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仁科学ライオン 第二話:【まぜるな危険】

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仁科学ライオン 第二話:【まぜるな危険】



 図書館五階、イベントホール――
 ステージの上には大仰なセットが鎮座している。本当に高校生が造ったのかと思えるほど立派なセットだったが、これでもまだ完成では無いのだろう。まだ作業している生徒達も居る。

 懐はそこの隅っこでぼけーっとそれを眺めていた。手伝う訳でも、邪魔する訳でもなく。はっきり言えば部外者なので、元々ここに居る事自体がおかしいのだが、いつも見に来るので他の生徒達も馴れてしまっていた。
 懐は何かしたくてここに居た訳ではなく、ただ、がらんとしたステージが完成されていく様子を見ているのが好きだった。

 その横で同じくステージを注視している者が居る。
 黒いリボンを動物の耳のようにピンと立てた女の子。椅子の陰に身を潜めているつもりだろうが、はっきり言って目立っている。

「……おい」
「……」
「おいって!」
「しーっ! 見つかるでしょ!?」
「いや、目立ってっから。何してんのよ。ととろちゃん」
「う……。それは……」

 言葉を濁したが、答はステージ上に在った。巨大なセット相手に、パレット一つで挑むリーゼントの大男。

「ああ。敵情視察ね」
「声が大きい!見つかったらどーすんの!?」
「いや、お前の方が声でかいから。……というか台こっち見た」
「う……。マズイ!」
「しょーがねーなぁ」

 懐は資材を入れていたと思われる大きな箱にととろを「詰め込んだ」。 その上にどかっと腰を下ろし、何事も無いように平然としている。この男は女性にも容赦無い。
 案の定、台は敵の気配を察知しこちらへ近付いてくる。
「(こらー! 出せー!!)」
「……大声出すなよ。見つかるぞ」
「(狭苦しいんだよっ! 無茶しやがってー!)」

 小声でやり取りし終わった時、丁度よく台も目の前まで来ていた。

「おい懐。我々の敵を見なかったか?」
「いーや? ここには来てないけど?」
「(……おお。うまくごまかしてくれてるようだ)」

「そうか。まぁ見かけたら知らせてくれ」
「解ってるって。最近活動してるか?」
「いや……。ととろが予想以上にジャマでな」
「(……あれ? 仲良さそうな雰囲気……)」

「ところで懐よ。最新のカップル情報は無いか?」
「(な……何? なんでそれ懐に聞く訳?)」
「あー。最近は特に無いなー。なんかあったら教えっから」
「(情報をリークしてるのか貴様ぁ―!)」

「ふむ。では俺は戻るぞ。まだ仕上げ作業があるからな」
「おう。頑張れよ―」

 台は踵を反して元の作業へと戻ってゆく。懐はととろの入った箱を持ち上げそのままホールの外へ出て、一目が付かない場所で蓋を開けようとした。

「おーい。もう大丈夫だ――」

 蓋を開けた瞬間に見えたのはととろの右拳。綺麗に顔面にヒットする。

「こ……この馬鹿馬鹿ー!! 裏切り者!」
「ぐふっ……。う……裏切るも何も、まず仲間じゃ無――」
「じゃあ向こうの仲間か!」
「ち……違うって! 助けたじゃん!?」
「最新の情報ってなんだー!?」
「い……今は無い! 本当だ! 色んなトコに首突っ込んでるが、今は無いんだ! 信じてくれ!!」
「とか言って、本当は自分だけ楽しんでいるんじゃないのかぁ~? どうなんだぁ~?」
「本当だって!  ととろちゃん知らないのに俺が知ってる訳ないでしょ!? だいたいそんな趣味は無い!」
「う~ん。ま、それもそうね。じゃあ最新情報は今後私に流してよ? いいでしょ?」
「それは……出来ない」
「えぇ~。何で?」
「そりゃもちろん、あの三馬鹿に流したほうが色々と面しろ……はっ!!」
「……ほほう?」
「すまん。単なる妄言だ。忘れてくれ」
「出来ない相談ね」
「……ごめんなさい。てへっ☆」
「可愛くないんだよー」

