私立仁科学園まとめ@ ウィキ

仁科学ライオン【鷲は自由に飛んじゃってもいい】

最終更新:

nisina

- view
だれでも歓迎! 編集

仁科学ライオン【鷲は自由に飛んじゃってもいい】


「Eagle fry F○○~ let'people see~♪」

 誰かが歌っている。小さく息を漏らしながら、器用に高音域を軽々と出している。本気で声を出せばどうなる事やら。
 後ろで縛り上げた金髪の長い髪が一定のリズムで揺れている。この学園広しといえど、こんな髪型をしている男は数少ない。ましてやヘヴィメタルを口ずさむ輩など一人に絞られる。

 懐は一人、昇降口前の廊下をモップ掛けしていた。別に何か悪さをしたペナルティとか、単なる綺麗好きとかではなく、ただの掃除当番である。
 掃除の時に長い髪は邪魔になる。安っぽいヘアゴムでまとめた髪は相当気を使っているのか、無駄に光沢を放ち、結構なブリーチ攻めを受けているはずだがダメージ等も見当たらない。
 それもそのはず。メタルファンにとってロングヘアはギターやツーバスのドラムセットと同じレベルでの重要なファクターなのだ。手入れは入念に行っている。

「In the sky a ○ghty Eagle……♪」

 曲は二番のブリッジパートに差し掛かる。
 床はわりかし綺麗になった。常に人通りが耐えない場所故に完全に磨き上げる事など不可能だが、それでも出来る事はやり遂げた。
 凝り性な性格のせいか、やり始めたら気のすむまでやってしまう。たとえそれが面倒な掃除であろうとだ。
 これなら余程の大惨事が起こらない限りは満足いく仕上がりになる。懐は一人、ニヤニヤしながらモップを絞る。すると……

「痛ぁー!」

 誰かが転んだらしい。

「いたた……。あーあ。ジュースこぼしちゃった……」

 災難だな。と懐は心の中で一言。同時に、ちょっと待てとさらに一言。
 脳内再生されていた熱いドラムソロは中断される。そして振り向きさまに、その惨状を目の当たりにしてしまう懐。

「あぁぁぁあああ! 気合いで磨き上げた床ににぃぃぃい! 何たる狼藉! 名を名乗れ貴様!」
「ひゃあ! ご……ごめんなさぁぁい!」

 床に膝を付いたまま驚きつつも謝った少女。しかし、その風貌はこの場所には違和感がある。どうみても中等部。だが、着ている制服は間違いなく高等部のそれ。違和感を残しつつも、考えるより先に口が動く懐は要らぬ言葉を混ぜつつ話し掛ける。

「……。おいおい。中等部が何してるんだ?」
「むっ。ボクは中学生じゃないよッ! 高校一年生だよ!」
「兄弟から制服借りたのか? はやく返して来なさい」
「違うってば! ボクのだよッ!」

 ホントは解っている。

「何はともあれ、床を汚してくれたおかげで俺の心も汚れました」
「あ……。そのごめんなさいです」
「悪いと思ってるなら罰を受けて貰おうか……」
「……えっ」
「向こうの自販機でジュース買ってこい」

 懐はポケットから小銭を取出して少女に渡す。金額は二百四十円。

「……? 二人分?」
「こんだけ零したって事は開けたばっかだろ。いいからさっさと買って来なさい」

 懐はモップで床を擦りながら言う。一度では吸い取り切れない量の液体がモップに染み込んでくる。それを見ると、ちょっぴり可哀相。ただそれだけだった。




※ ※ ※




「でー! 雄一郎が迷子になってぇー!」
「で! で! 用務員のオジサンに救出されたってか!? 遭難だろそれわ!?」

 昇降口から外に出て、少し歩いた場所のベンチ。
 掃除を終えた懐はさっきの少女、鷲ヶ谷和穂とバカ話。出会って五分で仲良くなる特殊能力はここでも遺憾無く発揮される。
 聞くと和穂は掃除をサボって逃走中の身だとか。小鳥遊雄一郎とかいう奴が探しているらしいので、急いでいたら転倒の憂き目にあい、懐の前にジュースをぶちまける事になった。

 しかし、バカ話しながらもちょっとした事が頭をよぎる。
 鷲ヶ谷和穂。鷲ヶ谷。わしがや。

 名前負けとはこの事だ。どちらかと言えば鷲というよりムクドリ見たいな女の子。たまたま口ずさんでいた曲も強い鷲を題材にした曲だった。妙な偶然だな。そう思った。

「ていうか、戻んなくていいの?」
「あぁー。たぶん雄一郎がカンペキに掃除してくれてるから大丈夫!」
「オジサンその考えは感心しないぞぉ」

 中々に元気な娘だ。鷲の力強さはこの天真爛漫ぶりに変換されているのか。しかし、唐突にというか、やはりというか。和穂に差し向けられた追っ手によってトークタイムま終わりを告げる。

「……見ぃ~つ~け~たぁ~」
「あ! 雄一郎!」

 現れたのはおそらく、先程話してたジャングルで遭難した小鳥遊 雄一郎。どちらかといえばこっちが鷲っぽい。
 それにどこかで見た顔だな。と懐は思う。
 ああ、そうだ。演劇の舞台造りに参加してたな。そういえば和穂も脇に居たよーな……。

「見事に掃除から逃げ出したな。そのすばしっこさを他に活かせないか……」
「む。見事に活かしてるつもりだけど」
「いいから戻るぞ。まだ終ってないんだ」
「むきゅう……」

 雄一郎は和穂の頭をぽんぽん叩きながら、半ば連行同然に掃除の現場へ連れ戻す。懐と同じくらいの体格の男がどうみてもロ(ryを引きずる姿はちょっと滑稽。
 奇妙なカップルだ。台に知らせたらどうなるか。まぁそんな雰囲気はまだ見えないが、要注意リストには乗るだろう。

「あ! ちょっと待って!」

 和穂は雄一郎の手から脱出し、雄一郎が何か言う隙も与えずとことこと懐の元へ戻ってくる。

「ジュースありがとうございました」
「いーえ」

 一言だけ礼を言ってペコッと頭を下げる。藍色の髪がばさっと重力に従い下になる。懐はその髪質をちょっぴりうらやましいと思いつつ、簡単に返事を返す。
 そして、和穂はまたとことこと雄一郎の元へ戻って行く。

 最初から最後までその言動が高校生には見えなかった。
 過ぎ去る二人の姿の凸凹ぶりは自然と目立つ。視線を送る人もちらりほらり。
 とにかく元気な奴だ。それが印象に残った。

「Eagle fry Fr○~♪ let'peop○ see~♪」

 懐はまた口ずさむ。
 鷲は自由に飛び、人々はそれを見上げるのだ。和穂の自由さと元気っぷりは、曲で歌われる「力強い鷲」そのものかもしれない。どこまでも自由な、何者にも左右される事のない……。

「名前負け……してないかも……?」

 懐はひそかにそう思ったりている。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー