迫先輩からどうだって?」
春風が吹いたように、昼休み『迫先輩』とベンチに並んでいた『クールビューティ』な女子生徒がやって来た。
黒いタイツの脚がカモシカのようにすらりと美しく、短いスカートが上品に廊下の風を受けてはためく。小脇の大学ノートが凛々しい。
久遠荵が言うには同じ演劇部の仲間らしい。興味深げに久遠荵が抱えていたノートを捲ると、じっと凝視していた。

「そうそう!!聞いてよ、あかねちゃん!さっき迫先輩に誉めて頂いたんだよっ」
「そうなんだ……」
「なんで笑うのよ!あ・か・ね・ちゃん!!」
ととろには分からなかったが、久遠荵曰く、あかねは『笑っている』らしい。
「そうそう!今度、演劇部がお芝居をするから先輩も見に来てくださいね!とっても楽しいラブストーリーですよ!
わたしとあかねちゃんの共同脚本で……ね。あかねちゃん!きょうも万年筆が冴えるなぁ!!」
「……頼むから、下の名前で呼ぶのはやめてくれないか」
あかねは、頬を赤らめて自分の脚本案ノートをぎゅっとぬいぐるみのように抱きしめた。
いままでカップルからお裾分けしてもらった『幸せ』以上に、プライスレスな『幸せ』を手にした気がした。
作り話でもいいから、舞台の色恋沙汰を見てみるのもいいかな、と思うととろは久遠荵に見つからないように
図書館で借りてきた文庫本をそっと隠して、最高の照れ隠しの笑顔を見せていた。


おしまい。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー