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仁科学ライオン第八話

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仁科学ライオン 【これも青春って事で】



 台と懐は睨み合っていた。だが、お互いの目線は合っていない。それぞれがお互いの肩や腰の動きを注視していた。
 片や現役のヤンキー、相対するのはプロレス愛好家。お互い戦い方はある程度心得ている。もっとも、お互い素人の域は脱していないのだが。

 僅か数秒、動きの無い攻防の後。先制攻撃を仕掛けたのは台だった。
 一歩だけ前に進み、長い脚を使っての前蹴り。台のリーチはやたらと長い。一歩進んだだけで爪先が懐の鳩尾まで届いた。
 だが、一歩進むというモーション故か、予測されていた。
 懐はそれをあえて受ける。受けて、その脚を両手でホールドした。
 懐はそのまま前に倒れる。倒れつつ、身体を脚にまとわり付けるように回転させて行く。そして、地面に寝転ぶ。台を道連れに。
 台の膝と股関節はその派手な間接投げによって捩り上げられダメージを受ける。地面にたたき付けられた衝撃は容赦なくスタミナを奪う。一瞬だけ意識が飛ぶ。
 そして、懐はすぐさま寝転ぶ台のマウントポジションを取る。

「今のがドラゴンスクリューだ。覚えとけクソ野郎」
「興味がねーな」
「なら忘れられなくしてやるよ」

 馬乗りになった懐の上からの鉄拳攻撃。プロレスなら反則だが、今は関係無い。ほぼ勝敗は決したかのような態勢だったが、拳を振り下ろした懐は同時に顎に衝撃を受ける。自身にも手応えはあったが、弱い。決定打にはならない。
 台はマウントを取られた状態で、拳で反撃してきた。長いリーチはその不利な状況でも懐の頭部まで悠々届く。打ち抜く事が出来るのだ。
 打ち抜く事が可能という事は、ダメージを与えるパンチを放てるという事。
 懐は身体を起こされる。自身の拳に体重を乗せられなかった。打撃では不利だった。ならばと、今度は肘を相手の喉に突き立てる。そのままスライドさせ、ギロチンチョークで止めを指そうと考えた。
 組技系が考えそうな事だった。だから、読まれた。
 今まさに肘が喉へと侵入しようとした時、逆に腕を掴まれる。懐の身体は台の肘打ちがその頭部に届く位置に固定される。

 そして、台の堅い肘が懐の側頭部を打ち抜く。
 急所に一撃を食った懐はマウントポジションで一瞬意識を飛ばす。全身の力が緩んだ。その隙に、台はブリッジと同時に身体を捻り、マウントポジションから脱出した。

「詰めが甘いな」
「野郎……!」

 台は立ったままそう言った。
 だが、立ち上がって気付いた事。それは、最初に受けたドラゴンスクリューの甚大なるダメージ。右脚の股関節と膝は既にまともに動かなかった。立っているのもやっとだったのだ。

「どうした? さっさとかかってこいよ」

 それはつまり、自らが動けないという事。
 懐の方も顔面に打撃を受け、強烈な肘打ちまで食らった。ダメージは大きかった。懐は何とか立ち上がる。その動きは緩慢だった。隙だらけだった。
 そして自分ならその隙に止めを刺したはずだと考える。
 しかし、台はそうしなかった。

「……余裕のつもりかよウスラデカが」

 嘗められている。懐はそう思った。
 実際は真逆であり、台は組技での反撃を恐れていた。だから無理な接近をしなかった。
 台の方も、あれだけ綺麗に側頭部を打ち抜いたはずなのに立ち上がる懐に多少驚いていた。

「……タフな野郎だな」

 そう思っていた。だが、今の状況でお互いの気持ちなど確かめようもない。
 フラフラと接近する懐。右足を引きずりつつ迎え撃とうとする台。

 懐は体力を振り絞り飛び掛かる。右手を大きく掲げ、振り下ろす。アックスボンバーだ。打撃としては見た目偏重と思われがちだが、相手を寝かせる物としては優秀な技。
 腕力に優れる懐にとっても、これは得意な攻撃だった。ところが。

「まる見えだぜバカが……!」

 台は左足に体重を乗せる。そして、飛び掛かる懐に長いリーチを生かした打ち下ろしを繰り出す。飛んでいた懐には避ける術は無かった。
 結果、カウンターでの打撃が懐の眉間を打ち抜いた。

 鮮血が台にかかる。自身の拳と、懐の眉間から飛び散る物だ。
 懐の制服も自らの血で派手に汚れた。金色の髪は朱色が混じった。

 台の拳頭の皮はずる向けになっていた。指が腫れている。折れたようだ。
 所詮は素人の拳である。長年修業を積んだ空手家ですら素手の拳の顔面攻撃で拳が破壊される事がある。
 手の甲が痛かった。台の拳は壊されたようだった。回復にはどれだけかかるやら。逆に言えば、それほどの攻撃を懐は受けたのだ。
 前へ倒れて行く懐。そのまま、台の胸へと頭を預けた。ずるずると滑り落ちるように、重心が落ちて行く。明かなノックアウトに思えた。

「ようやくくたばったか」

 台は言った。だが、すぐにそうでは無いと思い知らされる。懐は右手で台の服をわし掴みにしていたのだ。それによって、地面に倒れるのを回避していた。
 その状況は、組まれて密着した状態だった。

「……てめぇ」
「捕まえたぞクソ野郎」
「ゾンビかお前は……」
「プロレスを嘗めるなよ」

 台は振りほどこうとする。が、離れない。純粋な腕力なら懐に分があった。そのまま、左の回し打ちを台の脇腹へと見舞う。

「……ッッ!」
「ハラワタえぐり出してやる」

 懐はそう言ってさらに打撃を繰り出す。台も黙ってはいない。長いリーチは今は邪魔になる。右拳も破壊された。だが、肘ならこの距離で活きる攻撃だった。
 後頭部に肘を見舞う。が、離れない。何としてもその状態を維持するつもりだ。もしまた距離を取られたら、今の懐に勝ち目はなかった。
 だから密着した状態でのスタミナの削り合いに持ち込んだ。そして懐には、一発逆転の手段が一つ残されていた。



※ ※ ※



 カランと氷が鳴いた。グラスがかいた汗がテーブルの上を濡らし、コースターに水分がたっぷり染み込んで行く。

「うおおおおお!!」

 京は叫んだ。茶々森堂の中にそれが響き渡る。たまたま居た他の仁科の生徒が何事かと京を見た。

「遅れを取り戻さなくては……ッ!」

 京はスケッチブックに向かっていた。先日の騒動の影響で作業予定がすっかり遅れてしまっていたのだ。この時間ではさすがに学校の部室は使えなかった。仕方なく茶々森堂に移動し、新コスのデザインに精を出す。
 頼んだレモンティーは解けた氷ですっかり薄くなってしまった。

 ここならば邪魔は入らないだろう。あのバカもどっか行ったし。
 そう思っていた。実際に作業には集中できた。レモンティーと一緒に頼んだモンブランだけはきっちり完食していたが。
 ところがである。懐の影響は一体何なのか。もはや呪いに近い何かが働いた。今日も京の作業は邪魔される。突然現れた男によって。

「こんばんわ」
「……?」
「秋月京ちゃん……だよね?」
「そうですけど……?」
「はじめまして」

 最初、京はナンパか何かかと思った。
 だが、向こうは自分の名前を知っていた。それに、そんな雰囲気も無かった。その目は穏やかながら、明らかに明確な目的と熱を秘めている。奴と同じ目だ。懐と同じ目をしていた。
 男は自らを空知亮太と名乗り、突然話しかけた非礼を詫び、自身の目的を話した。その態度は完璧に大人。顔立ちもやたらとイケメン。おもわずコスプレさせたいと京は思った。
 ところが、その目的を聞いた京は一気に不機嫌になってしまった。

「……きぃいいいい!!」
「どうしたんだ……?」
「あのバカの居場所なんて知りませんッ!」
「えらく怒ってるようだけど……」
「関係ないです! とにかく知りません」
「そうか……。残念だな。よく一緒に居るって聞いたから……」
「居たくて居る訳じゃ無いです! むりやり衣装作れって催促されて……!」
「衣装……?」

 亮太が頼んだコーヒーとチョコレートケーキが二つ届いた。
 ケーキ二つの理由は不機嫌な京に甘い物を食わせて落ち着かせる為。女性が甘い物好きな理由はイライラ解消物質であるセロトニンの分泌が男性より少ない為。甘い物はそれの分泌を促すのだ。
 さらに亮太も甘党だった。
 京は鞄から懐が書いたイラストを数点取り出した。作ってくれと依頼された衣装のローブだ。

「へぇ。パワーメタルっぽい衣装だね」
「パワーメタル?」
「まぁ……ヘヴイメタルにもいろいろ種類があるんだよ。……話すと物凄い長くなるから省くけど」
「そうですか」
「作ったの?」
「まさか!」
「それは残念だな」

 ケーキを貪る京。亮太と懐は今日も会えず終いだった。今どこで何をしているか、おそらく彼らの想像すらしていない事態だとは、当然知る由もなかった。


※ ※ ※



「いい加減にくたばれ」
「おまえがな」

 台と懐の削り合いはいまだ続く。時間にして一分にも満たない攻防であったが、実際にそれを行う両者には途方もなく長く感じる。
 お互いボロボロだった。繰り出す攻撃に本来の威力は無い。それが、ダラダラと攻防を長引かせる原因ともなっていた。

「おい」
「なんだ」
「テメェが無意味に喧嘩吹っかけるなんて珍しいんじゃねぇか?」
「今更心理戦に持ち込む気か? 俺を倒したら教えてやらん事もないぞバカが」
「言ったな」

 懐は重心を一つ下げる。そして、少し伸び上がりながら左拳を台の鳩尾に放つ。ショートレンジのボディアッパーだ。
 台の全身から一瞬だけ力が抜けた。
 その隙に、懐は台の両腕を変形の羽折に極める。同時に、自らの頭部を台の背中側の肩口へと差し込み密着させた。ラグビーのスクラムのように。羽折を極めたままだ。

「おいクソ野郎」
「なんだバカ」
「今からお前に必殺技ってモンを見せてやる」

 懐は言った。それは紛れも無く、これでフィニッシュだと発言していた。
 懐は全身に力を込めた。両足を広げ、重心を後ろへと持って行く。それに釣られて、台の身体は一瞬浮き上がる。
 今度はさらに重心を下げる。さらに前方へと移動させる。浮き上がった台の身体の下へ潜り込むように。
 そして、抱え挙げた。羽折を極めたまま、ブレーンバスターのトップポジションに持って行く。
 それは、ある伝説のレスラーの必殺技――

「……てめぇ」
「驚くのはこっからだぞ」

 懐はまっすぐ立ち上がる。そして、ゆっくり前方へと倒れて行く。

「覚えとけ。これがSSPドライブ2000だ」
「うおおおお!?」

 台の真正面から地面が迫ってくる。まともに受けたら、間違いなく必殺の威力がある。
 肩の間接が悲鳴を上げていた。回避せねばと頭の中で何度も考えた。
 だが、がっちりと固定された羽折は抜けられなかった。なにより、地面が台を打ち砕こうと猛烈な勢いで接近して来たのだ。
 絶体絶命。まさにそれその物だった。ところが……。

 そこまでだった。
 羽折は突然解除された。迫り来る地面は突然にして方向を変え、台を砕く前に一旦空中で停止し、台は低い位置からゆっくり地面に投げ出された。

 懐のSSPドライブ2000は失敗したのだ。
 ただでさえスタミナの消費が激しい技だった。かなりの腕力が必要となる、羽折を極めたままでブレーンバスターのトップポジションにまで持って行くという行為を行うだけのスタミナは、既に懐に残されていなかったのだ。
 結果、途中で立てなくなり膝を付いた。それがクッションとなり、必殺技はその威力を見せ付ける事なく不発に終わった。
 そして、懐は本当に動けなくなった。

「……クソが! 畜生……!!」
「打ち止めみたいだな……」

 膝を付いたまま動かぬ懐ににじり寄る台。彼もまた、直撃こそ免れたがSSPドライブによって両肩を傷めていた。
 もはや腕を使った攻撃は出来ない。となれば、残された手段はただ一つ。