「ならば……。仕方ないな……」
「仕方ないって、何が……キャッ!!」

 懐はととろの両肩を掴み真顔になる。普段はあまり見せない顔だ。この表情をする時は本当に限られた時だけ。

「おい、ととろ」
「な……何だー!? いきなり呼び捨て――」
「俺を信じろ」
「えっ?」
「もうしないって。だから俺を信じてくれ」
「そ……そこまで真剣にならなくてもいいんじゃないかなー!?」
「そういう訳には行かないんだよ。信じて欲しいだけだ」「ア……アンタねぇ……」
「だから俺を――ああッ! あそこにイチャ付くカップルが居るぞッッ!!! いやッ、あれは事に及ぶ危険がッ!」
「何だってー!!」

 ととろは西部劇のガンマンのように素早くオペラグサスを構える。改造に改造を重ねたと見えるオペラグラスは瞬時に開き、鷹の目のように目標を捕らえた。
 そこに居たのは間違いなくイチャつく、というより事に及んでいる一組の――

「ね……猫……?」

 振り向くと懐が腹を抱えて笑っている。こんな事ばかりしているからこの男に浮いた話がないんだ。ととろがそう思ったのは内緒である。
 ともあれ、三馬鹿との闇の繋がりや情報共有協定はうやむやにされてしまった。

「いやー。素晴らしい反射神経だ!」
「猫じゃん! 騙したなぁ!」
「猫かわいいじゃん」
「それはそーだけど……。いやいや、別にあたしは猫見たいわけじゃない訳で」
「猫みたいなリボンじゃん」
「別に意識してる訳じゃ――」
「あ、ゴメン。電話きた」
「自由か!!」

 懐の携帯から着うたが流れる。イントロのドラムソロまでしっかり聴き、リフが鳴りはじめたところで懐は電話に出る。表情は先程よりも真剣そのものになっていた。

《あ……先輩。その……皆もう集まって……》
「ああゴメン。ちょっとヤボ用でさ」
《せっかく……。今日は音楽室借りれる日なのに……》
「本当にすまん。今行くから待ってろ。じゃあな」

 懐は携帯をぱちっと閉じてポケットに入れ、首を回してごきごきと鳴らす。ため息を一つ漏らし、改めてととろの方を向く。

「付き合わせて悪かった。ちょっと用あるから行くわ」
「勝手だねー」
「だから悪かったって。さっきの猫も」
「あーもういいよ。それよりもう三馬鹿には近づくなよー」
「え? ああ。まぁ仕方ないか。わかったわかった。もうリークしたりしねぇよ。」
「本当に?」
「だから信じろって」
「ん~~。まぁいいでしょ。許してやろう」
「どうも。それじゃ、またな」

 そういうと懐はその場を離れる。一人その場に残ったととろ。何やら勿体なさそうな顔をして懐の後ろ姿を見ている。

「うーん……。マジメにしてりゃイケメンなんだよなぁ。勿体ないなぁ。勿体ないよなぁ」

 先程まで自分が「詰め込まれていた」箱に腰を下ろし、どうにかならないかとアレコレ考えてはみたが、あの性格だけはどうにもなるまい。しばらく考え、半ば諦めかけたその時、椅子代わりの箱を見て重大な事を思い出す。

「……。コレあたしが返すの……?このでかい箱……」


 ととろが怨みを込めて叫んだ頃、懐は既に特別棟の音楽室の前に居た。普段は音楽系の部活などが取っ替え引っ替え使っているので、大小合わせて複数あるにも関わらず、そう簡単には貸しては貰えない。
 ましてや部活として活動している訳ではない懐達にとって、ようやく借りれた小さなスペースすら月に何回かしか利用出来ない。
 その入口では懐を待つ一人の男が茫然と突っ立っていた。

