私立仁科学園まとめ@ ウィキ

あお

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

あお

     133 名前:あお ◆i3Yio0CB.Y [sage] 投稿日:2009/07/21(火) 20:09:52 ID:QEZF8Nx5

夏休みが始まる前日の夜はどうだ?
クリスマスイブの夜はどうだった?
大晦日の晩、除夜の鐘がなる頃は?
いつだって何かが起きるその前夜は眠れなかった。
胸がドキドキ、ワクワクしてた!

だから──

「だからっていきなり入学式の朝に寝坊はねぇだよ!」
「だから悪かったよ!」
相棒の恨み節に何度目かの謝罪を投げて、俺は坂道をいっきに駆け上がる──駆け上がろうとする。
駅からの通学路にはない、この長い坂道はまるで寮生への嫌がらせのようだ。
「京が寝坊しなけりゃ駆け足しないですんだべ? ゆっくり歩いて登ればよかったべ?」
あーもう、あーもう!
「しちまったもんはしょうがねぇだろ! 過ぎた時間は戻らねぇんだからよ!」
学はまだブツブツ言っている。
「大体なんだべ? ワクワクし過ぎて眠れなかったって小学生じゃあるまいに。そんで寝坊して走るはめになって付き合わされるオラの身にもなってほしいだ」
一気に喋り倒せば息は切れるだろうに……と思ったら学は肩で息して足が止まっていた。
「悪かったよ。この埋め合わせはするからさ」
「かどやのスタミナカレー特盛りセットをトッピング付きだべな」
「ひでェ」
春の風は優しいだけじゃなく、いくらかの冷たさが頬を刺す。
だけど、その冷たさも汗が滲んだ肌には心地良い。
見上げると、そこには桜の木。
「見事なモンだべな。ここいらじゃ一番キレイな桜並木だァ」
塀の上にはズラっとならぶ桜の木々、それは今日から俺達が通う学校の──学校?

キーンコーンカーンコーン

予鈴の音が無常にも俺達の頭上に響き渡る。
「キョオォォォー!!!」
「ガクウゥゥゥー!!!」
まったりしはじめた空気を打ち破り、俺達はまた走り始めた。
間に合うか? 間に合わないか? ではない。
間に合わなければならないのだ。不可能なんて言葉はない。俺達の前に道はある! だから──

結論から言おう。
俺達二人は間に合った。
この世において、不可能などという事象はありえない。
人が想像できる事象は、すべからく実現可能な事象であるものだ!
と、昔々どこかの偉いおっさんが言ってたような気がする。あれ、おばさん? なんだったっけ、忘れちまった。
とにもかくにも俺と学は入学式に間に合い、特別席で式に臨んでいるわけだ。
「……最低だべ」
ぼそっと恨み節。
「出席できないよりマシだろ」
シャンと背を伸ばし、直立不動。最高の姿勢で式に臨む俺達は──列席する教師達の列の末席にいた。
「むしろこれで間に合ったと思ってる京の頭を疑うべさ」
ゴンッ!!
脳天を貫くというのはこのことだ。凄まじい衝撃が俺の体を頂点から足先までをも貫いていく。横目に学も頭を抱えている。
「黙って立っておらんか」
2m近い巨漢が俺と学の間に立っている。拳を振り下ろしたのはこの男、真田基次郎だ。
このゴリラのような美術教師によって、俺達は不可能を可能とした。つまり入学式にかろうじて出席できたというわけだ。
クスクスクス……。
どこからともなく聞こえてくるその笑い声に、俺はため息をつく。
ちくしょう。高校生活の第一日目、その入学式からこんなことになっちまうなんて。
まぁいいか。
俺は気を取り直して顔をあげる。目に涙がにじんでいるけど気にしない。
前を見る。前に進む。それが俺たちのモットーだからだ。
式が終って講堂を出ると、辺りはまるでお祭りのような騒ぎだった。
「君、ちょっといいかな。水泳部どう? 水泳部」
「落語ォ~、落語! 落ち研だけに、入会という名の落ちはいかっすかー!」
「君も流してみないか、青春の汗を! 目指せ甲子園、目指せタッチ! 求む南ちゃん!」
「──マンガ同好会。……ユニーク」
そこら中で勧誘合戦が始まっている。
「なんか怖いくらいだな、この勢い」
「だべなぁ。この学校はクラブ活動も盛んだって話だァ」
まぁもっとも俺達の行く部活は決まってるけどな──そう言いかけた時だった。