「これで終わりだ」

 台は一歩大きく踏み出し言った。
 そして、股関節の痛みに堪えながら、その長い脚で遠心力を効かせた回し蹴りを放つ。それは、片膝付いた懐の側頭部を打ち抜いて行った。
 懐は動けぬまま、それを食う。眉間からさらに血飛沫が舞い、台の脚を汚して行く。
 吹き飛ばされた身体は、なす術なく地面へと投げ出された。そして、大の字に寝転ぶ。見えたのは満天の、キラキラ輝く夏の星空。

 脚を振り抜いた台も倒れた。股関節と膝の痛みは相当だったのだ。
 インパクトした瞬間にその衝撃が伝わり、右足が着地した瞬間、ふわっと力が抜けて行った。そして、地面に尻餅を突く。
 お互い限界だったが、どちらが勝者でどちらが敗者か、それは一目瞭然だった。
 台は天を見上げた。見えたのは、寝転ぶ懐が見るのと同じ、綺麗な星空だった。

「……うーん……。痛ぇなこの野郎」
「……タフな野郎だな本当に。まだ喋る余裕あんのか」
「俺を誰だと思ってんだ?」
「そうだな。そうだった……」

 懐は大の字に寝転んだまま。台は胡座で座り、動けなくなった懐を見ていた。

「おい」
「なんだ?」
「聞かせろよ」
「何をだ?」
「俺に喧嘩売った理由」
「俺を倒したら教えてやるとは言ったがな」
「なんだよ。気になるだろ。お前が理由なくこんなマネするかよ」
「面倒な男だな……」
「聞き飽きたぜそれ」

 台はタバコを取り出した。今度こそ単なるニコチン切れだった。

「けっ。この未成年が」
「それだけか?」
「仕方ねぇ。今だけ許してやらぁ」
「そりゃどうも」

 台は煙を大きく吸い込む。すぐさまニコチンが脳に達し、それは言い知れぬ安堵感を与える。セブンスターの辛い味が舌をピリピリと刺激した。

「おい懐」
「なんだよ」
「お前、音楽以外の事とか考えてるか?」
「無い」
「……即答かよ」
「知ってるだろ」
「フン。じゃ、俺が喧嘩仕掛けた時はどう思った? 腹がたっただろ?」
「当たり前だろ。ありゃ誰だってキレるぞ」
「それでいいんだよ。たまには他の事にも真面目になれ。特に他人に対してな。あと、自分の事もよく考えてみろ」
「俺はいつだって大マジメだ」
「音楽だけにだろ。もう少し、自分の感情に素直になれ。もっと自分自身に目を向けろよ」
「さっきから何が言いたいんだよお前は?」
「フン。それをよく考えろって言ってんだ」

 台は煙と共に言葉を吐いた。懐にそれが伝わっているかは、正直な所自信が無いというのが本音だった。
 だが、これも全て、このバカの為。世の中には音楽以外の事もある。そう言いたかった。不器用な伝え方しか出来なかったが。

「おい」
「なんだ?」
「次こそブッ倒してやるからな」
「お前にゃ無理だ」
「星が綺麗ねぇ~」
「……そうだな」

 台はタバコを揉み消す。やるべき事はやった。もう用はなかったのだ。後は、全て懐が考えるべき事なのだ。自分の感情に気付くかどうか。

「俺は行くぞ。お前は?」
「動けねぇよ。もう少し寝てる」
「そうか。ケガは大丈夫か?」
「そりゃこっちのセリフだぞ。筆もてねぇだろ」
「なら左手で描くさ」
「バカだろ」
「お互い様だ。俺を恨むなよ」
「なんだかよくわかんねぇけど。まぁ何でもいいや。これも青春って事で」
「相変わらず口だけは達者だな」
「それが俺だよ」
「そうだったな」

 台は去って行く。
 一人残された懐は大地に寝そべったまま、ずっと星を眺めていた。とりあえず動けるようになるまでには、もう少しかかりそうだった。

「……綺麗だなぁ」

 星を見上げたままそう言った。


続く――



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