「あ……先輩……。やっと来た」

 多くの人は『デブヲタ』という単語を聞いてどういう風貌を思い描くだろうか。おおよその典型はあるだろう。懐を先輩と呼ぶこの男、名は横田トオル。
 彼の風貌はまさにそれだった。

「なんで外で待ってんの? 中に居ればいいじゃん」
「それが……その……」
「ああ……。またか……?」
「またです……」

 懐は頭を抱える。貴重な練習時間がまた無駄になりそうな予感でいっぱいになる。

「うう……。せ……先輩ぃ……」
「名前で呼べって。メンバーだろ。……それよりいいか? 入口、開けるぞ……?」

 懐は少しだけドアを開ける。ほんの僅かな隙間から聞こえてきたのはとんでもない爆音だった。思わず一旦ドアを閉める。

「せ……先輩~……」
「またかよ……。もう一人は居るのか? ドラムしか聞こえなかったんだが……?」
「い……居るにはいますけど……その……」
「また自分の世界に逝ったか……」

 懐とトオルは顔を見合わせてお互い頷き、意を決してドアを大きく開ける。
 廊下に飛び出したのは高速ツーバス・ドラミングと邪魔な程に多いシンバル、ハイハットの音。それを叩くのはスプレー何本使ったんだというほどに追っ立てた緑の頭髪をした細身の男。
 横にはギターを弾く男が居たが、アンプにはヘッドホンが繋がれ、ギターの音が自分にしか聞こえないようになっていた。一見普通の高校生だが、表情はもはや恍惚的。見ていて非常に不快だ。

「……」

 いつ見ても濃い。というかキモイ。自分も含めてだが。
 これでは新メンバーも三日で逃げ出す訳だ。いや、正確には加入三日後の初顔合わせの後に音信不通だから一日か。

「おお! やっと来やがったか懐!」
「……よう、広介」

 ドラマーの尾崎広介。見た目は往年のヴィジュアル系そのものだ。懐が来た事でようやくドラム、というより何かの打撃音は止まった。
 残ったのは自分のギター音に酔っている高崎ひろと。懐が来たのにも気付かずにフリットを叩く音とほとんど喘ぎ声に近い息を漏らしている。

「……帰って来て」

 それは懐の魂の叫び。しかしプッツン型の広介は即座にスティックを投げ付け、ひろとの頭に命中する。

「痛い! 何すんのさ広介! 人の■ナニー邪魔して!」
「ハッキリ言うんじゃねぇよボケナス! 懐が来たっつてんだよ!」

「だからなんだい? 所詮ギタープレイなんてオ■ニーなのさ! 速弾きに偏ろうがチョーキングで泣こうが、ダウンピッキングにこだわろうが! そして全部出来るボク最強!」
「キメェぞコラァ!! 自意識過剰なんだよテメェ!」

 いつもの喧嘩である。
 技術的な基準でメンバーを選んだら変人ばかりが集まってしまった。それぞれ個性的過ぎてバンドとしては機能していないのが現状だ。

「あの……懐先輩。その……」

 呆然としている懐にトオルが話し掛ける。なにやらもじもじしている。

「……どうした?」
「あの……曲書いたんで……。歌メロつけて下さい……」
「おお! よくやったデブ!」
「デブ……」
「……スマン」
「あの……僕今日先に帰っていいですか?……その胃が……」
「またか……。もっとも仕方ないっちゃそうだが……」
「う……! 胃痛が……!」
「……リラックスしてくれ……。俺も今日は帰る。スコアだけ貰ってくよ」
「うう……。ひろと先輩はいつになったら僕の曲弾いてくれるんだろ……。うう……」
「……」
「広介先輩は暴力的だし……。好き勝手にドラム叩くし……。うううう……」
「……泣かないでくれ」

 広介とひろとはまだ言い合っている。こうしている間にタイムリミットが過ぎ、いつも何も出来ないまま帰るハメになる。

 今日もいつもと同じだった。


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