「ねぇ、君たちって結城京クンと早乙女学クンだよね」
二年生らしい背の高い女性徒がいつの間にか俺達の行く手を塞いでいた。
「……Aカップ、サイズは75。実値は72ってとこだべ」
本人には聞こえないように小さくボソッと何を言っているんだ、学。
「そうですけど」
俺が答える頃には何重かの人だかりができていた。
「やっぱりそうだ!」
やや大げさに二年生の75のAカップは飛び上がって喜んでみせる。俺は学と顔を見合わせた。
こういうことになるって予想はしていたんだ。予想はね。
「事前に情報は聞いていたのよ。中学サッカー界で神風エースストライカーの異名を得て、ジュニアどころかU22の強化選抜にも選ばれたことのある結城クン……」
そして、と彼女と周りを囲む連中の視線が学に向く。
「史上最年少の12歳7ヶ月で日本アマチュアゴルフ選手権を制して、さらに史上最年少プロゴルファー認定の記録を打ち立てた早乙女学クン!」
彼女は首から下げたカメラを俺達に向ける。
「そんな世界からだって注目される幼馴染の二人が、この学園に入学して、今度はどんな記録を打ち立てるのか! 報道部としては非常に興味がある話なの! ぜひ取材させてもら──」
言葉は最後まで続かなかった。押し寄せるむくつけき肉の奔流に彼女が流されてしまうのはあっという間だった。
「サッカー部! サッカー部こそ君の伝説を神話に変える! 考えるまでもなくサッカー部に!」
「いまこそ野球! 蹴るボールから打って捕えるボールに転向を!」
「フェンシング! 猛る魂を剣に込めて!」
「萌える闘魂、いまこそレスリング部、レスリング部をお忘れなく!」
「ゴルフ部でござーる! 嵐を呼んで夢を、夢を勝ち取ろう!」
「クリケット、クリケットこそ真なる紳士のスポー…」

「やかましいずら!!!」

いつになく激しい学の言葉が辺りの狂騒を一瞬で沈めた。普段大人しい奴こそキレルと怖い。
俺がこの世で一番怒らせたくない人間が、こいつなんだ。
「申し訳ないんだけどよ、オラたちはもう入部するクラブは決めているだよ」
おうよ、と振り返る学の視線に俺も答える。
「悪ィけどさ、俺達が入る部活ってのはサッカーでも野球でもフェンシングでも──」
「レスリングでもゴルフでもクリケットでもないし、報道部でもねぇだよ」
──じゃあ何のクラブに入るんだよ……誰ともなく自然にその疑問が言葉となって俺達に飛ばされた。
その部活は、そのクラブは……俺達は、俺達を注視する先輩や同級生や先公たちをそのままに、無言で歩き出す。
その先に目当てのモノはあった。あそこかぁ。さすがに抜け目がない。学の野郎は事前にそのクラブがどこで勧誘をしているのかを確認していたんだ。
迷うことなく俺達二人はのぼりを持って勧誘をしていた先輩の前に立つ。
「え? え? えぇ?! な、何、何?!」
事態を把握できないようでパニクル先輩の手からちらしを二枚取り上げる──もとい受け取る。
「一年五組、結城京──」
「同じく早乙女学──」
用意しておいた言葉を大声で張り上げる。

──俺達、ロボティクス研究同好会に入部希望です──

桜が舞う。花びらを運ぶ冷たい空気が暖かいそよ風になるころ、俺達の高校生活がはじまった。


投下順に


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー